工具痕鑑定用語集

工具痕鑑定用語集


         

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用語 用語説明 英語
圧痕
あっこん

工具が、物体にほぼ垂直に作用し、あるいは移動した場合に、その工具によって物体に残される痕跡。型式特徴固有特徴を兼ね備えるか、そのどちらかの特徴が残されている。
Impressed Toolmark
一致
いっち
比較対照している複数の工具痕が、同一の工具によって付けられたものであると結論できた場合に使用されてきた語。

この結論は、工具痕の型式特徴が同等であり、全体的な痕跡形状が類似しており、痕跡の微細な形状にも対応関係があるときに得られる。

位置や形状が対応している個別の線条痕があっても、その個々の線条痕を、「一致」条痕とは言わない。個別の線条痕が「一致」していても、その工具痕が同一の工具によって付けられたものと結論できるとは限らないからである。

英語ではMatchの語が使われてきたが、この語も線条痕のMatchなのか工具痕としてのMatchなのか曖昧であることなどから、この語を使用せずに、「対照している工具痕が同一工具に由来するものとの結論が得られた」、等と説明するのが現在の方向である。
Match
一致条痕
いっちじょうこん

二つの線条痕を機械的に比較したとき、それらの痕跡の中で場所(基準点の位置からの距離)と形状が対応する個々の条痕。

1組の線条痕を比較対照した場合でも、場所や形状の同一性をどこまで厳密に区別するかで、一致条痕数は一般に異なる。

特に、形状の同一性を二次元的に判断する場合(線条痕の位置と幅が対応しているものを一致とカウントする)と、三次元的に判断する場合(線条痕の位置と幅だけでなく、その深さや高さが対応しているものを一致とカウントする)とでは、一致条痕数はかなり異なる。

線条痕は山谷が交互に並んだ痕跡と考え、そのうちの山の部分(二次元的比較では明部)、あるいは谷の部分(二次元的比較では暗部)の位置と幅が一致する痕跡を数えることが以前から行われていた。測定機器の進歩により、線条痕の三次元形状の測定が容易になってきているが、同一工具によって加工された場合でも、加工品の材質が異なると線条痕の深さは一般的に異なり、三次元形状を単純に比較したのでは、加工工具の識別精度が向上するとは限らない。

線条痕の1本1本の条痕の対応関係をいう用語であり、「一致」、「同一工具痕」という比較結果の結論を示す用語とは異なるものである。字面が類似しているため、結論に用いられる用語との間で混乱が生じるが、これ以外に適切な用語は思い浮かばない。
Matching Striation,
Matching Striae
円筒用ストライアグラフ
えんとうようすとらいあぐらふ
平坦面上に付けられた線条痕の測定装置であるストライアグラフを考案した米国のジョン・E・デイビスはその成果を生かして、工具痕鑑定の中で事件の重要性が高い発射弾丸の腔旋痕鑑定(米国では殺人事件の大半が銃器犯罪である)に使用できるように改良した円筒状資料用のストライアグラフ。やはり親友のJ・H・エックルストンが実機を組み上げた。

表面形状を検出する触針が取り付けられたアームと顕微鏡による振動の拡大像検出部分の構造は平面用のストライアグラフと同等であった。円筒用ストライアグラフでは、平面状の測定物を水平面内で移動させる代わりに。水平な軸を中心に弾丸を回転させる機構と、それに同期させて円形の印画紙を回転させる機構が新たに考案されていた。

軸周りに回転する弾丸の表面に落とされた触針の上下動を、顕微鏡の像として拡大し、弾丸の回転と同期された円盤状の印画紙に焼き付けられる計測結果は、弾丸の弾軸周りの断面形状を半径方向に拡大した形状となっていた。

アームは割りばし細工のようなものであったが、現在の真円度測定器の原型となっていた。アームの先に付ける触針の形状は何種類も用意されており、円筒内面を測定できる触針もあった。これによって、銃腔内形状の測定が可能であった。

1970年代になると、タリロンド、ロンコム、ラウンドテストなどの商品名で精密測定器メーカーから販売された真円度測定器を利用できるようになったが、それらの測定器に描かせた弾丸の断面形状の円形チャートは、1950年代初頭に開発された円筒用ストライアグラフで計測した弾丸形状の円形チャートと実質的に同じものであった。
Striagraph for Cylindrical Surface
型式特徴
かたしきとくちょう
工具及び工具痕の特徴のうち、工具の種類や型式によって定まる特徴をいう。

工具の場合、その設計図面で指定されている寸法や仕上げに関する特徴があたる。これらの特徴は工具を製造する前から定められている。工具による加工痕跡である工具痕では、それを加工した工具の設計図面で指定されている寸法や仕上げに関する特徴を反映した特徴が型式特徴となる。数値や簡単な分類記号等で表現できる特徴である。

型式特徴は、工具痕鑑定の一分野である発射痕鑑定で発達した概念である。銃腔の腔旋の条数や腔旋の回転方向は銃身の製造図面に指定されており、一定の製造公差内で製造される。その銃身から発射された弾丸には、銃身の製造図面に指定された腔旋と凹凸関係にある形状の腔旋痕が付けられる。したがって、発射弾丸の腔旋痕を測定すると、銃身の製造図面に指定された値を推定できる。その推定値から銃器の型式が推定される。

型式特徴は、痕跡の元ととなった工具の対象を絞り込む際に利用される。工具痕から推定される工具の型式が異なるということは、工具が異なることを意味することから、その工具を比較対象から除外できる。一方、型式特徴が互いに対応する工具痕は、同一工具由来の痕跡である可能性を除外できない。

工具と加工品との位置関係の自由度が高い場合には、工具痕工具の型式特徴を結びつけることは容易でない。たとえば手持工具によって表面を擦過した場合に、工具の刃先の幅と擦過痕の幅が対応するとは限らない。

工具痕を形状やパターンによって分類して、対象となる工具を絞り込むという観点から、分類特徴ということもある。
Class Characteristics
ガラスビーズ
がらすびーず

工業用ガラスビーズを参照。 Glass Beads
Impact Beads
Metal Finishing Beads
擬似固有特徴
ぎじこゆうとくちょう
準型式特徴と同意であり、この特徴が固有特徴と見間違う可能性のある痕跡であることに注意を促す名付けをしたのがこの用語である。

同一工具によって連続加工された工具の表面に、設計図面に指定されてはいないが、複製される形状特徴。このような特徴痕跡が存在すると、連続製造された異なる工具によって製造された製品に、同一工具によって製造されたものと誤解させるような工具痕を残すことがある。
Subclass Characteristics
希少性
きしょうせい
腔旋加工に使用される工具痕に珍しさがあることをいう。

単独の工具痕を見て珍しいと感じるのは、固有特徴の珍しさではなく、型式特徴の珍しさであることが多い。固有特徴は、複数の工具痕の間で比較対照を行って初めて特徴として認識されることが多い。これに対して型式特徴は、製造図面に指定されているもので、同一の型式特徴の工具が複数存在する。それなのに、現実の鑑定作業では、型式特徴に希少性を感じることが多い。型式特徴は、原則として数値化できる特徴であり、その特徴の出現率の統計を取ることができる。型式特徴の希少性を主張するためには、この統計をしっかり取っておく必要がある。

同一型式の工具痕は多数出現するはずであるのだが、現実の鑑定では長い鑑定業務の中で1度しか目にしない型式特徴もある。たとえば、腔旋痕旋丘痕幅は。誤差範囲で同等の幅に揃えられているのが普通であるが、20年ほど前に幅の広い旋丘痕と狭い旋丘痕が交互に並んでおり、広い方の旋丘痕幅が狭いものの約2倍であるものを目にした。その後、この種の腔旋痕は2度と目にしていない。
Rarity
既知の相違工具痕
きちのそういこうぐこん
異なる工具によって印象されたことが分かっている複数の工具痕をいう。

工具痕の鑑定技術を磨くには、同一工具によって印象された工具痕に認められる痕跡の類似性がいかなるものであるかを体得することが重要であるとともに、異なる工具によって付けられた工具痕がどのように相違するものであるかを体得することも重要である。異なる工具によって印象された工具痕は、外観が大きく異なることが多い。このような工具痕を、自信をもって「相違」と結論できるようにならないと、工具痕の異同識別の実務を開始することは難しい。

一方、製造時期が近接した同一型式の複数の工具によって印象された工具痕の間に認められる類似性と、そのような工具痕の間にも認められる相違点について、既知の相違工具痕を用いて学ぶことが極めて重要である。

同一工具によって印象された工具痕であっても、加工品の材質の相違、加工品に作用する工具の向きや方向、力の相違、工具の移動速度の差、工工具の損傷。劣化などのさまざまな要因によって、その形状が変化する。場合によっては、その変化はきわめて大きい。そのため、痕跡に相違点が見られても、それが異なる工具に由来する工具痕であるとの結論を導かない立場もある。

このような難しい問題があるにしても、工具痕鑑定の目的は、同一工具に由来する工具痕と、異なる工具に由来する工具痕との区別をすることにあることから、その区別のできる範囲を広げる努力をする必要がある。そこで行うべきことは、既知の同一工具痕と既知の相違工具痕の観察を重ね、その間に認められる相違点を体得することに尽きる。 英語ではKnown Non-Matchであり、KNMと略されることがある。
Known Non-Match,
KNM
既知の相違工具痕間の最良一致
きちのそういこうぐこんかんのさいりょういっち
異なる工具によって印象されたことが分かっている複数の工具痕の間で、痕跡対応関係がもっとも良好なもの。あるいはそれらの痕跡対応関係をいう。

工具痕鑑定者が、鑑定技術向上の目的や研究活動の中で、既知の相違工具痕を比較対照する機会があるが、その際に痕跡の良好な対応関係を目にすることがある。その中で、各鑑定者が過去に経験した最良の対応関係を示したものをいう。

「既知の相違工具痕間の最良一致」は、個々の鑑定者の経験に基づくものであり、経験年数の長い鑑定者ほど対応状況が良好な相違工具痕を目にしている傾向にある。そこで、差し障りのない範囲で、「既知の相違工具痕間の最良一致」を公表し、鑑定者間で経験を共有することが奨励されている。

比較対照している工具痕の間に、「既知の相違工具痕間の最良一致」を上回る対応痕跡が認められる場合に限り「同一工具痕」との結論を導く、とする鑑定基準が提案されている。

英語ではBest Known Non-Matchであり、BKNMあるいはBest KNMと略されることがある。
Best Known Non-Match
既知の同一工具痕
きちのどういつこうぐこん

同一の工具によって印象されたことが分かっている複数の工具痕をいう。

工具痕の鑑定技術を磨くには、同一の工具によって印象されたことが分かっている複数の工具痕をできるだけ多く比較することから始めなければならない。同一工具によって印象された工具痕であっても、全く同じはなく、変化している部分があることを体得することが工具痕の異同識別技術を身に付ける第1歩である。

同一工具によって印象された工具痕の間にはどのような対応点があるのか、どのような痕跡が変化しやすいのかを体得し、同一の工具によって印象された工具痕を「同一工具由来痕跡」と自信を持って結論できる様になるまで訓練を積む必要がある。

結論が分かっていない工具痕の比較対照作業(ブラインドテスト)はその後であるが、同一の工具によって印象された工具痕を「同一工具由来痕跡」と自信を持って結論できる様になる上で、異なる工具によって印象された痕跡がどのように異なっているのかを体験することは必要である。

英語ではKnown Matchであり、KMと略されることがある。
>Known Match
帰無仮説
きむかせつ

統計学の仮説検定において、最終的には棄却すべきものとして立てられる仮説。

工具痕鑑定においては、作業の形態によって2通りの帰無仮説の立て方がある。

その一は、ある工具痕に対する容疑の工具が持ち込まれ、当該の工具痕が容疑工具による加工痕跡であるか否かの鑑定を求められた場合である。この場合の帰無仮説は、「当該の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものではない」となる。

その二は、特定の工具によって加工された工具痕が、未解決事件の工具痕データベース内に存在するか否かの鑑定を求められた場合である。この場合の帰無仮説は、データベース内の各工具痕に対して「未解決事件の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものである」となる。

