科学的鑑定法


(1) はじめに
(2) 序文
(3) 科学的手法と犯罪学


(1) はじめに

 法科学鑑定に用いられる技術は、犯罪捜査へ利用されながら発展してきた。鑑定結果から捜査の方向が決まり、さらなる証拠や供述が得られれば捜査は進展する。一方、鑑定結果のみで容疑者を有罪とするには、鑑定結果が裁判で証拠として認められなければならない。そのためには、鑑定結果の信頼性がきわめて高いと認定される必要があり、鑑定手法そのものに対する信頼性、個々の鑑定を行った鑑定人に対する信頼性がともに高くなければならない。新たな鑑定手法は、それなりの時間と経緯を経て証拠能力が認められてきた。

 アメリカでは、新規の科学的鑑定手法に証拠能力があるか否かを判断するフライの基準が、1923年の裁判の判決で採用された。その後この基準によって、新規の科学技術を応用した鑑定が即座に証拠として採用されることを抑制してきた。銃器関連証拠が裁判で証拠能力を認められるようになった経緯は、銃器関連証拠の鑑定法の発展と証拠能力銃器鑑定の歴史で紹介した。

 銃器鑑定でいえば、その初期の頃は、銃器の取り扱いに詳しい個人が銃器専門家として鑑定を行っていた。そのため、鑑定人の鑑定能力と、得られた鑑定結果に関する意見表明の資格の有無が裁判でまず吟味された。その後の鑑定技術の発展や警察組織の整備に伴い、法科学鑑定の多くは、法執行機関の内部に作られた鑑定担当部署で行われるようになった。それにしたがい、鑑定機材が整備され、鑑定手法が統一されるようになり、鑑定結果の信頼性が向上することにつながった。

 ところで、個々の鑑定を適切に処理するためには、鑑定を担当する鑑定人それぞれが自覚を持って最善を尽くす倫理観が必要である。一方、裁判で鑑定結果が採用される重要な基準の一つは、鑑定手法が「科学的」であるか否かである。古くは鑑定法が秘密の奥義のような時代もあったが、次第に具体的鑑定法の教育が熱心に行われるようになった。さらに「科学的」な鑑定法の教育の必要性が叫ばれるようになったのは1980年代以降であろう。

 ここに示すものは、畏友ジョン・マードック(John E. Murdock)が、カリフォルニア州コントラコスタ郡犯罪捜査研究所長時代の1990年2月に、研究所の職員の科学的鑑定法の指針として提示したものである。具体的な話ではなく、抽象的な議論となっているが、これだけのものを文章で示した意義は大きく、当時の状況を示す重要な資料となっている。

(2) 序文

 どのような科学も、観察、研究、検証という科学的手法を経て積み上げられた法則と知識の集合である。これらの法則と知識は、科学の限界の範囲内で、さらなる分析や予想、新たな発見の解釈に応用される。ただし、科学法則や知識は不変のものではない。新たな発見がなされた結果として、それまでの法則や知識は、しばしば変更されたり放棄されることがある。

 科学的「真実」が変化するにもかかわらず、それは法科学研究所の分析において有用である。なぜならば、科学的法則や知識は、通常目にする典型的な問題の物理現象を、少なくとも十分な精度をもって予想したり記述できるからである。科学法則が絶対的な真実ではないこと、得られた結論は法則が証明されている範囲内でしか有効でないことを知った上で法則を使用する限りにおいて、その結論の信頼性は高い。一方で、結論を支持する十分な科学的なデータが存在する場合には、不明確な結論を下すことは避けるべきである。もちろん、科学的データが支持する範囲を超えた結論は慎まなければならない。条件が特異であったり、稀なものである場合には、通常と異なる結論となることを率直に認めるべきである。また、そのような特異な条件が生じる可能性がほとんどない場合には、鑑定者は結論を強く主張すべきである。

(3) 科学的手法と犯罪学

A.犯罪学者(法科学者)は、真の科学的精神を身に着け、探究心と向上心を持ち、論理的であるとともに、先入観にとらわれてはならない。

B.真の科学者は、研究対象を十分に検査し、証明に必要な十分な試験を行うものである。その試験は、単に結論を補強するためだけに行うものであってはならず、結果の見かけの信頼性を上げるために保証されていない試験を行ったり、必要以上の試験を行ってはならない。

