要旨
アメリカ合衆国と多国籍軍によって、イラクのサダム・フセインの軍隊によって占拠されたクウェートを開放した、1990年から1991年にかけての湾岸戦争から17年以上が経過した。砂漠の嵐作戦による、迅速かつ決定的な勝利を収めたにもかかわらず、作戦に参加した70万名近くの米国陸軍兵士のうちの、少なくとも4分の1以上が、本国に帰還して以来、複雑で困難かつ持続的な健康問題を抱えている。その典型的な症状は、慢性的な頭痛、認知障害、全身的な疼痛、原因不明の疲労、慢性的な下痢、発疹、呼吸器障害その他の健康異常の組み合わせである。この症状は、一般的には「湾岸戦争病」といわれているものだが、症状が複雑で、通常の医学的評価や診断では説明できないものであるが、その症状が17年間変化せずに継続している。症状は個人によって異なるものの、湾岸戦争帰還兵の、アメリカ国内の異なる地域から選ばれた異なる母集団やその他の連合国の母集団における何百もの研究結果には、驚くほど共通点のある症状が認められる。
この何年もの間、湾岸戦争病の原因に関する様々な見解が述べられ、論議されてきた。クウェートの何百本の油井に火が付き、空を煙で黒く汚した。劣化ウラン弾に関する衝撃的な報告もあり、砂嵐、秘密のワクチン、頻繁に発報した化学兵器警報装置、戦場で神経剤が放出されたことを政府が認識していたことなど、帰還兵が戦場に展開中に危険物質に曝されたことが病気の原因であることを信じさせる多くの根拠がある。政府当局者の見解や、この問題に関する調査委員会報告書は、それらが湾岸戦争病の原因であるとする根拠はほとんどなく、他の戦地に派遣された帰還兵も、戦場でのストレスのかかる環境から同様の慢性的な健康障害を抱えることが多いとしている。この問題に対するよりよい理解を求めて、すべての部門に研究を呼び掛けた。他部門の当局者が研究を行い、何百もの研究に予算が配分された。
1998年に、米国議会は、政府機関に属さない科学者と帰還兵を指名して、湾岸戦争に起因する健康問題に関する政府の研究計画に助言するための諮問会議の組織を命じた。このようにして、2002年に復員軍人援護局長官によって、湾岸戦争帰還兵の疾患に関する諮問委員会が指名され、この疾病の主要問題、原因と治療法の政府による研究が有効に行われるように評価する作業を命じられた。この委員会の設立趣旨から、諮問委員会の仕事は、政府の行うすべての湾岸戦争病に関する研究が湾岸戦争帰還兵の健康回復に役立つようにすることにあり、連邦の湾岸戦争研究がその方向で成功するように評価した。
諮問委員会は定期的に招集され、湾岸戦争病に関する科学的研究報告書や政府の研究活動を幅広い観点で検討を重ねた。委員会の会合と活動の年次報告書に加え、定期的に公式の科学的勧告や報告書を発行した。委員会が発行した最後の詳細な報告書は、「湾岸戦争帰還兵の疾病を理解する上での科学的進歩」と題するもので、2004年に発行された。今回の報告書は、この問題に関する情報や証拠を、その後の進歩を含めて包括的に見直すとともに、2004年の報告書で扱った話題に関しても情報の追加を行った。報告書全般で記述しているように、湾岸戦争病が実在し、その原因が実在し、それに罹患している帰還兵に重大な結果をもたらしていることは、科学的証拠から疑いをさしはさむ余地はない。研究結果は、この種の疾病はすべての戦争の後に発生しているものではなく、湾岸戦争中の精神的ストレスをその原因に帰することはできない。
湾岸戦争病は、湾岸戦争帰還兵の健康上、最も重要で広範な問題であるが、問題はそれだけではない。湾岸戦争帰還兵の身体と精神状態の診断技術や、帰還兵の家族の健康など、そのほかにも重要な問題がある。この報告書の第1章は、湾岸戦争の膨大な疫学的研究結果をもとに、湾岸戦争病の有病率と症状に関する情報及びその他の健康問題を概観する。第2章は、精神的ストレスの影響、油井火災の影響、劣化ウランの影響、その他問題となる可能性の被曝を始めとする湾岸戦争病の原因に関する証拠について述べる。そして、それぞれの湾岸戦争病の原因とされるものの証拠の重みづけを行う。第3章では、湾岸戦争病の性格について述べ、湾岸戦争病について得られた生物学的研究結果を見直し、一般大衆に見られる複合症状との関連について明らかにした。第4章では、連邦機関が出資して行われた湾岸戦争に関連した健康問題についての研究計画を見直した。各章の検討課題ごとに行った研究勧告は、この報告書の第5章に要約を示し、優先順位を与えた。
湾岸戦争の研究は、研究者に複雑な科学的難題をもたらした。湾岸戦争病が既存のカテゴリーにはめ込むことのできる病気ではないことは、どう見ても明らかであった。湾岸戦争病の病態生理を日常的な臨床試験で明らかにすることはできず、この病気は、単一の原因によって引き起こされた症状ではないものと思われる。湾岸戦争病を客観的尺度で評価したデータを用いた研究はほとんどなく、また症状を湾岸戦争における有害物質との関わりや暴露と関連付けているものも少ない。観測筋の中には、症状の原因を解明するには複雑すぎることから、湾岸戦争病の原因や性質は永久に解明できないだろうと示唆する者がいる。ところが諮問委員会は、これまでに行われた多くの科学的研究や湾岸戦争帰還兵の健康に関連した多方面の情報の中に、湾岸戦争病の性質と原因の両者を解き明かす重要な答えが凝集されていることを見出した。すなわち、これらの研究結果は、湾岸戦争帰還兵の健康を回復させるために緊急に行わなければならない研究の方向性を提供している。
疫学的研究: 湾岸戦争病とは? 何人の帰還兵が冒されている病か?
