刑事事件の弾丸鑑定

アメリカ合衆国陸軍予備役 カルヴィン・H・ゴダード 著
(6枚のイラスト付き)

             (Military Surgeon. 58(12) PP142-157, Feburuary 1926.より)


(1)はじめに
(2)まえがき
(3)局のスタッフ
(4)発射痕鑑定には様々な知識を必要とする
(5)鑑定のために準備した資機材と資料
(6)局が扱う4種類の問題
(7)その他の課題について


(1)はじめに
 カルヴィン・ゴダード(Calvin H. Goddard)は、アメリカ合衆国の発射痕鑑定の基礎を築いた貢献者である。彼が自ら語った、科学的な発射痕鑑定法を確立するまでの苦労話は(カルヴィン・H・ゴダードが語る発射痕鑑定の歴史)として、その鑑定業務の宣伝パンフレットは (ゴダード少佐の銃器鑑定テキスト)として紹介した。それらの中で、彼は比較顕微鏡を用いた鑑定を世間に認知させるために、多くの論文や記事を雑誌に投稿したと語っており、それらの文献リストも紹介されていた。その中の一つの論文が、訳者の畏友ジョン・マードック(John E. Murdock)のご好意により入手できたので紹介する。

 そのテキストの題名は、「刑事事件の弾丸鑑定(The Identification of Projectiles in Criminal Cases)」である。1926年2月に発刊された軍医(Military Surgeon)という雑誌の第58巻第12号に掲載されている。この論文は、軍医の142ページから157ページまでにわたる長いものであるが、一切の章立てはなされていない。読みやすさを考え、訳者の一存で細かく章立てして紹介する。なお、ゼロックスコピーの図は判別の限度を超えた状態となっていたが、雰囲気を伝えるために、あえて複写した。

(2)まえがき
 戦時下の軍医が、手術台の上で目にする傷害を与えた武器の種類について、深く考えることは普通ないだろう。目の前の傷害を与えた武器が、爆弾(航空爆弾や手榴弾を含む)、炸裂弾、刀剣(銃剣、ナイフ、サーベル)、小火器などと簡易分類するだけで、実務上は十分だと思われる。その上、今次大戦の戦闘経験を学習することになる将来においては、拳銃による傷害の割合は無視しえる程度まで減少するであろう。

 一方、戦間期においては、拳銃はそれなりの重要性を持ってくる。民間の外科医がもっぱら目にするのは拳銃による傷害であろうし、陸軍と海軍の軍医ですら、拳銃による傷害を多く診察することになろう。したがって、外科手術をする人たちにとって、発射弾丸から、その弾丸を発射した銃器のメーカーやモデル名を明らかにできる技術が、この数年の間に開発されたことを知っておくことは大切だろう。この技術により、患者から摘出された弾丸から容疑銃器が特定され、その弾丸は有罪あるいは無罪かを決する証拠物件となるからである(原注:遺留弾丸と同様に、打ち殻薬きょうからも、同様の手法で、その発射銃器を特定できる)。

 このように、弾丸と銃器との関係を科学的に解明する手法が明らかになった。これまでは、この問題はいわゆる「専門家」の意見にゆだねられていた。その意見が正しいのは、その「専門家」が博識であるとともに、公正な場合に限られていた。ところが不幸にして、「死人に口なし」のこともあり、正しい意見が表明されることが現実には少なかった。このような、単なる「意見」を徹底的に排し、それに代わって、容易に理解できて、かつ反論不可能な鑑定法がこの10年の間に完成されたのである。それは、この分野に野心を持って取り組んだ先駆者のチャールズ・ウェイト(Charles E. Waite)の功績である。彼は最近、ニューヨーク市警察本部の諮問組織である、犯罪科学局(Bureau of Criminal Science)の副所長に任命されている。彼がたどった道のりは困難を極め、多くの時間とエネルギーを費やし、相当の経費を注ぎ込んだ末に、実りある結果を導いた。様々なタイプの機材を製作し、それを試験し、その挙句にスクラップし、新たな、そしてより良いアイデアへと発展させて行った。彼のこのような地道な努力なしには、現在の成果はなかったはずだ。ウェイト氏の努力の結晶として、現在のニューヨーク市にある法弾道学局(Bureau of Forensic Ballistics)の人員と設備が完成した。彼は、これを犯罪科学局(Bureau of Criminal Science)の一部局と位置付けていた。(原注:以下、これを単に局(The Bureau)と記述する。)