このように帰無仮説を立てると、多くの場合で帰無仮説は棄却され、帰無仮説本来の使い方となる。

工具痕の個々の鑑定作業は、二つの工具痕を比較対照するものであり、すべての鑑定に区別はなく、帰無仮説は常に「当該の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものではない」とすべきであるとの意見がある。この場合、データベース検索型作業では、ほとんどの場合で帰無仮説は棄却されずに終わり、本来の帰無という意味と異なった用い方となる。そして、帰無仮説が棄却されない場合には、積極的な「相違」の結論を出さず、すべて「不明」の結論にするという立場がある。「不明」という言い方はしなくても、「『一致』といえるものはなかった。」、「一致するものは見当たらなかった。」、「該当するものは発見されなかった。」という言い方がなされる。
Null Hypothesis
局所凹凸と広範囲凹凸の測定
きょくしょおうとつとこうはんいおうとつのそくてい

工具痕の鑑定を比較顕微鏡で行っていることに対して、「光学的手法では照明条件によって像の見え方が異なり、正しい結果は得られない。」とする批判を今までしばしば聞いてきた。そして、3次元形状測定による正確な凹凸形状の把握が必要であると主張された。

確かに、2次元的な痕跡画像と3次元形状とが正確に対応していることはない。ただ、ある程度の経験をつめば、常に3次元形状を測定しなくても、2次元画像から3次元形状が的確に予想できるようになる。それが可能になってきたものも、1970年代以降に解像度の高い光学機器が利用できるようになったからである。古い機材では、明暗の縞模様を見るのがやっとだった。

さらに工具痕鑑定では、局所的な線条痕の対応関係の方が重要であり、表面形状の広範囲の高低差は重視する必要のないことが多い。逆にその情報が邪魔になることすらある。たとえば、変形した弾丸表面の痕跡を、変形していない弾丸との間で比較する場合には、全体的な凹凸は無視して、局所的な凹凸を中心に比較する。広範囲の高低差を問題とするなら、結論は最初から「相違する痕跡」に決まっている。

顕微鏡で観察する場合、資料を動かしながら観察することによって、局所的な凹凸形状はまず把握できる。一方、広範囲の高低差はわかりにくいことがある。たとえば、被甲弾丸の旋丘痕の中央部が円筒基準面から凹んでいると感じることは難しい。3次元形状測定を行ったとしても、被甲弾丸の旋丘痕の中央部が凹んでいることを検出するには、表面形状測定器では難しく、真円度測定器を使用して初めて分かる。

変形資料の3次元測定をうまく行うには、形状のベースライン補正をうまく行う必要があるが、それは真実の値が分かっていないと不可能である。結局3次元測定でも、ベースライン補正をせずに採取された局所的データをつなぎ合わせたものの方が価値がある。結局人間も機械も微分情報の方が検知も利用もしやすい。
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キンダー報告書
キンダーほうこくしょ

ベルギーの犯罪科学研究所のヤン・デ・キンダー博士(Jan De Kinder)がターナー博士らと共同で行った研究結果の報告書で、2004年に国際法科学誌に公表された。実験に用いた試射薬きょうはターナー博士側が提供し、それをキンダー博士の研究所のIBISを用いて検索を行った結果をまとめたものである。その結果はターナー報告書と同様で、IBISは現場薬きょうデーターベースは機能しても、それを新規販売拳銃すべての痕跡を登録するシステム(RBID-Reference Ballistic Imaging Database)に拡張すると、検索機能が有効に機能しないだろうというものであった。

実験に用いたけん銃は、口径9mmルガー、シグ・ザウエル(SIG Sauer)自動装填式拳銃600丁である。これらの拳銃はカリフォルニア州のサクラメント地区周辺の警察官の装備拳銃で、内訳はP226が554丁、P225が15丁、P228が29丁、P229が2丁であった。これらの拳銃は、型式によってサイズは異なるものの、構造や製造過程が類似していることから、打ち殻薬きょうに残される痕跡は同様のものである。それぞれの拳銃からレミントン社製実包2発とウインチェスター、スピアー、ウルフ、フェデラル及びCCIブランドの実包各1発の合計7発がカリフォルニアで試射され、総計4,200個の試射薬きょうがベルギーに送付された。ベルギーでは、レミントン社の試射薬きょう1個ずつがIBISに登録され、そのデーターベースに対して、2発目のレミントンの試射薬きょう及びレミントン以外の試射薬きょうの痕跡の検索を行った。すべての薬きょうについては行われず、レミントンは32個、レミントン以外は160個の試射薬きょうが乱数で選択され、検索に回された。

キンダー報告書では、トップ10にヒットした割合が集計されているが、レミントン同士の比較では72%がトップ10以内でヒットするが、異なる種類の薬きょう相互の比較では21%しかトップ10以内にヒットしなかった。この数字がターナー報告書のフェデラル同士の62%と異なる種類間で比較した場合の38%のヒット割合と同等であると総括している。ただ、レミントン同士だと合わせやすいという鑑定者の経験に沿った傾向がこの数字から感じられる。なお、異なる種類の薬きょう間の比較結果では、レミントンとフェデラルの間での比較成績が最も悪かった。

ヒットランキングは、データーベースのサイズを大きくしていくとほぼ直線的に低下するが、最初からヒット順位が低いものの方が急速に低下して行った。計算時間もデーターベースサイズに比例して長くなるが、当時の計算機の性能でデータベースサイズを1万にした場合には、1件の検索に45.9分かかるものと推定された。

ターナー報告書が発表されたとき、なぜフェデラルを使用したのかとの批判があったが、キンダー報告書により、レミントンを用いても改善の程度はわずかであり、レミントンの試射資料をデーターベースに登録していてたとしても、それ以外の種類の実包を犯罪に用いられたならば、検索結果はターナー報告書同様、あるいはそれ以下のの思わしくない結果となることが示された。  
Kinder Report
偶発特徴
ぐうはつとくちょう
 固有特徴と同意で、以前使われていた用語。

工具あるいは工具痕の固有特徴は、工具の製造、輸送、使用、誤用、手入れや修理、保管の過程に発生する偶発的な要因によって生じるものであり、管理できない要因により発生するものであることから、以前はその生成要因に着目して固有特徴のことを偶発特徴と呼んでいた。

痕跡の性格や用途に着目した用語が固有特徴であり、痕跡の成因に着目した用語が偶発特徴といえる。

偶発特徴といっても、再現性の低い痕跡、あるいは安定性のない痕跡を意味する用語ではない。
Accidental Characteristics
誤一致判定
ごいっちはんてい

異なる工具によって加工された際に生じた工具痕を比較して、それらが同一の工具によって加工されたものと誤って結論すること。あるいはその誤った結論をいう。

以前は工具痕の分野でも統計の検定理論でいう第1種の過誤(Type Ⅰ error)の用語が用いられることがあったが、この用語は鑑定結果を示す直接的な表現でないので分かりにくいきらいがある。帰無仮説の立て方で第2種の過誤(Type Ⅱ error)との内容の混乱が生じることもある。結論の正誤と内容を分かりやすく表現する用語として、現在はこちらの方がよく使用される。

誤肯定ともいわれる。

英語ではFalse Positiveで、他の分野では偽陽性と訳されることが多いようだが、工具痕分野では誤一致判定がよいと思われる。単に誤一致とすることも考えられたが、偶然に一致した現象を指しているではなく、誤って一致(同一工具痕)と結論したことを表現するために「誤一致判定」とした。
False Positive,
False Positive Conclusion
工業用ガラスビーズ
こうぎょうようがらすびーず

工業製品の仕上げ加工に用いられるガラスビーズ。径が10ミクロン程度~数百ミクロンを超えるものまで、さまざまな粒径の球形に加工されたガラスで、ソーダー石灰ガラスが用いられることが多い。

工業用ガラスビーズは、ノズルから被加工物に吹き付けることによって、機械加工後のバリ取りや、表面仕上げ加工に用いられる。また、金属表面に塑性変形を起こさせるピーニング加工によって表面を強化することもできる。金属表面に残されている加工痕などの凹凸をつぶして、表面を梨地に仕上げられる。

他の研磨剤と比べて、被加工物の研削量を微量に抑えた仕上げが可能で、表面の加工ムラも生じにくい利点がある。

加工仕上げの目的に応じて、ガラスビーズの径と吹き付け角度を選択することで、様々仕上げ加工を行うことができる。

打ち殻薬きょうに残される発射痕の鑑定は、この加工法の出現にによって難しくなった。それまで、閉塞壁面はブローチ加工の後、やすり仕上げ加工がなされてきた。その場合は、切削加工痕に加えて、やすりに由来する線条痕が閉塞壁面に残されていた。ところが、ガラスビーズで仕上げ加工されると、線条痕がつぶされ、閉塞壁面が梨地となり、条痕の対応関係による異同識別を行うことが困難となる。実際には、完全に梨地仕上げされないことが多いが、雷管表面が固い場合には、見やすい特徴痕跡の量は極めて乏しくなる。

この分野ではポッターズ・バロティーニ社が最大手で、ポッターズ・クオリティーのガラスビーズという言葉がある。米国で拳銃製造最大手のS&W社も、ポッターズ・バロティーニ社のガラスビーズを用いている。
Metal Finishing Beads
Glass Beads
Impact Beads
工具
こうぐ

機械的力を利用して、作業効率を上げる道具。

工具痕鑑定の対象となる工具は、必ずしも製品の加工や製造に用いられる道具だけを指すわけではなく、互いに接触した二物体のうち、変形の少ない方を工具と考え、変形の大きい方を加工品と考える。一般的には表面が固い物体の方が変形が少なく、柔らかい物体の方が変形が大きくなる。

工具痕鑑定の一分野である発射痕鑑定では、銃身が工具となり、銃身を通過した弾丸が加工品となる。
Tool
工具痕
こうぐこん

工具によって加工された物体表面に残される加工工具に起因する痕跡。

工具が加工物表面にほぼ垂直に作用した場合に残される圧痕と、工具が加工物表面に平行に作用した場合に残される擦過痕とがある。

工具痕鑑定における工具と加工物は、製品の加工や製造の分野で考えられる工具と加工品には限定されず、すべての接触する物体に拡大して適用される。通常、接触した2物体のうち、硬くて変形の少ない物体を工具、やわらかくて変形の大きい物体が加工品とされる。

何度も使用される物体が工具で、消耗品あるいは接触が限定的な回数(通常1回)である物体が加工品ともいえる。運動する物体が工具で、静止物体が加工品であることも多いが、これには例外がある。たとえば、銃身に銃腔を加工する際には、ガンドリルが工具で銃身が加工品であるが、多くの場合でガンドリルは固定されていて動かず、銃身が回転させられる。

同一の工具によって残される工具痕は、工具の損耗が小さい範囲では類似性が高く、同一の工具によって残された工具痕であると結論可能であるというのが、工具痕鑑定の成立根拠である。
Tool Mark
工具痕鑑定の問題点を親子関係に例えると
工具痕鑑定は、製品に残された工具から、それを加工した工具を推定する作業である。親子関係に例えると、製品は子に当たり、それを加工した工具は親に当たる。そして、複数の工具痕の間に兄弟関係が存在するか否かを調べるのが工具痕鑑定といえる。このとき、兄弟と従兄を正しく識別できなければならない。

親とされる工具も、何らかの工具によって加工されたものであり、この加工工具が祖父に当たる。祖父は多くの子供(製品にとっては親)を生む。祖父の生んだ年齢の近い子供(兄弟)の間では顔つきが極めて類似している。準型式特徴が問題となるのは、祖父が生んだ顔つきが似ている親が若いうちに産んだ従兄の間に顔つきの類似したものがいることである。これが準型式特徴の問題である。 一方、同じ親が生んだ兄弟の間でも、親が若いうちに産んだ子供と、年を取ってから産んだ子供の間では顔つきがかなり異なってしまう。親が若いうちに産んだ子供は、きりりとした顔つきをしており、年を取ってから産んだ子は、疲れてすり減った顔つきをしているのである。これが工具痕の再現性不良の問題(工具痕が漸次変化すること)である。