湾岸戦争病は、1990年から1991年の湾岸戦争の帰還兵の間で、明らかに高率で発症する複雑な症候群である。それは、定着した医学的診断法や標準的な臨床検査では説明できない、複合的で多様な症状を示す。その典型的な症状には、記憶障害と集中力低下、持続的な頭痛、説明できな疲労、全身に広がる疼痛があり、慢性的な消化不良、呼吸障害や発疹が含まれることもある。同様の過剰症は、米国のさまざまな地域に派遣された部隊の湾岸戦争帰還兵や英国をはじめとするその他の連合国の退役軍人の研究結果で等しく認められてきた。
湾岸戦争病は、湾岸戦争に従軍した兵士に見られる唯一の健康問題ではない。しかし、これがもっとも一般的な健康問題となっている。湾岸戦争の患者の推定数は、その症状の定義の仕方で異なる。しかし、各種の研究結果に共通した結論として、1990年から1991年の湾岸戦争の従軍兵士の25%から32%以上が、様々に定義される複雑な症候群に冒されている。この割合は、、湾岸戦争に派遣されなかった同時期の兵士の間の発症率を上回っている。このことは、1990年から1991年の間に湾岸戦争に派遣された米軍の70万名の帰還兵のうちの17万5千名から21万名が、兵役の結果として、このような持続的な症状に悩まされていることになる。
研究結果は、湾岸戦争病がストレスの影響で発症しているという当初の主張を支持するものではない。湾岸戦争帰還兵の大量の母集団に基づく研究は、戦闘やその他の派兵時のストレスの結果で生じたものではないことを一貫して示している。そして湾岸戦争帰還兵の間では、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やその他の精神障害の割合は比較的少ない。湾が戦争病は、他の戦争の後に説明されてきたストレスに起因する症状とは基本的に異なっている。1990年代のボスニアや、現在のイラクやアフガニスタンの紛争に派遣された帰還兵の間には、湾岸戦争病のように医学的あるいは精神病理学的診断では説明できない広範囲の症状を示す問題は発生していない。
疫学的研究結果によれば、湾岸戦争病の発症率が、湾岸戦争帰還兵のグループ別ごとに変化することが示されている。湾岸戦争に派遣された陸軍兵士と海兵隊員の間では、海軍と空軍兵士よりも湾岸戦争病の発症率が高く、将校より下士官と兵士の間で高い。研究結果によれば、湾岸戦争病の発症率は兵士が派遣された地域によって異なることも示されており、前線に派遣された兵士の間で発症率がもっとも高い。さらに詳しく言えば、湾岸戦争病の発症率は帰還兵が派遣中に曝された、個別の状況によって異なることを研究結果は示している。
帰還兵の被曝状況と湾岸戦争病との関連が明らかになったことから、極めて高い関心を呼んだが、これによってかなりの混乱も招いた。自己申告の被曝状況に基づく解析結果は、その信頼性に懸念を生じさせた。特に、思い出し方の偏り(recall bias)が問題となった。この懸念は、個別の研究結果を軽視し、思い違いや情報の偏りを考慮する研究を行うことより、さらに広範囲の研究の必要性を過剰に要求することとなった。
委員会は、疫学的な研究結果とその解釈に大きな影響を与えるさらなる問題を特定した。湾岸戦争の研究結果によれば、個々の被曝の間に相関があることで、すなわち、ある種類の有害物質に被曝した兵士は、他の多くの種類の有害物質に被曝している。戦争中の特定の1種類の被曝による影響を解析するには、交絡として知られる、多種類の被曝による影響の交互作用を回避するために、考えうる他の被曝による影響を考慮の上除去することが不可欠となる。湾岸戦争の疫学的研究の多くは、交絡の影響の制御に失敗しており、すべての、あるいはほとんどすべての戦時被曝が湾岸戦争病の原因となっているという不合理な結論を導く結果となっている。これに対して、戦場での他の被曝による影響を制御することによって交絡を補正した結果では、湾岸戦争病の原因となる危険因子を、再現性をもって少数に絞り込むことができた。
湾岸戦争病の効果的治療法に対する緊急要請
湾岸戦争病の帰還兵の大半は、17年以上にわたる長い間、症状が続いている。研究結果が示すところでは、時間経過とともに湾岸戦争病から回復した例はほとんどなく症状が改善した例も極めて少ない。連邦の湾岸戦争研究は、湾岸戦争帰還兵の健康状態の改善という最終目標の達成のために具体的な結果を導くものでなくてはならない。治療法に関するわずかの研究が行われたが、症状の改善によって恩恵を受けた罹患した退役軍人は今のところいない。