(3)局のスタッフ
 この新しい科学分野に参入するために準備しなければならないものは、決してわずかなものではない。ウェイト氏は、数十年にわたる事件捜査の経験から、法科学における必要な知識を独学で取得するとともに、10年間にわたる銃器の製造法に関する精力的な研究活動によって、銃器の製造工場の標準行程については、世界の誰よりも豊富な知識を得ていた。彼は、生来の銃器マニアであり、彼の銃器の知識は、骨董的価値のある銃器から、アメリカの銃器製造工業の発展における歴史的な重要事項など、すべてを網羅していた。彼は、それらが単なる知識ではなく、発射銃器の識別を正確な科学技術にする上で必須となることを、科学的な訓練を通して取得した洞察力によって見抜いていた。写真技術もまた、その目的を遂げる上で必要なものであり、彼には写真技術者からの協力が不可欠であった。そこで彼は、自らには欠けている情報や技術を補う人材を探し求めていたが、彼の要求に見合った3人の技術者を1925年の初めまでに見つけ出すことができた。

 そのうちの一人は、フィリップ・グラヴェル(Philip O. Gravelle)で、顕微鏡と、顕微鏡写真を含めた多方面の写真技術の専門家で、イギリスの顕微鏡写真学会のバーナード賞を受賞した唯一のアメリカ人である。彼の役割の一つは、殺人事件の現場弾丸と試射弾丸(容疑拳銃で発射した弾丸)との間で比較写真を撮影し、それを微細な点まで確認可能なように引き伸ばすことである。その拡大倍率は、かって誰もなしえなかったものである。その過程で、彼は自ら設計した高輝度リボンフィラメント電球を用いた照明装置を用いた。殺人事件の現場弾丸と試射弾丸との精密な比較写真をプリントし、その写真を適切に検討すれば、この分野の仕事に熟練していない人たちでも、それらが同じ銃身から発射されたものか否かが分かるようになった。

 スタッフの2人目は、ジョン・フィッシャー(John H. Fisher)で、以前ワシントンの標準局に勤めていた。精密測定の専門家のみならず、彼は機械加工や組み立てもこなす技術者である。彼の手にかかれば、局に届けられる「正体不明の弾丸」の口径や重量などがたちどころに解明される。彼の精密測定技術は、銃腔径、旋底径、旋丘径、旋丘幅、旋底幅、旋底深さ、腔旋ピッチ、弾丸のグレイン単位の弾量などの測定をカバーした。彼の洗練された技量は、局が業務を行う上で必要とされた科学資機材を、自ら設計し、自宅の工場で製造するほどである。自分で製造できない場合には、他の業者に製造法を指導しながら製造させた。

 3人目のスタッフは筆者である。子供の時からの根っからの「銃器マニア」であり、その研究の過程で、アメリカの発射薬、弾丸、武器の開発の歴史の膨大な書籍やデーターを収集した。その中には、現在では骨董品となった初期の金属薬莢などのコレクションも含まれている。そこで筆者は、発射銃器を特定する上で必要となる情報の提供者としての役割を務めている。また、場合によっては、銃腔を削り落とした銃身による発射弾丸、薬室アダプターを使用してライフル銃から発射された拳銃弾丸、ライフル銃のダミー空包を利用して散弾銃から発射された拳銃弾丸などの、特異事件を扱うのも役目となっている。

(4)発射痕鑑定には様々な知識を必要とする
 発射痕鑑定には様々な知識を必要とすることを、以下の一つの事例を用いて説明しよう。外国製のある有名な、口径0.38インチの自動装てん式拳銃数千丁が、最近アメリカの銃器工場で、口径0.32インチの実包が使用できるように改造された。このメーカーの拳銃では、そもそも口径0.32インチのモデルの方が、口径0.38インチのものより人気が高い。この改造に使用された銃身には、口径0.30インチの、これまた有名なライフル銃のあるモデルの銃身が輪切りにして使用された。(原注:口径0.32インチの拳銃用の平均的実包の実口径は、ほぼ0.30インチである。)ところで、この改造を行った拳銃メーカーは、自前の口径0.32インチの拳銃も製造することになった。使用実包が同一であったとしても、後から製造された拳銃とアメリカで口径が改変された拳銃との間で刻まれた腔旋は、当然のことならが異なるものであった。知識や経験が十分でない者にとっては、犯罪現場の弾丸に有名なライフル銃の腔旋痕が残されていると、その弾丸が、そのようなライフル銃に薬室アダプターを使用して発射されたものとか、拳銃用弾丸をライフル銃用薬きょうに手詰めしたものが発射されたものとか、いずれにしてもライフル銃から発射された弾丸と考えてしまう。(原注:まさにこれをネタにした推理小説が最近出た。作者は有名なスポーツマン兼作家で、拳銃弾丸をライフル薬きょうに手詰めした話が、最近の推理小説専門誌に掲載されている。)いずれにしても、殺人事件の凶器が拳銃だという可能性が全く見過ごされてしてしまうことになる。