ともに若い親が生んだ従兄の顔は、同様にきりりとして類似しており、同じ親が産んでも、生んだ時の年齢が大きく異なる兄弟の間の顔つきの類似性より高のは、原理的に明らかである。

親同士が年齢の近い兄弟であったも、双方ともに年を取ってから産んだ子供は、それぞれの親の人生経験を反映して、かなり顔つきが異なっている。つまり、親がともに年を取ってから産んだいとこ同士の顔つきは、ともに疲れた顔つきではあっても、異なる疲れ方をしているので、その判別は容易である。
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工具の加齢
こうぐのかれい

工具は製造後変化を重ねていく。多くの場合で、工具は摩耗して擦り減っていくのだが、鉛弾丸の発射に従って鉛が堆積していく銃腔のような例もある。ただ、原則的には人間の加齢現象と同様な変化が見られる。例えば、

1.新品の頃は表面が滑らか(肌がすべすべ)で、次第に深い皺を刻まれてくる
2.新品の頃は、角が立っていて鋭いのが、次第に角がとれて丸みが出てくる
3.新品の頃は個性が少ないのが、次第に個性的になる
各種の工具の工具痕の性質に関する経験を積むことによって、製品の加工に用いた工具の年齢の見当がつくようになる。工具痕より容疑の工具の年齢が若ければ、その工具の容疑は晴れることになる。
Aging of Tools
誤鑑定
ごかんてい

工具痕の異同識別の誤った鑑定結果をいう。誤一致判定誤相違判定の両者からなる。

すなわち、互いに異なる工具によって加工された工具痕を比較した際に、それらが同一の工具によって加工されたものとする誤った結論と、同一工具によって加工された複数の工具痕を比較し、それらが異なる工具によって加工された痕跡であるとする誤った結論を導いた鑑定を指す。

結論が「一致」するといった強い結論だけでなく、「同一工具に由来する可能性が高い」。「同一工具に由来する可能性がある」との可能性の大小を含む結論であっても、比較した工具痕が互いに異なる工具に由来するものであれば誤鑑定となる。

不明」、「不能」とした鑑定結果を、誤鑑定とする立場と、誤鑑定ではないとする立場とがある。

鑑定技能検定試験の採点では、複数の課題の中で、1問でも誤鑑定があれば不合格となるのが普通だが、「不明」、「不能」の結論も無制限に許されるわけではなく、そのような結論は1問までは許すといった採点基準が採用されることが多い。結論を導くことが可能であると想定されて出題された課題に対しては、「不明」、「不能」の結論も誤鑑定の範疇から無縁ではない。一方、これらの結論は、結論を導かなかったのであり、誤った結論を導いたわけではないとする立場から、誤鑑定率の計算からは「不明」、「不能」の結論が除外されるのが普通である。

Misidentification
誤鑑定率
ごかんていりつ

鑑定結果が誤りとなる割合を指す。英語のerror rateの訳語である。Error rateは一般的に「誤り率」であり、「誤判定率」、「誤判率」、「誤答率」ともいわれるが、工具痕鑑定で問題となるのは、その鑑定結果の誤り率であり、「誤鑑定率」の訳語を採用した。

種々の分野の鑑定結果が誤りとなる割合を集計した値を問題とすることはあまりない。鑑定手法の信頼性を測る尺度の一つとして、ある特定の鑑定手法に基づいて鑑定を行った場合に、その鑑定結果が誤りとなる割合を指すことに意味がある。そして、公表されている誤鑑定率が低ければ、自らの鑑定の信頼性の高さを主張する手段として用いられる。

ドーバート対メレル・ダウ製薬の上告審(Daubert v. Merrell Dow Pharmaceuticals, Inc. (92-102), 509 U.S. 579)で、アメリカの最高裁判所が1993年6月28日に下した判決には、後にドーバート基準として有名になる科学的証拠の信頼性(受容性)を判断する新たな基準が提示されていた。その基準は、それまでアメリカ国内で広く採用されていたフライの基準が要請していた、「一般に認められた手法に限る(general acceptance)」という基準を排する一方で、5項目からなる新たな基準を提示した。その基準の一つが、「科学的証拠の誤鑑定率が明らかであること(known or potential error rate)」であった。

それ以後アメリカでは、ドーバート基準をクリアするために、裁判に提出する科学的証拠(鑑定)の誤鑑定率を示す必要に迫られた。ただ、現実の事件の鑑定結果が正しいかどうかは実際には分からない。裁判の判決が有罪であったからといって、その裁判に提出された鑑定証拠が正しかったと結論できるわけではない。したがって、誤鑑定率を現実の事件鑑定から算出することは難しい。そこで、誤鑑定率を推定する手段として、鑑定技能試験(proficiency test)や、研究目的で行われたブラインド・テストの結果で代用される。

誤鑑定率の計算式は(誤鑑定数)/(鑑定総数) である。、誤鑑定数に「不明」、「不能」を含めるか除外するかで意見が分かれるところである。検定試験における鑑定作業は現実の鑑定と同一ではあるが(検定試験では、受験者が普段行っている鑑定手法にしたがって鑑定することが求められる)、正答が分かっているがゆえに、実際の鑑定とは異なる面がある。出題者側の模範解答は「不明」、「不能」を期待していないことから、「不明」、「不能」の鑑定結果を誤鑑定数に含める立場をとることがある。それに対して、鑑定者側は、「不明」「不能」の鑑定結果は誤鑑定ではないと主張することが多い。

現実の鑑定では、「不明」、「不能」は何ら判断を示していないことと同じで、証拠としては意味がなく、誤鑑定の問題は生じない。そのため、出題者の期待に沿わない回答は、不正解(unacceptable)ではあるが誤答(error)ではないとされ、誤鑑定率の計算から除外するのが多数意見である。
Error rate
誤相違判定
ごそういはんてい

同一工具によって加工された工具痕を比較し、それらが異なる工具によって加工された痕跡であると誤って結論すること、あるいはその誤った結論をいう。

以前は工具痕の分野でも統計の検定理論でいう第2種の過誤(Type Ⅱ error)の用語が用いられることがあったが、この用語は鑑定結果を示す直接的な表現でないので分かりにくいきらいがある。帰無仮説の立て方で第1種の過誤(Type Ⅰ error)との混乱が生じることもある。結論の正誤を分かりやすく表現する用語として、現在はこちらの方がよく使用される。

誤否定ともいわれる。

英語ではFalse Negativeで、他の分野では偽陰性と訳されることが多いようだが、工具痕分野では誤相違判定とすることにした。単に誤相違とすることも考えられたが、条痕をずらして合わせたような現象を指しているではなく、誤って相違(異なる工具による加工痕)と結論したことを表現するには「誤相違判定」となるだろう。
False Negative,
False Negative Conclusion
固有性
こゆうせい

特定の工具で加工された工具痕にのみ現れる痕跡特徴。

固有性と再現性とは表裏一体のもので、再現性の低い痕跡は固有性のある痕跡とはなり得ない。

既知の同一工具痕の比較を行い、再現性が確認された痕跡はすべて固有性のある痕跡の候補となる。これらの痕跡の中には、連続製造された同種の工具でも付けられる準型式特徴も含まれているが、現実の鑑定作業で、それらの区別は自明ではない。
Individuality
固有特徴
こゆうとくちょう

工具の形状特徴のうち、工具の製造時にその形状や寸法を管理できない微細な特徴。工具が製造された後、その輸送、使用、誤用、手入れや修理、保管の過程で生じた形状変化に基づく特徴。その形状変化には、破損や腐食による変化も含まれる。同一型式の異なる工具によって付けられた工具痕の間で、使用された工具の違いを識別できる形状特徴。

工具の固有特徴は、ある時点での形状特徴であり、時間の経過とともに常に変化し、不変なものではない。同一型式の2本の工具の間に、それを識別できる固有特徴があったとしても、それら2本の工具を使用して付けられた工具痕に、使用された工具を識別可能な特徴が常に残されるとは限らない。
Individual Characteristics
コールドヒット
何らの捜査情報もないところから、関連性のある事件を物的証拠の対応関係から結びつけることができたことをいう。あるいはその鑑定結果をいう。

鑑定資料の特性を数字で表現でき、その数字が同一ならば関連性ありとできる場合には、システム的なコールドヒットが可能となる。一方、工具痕鑑定では、資料単独の特徴の分類が主観的で、多くの種類への分類が困難であり、比較顕微鏡を用いた実物対照を行って初めて結論が得られる種類の下院艇であり、コールドヒットさせるには、すべての資料を逐一比較対照する必要がある。1件の比較作業で結論が得られるまでに相応の時間を必要とし、かつ対照資料総数が多い場合には、コールドヒットさせるためには莫大な鑑定時間を必要とし、現実には不可能である。

工具痕の鑑定では、コールドヒットは通常想定されておらず、捜査情報に基づく鑑定、すなわち、特定の事件の容疑の工具が押収あるいは発見された場合に、その工具を用いて作成された試作工具痕と犯罪現場の工具痕との間の異同識別を行うことが鑑定の主体となってきた。特別重大な事件については、すべての押収工具との間で比較対照を行うことがあっても、それによって同一の工具に由来する工具痕との鑑定結果が得られることは稀である。

米国では、多数の銃器使用殺人事件が発生しており、未解決事件の現場弾丸類資料の数も膨大である。そのため、コールドヒットを想定した鑑定は行われて来なかった。短期間で解決できなかった事件資料は、識別番号が表示された封筒内に入れて厳重に管理はされるが、その封筒はしばしば開けられることを想定していない。通常、事件発生後3年を経過すると、さらに厳重に管理される場所に移管され、開封されることは滅多になくなる。

ドラッグファイヤーとIBISが導入され、米国では初めてコールドヒットが可能となった。そして、日本以外の諸外国もそれは同様であった。一方、日本は発砲事件件数が圧倒的に少なく(年間件数が米国大都市の1日の件数と同レベル)、コールドヒットを目指して、発射痕鑑定分野は悉皆の物々対照を行ってきた。しかし、コールドヒットの例はごくまれにしか見られなかった。人力の鑑定出コールドヒットがないのに、IBISを導入してコールドヒットの例が増加することは期待できなかった。単純で一様な判定しか行っていない機械の判定が、資料の状態に合わせて、見る場所も、重視する場所も柔軟に変更しながら行っている人間の鑑定を上回ることができるとは思われなかった。 コールドヒットとは、事件捜査が全く進んでいないところから、証拠によって急に事件が解決できることを表現した言葉である。それに対する言葉は、使用されることは少ないがウォームヒットで、事件捜査が進んでいて、容疑者から押収した資料の鑑定結果から、容疑者の犯行を証明する作業を指している。コールドヒットが可能な鑑定は、コールドヒットが困難な鑑定より、その鑑定手法の客観性が一般的には高い。

ウォームヒットでは、鑑定内容は指名対照となり、帰無仮説を「当該の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものではない」とし、帰無仮説を棄却できるだけの相違点が発見できないことから、同一工具由来痕跡と結論する。一方、コールドヒットでは、多くの対照資料との比較を、それぞれの資料に対して「未解決事件の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものである」との帰無仮説の下で行い、対応痕跡が発見できないことから帰無仮説を棄却している。

工具痕鑑定では、実物比較であろうが、画像比較であろうが、数値化された表面形状比較であろうが、実際に二つのデータを比較対照する作業が含まれる。判断基準に連続一致線条痕の基準を用いても、パーセント一致の基準を用いても、いずれにしても実際に比較して値を算出する必要がある。これは機械的比較の場合でも、目による比較の場合でも変わらない。したがって、比較する対象が多い場合は、莫大な作業量と作業時間が必要となる。一方、DNAのような「型」や偽造紙幣のように「券番号」で特徴を代表できる場合には、一旦型を決めておけば実物比較をせずに「型」や「券番号」の比較を行うだけで確度の高い絞り込みができることから、比較する対象が多くても迅速な処理が可能となる。

工具痕の中でも発射弾丸の痕跡比較では、変形、損傷、弾丸材質の相違等による痕跡変化が大きいことから、単純な形状比較を行って基準を上回る対応痕跡を発見できることは稀である。このことは、工具痕鑑定の原理の非科学性を意味しているのではなく、条件の劣悪さを示しているだけである。実際手作業で多くの対象資料の中からコールドヒットさせることは可能であり、自信を持って工具痕の鑑定に臨めるようになるには、相当量のコールドヒットを経験してからである。逆に、自分の鑑定にそれだけの自信を持てないと、コールドヒットさせることはできないだろう。
Cold Hit
痕跡証拠
こんせきしょうこ