湾岸戦争病に罹患した帰還兵の健康を回復させる上で有効な治療法が緊急に必要とされている。近年の議会活動の結果として、国防総省(DOD)と復員軍人援護局(VA)の両者が治療法の研究を積極的に行うことになった。国防総省では、湾岸戦争病の治療法と検査法の開発を目指した革新的な研究計画を、議会要請医療研究計画局(Office of Congressionally Directed Medical Research Programs)が立ちあげた。この研究計画が2007年に資金を提供した研究はわずかであったが、現在研究資金を提供する2009年度の研究を募集中である。さらに、復員軍人援護局は、優秀な研究拠点であるテキサス大学サウスウエスタン校の行っている、治療法の開発の上で必要となる湾岸戦争病に限って見られる生物学的異常を確定するための研究を支援している。湾岸戦争病の治療法の開発研究は委員会の際優勢の課題であり、さらなる連邦予算が必要とされる。
湾岸戦争帰還兵を侵す他の健康問題
湾岸戦争病は、1990年から1991年の湾岸戦争に派兵された兵士の最重要の健康問題であるが、その他にもいくつもの重要な健康問題がある。研究結果の示すところでは、1990年から1991年の湾岸戦争帰還兵の間には、この地域に派兵されなかった退役軍人と比較して筋萎縮側索硬化症(ALS)の発症率が2倍である。1991年3月にイラクのハーミシーヤで行われた化学兵器の爆破作業で放出された神経剤の風下にいた湾岸戦争帰還兵に脳腫瘍による死亡率は、その他の地域に派兵された帰還兵の2倍である。最近の研究によれば、ALSと脳腫瘍の発病率は最近低下してきているが、この両者の病状の重大さから、将来もこの問題を引き続き注視する必要がある。このような事実があることは、湾岸戦争帰還兵の健康に関して十分研究がされていない病気、特に神経系の疾患と癌について、その発病率の情報を集める必要性が指摘される。複数の研究結果が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やその他の精神疾患の割合が湾岸戦争帰還兵の間では、その期間に派兵されなかった退役軍人よりは高いものの、他の戦争に派兵された退役軍人よりはかなり低いと指摘している。
入院者数と死亡率の研究では、湾岸戦争に派兵された兵士とその時期派兵されなかった退役軍人との間の差異はわずかであるとの結果が示されている。米国における死亡率に関する初期の研究では、湾岸戦争帰還兵の間では事故による死亡率が高く、病気による死亡率が低いとの結果が得られている。戦争後の時間の経過とともに、この差異は縮小したものと思われるが、米国の湾岸戦争帰還兵の死亡率のもっとも最近の包括的な情報は1997年のものである。潜伏期間の長い病気があることを考えると、湾岸戦争帰還兵の現在の病気による死亡率の公表が極めて重要であり、このデーターは定期的に更新される必要がある。
長年にわたって、湾岸戦争帰還兵の子供の出生異常とその家族の健康異常の発生率に対する関心が高かった。米国と英国における大規模な母集団に対する研究によれば、湾岸戦争帰還兵の間に生まれた子供には、その期間に派兵されなかった退役軍人の子供と比較して、数種類の出生異常の発生率が高いことが指摘されている。しかし、高い発生率を示したとされる出生異常の種類とその率は研究ごとに異なり、全体としては母集団の期待値の範囲内である。復員軍人援護局が行った大規模な湾岸戦争時期の退役軍人とその家族に関する全国調査の第3次分では、退役軍人の妻と子供の健康の臨床評価が含まれている。この臨床評価では、湾岸戦争帰還兵の妻と、その時期に派兵されなかった退役軍人の妻の間で有意な差は認められなかった。ただし、この研究では子供に対する結果は報告されていない。さらに言えば、湾岸戦争帰還兵の子供の、診断された疾病別の割合、その症状、学習や行動異常を始めとする健康に関する包括的な情報を提供している研究は存在しない。
湾岸戦争病の原因は何か?湾岸戦争病が派兵期間中の経験と被爆に起因するとする証拠の見直し
1990年から1991年の湾岸戦争に従事した兵士は、他の戦時派遣にも共通している多くの肉体的、精神的負担に加えて、多くの危険物質に曝された。湾岸戦争病の「原因」と考えられる多くのものが指摘され、戦争以来、その原因は多方面に拡大して行った。湾岸戦争病の原因の解明を特に困難にしているのは、個々の兵士の戦場における被爆状況に関する確たるデータが不足していることにある。初期の政府や科学委員会のこの問題究明に向けての努力は、湾岸戦争帰還兵の戦後の10年間の健康についての科学的研究結果が不足しているため限定的なものとしている。
