エクセルのグラフで学ぶ気象学 トピックス8


地上気象観測所の平均気温の平年値から計算した気温減率

 気温減率について、気象科学辞典には、概略次のように記載されている。
●高度とともに気温が低くなる割合
●気温が低くなるときに正の値を取る
●気温逓減率ともいう
●空気塊を上昇させたときに空気塊の温度の変化をいう場合と、そのような空気塊が運動する環境の温度の鉛直変化(鉛直方向の空間分布)をいう場合がある
●単に気温減率という場合は後者の場合が多い
●対流圏内では、平均して約6.5℃・km-1
●成層圏の下層ではほとんど0(高度によらず一定
●成層圏の下層より上では温度は上昇し、気温減率は負の値となる
●気温減率が乾燥断熱減率より大きい場合に大気は不安定、湿潤断熱減率より小さい場合に安定
●気温減率が乾燥断熱減率と湿潤断熱減率の中間にある場合は、水蒸気で飽和していない空気は安定であるが、飽和している空気は不安定。通常は、気温減率はこの間にある

 気温減率の値約6.5℃・km-1は、標準大気の表を作成する際に利用されたものである。その値は、米国のワシントンからニューヨークが位置する北緯40度で、地上気温が15℃で大気が定常状態にあるときの表を作成している。大気は定常状態にあることはなく、時々刻々状態は変化している。ちなみにGPVから計算した2013年8月6日の東京上空の気温減率を、日本気象予報士会の「晴れてほしーの」に含まれる雲断面図を用いて計算したものを示す。

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 実際の気温減率がどの程度なのかを調べるために、日中は、地上気温の上昇により、地表付近では気温減率がかなり大きく、大気が不安定になるとがわかる。

 まず、日本国内では、もっとも高度の高い地上観測所である富士山の気温と東京の気温を用いて、気温減率の範囲を求めてみた。東京の観測点高度は6.1mで、富士山の観測点高度は3775.1mで、気温減率を6.5℃・km-1とすると、富士山と東京の計算上の気温差は (3775.1-6.1)×0.0065=24.5℃ となる。

 過去5年間(2008年から2012年)の東京と富士山の日平均気温の差を調べてみると、
 日平均気温の差の平均は  22.6℃  相当気温減率6.0℃・km-1
 日平均気温の差の最小値  8.7℃  相当気温減率2.3℃・km-1
 日平均気温の差の最大値 33.0℃  相当気温減率8.8℃・km-1
であった。このように、気温減率は大きくなっても、乾燥断熱減率を日平均値で上回ることはなかった。

 気温の平年値は定常状態に近い値になると想定し、地上気象観測所の気温の平年値のデータを用いて、日本国内の気温減率を計算してみた。具体的には、各地上観測所の気温の年平均気温の平年値を地上高度の値と気温減率の値を用いて、海面高度の気温に換算した。初めに、気温減率の値を6.5℃・km-1として計算した。その結果のグラフを下に示す。

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 回帰直線の式の勾配の値-0.8977は、緯度が1度上昇すると気温が何度下がるかを示すもので、ここでは「緯度気温減率」と呼ぶことにする。そして、通常の気温減率を、「高度気温減率」と呼ぶことにする。北緯35度付近で上に飛び出している観測点は富士山である。富士山以外にも甲府、諏訪、松本、奥日光、河口湖、飯田といった高度の高い観測点の値が上に飛び出していた。そのため、決定係数は0.9708と十分に高いものの、その値を下げているものと考えられた。そこで、決定係数を極大とする高度気温減率の値を探った。

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 その結果が上に示すもので、高度気温減率を5.65℃・km-1としたときに、決定係数が0.9708と極大になり、その時の緯度気温減率の値は-0.8979℃・°-1であった。富士山、甲府、諏訪、松本、奥日光、河口湖、飯田といった観測点の値が回帰線に近づいた。

 同様の操作を、各観測地点の気温の月別平年値に対して行ってみた。その結果を以下の表に示す。

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 高度気温減率、緯度気温減率ともに、冬場に大きく、夏場に小さい値となっている。このように一見するときれいな結果が得られたが、各月のグラフを見ると、少し異なった印象がする。