犯人が犯罪現場に残す、あるいは犯罪現場から持ち帰る物的証拠のうち、ある物体がその他の物体と接触することにより、接触された物体に残される形状が解析対象となる証拠物。

痕跡証拠は、その痕跡の元になった「ある物体」が何であるかを明らかにすることを目標に鑑定が行われる。

痕跡証拠には、指紋、発射痕、工具痕、歯型(バイトマーク)、足跡、タイヤ痕、血痕飛沫パターン、筆跡などが含まれる。

痕跡証拠の鑑定では、痕跡形状のパターンを比較する手法が含まれ、解析結果と結論との間に一定の飛躍があり、鑑定人の経験や能力によって、その結論が変化することがある。

声紋は物体の接触に伴う痕跡証拠ではないが、その解析手法は痕跡証拠の解析手法と類似している。
Impression Evidence
再現性
さいげんせい

単一工具によって継続して加工した場合に、その加工面に残される痕跡で、その形状が変化せずに繰り返し現れる程度をいう。

多数の製品を加工しても工具痕が変化しない場合には、工具痕の再現性が良好であるといい、製品の加工ごとに工具痕が大きく変動する場合には、工具痕の再現性が不良であるという。

工具痕全体の再現性がそれほど良好でない場合でも、その工具痕の中の限定された部分の形状の再現性が高い場合に、その再現性が高い部分に着目して、それを特徴痕ということがある。

複数の工具痕が同一工具によって印象されたものか否かの鑑定が可能である根拠は、単一工具によって印象される工具痕は、徐々にしか変化せず、短期間では工具痕の再現性が高いことにある。
Reproducibility
再現性と固有性のジレンマ
さいげんせいとこゆうせいのじれんま

太くて深い痕跡の再現性が高く、浅く細かい痕跡の再現性が低いことは道理である。同一工具由来の工具痕であっても、深い痕跡は対応しているにもかかわらず、細かい痕跡には対応しないものが目立つことはごく普通の現象である。

ところで再現性の高い痕跡は孫の代まで伝達されやすく、固有特徴ではなく準型式特徴となる場合がある。したがって、深い痕跡の対応関係だけで同一工具由来の工具痕であると結論すると、連続して生産された異なる工具による工具痕を同一工具由来の痕跡と結論する危険性が生じる。それに対して、細かい痕跡まで対応している場合に限り同一工具由来の痕跡と結論する基準を採用すると、同一工具由来の工具痕を見出せないで終わってしまうことになりかねない。これが再現性と固有性のジレンマである。

連続生産された工具に深さのある痕跡が連続して残されることがあるという報告は古くから見られるが、これは製造技術が未発達で工作精度の低かった過去の話となりつつある。。現在の工業生産では、連続生産された工具に深い痕跡が連続して残されているような製品は、商品価値が低く、流通することはまず考えられない。実際、新品の工具による工具痕の識別では、特徴が少ないことに悩まされることの方が多い。昔の論文が、技術が進歩したにもかかわらず参照され続け、鑑定結果の批判材料にされているきらいがある。

現在では深い痕跡は、加工工具がユーザーの手に渡った後、ユーザによる使用や誤用によって生じた工具の破損や劣化等が原因となっている場合の方が圧倒的に多いと考えられる。
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擦過痕
さっかこん

工具が、物体にほぼ平行に作用し、あるいは移動した場合に、その工具によって物体に残される痕跡。通常顕微鏡で観察しないと分からない程度に微細な凹凸のある、平行状の痕跡が並んで付けられている。型式特徴固有特徴を兼ね備えるか、そのどちらかの特徴が残されている。

線条痕という用語も用いられる。痕跡の形状に着目した用語が線条痕で、痕跡の生成過程に着目した用語が擦過痕である。
Scratch Mark
試作工具痕
しさくこうぐこん

現場工具痕との比較用に、容疑の工具を用いて作成される工具痕。

工具痕鑑定では、元々ある二つの痕跡を対照する鑑定もあるが、証拠資料から新たに痕跡を作成して鑑定する場合に、作成される痕跡をいう。容疑の工具が押収されても、それを用いて対照用の痕跡を作成しないと、現場工具痕がその工具によって加工されたものであるか否かの結論が得られないからである。このとき作成する工具痕が試作工具痕である。工具の種類によって特別な名称もあり、発射痕鑑定においては試射弾丸あるいは試射薬きょうと呼ばれる。

犯罪証拠の中で、証拠そのものの分析を行うものと、証拠物件を用いて作成されたものを分析するものとがある。現場工具痕と押収工具の関連を調べる工具痕鑑定は後者に該当する。これと同様の鑑定には証拠物件そのものが容疑者となものがある。残された筆跡や録音と、容疑者との関連を調べる鑑定がそれに当たる。これらの分野では、容疑者に文字を書かせたり、特定の言葉を発声させたりして対照資料が採取される。これらの鑑定では対照資料を採取する際に、容疑者が意図して筆跡を変えたり、声質を変えたりすることができる。

これに対して、DNAや薬物鑑定は、押収資料や採取資料そのものを分析する。一方、顔貌鑑定では、容疑者は自分の顔を提供するだけで、撮影画像が対照資料となり、対照資料が容疑者そのものである点が特殊だが、資料そのものを分析している。

対照資料を作成しなければならない鑑定では、対照資料作成の巧拙により鑑定結果が変化してしまう。「相違」の結果を出すような対照資料の作成は容易であり、「同一」の結論を出すために苦労しなければならないことが多い。この行為は、得てして恣意的な証拠捏造作業と見られる可能性がある。

試作工具痕作成にあたって、加工品の材質が現場工具痕と同等である方が良い結果が得られる場合が多い。しかし、現場工具痕が残されている材料が硬い材質の場合、試作工具痕を最初からその材料で作成すると工具を変化させてしまう可能性が高いことから、通常柔らかい材料を用いて作成される。工具を当てる角度等の条件が決まってから、改めて硬い材料で試作工具痕を作成する場合もあるが、柔らかい材料を用いた比較対照結果によって、結論を出してしまう方が証拠資料の保全からも望ましい。この場合、両者の痕跡の深さや微細形状に相違点が生じている。
Test Mark
実体顕微鏡
じったいけんびきょう

2本の対物レンズが角度を付けて並べられており、それぞれの像を双眼の接眼レンズで観察することによって、立体視を可能とした顕微鏡。

拡大倍率は2倍程度から40倍程度までの低倍率のものが普通で、作動距離の長い対物レンズが使用され、多くの場合で対物レンズはズーム式である。

観察物に照明を当てる必要があり、別途照明装置を購入しなければならないが、卓上蛍光灯などでも代用できる。手で観察対象物を持って観察しても不自然さを感じないで作業ができるため、法科学分野では、工具痕を初めとして、物体への付着物の有無の予備観察等で幅広く使用されている。

時には、双眼式のマクロ顕微鏡のことも実体顕微鏡と呼ぶことがある。

機種によっては、立体感がかなり強調されて見えるものがある。
Stereo Microscope
準型式特徴
じゅんかたしきとくちょう

同一工具によって加工された物体表面に、設計図面に指定されてはいないが、複製される形状特徴。工具の特徴を直接反映した痕跡であるが、その特徴を共有する工具があることから固有特徴とはならない。

設計図面に指定されていない形状特徴であることから、一般に微細な特徴であり、その深さや線状痕の間隔は通常固有特徴として扱われる形状と同等のものである。

準型式特徴は、型式特徴ほど再現性が高くはないが、固有特徴よりは変化しにくい特徴である。
Subclass Characteristics
シリコーンゴム
工具痕のレプリカ資料を作成する上で、使用されることの多い材料。

主剤と硬化剤がセットになった商品が販売されている。主剤と硬化剤を説明書に示された割合(100:5等)の割合で混合して、練り上げて、工具痕表面に塗布する。良好な結果を得るためには適切な配合比で練ることが大切である。ただ、気温が低いと硬化しにくい。主剤が大型チューブで、硬化剤が小型チューブで供給されている製品では、チューブから等しい長さをひねり出して練り上げると、よい結果が得られるようになっている。

硬化剤が少ないと、十分硬化せずに工具痕表面を液状のゴムで汚す結果となる。硬化剤が多いと、硬化が早く始まるため、練り上げているうちに固まりだし、工具痕表面にゴムが密着しない。

工具痕表面との間に気泡が混じらないようにする。ゴムが硬化したら離型する。最初に作成したレプリカには、工具痕表面のごみが付着していることがある。再度作成すると、ごみのないきれいなレプリカが作成できる。シリコーンゴムで型取りすると、工具痕の表面が清浄になるが、油分が除去されることによって金属表面は錆びやすくなる。証拠資料の保全目的からは、鋼等の錆びが発生しやすい金属表面の工具痕のレプリカを採型した場合は、工具痕表面に防錆剤を塗布しておくと安心である。
Silicone Rubber
真円度測定器
しんえんどそくていき

円筒状部品の断面が、正確に円形となっているかどうかを検査する測定器。

英国のテイラー・ホブソンのタリロンドが古くから有名で、東京精密のロンコム、ミツトヨ(以前は三豊製作所)のラウンドテスト、小坂研究所のロンコーダーなどが有名どころである。円筒の長手方向の形状を調べる円筒度検査を行う機能も備えているのが普通である。

弾丸のような円筒状のワークの表面形状を拡大して測定するには、ワークを回転させて、その半径方向の変化を計測する方法が、データにひずみを生じない方法である。既成の測定器の中では真円度測定器がその用途に最も向いている。ただし、精密な測定を行うには、ワークの芯と測定器の回転テーブルの芯とを正確に一致させる必要がある。ある程度真円度の高いワークでは、この芯出し作業は比較的容易だが、発射弾丸のように円筒形状からかなりずれた資料の場合の芯出し作業は難しい。特にS&Wの5条の腔旋のように、奇数条の腔旋痕の弾丸で芯を出せるようになるにはかなりの修練を必要とした。

1970年代半ば以降に、ロンコムを使用して、多数の弾丸の断面形状の測定を行う機会を得た。拡大倍率200倍までなら迅速な測定ができるようになった。描かれるチャートは、デイビスの円筒用ストライアグラフの結果と同様であった。旋丘痕表面の形状を拡大視するには1,000倍以上に拡大する必要があったが、円筒全面の計測を一度に行うことは難しく、労多くして効少なしの感があった。一方、200倍のチャートでも、各旋丘痕の位相特徴は把握できた。ただし、その特徴も、旋丘痕のエッジ部の被甲のバリなどが強調されることが多く、形状そのものの再現性が必ずしも高くないことも分かってきた。
Roundness Tester
ストライアグラフ
米国のジョン・E・デイビスが考案し、彼の親友のアマチュア機械工であったJ・H・エックルストンが製作した線条痕の形状測定器。

平面に残された線条痕を測定するストライアグラフが1950年に開発され、その後、発射弾丸の線条痕測定が可能な、円筒面の表面を測定可能なストライアグラフが開発された。

ストライアグラフとプロファイログラフの最大の相違点は、触針が取り付けられているアームがヒンジ型から天秤型(シーソー型)に変更され点である。それに伴い、アームの中間部に立てて固定されているミラーへ当てたスリット光の振動によって痕跡の凹凸を検出する機構が、アームの触針が固定されているのとは反対側の端部の触れを顕微鏡を用いて検出する機構へと変更された。透過型照明光と顕微鏡の対物レンズの間に艶消しされたアームが位置し、アームが振動すると顕微鏡内で影となる像が振動する。顕微鏡の接眼レンズの中央部からスリット状の像を取り出し、接眼レンズから約1m離れた部分に設置した回転ドラムに巻きつけた印画紙に焼き付けた。これによって 、明部と暗部別れた連続グラフが描かれた。明部と暗部との境界部が表面形状の断面図となっていた。