(5)鑑定のために準備した資機材と資料
 この種の問題で正しい答えに到達するには、以下に示すものを始めとする広範な資機材や知識を必要とする。:

1.現在一般的に使用されているすべての自動装てん式拳銃と回転弾倉式拳銃、並びに犯罪で使用される可能性のある多くの旧式モデルの拳銃の、製造工場における標準的製造法に関する正確で詳細な情報。(原注:この種のデーター収集には莫大な時間を必要とする。ウェイト氏は、ヨーロッパ中の銃器工場を訪ね歩いて、これらのデーターを収集した。)

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Fig Ⅰ

2.0.206インチから0.461インチまでの太さを計測できる銃腔ゲージ(図Ⅱ、b)。これは0.14インチ間隔のゲージセットで、3角フラスコのような形状をしている。約3インチの長さの間で、その底の方の外径が頭の方の外径より、0.018インチ太くなっている。その周囲には、外径が0.001インチ増加するごとに目盛り線が刻まれている。この銃腔ゲージを拳銃の銃口に挿入し、ゲージが停止した位置で目盛を読み取れば銃腔径が得られる。このゲージを用いれば、千分の1インチ単位で、迅速に、かつ正確に銃腔径を決定できる。また、目分量を併用すれば、1万分の1インチの単位まで銃口部分の銃腔径を読み取ることができる(図Ⅱ、c)。私の知る限り、この種のゲージはこの世に1セットしか存在しない。

3.発射弾丸の旋丘痕部分の径(銃腔の旋底径の値に相当する)を1万分の1インチ単位で精密測定可能なマイクロメーター。

4.発射弾丸の旋丘痕と旋底痕の径の差(銃腔の旋底深さに相当)を1万分の1インチ単位で測定可能な精密ゲージ(図Ⅱ、a)。

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Fig Ⅱ

5.載物台の移動距離を百分の1インチ単位で計測可能とする、ミクロスコープ付き接眼レンズを装備した特製顕微鏡。接眼レンズの微調整によって、目盛間隔の100分の1まで読み取り可能なことから、この顕微鏡を使用すると、総合で1万分の1インチ単位での寸法の測定が可能となる。この装置を用いて、弾丸の旋丘痕幅と旋底痕幅、腔旋痕の回転ピッチの測定を行う。その方法は後に説明する。

6.比較顕微鏡。これは、2、3インチの間隔をもて横に並べた2台の顕微鏡を比較ブリッジで結合し、その上に接眼レンズが接続された装置である(図Ⅰ)。比較ブリッジの中央から上方に突き出た単眼の接眼レンズを覗くと、中央の分割線によって左右の像が等分されている。比較ブリッジ内のプリズムの働きで、右側の顕微鏡の像が接眼レンズ内の右側に、左側の顕微鏡の像が左側で観察される。この装置を使用することで、2個の弾丸あるいは2個の薬きょうが、同一の銃器によって発射されたものか否かを決定可能となる。

7.腔旋のピッチを測定するヘリクソメーター(図Ⅲ)。(原注:このヘリクソメーターを初めて一般公開したのは、1925年10月8日のことで、ニューヨーク市ブルックリンにある米国海軍病院で開催された軍医学会の会場においてである。)この装置は基本的に、口径0.22インチの銃腔内でも自由に出し入れ可能な、径の細いボアスコープである。この装置は、約1メートルの長さの光学測定台の上に固定され、スコープは水平に突き出ている。測定台にはもう一つの固定台があり、それには検査すべき銃身がやはり水平に取り付けられている。この固定台にセットした銃身は上下に調節可能で、前後方向にも移動できる。それによって、スコープを銃身の中心部分で出し入れすることができる。