その後、湾岸戦争中の事象と湾岸戦争病との関係を理解するための政府による調査研究が数多く行われたため、現在ではその理解が進んでいる。政府の研究報告書は、湾岸戦争の従軍者が経験した被爆の種類とパターンについての重要な見識が提供されている。湾岸戦争帰還兵に対する疫学的及び臨床的な数多くの研究がなされたことから、湾岸戦争中の経験と慢性的健康問題との間の関係を、多種多様の退役軍人グループに対する横断的な解析や、多様な解析手法による研究を可能としている。さらに、最近行われた毒物学的研究により、これまで知られていなかった湾岸戦争と関連した被爆の生物学的影響に関する詳しい情報が提供された。湾岸戦争帰還兵に対して、研究方針がさまざまに異なり、母集団の選び方も異なる多くの疫学的研究が行われたことから、以前考えられていたものより明確で、一貫した結論が得られて生きていると委員会は考える。戦場における被曝パターンと毒物学的研究結果を合わせると、湾岸戦争病のもっとも可能性の高い原因についての矛盾の少ない結論が得られる。
委員会は、戦場における精神的ストレス要因と従軍で被曝した可能性のある危険要因について、利用可能な証拠を標準化された手法を用いて評価した。この検証は、証拠を3大分類して行った。第1分類として、帰還兵の潜在的危険性要因への被曝の程度とパターンについて知られていることを再検証した。第2分類として、それぞれの被曝の健康に与える影響について、一般に知られていることは何かを決定するために、利用可能な科学的研究を広範囲に再検証した。この検証には、人間の母集団に対する疫学的及び臨床的研究や、動物に対して行った実験室的研究を含んでいる。第3分類として、湾岸戦争帰還兵の症状群と、問題となる被曝と間の関係を調べた多くの研究結果について詳細に再検証した。
一つの研究結果や1種類の情報を個別的に調べると、単一の被曝によって湾岸戦争病が発症するように思われる。しかし、湾岸戦争病の原因をもっとも明確に示している証拠が何であるかを決定するためには、すべての出典からすべてのタイプの証拠や研究結果について検証することが重要である。湾岸戦争の軍務に関連した多くの経験や被曝の中で、湾岸戦争帰還兵の研究は、一貫して、次の2種類の戦時被曝のみを湾岸戦争病の重要な危険因子として指摘している。それは、神経剤に対する防御手段としての臭化ピリドスチグミン(PB)錠剤の服用と兵士の展開中における殺虫剤の使用である。この二つは、戦場での被曝の程度とパターンについて知られていることが一貫しており、そして、それらは人間と動物から得られた他の一般的な情報と一致している。さらに湾岸戦争帰還兵の研究は、従軍中の心理的ストレス因子が湾岸戦争病と有意に関連していないことを一貫してい示している。その他の数種類の従軍中の被曝は、利用可能な情報に矛盾点や限界があることから、湾岸戦争病の原因から除外することはできない。その他の被曝は、利用できる証拠から考えて、その影響を受けた退役軍人の大半に対して、湾岸戦争病の原因とはなっていないように思われた。
心理的ストレス 湾岸戦争帰還兵の研究結果は、従軍中に経験した戦闘行為やその他の心理的ストレスは、他の戦時の被曝で生じた影響を補正すると、湾岸戦争病の原因として有意なものではないことを一貫して示している。心理的ストレス因子が人間に一定期間与える生物学的影響については、以前から研究されてきた。そして、より強い心理的ストレス因子がPTSDのような慢性的な精神疾患をもたらすことが報告されている。湾岸戦争における戦闘や極度の心理的ストレス因子は、現在の中東への派兵を含めた他の戦時派遣と比較して少なく、湾岸戦争帰還兵のPTSD発症率は、他の戦争の退役軍人の間の発症率と比較して低い。大規模な調査研究によると、湾岸戦争帰還兵の3から6パーセントがPTSDと診断されるが、湾岸戦争病になっている帰還兵の大半に精神疾患は見られなかった。戦闘への従事とその他の心理的ストレス因子は、湾岸戦争帰還兵の間でPTSDの割合を高めているが、湾岸戦争病の発症率を高めていはいない。