アームの支点はT字状になっており、極めて軽く振動することから、触針圧を極めて軽くすることができた。また、測定対象物を移動させた際に触針に引きずり力が作用するが、この力でアームがずれるのを防止するために、懸垂線に作用する力でアームの横方向の移動を防止する工夫がなされていた。その機構は、触針側のアームのそばに立てたポールから細いチェーンをアーム端に渡すことによって実現されていた。
Straigraph
線条痕
せんじょうこん

工具が、物体にほぼ平行に作用し、あるいは移動した場合に、その工具によって物体に残される痕跡。通常顕微鏡で観察しないと分からない程度に微細な凹凸のある、平行状の痕跡が並んで付けられている。型式特徴固有特徴を兼ね備えるか、そのどちらかの特徴が残されている。

擦過痕という語も用いられる。痕跡の形状に着目した用語が線条痕で、痕跡の生成過程に着目した用語が擦過痕である。
Striated Toolmark
線条痕の谷
せんじょうこんのたに

線条痕の谷の部分。

工具が擦過した際に加工品に生じた工具痕の中で、工具先端の周辺より隆起した部分に擦られて生じる筋状の溝の底の部分。

線条痕の3次元形状を測定した場合に得られる断面形状波形で、どこからどこまでを谷にするかによって、「同一工具痕」の結論に影響が生じる。山と山の間をすべて谷とすると、線条痕全体が谷の領域となってしまう。痕跡の比較を行うためには、谷の領域を少なくとも全体の半分以下に抑えた方が良い結果が得られる。15年以上前に行った実験では、谷の部分の合計幅を線条痕の全体幅の30%程度にして比較するとよい結果が得られた。谷の底から、谷の両側にある山の低い方の頂上までの段差の1/2~1/3の高さでカットした領域を谷の部分とする方法である。

明暗の画像を用いた場合は、黒白の2値化画像の暗部を若干細くしたものを利用すると良い結果が得られた。

同一工具による連続した加工痕跡では、このようにして定めた谷の位置の変動は、線条痕の深さ方向の形状(三次元形状)変動よりはるかに小さく、その再現性は高い。また、三次元形状はデータ採取位置による変動の影響も受け易い。
Valley,
Valley of striation
線条痕のパターン比較法
せんじょうこんのぱたーんひかくほう

線状工具痕の異同識別をする際に、線条痕の一致本数、連続一致線条痕本数などの細かい部分にとらわれることなく、全体の線条痕パターンの対応状況を見て同一工具由来痕跡であるか否かを判定する方法。

この判定法には、連続一致線条痕を数える方法のような、数字で示すことのできる判断基準は存在しない。対応線条痕の本数を数えることはないが、パターン比較法でも線条痕の対応関係は調べている。ただ、対応している個々の線条痕の形状特徴やその周辺の形状を重視し、対応条痕本数には重きを置かない。同一工具に由来しているものと結論できるほどの特徴的な線条痕が対応しているのなら、たとえそれが孤立した1本の線条痕であったとしても、同一工具痕との結論を下す。また、近接の一連の線条痕に対応するものが見られた場合、連続一致本数が少なくても、形状に特徴が見られれば同一工具痕との結論を下す。

対応痕跡が特徴的な形状である否かの判断は鑑定者の経験に基づく。
Pattern comparison of striated toolmark
線条痕の山
せんじょうこんのやま

線条痕の山の部分。線条痕の尾根ともいう。

工具の擦過によって加工品に生じた筋状の工具痕の中で、工具先端の凹んだ部分に擦られて生じる溝の尾根の部分。

線条痕の谷の部分より山の部分の方が、加工品の材質の違いによる痕跡形状(高さ)の変化が大きい。硬い材料は、それより硬い工具の突起によって凹む性質は柔らかい材料と同じだが、工具の溝の空間に食い込む性質は弱いことがその理由と考えられる。

客観的な数字を挙げやすい例として、発射弾丸に残される腔旋痕の弾丸の材質による相違で説明する。銃腔に刻まれた腔旋痕の旋丘と旋底の段差は約100μmであるが、鉛弾丸の旋丘痕と旋底痕の段差はほぼ100μmとなる。一方被甲弾丸では、その段差は40~60μmにしかならない。鉛弾丸と被甲弾丸の間で、旋丘痕と旋底痕との境界(エッジ)近傍の旋丘痕側の形状差はそれほど大きくない。一方、旋丘痕のエッジの外側の旋底痕部分の形状は、鉛弾丸の場合には銃腔の旋底に急な角度で潜り込む(倣っている)が、被甲弾丸では旋底の溝への倣い角度は緩やかであり、旋丘痕のエッジ部外側の形状には差があり、それが段差の相違となって現れる。

線条痕にもこの現象が生じ、鉛弾丸の線条痕ではミミズバレのように盛り上がった形状の痕跡を目にすることがあるが、被甲弾丸にそのような盛り上がり線条痕を見ることは稀である。

軟らかい材料では尾根を感じるが、硬い材料では谷でない部分が尾根と考える。極端な例としてガラス表面の傷があり、ガラス表面には溝、すなわち谷は感じても山を感じることはほとんどない。
>Ridge,
Ridge of Striation,
Peak
線条痕本数
せんじょうこんほんすう

比較対照している工具痕内にある線条痕の本数。

複数の線条痕が同一の工具による加工痕跡であるか否かの結論に何らかの客観性を持たせるためには、数量的な基準の導入が必要と考えられてきた。そのような基準を策定するためには、対応条痕の本数を数えることが必要であると考えることはごく自然である。対応条痕の本数を数えるためには、条痕の本数に関する定義が必要となる。このような考え方から、線条痕は山谷が交互に並んだ痕跡と考えられることから、そのうちの山の部分、あるいは谷の部分を数えて線条痕の本数とすることが古くから行われてきた。

線条痕に直角方向から斜光線照明を当てると、線条痕は明暗の縞模様となって観察できる。縞の明部は照明方向を向いた斜面、暗部は照明方向に背を向けた斜面である。ただ人間の錯覚から、明部が尾根のように見え、暗部が谷のように見える。線条痕を撮影した顕微鏡写真からは、このような錯覚が生じて山谷の立体構造の把握が難しいこともあるが、顕微鏡下で工具痕を動かしながら観察すれば、線条痕の凹凸は把握できる。

ところが、顕微鏡で観察しながら対応条痕の本数を数えることは、きわめて大きな負担のかかる作業で、継続的に実施するには現実的ではない。そこで、対応条痕を数える作業は、顕微鏡写真を撮影してから行うことが普通であった。このように、写真上で観察あるいは計数することを二次元観察という。

米国では線条痕の二次元観察を行う場合には、明暗の縞模様のうち、明部を数えるものと規定されている。

一方、工具痕の三次元計測を行うと、容易に山谷の形状が得られるが、複雑な断面形状の測定結果を前にすると、どこを山と考え、どこを谷とするかは難しいく、そのような置き換えをすることで失うデーター量も多い。そこで、三次元計測をした場合には、その測定波形を直接処理することが普通で、線条痕の本数の概念は表に出てこない。

英語では、二次元観察を行っている場合にはNumber of Linesが、三次元形状を考慮している場合にはNumber of Striationが使用されている。
Number of Striation,
Number of Lines
相違
そうい

比較対照している複数の工具痕が、互いに異なる工具によって付けられたものであるとの結論が得られた場合に用いられる用語。

この結論は次のような場合に下される。
1.工具痕の型式特徴が明らかに異なる場合
2.工具痕の型式特徴は同等だが、固有特徴が明らかに異なる場合
Elimination,
Exclusion,
Negative
対応
たいおう

一塊(ひとかたまり)の工具痕内において、個々の痕跡の相対位置や形状が一定の基準の下に同等である場合に用いる語。

英語ではAgreementである。

Matchという語は、同一工具に由来する痕跡を意味する「一致」の語としてすでに手垢が付いており、個々の痕跡の対応関係を論じる場合に使用すると混乱が生じる怖れがあることから、この用語が使用されるようになった。

個々の痕跡の対応関係(agreement)を総合して、同一工具由来の痕跡(Match)であるか否かの結論を導く。

線条痕の場合は、線条痕の幅、深さ、傾斜(鋭さ)などの形状と、その線条痕の基準点からの相対位置が同等であるものを対応条痕とする。

圧痕の場合は、円形の凹み、楕円形の凹み、曲線状の凹みなどの形状とその大きさ、基準点からの相対位置が同等であるものを対応痕跡とする。
Agreement
対応位相探索
たいおういそうたんさく

弾丸の発射痕鑑定に固有の手法で、弾丸円筒部に複数ある旋丘痕あるいは旋底痕の間で、最も対応関係が良好な組み合わせを探す作業をいう。

発射弾丸の円筒部には、旋丘痕と旋底痕が交互に付けられている。旋丘痕や旋底痕の条数は4~6と8のものが多いのだが、ここでは5条ある場合を考えよう。比較顕微鏡の左側に1個の発射弾丸をセットし、任意の旋丘痕を観察する。右側にもう1個の発射弾丸を載せて、弾丸を回転させながら5条ある旋丘痕を順次観察する。これら2個の発射弾丸が同じ拳銃によって発射されたものであるなら、右側の弾丸のどれか1条の旋丘痕との間で、その他の旋丘痕との間で見られる痕跡の対応関係より良好な線条痕の対応関係が認められる。右側の弾丸を回転させながら、1条ずつ旋丘痕を送っていくと、5回に1回線条痕の対応が、他の4回と比較して明らかに良好な状態を見せる。この旋丘痕の組み合わせが互いに対応する位相である。

異なる拳銃による発射弾丸を比較した場合は、右側の弾丸を回転させても、線条痕の対応関係に大きな変化は現れない。このような線条痕の対応関係は、既知の相違工具痕の間に見られる一般的な対応関係となっている。

続いて左側の弾丸の旋丘痕を1条回転させ、同様の比較作業を行う。その結果、以前見られた対応位相と同一の位相で線条痕の対応関係が最も良好であることが判明すれば、これら2個の弾丸が同じ拳銃の発射弾丸であるとする可能性がさらに高まる。

対応位相探索は発射痕の異同識別で行う第1ステップで、対応位相が決定できた場合には、その位相で対応線条痕の計数等の次のステップに進む。

旋丘痕で対応位相探索を行う間に、旋底痕の状況は自然と把握され、その状況が旋丘痕の対応位相探索の結果に自然と反映されるのが普通である。一方、旋丘痕で思わしい結果が得られない場合に、旋底痕について改めて同様の手続きを行い、対応位相探索を繰り返すこともある。ただ、この作業は良好な対応関係が存在しないことを確認するものであることが多い。
Corresponding Phase Search
対立仮説
たいりつかせつ

統計学の仮説検定において、自分の主張や意向の入った仮説。作業仮説ともいう。

ある工具痕に対する容疑の工具が持ち込まれ、当該の工具痕が容疑工具による加工痕跡であるか否かの鑑定を求められた場合では、「当該の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものである」が対立仮説となり、その仮説が成立するか否かを調べるために比較鑑定作業は行われる。

一方、未解決事件の工具痕データベース内に特定の工具によって加工された工具痕が存在するか否かの鑑定を求められた場合では、データーベース内の大半の工具痕は、持ち込まれた工具による加工痕とは異なっており、結果的に「未解決の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものではない」ことをしらみつぶしで調べていく作業となる。ただ、この場合でも作業の内容は「対応する工具痕を探す」ものであり、「当該の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものである」ことを前提とした探し方をしないと探しきれるものではない。

たとえば、発射弾丸のように円筒状の物体に残された工具痕の場合では、同一銃による発射弾丸であっても、痕跡が対応する円筒の位相は一意であり、その対応位相から少しでもずらして比較すると、その位置関係では円筒部表面の360度で痕跡は対応しない。すなわち、痕跡が対応しない位置関係は無数にあるのに、対応する位置関係は1箇所しかない。このようなものを比較対照する場合、痕跡が対応するかもしれないということを前提としないと、対応痕跡を発見できないことが多いであろう。 したがって、対立仮説は常に「当該の工具痕は、容疑の工具によって加工されたものである」とする主張がある。この場合、データベース検索型作業では、ほとんどの場合で帰無仮説は棄却されずに終わる。この立場に立ち、帰無仮説が棄却されない場合には、すべて「不明」の結論を出すという立場がある。「不明」という言い方はしなくても、「『一致』といえるものはなかった。」、「一致するものは見当たらなかった。」、「該当するものは発見されなかった。」という言い方がなされる。
Alternative Hypothesis
ターナー報告書
ターナーほうこくしょ