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Fig Ⅲ

 ボアスコープは軸方向に回転可能で、その周囲には1度単位の目盛が刻まれている。副尺を用いることで、その回転角度は1分単位で計測可能となる。ボアスコープ先端のレンズには、黒いドットが付けられており、それは接眼レンズの中央に黒い点として見える。光学測定台に刻まれた目盛と拳銃固定台の指標を用いて、ボアスコープの銃身内の移動距離を読み取ることができる。この仕掛けによって、口径0.22インチより太い銃身ならば、その腔旋ピッチをきわめて正確に測定できる。この装置では、銃身長が10インチまでの拳銃であれば、その銃腔内のすべての部分を詳細に観察できる。たとえば、旋丘や旋底の錆た部分、金属よごれの付着部分などの異常のある場所を探しだし、それが発射弾丸に与える影響を検討するなど、様々な使い方ができる。

8.様々なメーカーの異なるモデルの銃器から発射された数百個の弾丸と打ち殻薬きょうを、銃種別に分類保管した実物資料。これを用いれば、発射銃種が不明な弾丸や薬きょうの銃種決定が可能となる。

9.国内の様々なメーカーの拳銃実包の完全な標本。それらを分解して得られた弾丸、雷管、薬きょうのコレクショもある。その中には、現在は用いられていない古い種類まで、ほぼ網羅されている。

10.1833年から1925年までの間に米国で取得された回転弾倉式拳銃の特許のリスト。その中には、規格の概要、特許所得者名と住所、特許番号と特許取得日などを抜き出して作成した表も含まれている。

11.現行の小火器と、今では骨董品となった小火器の数百冊に及ぶカタログ、リーフレット類。

12.銃器、実包と爆発物に関する書籍、これらについて書かれた部分のある科学雑誌や一般雑誌の記事の切り抜き、過去10年間のニューヨーク市のオークションに出品されたすべての銃器を収録したカタログ類。

13.銃器に表示される商標、検定刻印、製造者識別コード(図Ⅳに見本を示す)、などなど、全世界の銃器の製造業者が用いているマークやコード。

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Fig Ⅳ

14.アメリカのメーカーが使用しているすべてのブランドの発射薬の標本。

 以下に説明するように、局に持ち込まれる問題は4種類に分類される。それらの問題に対処するときには、上に掲げた資料と精密測定機材が、問題解決のいずれかの段階で役立つことになる。

(6)局が扱う4種類の問題
 局が扱う問題は、以下の4種類に分類できる。

1.殺人事件の遺体から摘出された弾丸があるが、それを発射した容疑銃器は未だ得られていない。この弾丸を発射した銃器の口径、製造会社とモデルは何か?

2.身元不明死体からの摘出弾丸と容疑者から押収した拳銃がある。摘出弾丸は、容疑拳銃から発射されたものか否か?

3.射殺死体の周りから発見された打ち殻薬きょうがある。弾丸は回収できなかった。容疑者が所持していた拳銃がある。この拳銃が、打ち殻薬きょうを撥ねさせたものであるか?

4.リチャード・レーの遺体の周辺にあった打ち殻薬きょうがある。発射弾丸も発射拳銃も回収されなかった。この打ち殻薬きょうの発射拳銃の製造会社とモデル名は何か?

 問題1は、全世界の銃器製造工場の製造規格が手元にないと解決できない。すなわち、世界中で製造された主な回転弾倉式拳銃と自動装てん式拳銃の銃腔径、旋底深さ、旋底径、旋丘幅、旋底幅、旋底条数、腔旋の回転方向と腔旋ピッチなどの値を自由に調べることができなければ、この種の問題に取り組むことはあきらめた方が良い。もちろん、弾丸が骨董品の銃器から発射されることもある。そのような場合には、問題解決はさらに困難になる。この問題に対処するために、局はアメリカ国内で製造された骨董品の銃器のデーターも着実に増やしており、いずれは、すべてのデーターが完備できるものと期待している。そのために、多くの銃器収集家の協力が得られている。(原注:中でもフィラデルフィアの有名な銃器製造家兼収集家のR.H.Sodgley氏には、最も世話になった。)ニューヨーク市のウォルポール美術館の展示銃器は自由に使わせていただいている。この美術館は、ワシントンの国立博物館が管理しており、博物館が所蔵している様々な骨董品を研究目的に使用させてくれる。このように、古い銃器のデータ収集は着実に進んでいる。ただ、局にとって幸いなことには、殺人事件で使用される銃器は、最近製造されたものがほとんどであり、それらの製造データーは、すでに詳細にわたって入手している。

