この事件では、Ｓ＆Ｗの口径０．２２インチ、キットガンが容疑の拳銃に浮上した。しかし容疑者は、この種類の拳銃を所持していたことはあったが、底なし沼でマス釣りをした際にカヌーがひっくり返り、拳銃を沼の中に落としてしまい、事件発生当時には所持していなかったと供述した。その後、大型磁石を用いた捜索をしても、この拳銃は回収されなかった。

　Ｓ＆Ｗ社は、１８９６年に、それまでの中折れ式の回転弾倉式拳銃に代わって、シリンダー（回転弾倉）をフレームの横に開く形式（スイングアウト式）の回転弾倉式けん銃を発売した。その拳銃の口径は０．３２インチＳ＆Ｗロング型であった。これが現在も継続して販売されているＳ＆Ｗ社のスイングアウト式の回転弾倉式拳銃の最初のモデルで、１８９６年型あるいはモデル１と呼ばれた。なお、Ｓ＆Ｗ社は、このシリンダーを横に開く形式を、当時スイングアウトモデルとは呼ばず、ハンドイジェクターモデルと名づけた。このモデルは１９０３年頃までの間製造され、総製造丁数は１９，７１２丁であった。

　当時Ｓ＆Ｗ社は、この口径は警察用として最適なものと考えていたが、すぐにその威力不足が判明した。やがて、口径０．３８インチ･スペシャル型が警察用の実包の標準となり、警察用や自己防衛用として使用されるＳ＆Ｗ社の代表的拳銃は、Ｊフレームの口径０．３８インチ回転弾倉式拳銃が選ばれるようになった。一方、個人が手軽に射撃を楽しむものとして、口径０．２２インチ・ロングライフル型の廉価な実包と拳銃の組み合わせが好まれた。

　このような流れに対応するために、口径０．３２インチハンドイジェクター回転弾倉式拳銃のフレーム（Ｉフレーム）に、口径０．２２インチの銃身を取り付けたものが１９１１年に、.２２／３２ハンドイジェクターとして発売された（この年は、その後有名となるコルト･ガバメント型が軍用に制式採用された年である）。なお、.２２／３２は、口径０．３２インチのフレームに口径０．２２インチの銃身を付けていることを意味し、口径０．２２インチと口径０．３２インチの両者の口径が使用できる拳銃であることを意味していない。

　このような拳銃のアイデアはＳ＆Ｗの販売を行っていたフィル・ベキアートの発案であった。それまでのＳ＆Ｗ社の口径０．２２インチの回転弾倉式拳銃は、中折れ式の１型やＭフレームのレィディスミスなどの小型のものしかなかった。この.２２／３２ハンドイジェクターと同種の拳銃は、その後何種類か発売されたが、その中でもっとも親しまれたのがキット・ガンであった。これは、魚釣りやキャンプのときにキット・バッグ（ナップ・サック）に入れるのに最適な大きさと口径であったからだ。

　最初のキット･ガンは、.２２／３２キットガンの名称で１９３５年に発売された（１９３５年は、口径０．３５７インチ・マグナム実包が開発された年でもある）。銃身長４インチ（１０ｃｍ）、重量２１オンス（約６００ｇ）のダブルアクション式で、弾倉容量は６発で、射距離調整と風向補正が可能な照門が装備されていた。初代のキットガンは１９４１年ごろまで製造販売された。その後１９５７年までの間、小さな変更が何度も加えられたが、モデル１９５３はＩフレーム（スチール）のキット・ガンで、１９５３年から１９６９年ごろまで製造された。

　１９５４年には、アルミニウム合金のＪターゲット・フレームとアルミニウム合金の回転弾倉、３．５インチの銃身が付けられた、モデル１９５５ .２２／３２キットガン・エアウエイトが発売された（ただし、この拳銃にエアウエイトの表示はない）。

　 　Ｓ＆Ｗ社は１９５７年にモデル名称付けのシステム変更を行った。これにより、それまでの年号を用いたモデル名から、１０番から始まる番号を用いたモデル名が付けられるようになった。この名称変更により、モデル１９５３のキットガンはモデル３４に、モデル１９５５キットガン・エアウエイトはモデル４３に引き継がれた。モデル３４になって銃身長２インチのモデルが追加され、Ｊフレームのモデルも製造された。モデル３４は小さな変更が重ねられ、モデル３４－２となり、１９９１年まで製造された。モデル４３は１９７４年まで製造された。

　本書でキットガンとしているものがキットガン・エアウエイトであったとすると、大きな部品では銃身のみが磁性体であり、磁石には吸着しにくい拳銃であったといえる。ただ、容疑者が犯人で、犯行後拳銃を遺棄したとしても、供述どおりの場所に遺棄したものとは考えにくい。