発射痕データーベースの検索結果が、データーベースに含まれるデーター量が多くなるとどのようになるかを、相当量の試射薬きょうを用いてい実験し、その結果をまとめた報告書。IBISは現場薬きょうのデーターベースとしては機能するが、新規販売拳銃の試射薬きょうデーターベースに拡大すると機能しなくなることを実験的に示した報告書と理解されている。

当時米国のカリフォルニア州司法省の犯罪科学研究所の所長であったフレデリック・ターナー博士(Frederic. A. Tulleners)が中心となり、カリフォルニア州の主要な発射痕鑑定者が参加して実験を行い、その結果は2001年10月5日付の報告書にまとめられた。実験に用いられた拳銃は、カリフォルニアハイウエーパトロール(CHP)の装備拳銃として新規に配備された口径0.40インチのS&W4006型自動装填式拳銃792丁であった。これらの拳銃は、メーカーによる試射とCHPの領収検査時の試射しか行われておらず、高々30発の弾丸しか発射されていない新品銃であった。試射に用いられた実包は米国のフェデラル社のもので、実験のために3,000発を即納できるとのことで選択された。試射薬きょうの採取はCHPによって行われ、痕跡データのIBISへの入力と解析はFT社によって行われた。

792丁の拳銃から試射薬きょうを2個ずつが採取された。そして、2個のうちの1個を先にIBISに登録し、その登録資料数を100丁、250丁、500丁、792丁と増加させながら、もう1個の薬きょうのデータが先に登録した画像とヒットするか、その検索結果と検索時間を調べた。検索時間は100個のときで約30秒、792個で約50秒であり、この結果を外挿すると10,000個では約5分となる。そして、この検索時間は大きな問題とはならないと結論された。一方、検索結果はデーター数が増加するとヒット順位の低下が顕著に表れる場合があった。100個のときに2位以内にヒットした資料では、対照資料が792個まで増加しても数位程度までしか順位低下が生じないのに対し、100個のときに数位でヒットした資料は、対照資料が792個に増加するとヒット順位は15~30位へと低下した。この順位の低下傾向はデーターベースの増加に従ってずるずると低下していくことが認められ、対照資料が10,000個になれば数百位にまで低下することが予想される状況であった。

792個のデーターベースに対し、無作為に選んだ50個の薬きょうの画像検索を行ったところ、遊底頭痕と撃針痕の総合評価で検索すると、2位以内に正しくヒットした資料の割合は54%、遊底頭痕だけで検索すると、その割合は32%、撃針痕だけで検索すると、その割合は28%であり、対照資料数を増加してもヒットする可能性があるのは、せいぜい半数程度であるとされた。

一方、この792丁とは異なる10丁の拳銃の試射薬きょうを検索にかけたところ、誤一致は生じなかったとされる。ただし、FT社の結論は分かりにくい。15位以内にヒットするものがあっても、他の相関係数と抜きんでた値を示しているものではないので、ヒットしていると勘違いするようなものではない、というものであった。すなわち、対照資料数を増加させると、そのヒット順位はずるずると後退するであろう予測されるものであった。

ターナー報告書によって、同一メーカーの同一ロットの実包の試射薬きょうの間で発射痕を検索しても、機械的に発射痕を合わせられるのは全体の半分程度であることが明らかとなった。異なるメーカーの実包を用いた実験結果では、その成績はさらに悪化していた。その実験では、792丁の拳銃の中から任意の22丁を選び、口径0.40インチのPMC、コーボン(CORBON)、アームスコー(ARMSCOR)、レミントン及びウインチェスターの5社の実包を用いて合計72発の試射を行い、フェデラルの試射薬きょうの痕跡とヒットするかを調べた。その結果、上位2位以内にヒットした割合は、遊底頭痕と撃針痕の総合判定で約25%、遊底頭痕のみの判定で約15%、撃針痕のみの判定で約11%であった。そして、それ以外の大半が15位以下となってしまった。これでは、データーベースが大きくなると、ヒット率が25%を下回ることを示していた。

5分以内の作業時間で拳銃の撃針や遊底頭をやすり掛けし、その後採取した試射薬きょうとの間の検索成績も調べられたが、何らのヒットも得られないという当然の結果が得られた。

ターナー報告書の結論は、発射痕データーベースは、未解決事件の現場薬きょう資料と容疑拳銃との間で発射痕跡を検索している間は機能するが、新規販売拳銃の発射痕データを登録してしまうと、検索結果は不良となり、実用性が失われることを示唆していた。これはIBISの性能不足に起因するというより、打ち殻薬きょうに残される発射痕跡の固有特徴不足によるものであり、発射痕鑑定者の経験と大きく異なるものではない。逆に、作業の内容を知っている者は、「IBISよくやった」と感じる。ところが、この報告書が公表されたとき、連邦の方針(ATFの方針)に逆らった、けしからん研究結果だとの批判が生じた。その一方で、銃器規制に反対するNRAにとっては好ましいものであった。

研究に対する批判の中で、鑑定者仲間でもささやかれたのは、「なぜフェデラルの実包を用いたか?」であった。3,000発なら、もっと良い結果が期待できるレミントンの実包が入手できたはずだというのである。フェデラルの実包では遊底頭痕が一般的に浅くなることが知られていたからだ。しかし、この批判は正当ではない。発砲事件にどのような実包が使用されてもヒットさできなければ、この種のデータベースの意味は少ない。結果の信頼性が低いヒット情報を用いて、なんらの捜査情報もない容疑者の捜査を行うことには無理がある。一方、ヒット率を上げるために各種の実包を用いた発射痕を登録してもよいが、それを行うとデータベースがさらに大きくなり、性能を低下させてしまう恐れもある。

ターナー博士がこの報告書をまとめたのは、カリフォルニア州の犯罪捜査研究所長を引退し、カリフォルニア大学に移る直前であった。彼は、「退職する時期になった人間しか本当のことを堂々と発表できないこの国を憂える。」の言葉を残した。
Tulleners Report
遅滞鑑定
ちたいかんてい

法科学鑑定処理機関が、鑑定を受理したにもかかわらず、その鑑定書の作成が遅れている鑑定。

英語ではbacklogged casesであるが、単なる未処理鑑定ではなく、処理が滞っている鑑定を指す。

アメリカ司法省の定義では、鑑定受理後30日を経過しても鑑定書や検査報告書が作成されていない鑑定を指す。

1件の鑑定を処理するだけなら30日も必要なくても、次から次へと鑑定が来る状況下で、優先度が下げられた鑑定では、受理後30日過ぎても着手すらされないこともあり得る。

滞留鑑定ということもある。
Backlogged Cases
同一工具痕
どういつこうぐこん

工具痕の異同識別の鑑定結果で、複数の工具痕が同一の工具に由来すると結論された場合に用いられる用語。

「一致」という用語は何かが一致しているかのような印象を与えることから、国際的に用いることが控えられる傾向があり、「同一工具由来痕跡」と正しく表現するようになってきている。例え同一工具によって付けられた痕跡であっても、複数の痕跡の間では必ず相違点がある。さらに、同一の擦過痕跡内であっても、少しでも離れた場所に残された痕跡の間には相違点がある。工具痕を印象した時期が離れている場合では、対応条痕の本数より対応しない条痕の本数の方が多いことが普通である。「一致」というには、あまりにも相違点が目立つのである。

そこで、痕跡が一致しているのではなく、痕跡の対応関係から、同一工具によって印象された痕跡と結論できることを主張する表現になった。

英語ではIdentificationである。この訳語として「同定」という用語を用いる人がいるが、「同定」という用語は生物の種の同一性や、他の分野でも種類の同一性をいうことが多い。工具痕では型式の同一性と誤解されるきらいがあることから、同一工具痕と表現することにした。
Identification,
Positive
同定
どうてい

英語のIdentificationの訳語の一つである。

Identificationは多方面で使われている用語で、工具痕鑑定も、その目的とするところはIdentificationである。工具痕鑑定でIdentificationが意味するところは、加工品に残された工具痕から、それを加工した工具を特定することにある。「特定」とは個別の工具の識別、すなわち個体識別である。

一方、同定という用語で個体識別まで踏み込む分野は見当たらず、一般的には種類を定める行為に用いられている用語である。工具痕鑑定の分野でいえば、工具の種類、あるいは工具の型式を定める作業までが同定に当たるものと考えられる。それより一歩踏み込んで加工工具を特定する行為が工具痕鑑定分野で使用されているIdentificationであることから、この分野ではIdentificationの訳語としては、従来から用いられている「異同識別」を用いるか、「使用工具の特定」、「使用工具の識別」を用いる方が適切と考えられる。

対象とする工具が銃器の場合には、「発射銃器の特定」、「発射銃器の識別」とより具体的な用語を使用した方が好ましい。
Identification
特徴痕
とくちょうこん

固有特徴とほぼ同意で、複数の工具痕が同一の工具に由来するとの結論を導く上で、その根拠となる対応痕跡。

いかなる工具痕も、それを加工した工具に固有な痕跡であることに間違いない。ただ、同一の工具によって加工された複数の工具痕を、同一工具由来と結論するためには、それらの工具痕に共通した何らかの痕跡を特定する必要がある。複数の工具痕に共通した痕跡が、すなわち特徴痕となる。つまり、工具痕のうち、再現性のある部分が特徴痕なのである。

線条痕あるいは擦過痕の場合は、単独の工具痕を見ても何が特徴痕であるかは自明ではない。ただし、深さのある線条痕の再現性は一般的に高いことから、深さのある線条痕を特徴痕として大きな間違いはない。ただし、深さのある線条痕は準型式特徴である可能性があることから、比較対照作業では浅い痕跡も含めた総合判断を行う。

圧痕の場合には、痕跡全体の中に幾何学形状に置き換えられる部分を探し、孤立点、線分、曲線、閉曲線、閉曲面などに単純化し、単純化された図形の組み合わせを特徴痕と考える手法が提案されている。
Characteristic Marking
特徴痕の一致
とくちょうこんのいっち

複数の工具痕の間に、それらが同一の工具によって加工されたことを示す対応関係が認められたことを意味する表現。

単に「痕跡の一致」といわず、「特徴痕跡の一致」ということで、それらの痕跡の対応が偶然に生じたものではなく、特定の工具に由来する痕跡が一致していると結論付けている。

実際の作業は、互いに対応している痕跡を探し出し、対応痕跡を拾い出しているに過ぎず、それらの対応痕跡が特定の工具に限定された痕跡であるか否かは分からない。ただ、再現性が高いことが経験上分かる痕跡の間で対応関係が認められる場合には、それらの工具痕が特定の工具に由来する可能性が高く、同一工具痕とする結論の根拠を与える。

一般的に深い痕跡が特徴痕となるが、その周辺の細かな痕跡も合わせて対応していることを確認できれば、全体としてより特徴の高い痕跡となり、同一工具に由来する痕跡であるとする結論の確実性が高まる。
Matching of Characteristic Marking
パーセント一致
ぱーせんといっち

比較対照している一対の線条工具痕(擦過痕)をの間で、対応が確認された条痕本数の全条痕本数に対する割合をパーセントで表したもの。全条痕本数は比較対照している両者の工具痕で計数された条痕本数の平均値とする場合と、本数が多い方の工具痕の本数とする場合とがある。

線条痕の本数は二次元的に計数する場合と、三次元的に計数する場合とがある。

二次元的計数を行う場合は、工具痕を明暗の縞模様に2値化し、その明部、あるいは暗部を計数する。対応条痕は一定の許容限度内で位置と幅が同等である縞の本数を計数する。これは機械的処理が容易である。

三次元的係数には何種類かの方法が考えられる。二次元的計数結果で対応条痕と計数されたもののうち、深さが極端に異なるものを除外する方法、比較写真を撮影した後、写真上で目視で線条痕本数の計数と、位置と形状が対応している線条痕本数を計数する方法、三次元形状測定器の出力を計算処理する方法などである。