 発射銃種の迅速な絞り込みプロセスは以下のとおりである。対象となる口径の銃器類から、最初に「問題の弾丸」より腔旋の条数が多いものと少ないものを除外する。次に、腔旋の回転方向が弾丸と逆の銃種を除外する。3番目に、腔旋のピッチが異なる銃種を除外する。4番目に、旋底幅が広過ぎる銃種と狭過ぎる銃種を除外する。そして、最後に腔旋の深さが深過ぎる銃種と浅過ぎる銃種を除外する。たまには、同一の口径で、同一の条数、同一の回転方向、同一の深さの腔旋の銃身を2社で製造していることがある。それでも、2社の間で腔旋のピッチまでが同一のことはないし、腔旋ピッチが近い値となることすらない。ごくまれなケースとして、腔旋ピッチが同一か、きわめて近い値であったとしても、そのような場合には口径が異なることが大半である。腔旋の回転方向が逆の場合には、そうしたことがあるかもしれない。結局、いずれの会社も、全く同一の腔旋諸元の銃身を製造していない。このような条件は、局にとって大変好都合である。このような状況となっている理由を挙げるとすれば、自社の腔旋の諸元を他社のものと全く同一にしなければならない特別な理由が存在しないから、と説明するほかない。

 このような発射銃種推定作業も、場合によっては事情を複雑にすることがある。スペインの数社の「銃器メーカー」は、自ら銃身を製造せずに、腔旋が刻まれた銃身を購入している。それらの会社は、腔旋に特別な思い入れはなく、銃身製造メーカーが思いのままに製造した銃身で満足している。そのため、これらの会社が製造する銃器の腔旋は、すべて同一となる。その結果、スペイン製の銃器には、銃名が互いに異なり、銃の外観も全く違うのにもかかわらず、同一の工作機械で加工された、腔旋諸元が全く同一の銃種が複数存在する。これに該当する腔旋痕特徴を持った発射銃種不明の弾丸が局に持ち込まれ、その発射銃種を求められた場合に局ができることは、可能性のある数種のメーカー名を羅列することだけである。アメリカには、このような拳銃がたくさん持ち込まれており、世の常として、このような拳銃が犯罪者の手に多く渡っているということは、大変役立つ知識である。幸いなことに税関当局は、輸入銃器に対する問い合わせに親切に回答してくれることから、数種類あるスペイン製銃器のうち、犯罪者の手にもっとも渡り易い銃種がどれであるかは、ほとんどの場合で決められる。(原注:毎年何十万丁もの廉価なスペイン製銃器がアメリカに輸入されている。それらには関税がかけられているにもかかわらず、国内メーカー品と比べ物にならないほど低価格である。)

 このような銃種推定作業において、メーカーの腔旋諸元値を知ることが必要であるが、様々な理由から、その値は伏せられていることが多い。そこで計測する必要が生じるが、腔旋諸元のなかでも、特に腔旋ピッチの正確な測定結果を得ることは最も難しい作業である。古くからある測定法は、先端に弾丸を取り付けた棒を銃腔内に押し込みながら、棒の移動距離と回転角度から腔旋ピッチを測定するものである。単純だが、かなり正確な測定値が得られる。ただし、それでも十分な測定精度ではない。このような理由からヘリクソメーターが開発された。その測定法を以下に示す。

 腔旋諸元を計測すべき銃器を確実に固定し、ボアスコープの先端を銃腔内で出し入れし、腔旋の溝のエッジ(側端部)と、ボアスコープ先端のレンズの中央にある黒いドットとが完全に一致する場所を探す。場所が確定できたら、測定ベッドの副尺を用いて、銃器の固定場所を正確に読み取る。続いて、光学固定台の上の銃器を正確に1インチだけ移動させる。再びボアスコープの接眼レンズを覗いて、腔旋の溝のエッジ位置を探し出す。エッジ位置が見つかったら、ボアスコープを回転させて、エッジとレンズの黒点が正確に一致するところまでボアスコープの回転を微調整する。それから、副尺を再び読み取り、ボアスコープの回転角度を正確に読み取る。銃腔径の正確な値が分かっていれば、回転角度に対応した銃腔の円弧長が計算できる。それを直角三角形の底辺に、1インチの移動距離を垂辺にして、三角関数表を用いて、回転角度が計算できる。また、ピッチの表を用いて、測定した銃器の腔旋ピッチも求められる。(原注:もっと長い距離の間の回転角を計測した方が測定誤差は小さくできる。ただ、1インチの測定距離は簡便であるとともに、測定精度も十分である。)

