元警官殺し

 

事件概要

 警察官を辞めて保険の査定員をしている男が、車の運転席に座ったままの射殺体で見つかった。使われた実包は警察用のもので、やがて警察官の一人が容疑者として浮かぶ。

 容疑者として浮かんだ警察官は、捜査に容疑を否認し、証拠物も破棄したと思われたが・・・



オリジナル写真を用いた解説

図15のオリジナル写真のコピー
             図15のオリジナル写真のコピー
        口径0.45インチ、コルト ガバメント型自動装てん式けん銃

図16のオリジナル写真のコピー
             図16のオリジナル写真のコピー

     警察官用のガンベルトに下げられる2連の予備弾倉ポーチに収められた予備弾倉

 これらの予備弾倉には実包がフルロードされていたという。口径0.45インチのコルト(M1911A1型)は、信頼性の高い軍用銃として有名だが、単列(シングル・カラム)弾倉で弾倉容量が7発と少ないため、米国の警察用途としては予備弾倉は必需品となる。
 自動装てん式けん銃と回転弾倉式けん銃とどちらがよいかという議論が古くからあるが、銃をいつでも発射できる状態に長期間して置けるかも一つのポイントである。回転弾倉式けん銃は薬室に実包を装てんしたままにしておいても銃は傷まないが、自動装てん式けん銃では、弾倉に実包をフルロードしたままで(弾倉バネを最大限圧縮くしたままで)、長期間放置しておくことは好ましい状態とはいえない。銃に詳しい者にとってこれは常識であり、フル装てんされた弾倉が長期間にわたって放置されていたものとは考えにくい。

図17のオリジナル写真のコピー
                図17のオリジナル写真のコピー

          リロード用に被疑者が保管していた打ち殻薬きょう

 几帳面に実包の空き箱に保管されている。リロードの第1ステップとして、使用済みの雷管を抜き取る(脱管する)必要がある。打ち殻薬きょうに残される発射痕情報のうちで、最も重要なものは雷管上にあることから、打ち殻薬きょうが脱管された状態で保管されていたとすれば、鑑定作業はもっと大変になっていたであろう。

図18のオリジナル写真のコピー
                 図18のオリジナル写真のコピー

          雷管面に残された遊底頭痕の比較顕微鏡写真

 カラー写真で見ると、現場薬きょうの雷管周辺部には、赤色の防湿用ラッカーが付けられていることが分かる。個人がリロードした実包は、長期間保存することが想定されないこともあり、雷管周囲に防湿塗料を塗布することは稀である。

図19のオリジナル写真のコピー
               図19のオリジナル写真のコピー

 中心打ち式薬きょうに打刻されているきょう底刻印は、薬きょうの中央部にある雷管室(プライマー・ポケット)を加工するバンターという工具によって、雷管室の加工時に打刻される。1本のバンターは相当長期間にわたって使い続けられるという。ウインチェスターのブランドで知られるオーリン社は、軍用では8万発、民間用では12万発から18万発の薬きょうを1本のバンターで加工するという。それでも、製造機械の回転数が高いため、1日でバンターの寿命を迎える。

 バンターによって薬きょうに残される刻印の細部の特徴が、どの程度の期間継続するのかについてさまざまな研究がされている。それらの研究結果によると、相当長期間再現されるものから、短期間で変化するものまであるという。微細な痕跡特徴は10発程度で変化するが、大きな形状特徴は65000発の間再現されたという研究結果がある。


   「グレイザー・セイフティー・スラグ」

 「元警官殺し」で紹介された事件が起こったころは、グレイザー・セイフティー・スラグは数種のけん銃用口径が、主に警察等の法執行機関用に販売されていたに過ぎなかった。現在では、けん銃用とライフル銃用の合計20種類を越える口径のものが、警察向けとは限らずアメリカ国内で一般に市販されている。

 この実包は、1974年にこの製品名を会社名としたグレイザー・セイフティー・スラグ株式会社(Glaser Safety Slug, Inc.)が、跳弾(標的に命中しなかった弾丸が路面等で跳ねること、あるいは跳ねた弾丸。そばにいる第3者を殺傷する危険がある)の危険性を大幅に低減させた実包として販売を開始したものである。また、弾丸の侵徹性能も抑えられるため、航空機内で発射した際に、機体に大きな損傷を与えないとして、米国の連邦航空保安官の装備けん銃に使用されてきたが、現在ではより強力なホローポイント弾を使用している。航空保安官は、第1弾を胸部に、第2弾を頭部に確実にヒットさせる高度な訓練されている射撃の名手のみが勤務しており、跳弾等の可能性を排除しているからという。