パーセント一致は、簡単な処理で客観的な数字が得られることから、工具痕識別の研究には古くから用いられてきた。その結果を要約すると、位置と幅の対応関係を厳密に判定するか、余裕をもって判定するかで値に変動がある、既知の相違工具痕間でのパーセント一致の平均値が30%程度となる標準的な設定で対応条痕を計数した場合、既知の同一工具痕間のパーセント一致の平均値は35~40%である。

三次元的計数を行うと、既知の相違工具痕間のパーセント一致の平均値と既知の同一工具痕間のパーセント一致の平均値との差が拡大するとの主張がある。特に高価な三次元形状測定器を用いた研究でそのような主張がなされる。

同一工具によって加工された工具痕であっても、工具による加工条件(加工圧力、速度、角度等)や加工材料の材質が変化すると、線条痕の位置の変動は少ないが、それに比して深さ方向の変動が大きく、幅の変動はその中間であるというのが経験則である。したがって、三次元計測を行うと、既知の同一工具痕間のパーセント一致の値は二次元計測で得られる値より低下するものと考えられる。特に、加工品の材質の硬さが異なる場合には、その差は拡大するものと考えられる。このことから、既知の相違工具痕間と既知の同一工具痕間の比較でパーセント一致の値が拡大するということは、三次元計測は既知の相違工具痕間の比較では対応条痕がほとんどカウントされないということを意味している。
>Percent Match
破断面照合
はだんめんしょうごう

分離面形状照合と同じ。元は一体であった物体が複数に分離するのは物体の破壊や破断によることが多く、実際には破断面照合の作業となることが多いのでこのように呼ばれる。

以前ジグソーマッチと呼ばれていたように、破断面の照合といっても、実際の作業では破断部の二次元的形状を重点的に合わせることも多い。紙やテープ等の薄い物体の破断面の照合では、2次元的な照合作業で結論が得られることも多い。
Fracture Match
比較カメラ
ひかくかめら

乾板写真やシートフィルムの大判写真を撮影していた頃使用されていた、発射弾丸の比較写真撮影の専用装置。比較投影機と構造が類似している。

マシューズのテキストブックに紹介されているが、投影面に映し出される弾丸の拡大像を見ながら、何本ものノブを操作して弾丸のハンドリングを行いながら、痕跡の対応位置を探し出し、よい場所が発見された場合に比較写真を撮影する。操作ノブの回転は、ユニバーサル・ジョイントとウオームギヤを介して、弾丸の回転、上下左右の動きに変換される。マシューズのテキストブックには、比較カメラを用いて撮影した素晴らしい写真が数多く掲載されている。

時間をかけて良い仕事をしていた、古き良き時代の香りが満ちた道具の典型のように感じる。現在の高性能で疲れさせない比較顕微鏡があれば、このような機材を開発する必要はなかっただろう。
Comparison Camera
比較顕微鏡
ひかくけんびきょう

左右に2台の顕微鏡を並べ、その拡大像を光学ブリッジで中央に集め、接眼レンズを通して左右の像を並べて観察できる顕微鏡。

工具痕の異同識別において最も重要で役に立つ道具が比較顕微鏡であることは、この技術の発達の初期から現在に至るまでの間変わらぬ事実である。

工具痕の異同識別で利用する拡大倍率は数十倍程度までなので、マイクロ顕微鏡ではなく、マクロ顕微鏡であることを強調する場合がある。
Comparioson Microscope, Comparison Macroscope
比較投影機
ひかくとうえいき

比較ブリッジを備えた万能投影機で、比較ブリッジには2本の対物レンズが接続されている。

比較顕微鏡作業は、目に掛ける負担が極めて大きいことから、鑑定者の負担低減の目的で開発された。単眼で垂直にセットされた比較顕微鏡の接眼レンズを覗くことは、観察姿勢に無理があり、それだけでも長時間の観察を行う上で負担となった。投影機では、垂直の投影面に向き合うという自然な姿勢で観察できることから、首への負担は少ない。また、投影面を両目で自然に見ることができることから目の負担も少ない。その一方で、奥行きのない暗い像となるため、周囲を暗くしての作業となる。

日本光学製の製造番号1番の比較投影機を10年ほど使用したことがある。痕跡の対応位置を比較投影機で探す作業には、隔靴掻痒の感があった。工具痕(発射痕)の比較作業で、肯定的な結論が得られた場合には、その結果を示すための写真を撮影する必要が生じる。比較投影機では、拡大倍率が保証された大判の写真が撮影できるメリットはあった。古くは、マシューズの本で比較カメラ(Comparison Camera)として紹介されているものは、比較投影機と同じものである。

写真撮影に当たって、シートフィルムを入れたシースを投影面に取り付け、部屋を暗黒にしてから、フィルム・シースの遮光板を引いて外し、左右の光源にスイッチを入れると、冷却ファン付きの照明が唸り音を上げて点灯する。数秒から10数秒露光して、遮光板を戻して部屋を明るくした。その後暗室作業を行い出来上がりを見た。円筒状の弾丸表面を投影機で撮影する場合には、照明にかなりの工夫を要した。
Comparison Projector
微物証拠
びぶつしょうこ

犯人が犯罪現場に残す、あるいは犯罪現場から持ち帰る物的証拠のうち、残存物そのもののが解析対象となるもの。それらの多くが微細物であることから、微物証拠と呼ばれるが、量が多くても解析手法は同様であり、証拠物の種類は微物証拠に分類される。

微物証拠には、毒物、塗膜片、ガラス片、土壌、花粉、種子、麻薬・覚せい剤、血液、体液、唾液、毛髪、油類などがある。

微物証拠の鑑定では、分析機械の精度や分析法によって結果が変化することはあっても、同種の機械や分析法を用いた場合には、同一の結論が導かれることが期待される。

微物証拠は、それが何であるかの鑑定結果に変動が少なくても、その鑑定結果を犯人と結び付けるところに一定の飛躍があることが多い。すなわち、その微物証拠が何であるかが正確に分かったとしても、それが犯人が残したものである、あるいは、それを犯人が現場から持ち帰ったものであるする結論の間には、大なり小なりの飛躍が含まれる。

毛髪は微物証拠ではあるが、その分析手法には痕跡証拠の分析法である形態分析の手法が含まれる。
Trace Evidence
不能
ふのう

比較対照する複数の工具痕のいずれか、あるいは容疑工具が、痕跡の異同識別を行う資料としての適正を欠いている場合の結論である。

複数の工具痕のいずれか、あるいはすべてに過度の損傷が見られる場合、複数の工具痕が付けられた物体の材質が互いに大きく異なる場合、容疑の工具が、問題とされる工具痕を印象した後に改変されたことが明らかな場合、あるいは大きな形状変化が生じたことが明らかである場合などでこの結論が出される。

「不明」と「不能」との差異は次のように説明できる。「不明」は、素直に考えると「一致」と「相違」の両者のどちらとも結論できず、どちらの可能性も同程度にある場合に用いられる。「不能」は素直に考えると「相違」なのだが、「相違」という結論を出すと事実を曲げる可能性がある場合である。  
Unsuitable
不明
ふめい

比較対照している複数の工具痕が、同一の工具によって付けられたものであるか否か結論を出せない場合に用いられる用語。

この結論は次のような場合に下される。
1.工具痕の型式特徴が同等であり、全体的な痕跡形状が類似しているが、固有特徴と考えられる痕跡の対応箇所が不足している場合
2.工具痕の型式特徴は同等であるが、痕跡の摩滅、損傷や破壊等の理由から、固有特徴が不足している場合
3.工具痕の型式特徴が同等であり、全体的な痕跡形状は相違しているが、異なる工具に由来すると結論できるほど痕跡に相違点が見られない場合

米国では、工具痕の型式特徴が同等である場合で、「一致」の結論を導くことのできない場合には、すべて不明とするように定めている鑑定機関がある。このような鑑定機関では、型式特徴が同等であれば、痕跡形状の相違点が目立つ場合にも、「相違する」との結論を出していない。
Inconclusive
プロファイログラフ
表面形状測定器の草分け。工具痕鑑定の分野で、顕微鏡以外で最初に用いられた計測器。

ジョン・E・デイビス(John E. Davis)のテキストブック(An Introduction to Tool Marks, Firearms and the Striagraph) によれば、1936年6月21日に米国特許2,048,154を取得している。

ジョン・E・デイビスはこの測定器の存在を1950年3月にティムケン・ローラー・ベアリング会社の紹介で知り、工具痕、発射痕の鑑定に表面形状測定の手法を導入した。

物体を移動させながら、その上に落としたダイアモンド触針で表面形状の凹凸を測定する。当時の測定器では、触針はヒンジを中心に可動するアームの先端に取り付けられており、アームの上にはミラーが固定されていた。このミラーにスリット光を当て、その反射光の振幅を、ミラー反射を何回か繰り返して増幅した後、回転ドラムに巻きつけた印画紙に振幅波形を焼き付ける仕組みであった。ドラムの回転量と測定物の移動量は同期されていた。

ティムケン・ローラー・ベアリング会社はこのプロファイログラフを使用して、ベアリングの品質管理を行っていた。

現在プロファイログラフというと、表面形状といっても、工具痕よりスケールの大きな道路や歩道の凹凸の測定に用いられる、車輪で転がす大型の機械を指すようである。

表面粗さ計がこれに相当する測定器で、この仕事を始めた1970年代には、高性能の表面粗さ計が、輸入品と国内の2、3社の製品で利用できた。
Profilograph
プロファイログラフの限界
ぷろふぁいろぐらふのげんかい

1950年当時のプロファイログラフは、表面の凹凸形状を、レコード・プレーヤーのピックアップで検出するような装置であった。アーム(レバー)の上下動を、アーム上に固定されたミラーにスリット光を当て、その反射光の振動を増幅して拡大表示した。ミラーの動きを大きくするためには、アームのヒンジ部から触針までの距離を短くする必要があった。

当時、この距離が1cm程度のものが使用されていたという。このような条件で、触針が表面形状を的確に倣うようにするためには、触針圧を高くする必要があった。また、このヒンジと触針間の距離が短いと、表面の凹凸と検出される波形との相関がくずれるという欠点もある。

工具痕鑑定のような法科学用途では、触針によって鑑定試料表面に傷が付けられてしまうことは嫌われた。そのため、デイビスもプロファイログラフを現実の事件資料に使用することはなく、鑑定用に適したストライアグラフを開発することになる。
Limitation of Profilograph
分離面形状照合
ぶんりめんけいじょうしょうごう

元は一体であった物体が複数に分離分割された場合、その分離面の一方の凸部は、他方の凹部とかみ合わせの関係となるはずである。そのような凹凸関係になっているか否かを複数の物体の間で検査する作業を分離面形状照合という。

それらの物体が元は一体であったと結論された場合には、分離面形状が一致したという。

破断面照合という言い方もある。以前はジグソー・マッチとも呼ばれていた。
Physical Match
分類特徴
ぶんるいとくちょう

工具痕の異同識別に際し、異なる工具によって付けられた痕跡として対照候補から安全に除外するために用いられる特徴。「分類特徴が異なる。」ということは、「異なる工具によって付けられた工具痕である。」と同意として扱われる。Class characteristicsの初期の訳語。

Class characteristicは、痕跡を分類するする上で利用はできるが、その定義は「工具の製造図面に指定されている特徴」とされるようになり、分類特徴の訳語は適切ではなくなった。

痕跡の深さは工具痕の特徴の一つであるが、一般的に工具痕の分類特徴にはならない。同一の工具を使用しても、軟らかい材料に強く押し付ければ深い痕跡が残され、硬い材料に弱く押し付ければ浅い痕跡が残される。このように工具痕を、その深さで分類すると、使用工具を正しく識別できないことがあることから、工具痕の深さは分類特徴とはならない。

先端が平坦な工具を押し付けた場合にできる凹痕では、その先端の平坦部の面積によって工具痕を適切に分類できる場合が多く、これは分類特徴となり得る。このような工具では、その先端の形状は設計図面に指定されているはずであり、図面の寸法は型式特徴である。その工具の先端が欠けて、設計図面の値と異なる形状となっている場合には、その工具先端には固有特徴があることになる。
Class Characteristics
法科学
ほうかがく