 同様の手法を用いて、発射弾丸からも腔旋ピッチの推定値が容易に求められるが、その値は種々の要因からあまり正確でない。その理由の一つとして、発射弾丸の円筒部分に残されている腔旋痕の長さが、銃腔内で測定できる腔旋の長さと比較してきわめて短いことが挙げられる。腔旋ピッチの測定精度は、測定に利用できる腔旋痕部分の長短によって大きく変化する。さらに、発射弾丸に残される腔旋痕は変形するし、銃腔通過時に発生する滑りによってつぶれてしまうこともあり、銃腔の腔旋ピッチを示す条痕が正確に再現されないことが多い。また、被甲弾丸を除くと、発射弾丸の標的衝突時の変形が大きいことから、腔旋痕の見かけ上の回転角度が大きくなったり、小さくなったりする。したがって、腔旋痕角の測定は、1条の旋丘痕で行うのではなく、観察可能なすべての旋丘痕で行った上で、必ずそれらの平均値を採用すべきである。さらに、その値を用いて結論を導く際には、測定値に誤差が含まれていることを肝に銘じて行わなければならない。

 発射弾丸の腔旋ピッチは、弾丸専用の載物台を備えたミクロスコープ付き顕微鏡でも測定できる。専用載物台に発射弾丸をセットし、載物台を移動させて、弾丸の円筒部分の側面を接眼レンズにある垂直標線に合わせる。弾丸の円筒部分の側面は弾軸と平行であり、この操作によって顕微鏡の垂直標線を弾軸と平行に調整できる。続いて、載物台の弾丸を回転させて、いずれかの旋丘痕のエッジを顕微鏡の視野の中央にもってくる。そして、顕微鏡の接眼レンズの垂直標線と水平標線の交点を腔旋痕のエッジに合わせる。続いて、垂直標線がエッジと平行になるまで接眼レンズを回転させ、回転角度を読み取る(接眼レンズの外側の筒に目盛が振られており、回転角度を読み取ることができる)(原注:図Ⅴに計測法を示した)。弾丸の外径が分かれば、簡単な計算から、この角度の値を、発射銃器の腔旋ピッチに換算できる。

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Fig Ⅴ

 2番目の問題を攻略する上で最初に行うことは、遺体から摘出された弾丸の外径と容疑拳銃の銃腔径を測定することである。それらの測定値が同等である場合に限り、比較顕微鏡を用いた作業に移る。最初に容疑拳銃を用いて、綿くずを充填した採弾箱に向けて数発の試射弾丸を発射する。その際、できるだけ殺人事件に使用されたものと同一メーカーが同時期に製造した実包を用いて試射を行う。(原注:異なるメーカーの弾丸や、同一メーカーでも異なる時期に製造された弾丸では、異なる成分の合金が使用されているため、弾丸の硬度が異なり、銃腔の痕跡の再現性が変化する。)変形なく採取された弾丸の中から、腔旋痕が完全な状態で付けられているものを選び出し、それを比較顕微鏡の対物レンズの下にある2基の弾丸載物台のうちの一方にセットする。同様に、現場弾丸をもう一方の載物台にセットする。この載物台は、弾丸の底部に塗りつけた合成ワックスで弾丸を固定している。それにより、弾丸の軸を水平に保ちながら弾丸を回転させることができる。合成ワックスで固定することにより、機械的な方法で固定した場合に弾丸表面に生じる損傷を回避できる。)

 弾丸を載物台に固定したら、2個の弾丸のうちの片方は動かさずに、もう一方の弾丸を回転させて、相互の旋丘痕の位置を合わせる。(ここで、現場弾丸と試射弾丸の腔旋痕は、目視の観察で分かる範囲で同等であることは当然の仮定である。すなわち、腔旋痕の条数は同一で、旋丘痕幅も目視観察の範囲で同等であり、腔旋痕の回転方向と回転角度が同等とする。そうでなければ、顕微鏡観察をするまでもなく、容疑銃器は現場弾丸の発射銃器とはなりえない。)