クウェートの油井火災 クウェートの油井火災で発生した煙は、1991年の湾岸戦争に特有な被曝であり、前線の地上軍に著しい影響を与えた。油井火災で発生した煙の被曝と湾岸戦争病との関連についての疫学的知見は、混合したものであるが、いくつかの研究で用量-応答効果が確認されている。高濃度の石油の煙や蒸気の被曝が人体あるいは動物に持続的な各種の症状を与えるか否かに関する研究から得られている情報はほとんどない。湾岸戦争帰還兵の研究結果は、油井火災の煙への暴露が大半の退役軍人の湾岸戦争病の危険因子であるという一貫した証拠とはなっていないが、長期間炎上する油井のそばに配置されていた兵員に与えた影響については疑問が残されたままである。クウェートの油井火災で発生した煙の高濃度被曝と、湾岸戦争帰還兵に高率で見られるぜんそくとの間には関連があるだろうとする疫学的研究が幾つかあり、これと湾岸戦争病と関連は否定しきれない。
劣化ウラン(DU) 劣化ウラン弾の打ち殻と粉塵による低レヴェル被曝は湾岸戦争中広範囲で発生したものと考えられ、前線に派兵された地上部隊のもっとも顕著な被曝となった。最近の動物実験研究で、水溶性の劣化ウランは、脳や行動に急性の影響を与えることが示されている。しかし、大半の湾岸戦争帰還兵が経験したような、短期間で少量の被曝が持続的影響を与えるとする見解は、ごく少数派に限られている。劣化ウランやウランへの被曝によって慢性症状を示す疾病に関する湾岸戦争やその他の人体に対する研究から得られた情報はほとんどない。現在の中東への派兵を含め、湾岸戦争後の派兵に伴って発生した劣化ウランの被曝と、様々な症候群を伴う疾病の発生との関連性は主張されていない。このことは、劣化ウラン弾の被曝が湾岸戦争病の主要な原因ではないことを示している。劣化ウランのさらに多量の被曝が長期的な健康に与える影響については疑問が残されているが、これは別の健康問題であろう。
ワクチン 海外に軍隊は派遣する際には、短期間に多種類のワクチンを接種することは一般に行われることである。約15万人の湾岸戦争帰還兵は1回か2回炭疽菌ワクチンの接種を受けている。多くの場合で、戦時中固定地点で軍務についた兵士に対してこの接種は行われた。最近の研究により、炭疽菌ワクチンは免疫反応が高いことが知られているが、湾岸戦争の研究結果の中に、炭疽菌ワクチンが湾岸戦争病に関連していることを示す証拠は示されていない。湾岸戦争のわずかの疫学研究の結果を合わせると、支援場所の兵士には望ましい投与であること、現在派兵している兵士の間では様々な症候群を伴う疾病の発生がみられないことから、炭疽菌ワクチンは湾岸戦争病になった大半の兵士の原因となった可能性は低いものと考えられる。しかしながら、わずかに行われた動物実験と湾岸戦争の疫学研究の結果は、湾岸戦争病と大量のワクチンの投与の関連を示すものがあり、炭疽菌ワクチンがの影響を排除することはできない。
臭化ピリドスチグミン(PB) 神経ガスの被曝時の防護手段としてPBが広範囲に使用されたことは、1990-1991年の湾岸戦争に特有のものである。臭化ピリドスチグミンは、湾岸戦争の疫学的研究によって、2種類のみ指摘された湾岸戦争病との関連性が深いとされた被曝のうちの一つである。湾岸戦争派遣者の約半数は派兵中にPB錠剤を服用したものと信じられている。そして、地上部隊と前線の兵士ほど服用量が多い。用量反応効果を指摘する研究がいくつかあり、PBを長期間にわたって服用した帰還兵は、PBの服用量の少ない帰還兵より疾病率が高いことが示されている。さらに、湾岸戦争中のPBの服用と戦後に生じていた認知障害と神経内分泌の変化との関連を示した臨床研究の結果がある。これらの多様な種類の証拠を合わせると、湾岸戦争時のPBの服用が湾岸戦争病の原因となっているとする一貫した説得力のある説明となっている。
殺虫剤 湾岸戦争の戦場で広範囲で使用された多種類の殺虫剤と虫よけ剤によって、感染症の発生率を抑え込むのに高い効果があったものとされている。殺虫剤の使用は、様々な手法で行われた湾岸戦争の疫学的研究によって、2種類のみ指摘された湾岸戦争病との関連性が深いとされた被曝のうちの一つである。湾岸戦争病と類似した様々な症候群を示す疾病が、他の集団を対象とした低レヴェルの殺虫剤の被曝と関連しているとの研究結果がある。さらに、湾岸戦争の研究では、多量の殺虫剤の使用は少量の使用より湾岸戦争病の強い原因となるというい、用量反応効果を明らかにしたものがある。さらに湾岸戦争中の殺虫剤の使用は、何年も経過した後に行われた臨床研究で、認知障害や神経内分泌の変化と関連付けられた。利用可能なすべての証拠を合わせると、湾岸戦争時の殺虫剤の使用が湾岸戦争病の原因となっているとする一貫した説得力のある説明となっている。