裁判の証拠資料に関する科学。

英語のForensic science の訳語の一つである。Forensicには「法廷の、法廷で用いる」の意味があり、法廷で用いる科学の意味である。Forensicには弁論術や討論術の意味もあるが、法廷で用いる科学の中でも、法律分野の科学や弁論術に関する科学は含まず、法科学は自然科学の分野に限るのが一般的解釈である。

裁判制度によっては、犯罪を立証する証拠がすべて裁判で提示されないこともあり、犯罪捜査に関係する科学技術とする定義の方が適切かもしれない。一方、被告人の裁判が始まってから、裁判所が学識経験者に鑑定を命ずることがある。捜査機関の行う犯罪捜査はすでに終了しているが、これらの学識経験者が裁判所の命で行う鑑定も法科学分野に含まれるので、法科学を犯罪捜査に限った科学とすることはできない。

法科学の中で法医学(forensic medicine)の占める割合と重要性は高く、その他の分野は法医学に付随した技術としてスタートした。その後、科学捜査の根拠を提供する科学分野の拡大とともに、各種の科学を包含した用語として法科学が使用されるようになった。

法科学が包含する各種の自然科学分野には、法人類学(forensic anthoropology)、法生物学(forensic biology)、法植物学(forensic botany)、法化学(forensic chemistry)、法昆虫学(forensic entomology)、法遺伝学(forensic genetics)、法歯学(forensic odontology)、法花粉学(forensic palynology)、法病理学(foensic pathology)、法物理学(forensic physics)、法心理学(forensic psychology)、法精神医学(forensic psychiatry)、法中毒学(forensic toxicology)などさまざまな学問がある。

このように、法科学は多方面の学問の集合体であり、その科学が基づく基礎理論、解析手法、結果の信頼性、誤鑑定率も様々である。一方、その手法には共通点があるとされ、(1)証拠資料が何であるか(種類や種族)を決めること(Identification)、(2)証拠資料を個別特定する、あるいは何に由来したかを決定すること、(Individualization)、(3)証拠資料がどのような経緯で生じたものか明らかにすること(Association)、(4)事件の経緯全体を再構成する(Reconstruction)、という手順を踏むことで特徴付けられる。

たとえば銃器鑑定では、発見された弾丸様のものが、何であるか?それが、たとえば口径0.38インチ・スペシャル型実包の発射弾丸で、アメリカのウインチェスターブランドの弾丸であり、S&W社の回転弾倉式拳銃で発射されたものであろうといったことを決めるのが第1ステップである。続いて、容疑銃器が押収されれば、その弾丸が、その容疑銃器で発射されたものであるか否かを決定するのが第2段階である。その弾丸が、事件現場で、その容疑拳銃から発射され、たとえば被害者に命中したものと考えて矛盾がないかを調べるのが第3段階であり、発砲事件全体の経緯と、発射弾丸が発見された鑑識活動までが矛盾なく再構成できるかを検証するのが第4段階となる。
Forensic Science
類似
るいじ

比較対照している複数の工具痕が、同一の工具によって付けられたものである可能性が考えられる場合に使用されてきた語。同一の工具によって付けられたものである可能性が高い場合には、それらの工具痕は互いに「類似性が高い」と表現される。

この結論は、工具痕の型式特徴が同等であり、全体的な痕跡形状が類似しており、痕跡の微細な形状にも対応関係があるが、「一致」と結論できるほどには良好な対応関係が見られないときに下される結論である。

個別の線条痕に形状が類似しているものがある場合にも、その個々の線条痕を「類似」条痕と言うこともある。個別の類似条痕があっても、結論としては同一の工具によって付けられたものと結論できない場合があるし、その可能性の有無すら確かでない場合もある。

日本で用いられている「類似」に対応する英語はSimilar Markingであろうか。米国では不確かな結論を避ける傾向が強くなっており、このような場合は、「結論が得られなかった(Inconclusive)」とするように指導している。一方、ヨーロッパ各国は、各国が独自の基準でこのような結論を下している。

「可能性を否定できない」という情報が重要だという立場と、それは「確かな結論が得られなかった」と何ら異ならないのではないかという立場の違いである。
Similar Marking
レプリカ資料
れぷりかしりょう
工具表面あるいは工具痕表面を転写材料を用いて転写した試料。

レプリカ資料は以下の理由で作成される。
1.工具痕の比較検査を行う上で、工具痕を現場から切り取れない場合
2.そのままの状態では資料形状が変化してしまうことから、他の形態で保存しておく必要がある場合
3.資料をそのままの状態では比較顕微鏡に載せられない場合
4.資料の変形により、工具痕部分を観察しにくい場合
などである。

レプリカ資料はを作成する材料としては、石膏、シリコンゴム、エポキシ樹脂などが用いられる。

工具痕から転写資料を作成した場合では、レプリカ資料と工具痕との間では凹凸が反転している。このような転写資料を用いて痕跡比較をする場合、痕跡が反転していても、試作工具痕との間で直接比較作業を行う場合と、試作工具痕からもレプリカ資料を作成して凹凸をそろえて比較する場合とがある。

圧痕の比較をする場合には、容疑工具で圧痕を作成する代わりに、工具表面を型どりしたレプリカ資料との間で比較対照を行う場合がある。この場合、レプリカ資料と工具痕との間で凹凸の反転はないが、凹凸の深さが一般に異なる。レプリカ資料の表面の凹凸の方が、圧痕の凹凸より深い傾向にあり、痕跡の量が多く見えることが多い。特に硬い材料の上に残された圧痕と比較した場合はその傾向が強い。
Replica
連続一致線条痕
れんぞくいっちせんじょうこん

二つの線状工具痕(擦過痕)を比較したとき、両者の間で一定の区間にあるすべての線条痕が対応している時、それらの連続して対応している線条痕をいう。また、それら連続して対応している線条痕の本数をいう。

英語では、Consecutive Matching Striations,あるいはConsecutive Matching Straieといわれ、CMSと略される。

線条痕を比較した際に、連続して3本の線条痕が対応している場所があれば、そこに「3 CMSが存在する」と数える。比較した工具痕の間に5箇所で3 CMSが存在すれば、「3 CMSが5箇所」と数える(英語では、「5 runs of 3 CMS」)。
Consecutive Matching Striations,
Consecutive Matching Straie,
CMS
連続一致線条痕の意味
れんぞくいっちせんじょうこんのいみ

連続一致線条痕の考え方は、米国のカリフォルニア州警察犯罪科学研究所のAlfred A. Biasottiが提唱したもので、その初期の考え方はA. A. Biasotti, Statistical Analysis of Bullet Comparison (Preliminary Report), Progress Report for Criminology 299 (June 1951) に残されている。その後の研究結果をまとめて公表された、A. A. Biasotti, A Statistical Study of the Individual Characteristics of Fired Bullets, J. of Forensic Sci. 4-1 (1959) 34-50.が基本的な参照文献となっている。

線条痕の本数の計数が、規則的で再現性高くできるのであれば、この分野ではそれまでなかった数量的な基準となり得るものであったことから、線状工具痕異同識別の客観的な基準策定に向けて、米国を中心として研究されてきた。研究の初期の段階では、撮影した写真を引き伸ばして肉眼で計数され、その後機械的に計数できるようになった。ただ、現在でもデジタル写真をパソコンディスプレイ上で肉眼で計数するのが現実的な対応でである。

線条痕は工具の移動方向に尾根が続いた山谷が交互に連なった形状である。連続一致線条痕の考え方は、限定した区間では、この山谷形状が比較して場所で正確に一致していることを意味している。工具と加工面とが、すべての領域で同一条件で接触することは少なくても、部分的には接触状況が同様となれば、その部分の痕跡の対応関係は極めて良好となるであろう。また、加工面全体が損傷を受けないことは稀であっても、限定した区間では損傷を免れることがあるであろう。そのようなことから、同一工具による加工痕跡では、限定した部分で痕跡の対応関係がきわめて良好であることが考えられる。そのような場所に連続一致線条痕が現れ、そのような場所を高く評価するのが連続一致線条痕を用いた判断基準である。

線条痕は、工具の移動方向と直角な方向から照明を当てると、明暗の縞模様として観察できる。この明暗の縞模様が正確に対応するのであれば、山谷の傾斜角度には相違するところがあっても、山と山の距離、谷と谷の距離は再現されている。3次元的に観察しても痕跡が対応しているのなら、なおさらよいであろうが、工具に加わった力や加工品の材質などの条件が整った場合でないと、部分的とはいえ、3次元形状まで良好な対応が生じるケースは少ないものと考えられる。

線条痕を交互に並んだ山谷で近似した場合、線条痕形状の複雑さは、線条痕の本数として表現することができる。複雑な形状、すなわち短区間で上昇、下降を繰り返す形状であれば、短区間でも線条痕本数が多くなる。、一方、起伏の少ない単調な形状であれば、長い区間であっても、線条痕の本数は少ない。

工具に損傷や変形が生じるとすると、狭い範囲で徐々に発生する場合が多いと考えるのが自然である。その場合、短い特定の区間では工具痕の変化は少なくても、長い区間では、そのどこかで痕跡が変化してしまうと考えられる。

複雑な形状の痕跡がどこかに存在していて、その痕跡が再現されていれば、その場所で多くの本数の連続一致線条痕が計数される。一方、複雑な条痕がなければ、短区間での線条痕本数は少なく、十分な線条痕本数が得られるまで区間を延長すると、その途中で痕跡が変化してしまう可能性が高くなり、本数の多い連続一致線条痕を観測できなくなる。

結局、複雑な形状の痕跡、すなわち特徴条痕があれば、本数の多い連続一致線条痕が計数される可能性が高い。

連続一致線条痕に着目する立場では、線条痕の1本1本の対応関係が詳細に調べられる。その手続きによって痕跡の複雑性が自然に取り入れられる。複雑な形状の痕跡では、線条痕が密集しており、単調な痕跡では線条痕がまばらに観察される。痕跡の幅を等間隔に区分して、その区分ごとに痕跡の性格を調べる手法の解析法では、このような柔軟な対応は難しい。

凹凸の変化の多い特徴的な痕跡の場合、多数の線条痕が密集したものとして観察される。このような痕跡を十分解析するには、解像度を上げた処理が必要となる。ところが一定の限界を超えて解像度を上げて解析すると、同一工具に由来する特徴的な痕跡であっても、部分的な変動が発生している部分で線条痕の連続的一致が途切れてしまう。

極めて深い線条痕が孤立して存在している場合、再現性が良好な特徴痕跡であるが。鋭い切れ込み状で凹凸が乏しい場合には、単なる1本の線条痕として認識される。そのため、連続一致線条痕としての評価は低くくなる。このような線条痕も、深さ方向の情報を重視する3次元形状解析では、対応している場合に高い評価が与えられる。連続一致線条痕は、機械的に利用できることから、特徴痕が何たるかの体得が十分でない初心者でも利用できる利点があるが、機械的である故の限界もある。目的とするところは、特徴的な痕跡が良好な対応関係を示していることを確認する手段であることを理解して利用することが重要である。
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連続一致線条痕を用いた工具痕異同識別の判断基準
れんぞくいっちせんじょうこんをもちいたこうぐこんいどうしきべつのはんだんきじゅん
連続一致線条痕に着目した工具痕の異同識別は、ビアゾッティとともに研究したジョン・E・マードックにより定式化が進められた。現在推奨されている判断基準は、以下のとおりである。

2次元的判断(写真上の判断)では、比較している工具痕の間で8本の連続一致線条痕が確認できた場合、あるいは異なる2箇所で5本の連続一致線条痕が確認できた場合に、それらの工具痕は同一工具に由来するものと結論する。

3次元的判断(実態顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡を用いる)では、比較している工具痕の間で6本の連続一致線条痕が確認できた場合、あるいは異なる2箇所で3本の連続一致線条痕が確認できた場合に、それらの工具痕は同一工具に由来するものと結論する。

この判断基準は、誤一致判定をする可能性は極めて低いが、誤相違判定が生じることを問題視していないものである。
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最終更新日 2009年8月12日

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