 もし、現場弾丸が、試射弾丸を発射した容疑銃器と同じ製造メーカーの同じモデルから発射されたものであれば、比較顕微鏡の左右の弾丸の旋丘痕のエッジの場所はピタリと合い、その回転角度も同じになるはずである。それらの製造会社が異なる場合は、旋丘痕の幅と回転ピッチの両方、あるいは片方が異なることが分かる。しかし、これだけでは十分でない。我々は、この現場弾丸が、その容疑銃器から発射されたものか否かを確定する必要がある。

 現場弾丸の頭部が大きく拡大したきのこ状の変形をしていたり、その他の大きな損傷を受けていない限り、その確定は可能である。(原注:現場弾丸が発射された時点と、試射弾丸を発射した時の銃腔の表面状態がほぼ同等である必要がある。現場弾丸発射後の銃の管理状態が悪かったり、その後にひどい使用がなされたりすると、試射弾丸に付けられる発射痕は、現場弾丸の痕跡と大きく異なってしまう。ただ、たとえものすごくひどい扱いがなされたとしても、発射痕跡のどこかには類似点が見出されるものである。しかし、そのような場合では、疑問なくその銃器から発射されたものとする結論を導くことは難しくなる。このことから、試射は殺人事件の発生後できるだけ速やかに行われることが大切である。)その理由は、銃腔内の旋丘と旋底を完全に滑らかに仕上げることが不可能であることに基づく。それは、肉眼では滑らかに見える安全剃刀の刃先が、高倍率の顕微鏡で観察すると全く違って見えるのと同じ理屈である。輝くほど磨き上げた銃腔表面でも、ごくわずかの凹凸が存在し、その凹凸はその銃腔固有のものであり、全く同様の凹凸を別の銃腔内に再現することは不可能である。

 このように銃腔表面に微細な凹凸があることは、新品の銃身でも言えることだが、銃器が人の手に渡ると、その凹凸特徴はさらに顕著となる。その程度は、銃器のオーナーが銃器とその適切な手入法に対してどの程度の知識を持っているかにもよるが、銃腔表面は確実に劣化し、凹凸の特徴は増大する。この銃腔内の細かな凹凸は、その銃腔を通過した発射弾丸表面に、それに対応した凹凸として再現される。こうして再現される条痕は、旋丘痕のエッジに並行で、弾丸の長手方向の平行条痕となる。そのうちの多くは肉眼でも確認できるが、比較顕微鏡の中程度の拡大倍率で観察すると、さらに多くの条痕が見えてくる。

 当然のことながら、同一の銃器から発射された弾丸の互いに対応すべき旋丘痕と旋底痕には、同一の条痕が認められる。そこで、現場弾丸と試射弾丸とが同一メーカーの同一モデルの銃器から発射された弾丸であると確定できたならば、次のステップはそれらが同一の銃器による発射弾丸であるか否かを調べることになる。そのためには、現場弾丸と試射弾丸のいずれかを、特定の旋丘痕あるいは旋底痕に固定しておき、もう一方の弾丸を顕微鏡の下で回転させ、各旋丘痕あるいは旋底痕の条痕が完全に対応するか否かを逐次確認して行く。図Ⅵaは、条痕が一致した旋丘痕の例を、図Ⅵbは条痕を合わせられなかった旋丘痕の例を示している。

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Fig Ⅵ

 2個の弾丸の間で対応する旋丘痕あるいは旋底痕の対を発見できた場合には、左右の弾丸を同時に回転させながら、弾丸表面に残されているすべての旋丘痕と旋底痕の間で、条痕の流れを対応させることができるか否か確認する。一方で、一致箇所を全然発見できなかった場合で、現場弾丸の状態も良好で、発砲のあった日から試射弾丸を採取した日までの間に銃腔の状態に大きな変化がなかったものと想定される場合には、現場弾丸と試射弾丸とは異なる銃腔を通過したものと結論しても間違いない。したがって、容疑銃器は白となる。