神経剤 湾岸戦争中にアメリカ軍が大規模で高濃度の化学兵器に曝されたという報告は存在しない。しかし、少量の神経剤の被曝が長期にわたる影響をもたらすとの懸念が浮上してきた。最近の動物実験の研究結果から、低レヴェルのサリンの被曝によって、以前には知られていなかった影響が、脳、自律神経、行動、神経内分泌、免疫作用に及ぶことが明らかとなった。1990年代の日本テロリスト事件で、致死量には至らないが症状が出る量のサリンに曝された人たちには、中枢神経系に長年継続する影響が生じたことが明らかとなっている。しかしながら、湾岸戦争中の神経剤への低レヴェル暴露の程度は不確かである。アメリカ軍が使用していた監視装置には、急性症状が生じない低レヴェルの神経剤の検出性能はほとんどなかった。国防総省は、1991年3月にイラクのハーミシーヤで行われた化学兵器の爆破によって、約10万名の米軍兵士が神経剤を低レヴェル被曝したものと予想している。しかし、被曝した人員と、その被曝レヴェルの推定に用いたモデルに対して疑問が生じている。その他の場所でも、さらなる低レヴェル被曝が生じているのか否かについても明らかでない。帰還兵による湾岸戦争中の神経剤の低レヴェル被曝に関する自己申告は、ことさら不確かで、湾岸戦争病と神経剤を関連付けた疫学的研究の結論にも一貫性がない。湾岸戦争帰還兵の研究によると、ハーミシーヤの爆破によって生じた神経剤の被曝のモデル研究で、脳腫瘍、計測可能な脳の構造と機能変化には、用量反応効果があることが明らかとなっている。湾岸戦争の臨床研究と、その他の人体と動物に対する研究結果から、神経剤に曝されたことのある帰還兵に対しては、湾岸戦争病と低レヴェルの神経剤の被曝との間の関係を否定しきれない。
感染症 湾岸戦争に派遣された兵員は、その派遣中に、かなり大きな割合で、消化器と呼吸器への急性
感染症を経験している。ところが、戦場での感染パターンにっ関する情報はほとんどなく、その感染と後に広がった慢性症状との間の関連を示す証拠もない。1990年から1991年の湾岸戦争に従軍した帰還兵の中には、特異なリーシュマニア原虫に感染した兵士が少数いることが確認されている。現在行われているイラク戦争では、多数の兵士がリーシュマニアに感染している。湾岸戦争病を示している帰還兵の約40%がDNA指標によってマイコプラズマ感染を確認したとするいくつかの研究結果がある。しかし、これらは検査手法に対する疑問に十分答えていない。これらを総合すると、感染症が湾岸戦争病の主な原因であるとする明確な証拠はほとんどない。しかし、湾岸戦争病の患者の中には、検出されずに慢性のリーシュマニアやマイコプラズマ感染を患っている可能性があるのではないかという疑問が残されている。
戦場でのその他の被曝 その他のいくつかの潜在的有害物質の戦場での被曝が湾岸戦争病の原因になっているとの説がある。それらの中には、細かい砂粒や空中の微粒子、テントの暖房ヒーターの排気ガス、その他の燃料の被曝、溶剤、塗りたてのCARC(耐化学剤皮膜)塗料が含まれる。これら、その他の被曝に対する証拠は、多くの場合でわずかにすぎない。しかし、利用可能な情報は、その影響を受けた大半の帰還兵に対して、これらの被曝が湾岸戦争病の原因ではなさそうであると示している。疫学的研究は、これら被曝のどれもが湾岸戦争病と関連することをほとんど示していない。そして、前線の地上部隊でこれらの被曝が多くなかったことも示されている。砂、溶剤や燃料の被曝などは、現在の中東への派遣軍も広範囲で経験している。人体と動物に対する研究結果は、燃料と溶剤の被曝は湾岸戦争病と矛盾しない神経学的影響を与えることを示しているが、湾岸戦争帰還兵に対す研究結果からは、これらのいずれもが湾岸戦争病と関連していないことを示している。
被曝の組み合わせ 個々の被曝の影響に関する利用可能な広範囲の証拠と比較して、湾岸戦争時の被曝の組み合わせによる影響の研究はわずかしかない。湾岸戦争の研究は、一貫して戦場での被曝は高い相関を示している。すなわち、一つに被曝した兵士は、他の多くの被曝も経験していることが大半である。これらの中には、PBの服用と殺虫剤、それも多種類の殺虫剤の吸引をともに経験することが含まれている。動物実験研究では、PB、殺虫剤、虫よけ剤、サリンの被曝量とストレスの強の組み合わせ量と症状との間に強い関係を見出しているが、これらは湾岸戦争期間中に帰還兵が経験したものである。化学吸収、新陳代謝、混合した神経毒性物質の生物学的作用に関して、様々な異なる知見が報告されているが、それは個々人の被曝状況で異なるものである。このような報告はあるものの、人体に対する研究では、湾岸戦争帰還兵の多くの疫学的研究を含めて、湾岸戦争時の組み合わせの被曝の影響に関して得られた情報はほとんどない。