 グレイザー・セイフティー・スラグは、当初12号散弾(直径0.05インチ=1.27mmの球形鉛弾が)が充填された半被甲弾丸が用いられ、弾丸頭部に青色の樹脂製の蓋がされていた。このような弾丸頭部の形状では、自動装填式けん銃では実包の薬室への装てん不良が生じるため、その後弾丸頭部に球形プラスチックを詰めたものに変更された。このプラスチックボールも青色をしていた。

 その後1988年に、被甲の内部に散弾がほぼ一体化するまで圧縮して充てんする技術が開発され、弾丸の質量を増加させるとともに 侵徹能力を増大させた。これによって命中精度が大幅に向上した。それでも、ドアの影に隠れた犯人や厚手の服を着た犯人に対しては十分な侵徹力が得られないことから、6号散弾(直径0.11インチ=2.8mmの球形鉛弾))を圧縮充填したものが製品に加えられた。この弾丸の頭部には銀色のプラスチックボールが装着されていて、グレイザー・シルバーと呼ばれるようになり、これに対して従来の製品はグレイザー・ブルーと呼ばれるようになった。暑い季節あるいは暑い場所ではグレイザー・ブルーを使用し、寒い場所ではグレイザー・シルバーを使用することによって、厚手のコートなどを着用した者に対しても十分な 侵徹力を確保できるとされている。

 アメリカ合衆国サウスダコタ州にあったグレイザー・セイフティー・スラグ社は、コーボン(Cor-Bon)商標で実包を製造販売しているダコタ実包会社(Dakota Ammo Inc.)との共同経営を行っている。セイフティー・スラグを市販することを禁止する法律はなく、一般に入手可能である。口径0.25インチや0.32インチといった小口径のものも販売されており、これらが法執行機関で使用することを意図したものではないことが明らかである。法執行機関の装備けん銃の一般的な口径である、口径9ミリメートル・ルガーや38スペシャル+P、40S&W等の口径のものを法執行機関用と銘打って販売しているのが現状である。


     「ナイクラッド」

 法執行機関用として販売されていて、現在は広く一般に販売されている実包として有名なものにナイクラッド実包がある。ナイクラッドは、表面をナイロンの皮膜で覆った鉛の弾丸が装着された実包である。この種の実包は、屋内射場での射撃訓練で発生する鉛中毒を防止する目的で1970年代にS&W社が開発した。

 射撃訓練では、価格の高い被甲弾丸が使用されることは少なく、価格の安い鉛弾丸が使用される。鉛弾丸では、火薬の燃焼ガスによって熱せられる弾丸底部や、銃腔と摩擦して温度が上昇する弾丸側面(ベアリング・サーフェイス)から溶融鉛の蒸気が発生する。この鉛蒸気は訓練生の健康に悪影響を与えるが、指導教官たちは、その蒸気を1日中吸引するという劣悪な職場環境に置かれていた。

 鉛弾丸の表面をナイロンの皮膜で覆うことによって、発生する溶融鉛蒸気を抑えるたのがナイクラッド弾丸である。この種の弾丸を使用するナイクラッド実包は、S&W社の企業カラーである青を主体とした紙箱に50発ずつパッケージしたものがS&W社から発売された。その口径は、0.38インチ・スペシャル、0.357インチ・マグナム及び口径9ミリメートル・ルガーであった。

 当初ナイクラッドは法執行機関の訓練弾として供給されていたが、1982年ごろ、S&W社はそのナイクラッドの特許及び製造・販売権と製造設備一式をフェデラル社に売却した。フェデラル社はその設備を用いて、初めの5年間ほどはS&W社の仕様どおりのものを製造していたが、その後独自の技術で改良を加えていった。現在でもこれらの実包は主に法執行機関用のカタログに掲載されているが、一般にも販売されている。


     「KTW」

 1960年代の米国では、自動車を用いた犯罪者に対して、拳銃弾を用いて車のドア越しに制止することが困難なことが問題となっていた。その問題を解決するために、 拳銃弾丸の侵徹力の向上を目指して開発されたのがKTW弾丸である。この弾丸は、黄銅の弾丸に緑色のテフロンをコーティングしたもので、レミントンやウインチェスターの雷管付き薬きょうに組み付けられた。開発したのはポール・コプシュ、ダン・ターカスとドン・ワードの3人で、彼らの姓の頭文字をとってKTWと名づけられた。彼らは1968年にKTW社(KTW Inc.)を設立し、製品の販売を開始した。

 この種の実包は、法執行機関に限定した販売であったが、少数は民間に流れたようである。そして、この弾丸が防弾チョッキを着用した警察官を殺傷するということで、「コップ・キラー」弾丸と非難されるようになった。その後1968年に鉛以外の金属を弾芯に用いている弾丸の民間への販売が禁止されたことから、製造も中止された。ただ、それまでに販売されたものは引き続き所持することはできるとされた。