C.現代の科学的精神とはオープンなものであり、手法を隠ぺいする秘密主義と相いれるものではない。科学的分析は「秘匿された手続き」で行われてはならない。また、鑑定結果は、他の専門家に公開できないような試験や実験に基づいたものであってはならない。

D.適切な科学的手法は、それを用いて分析した結論の信頼性を示すことができるものである。代表的でない資料や典型的でない資料、あるいは信頼性の劣る資料から結論を導いてはならない。

E.真に科学的な手法は、分析過程に、一般に受け入れられていない手法や信頼性の低い手法を必要としない。

F.進歩的な鑑定者は、新たに開発された科学的手法を、常に先入観を持たず、遅れることなく取り入れるものである。このことは、いまだ試されておらず、信頼性が証明されていない手法を無批判に受け入れることを意味しない。優れた手法が紹介された場合に、それを認める能力を持っているということである。

 犯罪捜査研究所の分析者たちは、注意深い観察と実験に基づいた手法により、犯罪に関連した情報、証拠を発見し、犯罪現場で発見された物理的証拠を関連付け、それを裁判の証拠として提出する能力を持つものとする。ここで、鑑定者が科学的手法を犯罪捜査に応用する上でさらに必要となる点を以下に示す。

1.事件の証拠物件に新たな科学的手法を応用する前に、その手法を十分に調べ、研究し、検証すべきである。(詳しくは、標準手続の7-13.4項を参照のこと)

2.新たな科学的手法を使用する際に、その手法を補強する研究や検証がされていなければ、その手法が有効であると検証されている範囲内で適用すべきである。

3.鑑定者が科学的手法を利用する際に、その科学的概念の信頼性と限界を知った上で利用することについて、その鑑定者が全責任を負う。

4.仮説とは、一連の事実を暫定的に説明する予想である。仮説は、確実な検査や試験によって否定されるか、確認されるべき主張、あるいは一時的な推測と考えるべきである。
 分析者は、問題や課題に対して批判的な考え方を持つべきで、以下の能力を備えていなければならない。
(1)適切な仮説を作り上げる方法を知っていること
(2)誤った仮説を反証するために、それと関連した実験や経験に基づく観察を行う方法を知っていること
(3)誤った仮説の誤りを指摘するための、妥当な方法や、関連のある方法を熟知していること
(4)相手の誤った仮説に反論できること
(5)相手の仮説が正しいにもかかわらず、それを容認しないという行き過ぎた保守的態度をとらないこと
 仮説を基に鑑定している場合は、徹底的な試験を行い、疑わしき点が生じた場合には、仮説の妥当性を検証するために、条件を変化させたあらゆる関連実験を考えて実行しなければならない。
 分析者は、仮説に行き過ぎた執着をしてしまう誘惑を排除しなければならない。仮説と矛盾した証拠が判明した場合には、即座に仮説を客観的に検証し、仮説に手を加えるか、仮説を放棄するよう努めなければならない。

5.確立された原理と矛盾する結果が得られた場合には、その原理を変更すべきか、それを放棄すべきなのかを決定すべく、さらなる研究をしなければならない。

6.科学的手法とは、分析者が意図している現象が、今まさに目の前に表れている現象であると確信が持てるまで、試験や実験の条件を注意深く制御しなければならない。

 さらに、分析者は期待に基づく先入観を常に排除する努力をしなけらばならない。先入観は、特異な結果を見落とさせることがある。

7.鑑定者は、いかなる科学も絶えず発展している過程にあるということを認識しなければならない。現在信じられていることが不完全なものであるということは、時が証明するであろう。しかしながら、現在信じられている科学的原理は、検証されている法則と知識に基づいて結論を導くことによって、現在の刑事司法システムに多大な貢献を果たしている。

8.鑑定者は、理性的であるよう十分注意すべきであるとともに、信念が強いからといって、信念の強さを前面に出してはならない。熱心さや信念の強さは、他人からは理性的でないように見え、問題を客観的に見ていないように取られてしまう。現実にはそうではないとしても、理性的な人間が、そうでないように見えてしまう振る舞いは慎まなければならない。

(2011.4.22)



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