戦場で混合された神経毒化合物を被曝したことが湾岸戦争病の原因となっているという、理論的に説得力のある事例がある。これらのうち、PBの服用と殺虫剤が湾岸戦争病と関連があることは、すべての証拠から一貫性のある結論である。派遣中のPBの服用と殺虫剤の使用の間には高い相関があり、動物実験でこれらの被曝の相乗効果も示されている。湾岸戦争で使用された殺虫剤の多くは、PBや神経剤と同様、神経伝達の上で重要な化学物質であるアセチルコリンのレヴェルを変化させることによって脳と神経系に毒性作用を与える。たとえこれらに説得力があったとしても、湾岸戦争帰還兵の研究の中に、湾岸戦争病の原因がこれらの複合被曝と関連しているのか否かを示す利用可能な証拠はほとんどない。重要な可能性は、湾岸戦争の研究をすべて評価して初めて明らかとなる。そのような評価をせずに、派遣中に被曝したどのような組み合わせのコリン作用性の、あるいはその他の神経毒物質が湾岸戦争病の原因となっているかを確定することは不可能である。動物を使用した毒物学的研究から得られた証拠と明らかになっている湾岸戦争中の被曝パターンに基づくと、湾岸戦争病と神経毒物質の相乗効果の間に関連性があることを否定できない。
湾岸戦争中のその他の被曝と神経毒化学物質との間に相乗効果があるのか否かを示した研究結果はほとんどない。すなわち、PB、各種の殺虫剤、低レヴェル神経剤、石油と油井火災の高濃度の煙、劣化ウランの粉塵、燃料の蒸気、テントの暖房の排気ガス、CARC塗料、空中粉塵、病原菌、各種のワクチン接種などを、異なる組み合わせで同時に受け、あるいは短期間の間に次々に受けたことによる生物学的影響については明らかにされていない。多くの研究者は、湾岸戦争への派遣中に受けた「カクテル被曝」とか「毒物スープ」状態の影響を評価することは困難で、明らかになっていないと主張している。このような相乗効果理論は興味深いが、そのような効果が実際にあるのか否かについて、現状では証拠はほとんどなく、湾岸戦争病にどの程度影響を与えているのかも明らかとなっていない。
証拠の重みづけと湾岸戦争病の原因について
湾岸戦争終了後17年が経過した今になっても、湾岸戦争病の原因が何であるかとの問いに対する答えを出すことの重要性は変化していない。現在は利用できる情報量が極めて多いことから、湾岸戦争病と湾岸戦争中に兵士の多種類の被曝経験との関連を証拠に基づいて検証することを可能としている。湾岸戦争の疫学的研究がもっとも強く、また一貫性高く示している証拠は、臭化ピリドスチグミン(PB)錠の服用と殺虫剤の使用が湾岸戦争病の重要な危険因子となっていることである。この二つの被曝と湾岸戦争病の関連を示す疫学的証拠の一貫性は、用量反応効果の存在、湾岸戦争の臨床研究で得られた知見、生物学的妥当性を示すその他の研究から示されており、これらの知見は湾岸戦争に派遣中の被曝パターンとの整合性が高く、1990年から1991年の湾岸戦争中のPB錠剤の服用と殺虫剤の使用した説得力のある事例と併せ考えると、これらを湾岸戦争病の原因と関係付けられる。湾岸戦争の研究は、派遣中のストレス因子が湾岸戦争病と有意に関連していないことを一貫して示している。
PB、殺虫剤と心理的ストレス因子以外の派遣に関連した被曝要因に関連した証拠は十分でなく、また一貫性も欠いている。いくつかの戦時被曝の中には、湾岸戦争病との関連の可能性を示す証拠もある。しかし、それらの間には一貫性を欠けており、重要な点で制限がある。湾岸戦争帰還兵の臨床研究、サリンを被曝したその他の母集団における研究結果及び動物実験の研究結果は、低レヴェルの神経剤の被曝によって、湾岸戦争病の症状と同様の慢性的神経系の症状が生じることを示している。したがって、低レヴェル神経剤を被曝した帰還兵に関しては、それと湾岸戦争病との関連を否定しきれない。しかし、疫学的研究の間に矛盾があることや、被曝の情報の信頼性が低いことから、どの程度の被曝によって湾岸戦争病を発症するのかの評価を困難にしている。いくつかの情報源に基づく限られた証拠は、神経毒物質の被曝、多種類のワクチン接種、クウェートの油井火災に曝されたこと、特に燃え上がる油井の近くに長期間展開していたことは、湾岸戦争病の複合原因となっていることを示唆している。
湾岸戦争病の研究結果には、劣化ウランや炭疽菌ワクチンの湾岸戦争病との関連を示す信頼性の高い情報はほとんどない。これら2種類の被曝は、最近の軍事展開の方が顕著であるのに、説明できない疾病の広がりが見られないことは、これらの被曝は、これらに被曝した大半の帰還兵の湾岸戦争病の主たる原因となっていないものと思われる。吹き付ける細かな砂粒、溶剤や燃料の被曝は1990年から1991年の湾岸戦争とともに現在のイラク戦争でも広範囲で生じている。そして、湾岸戦争帰還兵の研究結果は、これらの被曝と湾岸戦争病の関連を支持していない。ただし、ここで掲げたすべての種類の被曝は、状況によっては危険なものであり、帰還兵の中には、より限定的なこれらの被曝によっても健康障害を受けている。
