対流不安定
前回は、上層ほど気温が低い上空にある大気層全体が沈降して大気下層に至ると、そこでは上層の気温の方が高い安定した気層となる場合があることを示した、このような経緯で生じた安定した気層は、沈降逆転層と呼ばれている。
前回示した例は、気圧差が100 hPaの厚みをもった気層が、上空から乾燥断熱変化をして地上まで下りてきた例であった。これとは逆に、地上付近では安定な気層が、上空に乾燥断熱上昇をすると、上空では大気が不安定になることがあるとされている。その説明がアーレン(Donald Ahrens)の教科書に示されている。その説明として、地上で1000 hPaから900 hPaの間の100 hPaの厚さの気層が乾燥断熱上昇した場合、上層では同じ100 hPaの気圧差であっても、その上下の高度差は拡大する。その結果、気層の上部の気温低下の程度が、気層の下部の気温低下の程度より大きくなり、上層と下層の気温差が拡大し、地上付近にあった時より大気の不安定性が増大するというものである。
その状況は、以下のグラフに示されている。1000 hPaで26 ℃、900 hPaで24 ℃の気層が、そのまま乾燥断熱線に沿って、それぞれ600 hPaと500 hPaの高度まで上昇したとき、気温は600 hPaで-15 ℃、500 hPaで-22 ℃となり、その気温差が2 ℃から7 ℃に拡大している。一般に上層の大気の温度が低い大気層では、上昇気流が生じやすく不安定となる傾向がある。ただ、このグラフを見る限りでは、上昇前に絶対安定であった大気層が、途中で水蒸気で飽和しない限り、そのまま絶対安定の状態となっている。
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上のグラフには、1000 hPaで26 ℃を通過する湿潤断熱線を黒い破線で描いている。900 hPaで24 ℃の点は、この湿潤断熱線の右側にあるので、この間の気層の気温減率が矢印で示した線上にあるとすれば、絶対安定の状態にある。同様に、600 hPaで-15 ℃の点を通過する湿潤断熱線も黒い破線で描いている。500 hPaで-22 ℃の点は、この湿潤断熱線の右側にあるので、この間の気層も絶対安定の状態となっている。
上に示したグラフは、1000 hPaから600 hPaまで上昇する間に、大気が水蒸気で飽和しないで、乾燥断熱上昇した場合の様子を示したものである。一方、上昇した大気の下層が、途中で水蒸気で飽和した場合には、これとは大きく異なる状況となる。その一例を次のグラフに示す。
上昇前に1000 hPaにあった大気は、上昇の途中で水蒸気で飽和するが、900 hPaにあった気層は、500 hPaに上昇するまでの間水蒸気で飽和しないものとする。すると、最初に900 hPaにあった大気は、前の例と同じく乾燥断熱線に沿って上昇し、500 hPaでは気温が-22 ℃まで低下する。一方、1000 hPaの気層は上昇途中で水蒸気で飽和し、それ以後は湿潤断熱線に沿って気温が低下する。その一例が、上のグラフに示されている。
上のグラフでは、1000 hPaの気層は約840 hPaの高度で水蒸気で飽和し、その後は湿潤断熱線に沿って気温が低下し、600 hPaの高度で気温は-2 ℃となる例が描かれている。一方、900 hPaの気層は、乾燥断熱線に沿って気温が低下し、水蒸気で飽和することなく500 hPaまで上昇する。500 hPaにおける気温は、前の例と同じく-22 ℃である。したがって、この気層の上面と下面との気温差は20 ℃に増加した。この温度減率は、この位置における乾燥断熱減率(12~14 ℃/100 hPa)を大幅に上回っており、絶対不安定な気層に変化している。
このように、気層全体が上昇する途中で、気層の下部が水蒸気で飽和することによって、その気層全体が不安定になる場合、その気層は対流不安定(convective instability)であるという。対流不安定が発生するためには、上昇前の気層の下層の湿度が高く、上層の湿度が低いことが条件となる。上に示したグラフには、等飽和混合比線を追加してある。1000 hPaで26 ℃の点と900 hPaで24 ℃の点は、22 g/kgの等飽和混合比線が通っている。1000 hPaの気層は、上昇に伴って水蒸気で飽和するが、飽和した点から湿潤断熱線を下にたどると、1000 hPaで18 ℃となり、この温度が1000 hPaにおける露点温度となる。この露点温度を通る等飽和混合比線は13.2 g/kgである。
一方、500 hPaで-22 ℃を通過する湿潤断熱線の900 hPaにおける温度は約7 ℃であり、その点を通過する等飽和混合比線は7 g/kgである。この例では、1000 hPaでの相対湿度は(13.2/22)×100=60 %であり、900 hPaでの相対湿度は(7/22)×100=32 %となる。
このように、厚みのある気層全体が上昇した場合に、上層は水蒸気で飽和せずに、下層が水蒸気で飽和して大気が絶対不安定となる限界を、グラフ上で求める方法を上に示した。そのような条件は、500 hPaの高度で、-22 ℃を通過する湿潤断熱線の上に、1000 hPaと900 hPaの位置の露点温度がともに載っていることである。この湿潤断熱線の900 hPaでの温度は約7 ℃、1000 hPa での温度は約12 ℃となる。それらの点を通過する等飽和混合比線は、それぞれ7 g/kgと8.9 g/kgとなっている。このことから、1000 hPaでの相対湿度が(8.9/22)×100=40.5 %以上あり、900 hPaでの相対湿度が(7/22)×100=32 %以下であると、その気層の下層が600 hPaまで上昇したときに対流不安定が発生することが分かる。
(2011.4.25)
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