ゴダードとウィグモアの往復書簡


(1)はじめに
(2)ゴダードからウィグモアへの書簡
(3)ウィグモアからゴダードへの書簡


(1)はじめに
 アメリカ合衆国の発射痕鑑定の基礎を築いたカルヴィン・ゴダード(Calvin H. Goddard)の業績や論文については、すでにいろいろと紹介した(カルヴィン・H・ゴダードが語る発射痕鑑定の歴史ゴダード少佐の銃器鑑定テキスト刑事事件の弾丸鑑定)。それらの中では、ゴダード自身が、発射弾丸や打ち殻薬きょうと、その発射銃器とを結びつける科学的な鑑定法を模索していた時期について語っている部分がある。ここで紹介する書簡は、そのような彼の探求時代の貴重な記録である。

 現在の発射痕や工具痕の鑑定の原理となっている、「顕微鏡的に観察しても違いが分からない二つのものを作ることは不可能である」という仮説が、ゴダードの時代には未だ存在していなかったことを示す貴重な資料となっている。ゴダードの直観に基づく仮説は、法律学者によって完膚なきまでに否定されているのである。

 これは、訳者の大先輩の一人のポール・ドガティー(Paul Daughety)のコレクションを、畏友ジョン・マードック(John E. Murdock)を通じて入手した資料である。



(2)ゴダードからウィグモアへの書簡
                                       法弾道学局
                                       ニューヨーク市28番街北4丁目
                                       1926年8月14日

チャールズ・E・ウェイト                           フィリップ・O・グラヴェル
カルヴィン・H・ゴダード                           ジョン・H・フィッシャー


J・H・ウィグモア 博士殿
ノースウェスタン大学 法学部
シカゴ市 イリノイ州

親愛なるウィグモア博士:

 この間のシカゴ滞在中に、小生が貴殿から受けたまわったご高配に対して、感謝の意を述べなくてはならないと長らく考えておりました。しかしながら貴殿とお会いしてからは、小生はニューヨークにほとんど戻ることができなくなり、感謝の言葉を伝える機会をこれまで逸してしまいました。小生は、貴殿との語らいの機会をこの上なく楽しみ、貴殿の住む町を後にすることになった日に、貴殿と肉料理の昼食を囲むことができましたことを、大変有難く存じております。

 小生がニューヨークを離れていたため、ゴールト博士(Dr. Gault)にお渡ししてあった小生の論文のコピーを手にすることができたのも、ようやく今になってからであります。また、チャールズ・ホイットマン(Charles S. Whitman)元ニューヨーク州知事から序文をいただける約束だったのですが、それをまだ頂いておらず、お送りするのが大変遅れてしまったことを大変恐縮いたしております。元知事からの序文は、そのうちに頂けるものと確信しております。

 その外観が全く瓜二つであろうとも、微細な部分に至るまで同一な、いかなる2丁の銃器も存在しないという小生の仮説に対する貴殿のコメントを、小生はこれまで、さらに深く検討して参りました。当然のことならがら、小生の乏しい経験は、このような仮説を打ち立てる上で十分ではないことを存じ上げております。それと同時に、同様の仕事をしている人たちの経験をすべて合わせたとしても、それには不十分でしょう。しかしながら、小生は、顕微鏡で観察しなければ分からないほど微細な部分まで同一の二つの物体は存在しないということは常識と主張できない訳はないと考えております。特に、切削工具を用いて製造された金属製の二つの物体では、そう主張できるものと考えております。もし、そのような主張が可能であり、それに反対する人たちが、その反証をできないのであれば、すべてが順風満帆に進むことになります。しかしながら、私がその証明をしなければならないものとすると、法廷を納得させることのできる証明法が思い浮かばないのです。もちろんこれは、小生の鑑定法のもっとも弱い部分であります。小生にとっては正しいと分かっている事なのに、それを証明できないのです。小生の仮説を立証できる、権威ある文献は見当たりません。貴殿から、これは常識と結論いただけるなら、その効果は甚大なものと感謝する次第であります。

 貴殿がこちらの方面においでの節には、小生は、我々の研究所を喜んでご案内する光栄に浴したいと存じます。

敬具
                C・H・ゴダード

(3)ウィグモアからゴダードへの書簡
                               1926年10月21日

C・H・ゴダード 殿
ニューヨーク市28番街北4丁目

親愛なるゴダードさんへ:

 我々の新ビル建設にかかわる緊急事態により、私は貴殿からの8月14日付け書簡に返答するのが遅れてしまい、10月8日に新たな丁重なる書簡を頂くことになってしまいました。

 貴殿の「顕微鏡で観察しても全く同一な二物が存在しない、ということは常識である」と主張しても構わないか、というご提言には全く同意できません。貴殿と、そのお仲間を除くと、そのようなことは誰にとっても常識ではあり得ません。貴殿は、私が書いた司法証明の原理(Principles of Judicial Proof)の79ページに書いてあるミッチェル(Mitchell)らの引用文を読んでみるべきです。そこには、あなたの分野の科学は、指紋分野の科学と同一段階にあることが示されており、「大量の事例の観察結果から、全く同一の二物は存在しないと主張できる」といった具合の証言しか許されないことが分かるはずです。貴殿が、このような重大な影響を及ぼす事柄を、そのように確信を持って主張するためには、貴殿の広範にわたる観察結果に基づかなければならない、と私は考えざるを得ません。私には、貴殿が「小生の乏しい経験は、このような仮説を打ち立てる上で十分ではないことを存じ上げております。」と述べる真意を理解できません。経験が十分でないことを、どうやって主張するというのでしょうか?私は、貴殿はもっと(科学の)発展の過程を勉強することが必要と思います。

(2010.12.5)



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