湾岸戦争病の性格:湾岸戦争帰還兵に見られる生物学的及び臨床的知見
帰還兵の示す症状は、もっとも明確で一貫した湾岸戦争病の指標ではあるが、湾岸戦争病を患っている帰還兵と健康な帰還兵を明確に区別する客観的な基準を求める何十もの研究が、何人もの研究者によって行われてきた。そして、脳の構造と機能、自律神経系の機能、神経内分泌と免疫系の変化、神経毒性物質から身体を防護する酵素の変動の点で差異のあることが確認された。これらの知見は、湾岸戦争病に関連した多様な生物学的差異に対する指標を提供する。しかし、未だに診断検査として利用できるような指標は提供されていない。湾岸戦争病の生物学的特性を理解するための科学が進歩したにもかかかわらず、帰還兵の症状の根底にある個別の病態生理学的過程を特徴づける、重要な作業は残されたままである。委員会は、湾が戦争帰還兵の生物学的及び臨床的パラメーターを、湾岸戦争病に特に焦点を当てて評価した研究を広範囲に再検証した。
脳と中枢神経系に確実に作用した影響
湾岸戦争に従軍した帰還兵の中に、中枢神経系に長期間にわたる影響を受けた者がいることは、早くから複数の研究が示していた。湾岸戦争帰還兵に対する大規模な研究は、常に中枢神経系の異常を示唆する複合症状の発症率が有意に高いことを一貫して示していた。これらの研究は、湾岸戦争帰還兵の間では、当時派遣されなかった兵士と比較して、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症率が2倍であることも示している。さらに、ハーミシーヤ弾薬庫の爆破の際に風下にいた帰還兵は、他の帰還兵と比較して脳腫瘍の死亡率が2倍である。初期の研究結果は、湾岸戦争病は神経学的異常とは関係していないと結論していた。その根拠として、標準的な臨床評価と末梢神経の機能検査で特定できる意味のある知見が得られていないことが挙げられている。これらの分野における知見が不足していることと、脳を映像化する特別なスキャン装置、神経心理学検査、平衡感覚や聴覚前庭機能の測定結果から明らかになった中枢神経系への影響とを区別することは重要である。
神経画像検査による研究3つの研究チームが、磁気共鳴断層撮影装置(MRS)を用いて、湾岸戦争病の帰還兵と対照群の脳を検査して、その間に明らかな相違を発見した。これらの研究結果は、症状を示す帰還兵は、脳幹の脳細胞塊、大脳基底核及び海馬に著しい機能低下があることを示している。一つの研究結果では、左大脳基底核のニューロンの機能低下が、中枢ドーパミン活性の高進と関連していることを示している。症状を示す湾岸戦争帰還兵に対する特殊な単光子放射型コンピュータ断層撮影法(SPECT)による検査で、脳全体と局部の血流量の変化が報告されている。湾岸戦争帰還兵の白質容積の減少とハーミシーヤ弾薬庫の爆破によって発生した神経剤に対する被曝レヴェルとの間には有意な相関があることも報告されている。政府による未発表の3つの湾岸戦争研究計画の予備結果も大変興味深く、最終報告書が利用できるようになった段階で検証する予定である。これらの研究結果は、症状のある湾岸戦争帰還兵に、脳幹と大脳基底核の神経機能低下は見られないとする初期の大規模なMRS研究で得られた結果も含まれている。追加のSPECT研究の中間結果は、症状のある湾岸戦争帰還兵では、コリン作用性誘発への脳内血流応答が正常値とは異なることが示唆されている。初期の研究の3つ目のものとして、症状のある湾岸戦争帰還兵では白質の総容積が著しい減少を報告している。このような、特別な脳の画像解析によって得られた結果に対して、症状のある湾岸戦争帰還兵に対する、 脳波計(EEG)、脳のCTスキャンや標準的な磁気共鳴映像法(MRI)では、異常はほとんど検出されなかった。
陽子MRS、特殊なSPECTスキャン及び特殊なMRIを用いて脳の構造と機能を検査した湾岸戦争研究を全体で7本確認したところ、そのうちの6本が湾岸戦争帰還兵と健康な対照群との間に著しい相違を見出しており。1本の研究はこれらの間に何らの違いも見出していない。
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