        「PMC実包」

 実包製造に必須なものは、弾丸の鉛、薬きょうと被甲弾丸の被甲に用いる銅、黄銅と発射薬と雷管である。実包製造会社はこのうち、銅や黄銅加工業から発展した会社と火薬製造業から発展した会社とがある。大韓民国のPMCは、1970年前後に、これらの技術を海外から導入し、現在では世界でも有数の実包製造会社へと発展した。PMCは豊山金属工業(Poongsan Metal Manufacturing Co. Ltd.)の英語の頭文字で、同社は1969年に韓国軍に小火器用弾薬を供給する会社として出発した。

 実包製造に使用する主要な機械はフランスのマニューリン社(Manurhin)から購入し、その他E.W.ブリス社(E.W. Bliss)やフリッツ・ワーナー社(Fritz Warner)などの機械も必要に応じて輸入した。これらの製造機械の設置や調整は、米国出身の3名の技術者が関与した。彼らは米国の大手実包メーカーには所属しておらず、工場の立ち上げに際して韓国に2年間滞在した。

 1971年に最初の製品として、韓国軍向けの口径0.30インチM1カービンと口径.30-06スプリングフィールドM-2実包が出荷された。1973年からは、韓国軍用の7.62mmNATO・M-80実包と5.56mm・M-193実包の出荷を開始した。韓国軍用のこれらの実包は1977年から米国へ輸出され始めた。米国の輸入会社は複数あり、そのうちの1社はコネチカット州サウスポート市所在のハンセン社(Hansen and Company)で、1977年9月頃から輸入を開始したが、輸入は1年半ほどで終了した。また、ニューヨーク市にあったパットン・モルガン社(Patton Morgan Corporation)という、頭文字がPMCの会社も輸入した(ただし、この会社の登記はデラウエア州でなされていた)。大韓民国から輸入された実包は「PMC実包」として販売されたが、ここでのPMCは「精密製造された実包(Precision Made Cartridge)」であった。他に、カリフォルニア州サクラメント市所在のインターアメリカン輸出入社(Inter-American Import-Export Company)も1970年代に韓国から実包の輸入販売を行っていた。

 韓国のPMCは1980年から、口径0.38インチ・スペシャルと9mmルガーの実包の製造を開始した。38SPLでは158グレインの鉛弾丸の実包、9mmルガーでは115グレインのFMJの実包等、NATO規格以外の実包の製造を開始し、米国の民間市場向けに販売されるようになった。軍用の実包では、ヘッドスタンプに「PS]が用いられ、民間用の実包ではヘッドスタンプに「PMC」が用いられた。軍用の実包のヘッドスタンプには、PSの他に製造年のみ刻印されているものと製造年月が刻印されているものとがある。製造年は西暦の下二桁が表示されており、製造年月にはNOV.79のように月が英字で示されているものと、80.06のように月が数字で(1980年6月)示されているものとがある。

 1970年代末にパットン・モルガン社はカリフォルニア州ロサンゼルス市に移転するとともに、社名もパン・メタル社(Pan Metal Corporation)に変更した。本書の事件を捜査していた1982年ごろには、社名はパン・メタル・コーポレーションで、大韓民国から実包の輸入を開始してから5年も経たない時期であった。

 韓国のPMCで製造されている実包に使用されている発射薬は、米国のオーリン社(Olin)とのライセンス契約の下にPMCの工場で製造されたボールパウダーが使用されているものである。これらの発射薬にはシングルベースとダブルベースの両者の無煙火薬がある。韓国のPMC社は、ニトログリセリンの製造法はスイスの会社から技術導入し、ニトロセルロースの製造法はオーストリアの会社から技術導入した。雷管の製造に関してはアメリカ合衆国政府の援助を受けて開発した。

 韓国PMC社では、薬きょうに使用する銅は、銅の含有率90%の丹銅をカナダから輸入して使用している。鉛は国内の精錬会社のものを購入している。

 その後1988年にパン・メタル社はネバダ州ボルダー市近郊に工場用地を購入し、米国内での実包製造を開始した。この工場はエルドラド実包会社(Eldorado Cartridge Corporation)として知られる。この会社で製造した実包には「ELD」や「ELDORADO」のきょう底刻印がされているものもあるが、「PMC」刻印のものも製造されている。大韓民国製の薬きょうのきょう底刻印のMはWを逆にした字体になっているが、ネバダ州で製造されているものはMの字体であったり、Pの前とCの後ろにピリオドやハイフンを付けることによって区別しているとの説明もあるが、大韓民国製でMの字体のものがあったり、米国製のものにWを逆にした字体のMが使用されているものもあり、完全に区別することは難しいと考えられる。


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