 問題3は、問題2と同様の扱いができる。現場薬きょうと同じメーカーが同じ頃に製造した実包を、容疑銃器に装てんして試射薬きょうを採取する。(原注:メーカーごとに雷管と薬きょうの金属の材質が異なることから、それらの硬度が変化するため、撃針痕や閉塞壁痕はその材質によって大きく変化する。よって、製造時期が近い同じメーカーの製品を使って試射を行うことは極めて重要である。)続いて、比較顕微鏡を用いて、現場薬きょうと試射薬きょうの痕跡を詳細に比較して、対応箇所を探す。同一銃器に由来するものであるならば、撃針痕の先端の形状が互いに対応し、撃針痕側面の傾斜部の形状や、撃針痕の底にあることの多いリング状の盛り上がりや凹みなどの細かな不規則性が互いに対応する。

 さらに、弾丸発射時に薬きょうの底面が銃器の閉塞壁面と衝突することによって、薬きょう底面に残される縦横に走る条痕は、2個の薬きょうの間で通常よく対応する。(原注:閉塞壁面は、銃腔表面と同様、一見すると滑らかであるが、完全に滑らかなことはない。事実、通常の肉眼観察でもその表面の不規則性が見て取れることが多いし、指の先で触れて感じ取ることもできる。この痕跡は通常縦横に走っているが、それは閉塞壁面がブルー仕上げされたりニッケルメッキされる前に、やすりを用いた手作業の表面仕上げがなされるからである。)自動式銃器から発射された薬きょうには、それに加えて抽筒子痕や蹴子痕が残される。(訳注:ここで抽筒子痕はmarks of ejector hookと、蹴子痕はmarks of ejector blockと書かれている。)抽筒子痕と蹴子痕の痕跡を直接合わせられなかったとしても、それらの痕跡の位置と、閉塞壁痕の条痕や撃針痕の不規則な特徴痕との位置的関係は同一となる。

 問題4は、4種類の問題の中でもっとも難しいもので、解決できることはめったにない。抽筒子や蹴子が2本ある特別な構造の銃器や、特別な痕跡を残す部品のある銃器では、その他の銃器から区別することが可能で、打ち殻薬きょうに残されたその種の痕跡だけから、その特別な銃器を言い当てることができる。繰り返しになるが、自動式銃器では、抽筒子痕と蹴子痕と、閉塞壁痕の条痕との位置関係によって、打ち殻薬きょうの発射銃種を、しばしば特定のグループにまで絞り込むことが可能である。きわめて粗い閉塞壁痕は、安物の銃器によって発射されたことをうかがわせ、仕上げがいい加減な外国(スペイン)製銃器であると想像できる。ただ現在のところ、これ以上の知識はなく、またこの推定手法における技術の進歩は少ない。

(7)その他の課題について
    局は、発砲事件の現場再現については、あまりかかわっていない。たとえば、殺人事件と自殺との区別をすることや、被害者までの射距離や射撃方向を求めるなどの質問は、我々の担当範囲外であり、この種の問題に答えようとは思っていない。この種の問題は、法医学者や解剖学者が担当すべきであろう。

 一方で、現在は答えることはできないが、将来答えられるようになるかもしれないと思っている問題もある。たとえば、銃腔の状態についてはほとんど研究されていない。弾丸が発射されてからどのくらい時間が経過しているかを銃腔の状態から明らかにできるかもしれない。ただ、弾丸発射後の銃腔に汚れが付いたり、錆が生じたりする状態は、銃器から弾丸を発射した後、即座に銃腔の手入れを行わったか、そうでないかによって異なるだろう。

 ただ、この問題は、通常使用されているすべての種類の発射薬の未燃焼状態と燃焼状態について、詳細な顕微鏡観察を徹底して行うことによって、解決できる可能性があるものと現在研究中である。事件の経緯を明らかにする上で、この問題は最重要となるテーマである。現在までのところ、局のスタッフは、必要となる統計的データの収集を行い、研究に必要となる機材の開発に注力している。これまでに、データの収集と機材の開発はほぼ終了しており、今後それらを用いて、確実な結論を導く上で不足している点を、様々な観点やデータから明らかにすべく努力しようと思っている。

編集者メモ:著者のC.H.ゴダード少佐は、以前、大戦に従軍した正規医療隊の将校であり、少佐にまで上り詰めた。彼は陸軍医学校の優等卒業生である。  

(2010.12.1)



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