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 上に示したグラフは8月の各観測地点の平年値をもとに計算した結果である。気温減率を5.0℃・km-1としたときに、決定係数が0.7261と極大になった。しかし、分布が逆くの字型に屈曲しているように見える。

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 上に示したグラフのように、北緯35度付近を境に別々の回帰直線で近似した方がよいように思える。

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 もっとも、冬季は、グラフの屈曲は小さく、逆に若干くの字型に屈曲している。いずれにしても、北緯35度付近で傾向が異なっているように見えた。そこで、各月の平年値を北緯35度付近で分割して集計してみた。ただ、北緯35度の必然性が見当たらないので、東京の緯度である北緯35.69度で分割集計してみた。

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 上に示したグラフは、東京で北と南に分割して集計した高度気温減率である。夏場に値は小さく、冬場に大きいことがわかる。その季節変動は、高緯度側で大きく、低緯度側で小さい。冬場は、地上と上空の温度差が大きく、大気が不安定になりやすいことがわかる。ただ実際には、冬季の太平洋側は大気が乾燥しているため、大気が不安定になりにくい。一方、日本海側は大気が湿潤なことが多く、大気が不安定になりやすいといえる。

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 上に示したグラフは、東京で北と南に分割して集計した緯度気温減率である。夏場に値は小さく、冬場に大きいが、その季節変動は、高緯度側で小さく、低緯度側で大きい。夏場は、低緯度側では緯度が変化しても気温の変化は極めて小さく、どこでも同じような気温となっていることを示している。一方、冬場は低緯度側も高緯度側も緯度が上がると気温が下がり、1月には、緯度1度上がるごとに低緯度側で1.2℃、高緯度側では1.4℃近く気温が低下することを示している。

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 東京以北と東京以南の観測地点の8月の気温の平年値の値をもとに、回帰線を引いたとき、その上下に大きく飛び出した観測地点の名称を書き込んでみた。これらの観測点は、高度と緯度の割に、他の観測点より気温が高い、あるいは低い観測点である。たとえば、広尾、釧路、根室などは、8月には周囲の同等の高度と緯度の観測地点の気温より低いといえる。逆に、札幌、旭川、大阪、諏訪、松本などは気温が高いといえる。

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 上に示したグラフは、同様に東京以北と東京以南の観測地点の2月の気温の平年値の値をもとに、回帰線を引いたとき、その上下に大きく飛び出した観測地点の名称を書き込んでみた。回帰線の上下に突出する観測地点が、8月の時とは異なった場所となっていることがわかる。

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 上に示したグラフは、東京以北の観測地点の月別の順位統計の抜粋である。赤い線で示した旭川は、冬気温が低く、夏高い傾向が顕著である。札幌も同様な傾向ではあるが、その傾向は旭川ほど顕著ではない。赤の点線で示した帯広も同様の傾向であるが、全体的に線が下にある。一方、緑色の線で示した根室は、その逆で夏気温が低く、冬高い傾向が顕著である。釧路は、前季節を通じて気温が低めである。

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 上のグラフは、関東甲信の観測地点を抜粋したものである。東京は、冬の気温が高いのは都市化現象として当然と思えるが、夏場に気温が低い傾向を示しているのは意外である。夏の気温が高いことで有名になった熊谷も、意外と夏の気温は、緯度と高度の割には低いことがわかる。一方、松本の気温は、冬低く夏高い傾向がみられ。水戸は全季節を通じて気温が低い。

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 上に示したグラフは東京以南の順位統計の抜粋である。富士山を除き、夏気温が高く、冬低い傾向を示している観測点が多い。その傾向は日田が一番強い。東京以南では、ここに示したような都市部の多くの観測点でこのような傾向となっている。その理由は、東京以南では逆の傾向を示す島しょ部や岬、海岸地域の観測点が多いからだ。そのような観測点の結果を次のグラフに示す。

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 父島、三宅島、潮岬、室戸岬など、冬場に気温が高く、夏場に気温が低い傾向の観測点が多く見られる。そんな中で、同じ島しょ部であっても、名瀬や石垣島は少し異なる傾向となっている。

(2013.12.3)

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