(1)はじめに
(2)3段階+1の区分
(3)5段階+1の区分
(4)7段階+1の区分
(5)9段階+1の区分
(6)11段階+1の区分
(7)片側結論基準
(8)片側2段階区分
(9)片側3段階区分
(10)片側4段階区分
(11)片側5段階区分
(1)はじめに
法科学分野の鑑定書の結論(鑑定書の主文あるいは鑑定結果の主文と言われることもある)は、検査に類した内容の鑑定書を除くと、鑑定人の意見(opinion)の表明であり、絶対的な真実を示したものではない。ただ、単なる意見であっても、その分野の専門家ならではの意見であり、一般の人では導くことのできない結論となっている。そして、鑑定人が確実と考えた結論が誤ることはほとんどない。一方、結論の確実性がそれほど高くないと鑑定人が考えた場合であっても、得られた結論をその確実性が高くないことも合わせて示すことに意味があると考える鑑定人もいる。このような意見も、その分野に長く携わった専門家の意見であり、耳を傾ける価値はある。
専門家の鑑定書には、結論に至るまでの経緯が詳細に記述されているのが普通であり、鑑定書の全文を読めば、その結論の根拠がどのようなものであり、結論の確実性がどの位かが分かるのが普通である。ただ、その専門分野に詳しくないものにとって、分からない術語もあり、簡単には読みこなせない内容となっていることも多い。
分かりやすい鑑定書を書きなさいという人がいるが、もともと一般人になじみのない分野の事柄で、用語解説から始めると、鑑定書の分量が多くなってしまう。分かりやすくしようと思って、かえって分かりにくい文章という評価を受けてしまう。
結局、分かりやすい鑑定書とは、結論の分かりやすさに尽きる。分かりやすい結論とは、結論の内容と、その結論の確実性が端的に示されたものであろう。
鑑定書は、聞かれたこと(鑑定事項)に答える形式をとっている。したがって、突き詰めれば鑑定書の結論はイエス(肯定)かノー(否定)、あるいは分からないの3通りである。鑑定分野によっては、結論の種類がこれだけでよいかもしれない。しかし、発射痕や工具痕の異同識別分野では、それほど簡単ではない。 <>br>
二つの工具痕を比較したときに、それらの痕跡の対応関係は、極めて良好なものから全く異なり対応しないものまで連続的に分布している。その結果を何段階かに区分して鑑定結果として表現することには、それなりの合理性がある。その一方で、求められているものはイエスかノーであり、結論に確実性の段階を付けるべきではないという意見もある。工具痕の鑑定結果の表現としては、世界各国で合意された統一形式はなく、3段階から数段階に区分して表現されている。
結論の確実性の階級を少なくすべきだとの主張は、誤一致判定や誤相違判定の生じる危険性を極力抑えることが重要であり、判定を誤る危険性がある場合はすべて不明と結論することで鑑定者の責任を果たすとするものである。
多くの階級に分類すべきであるとの主張は、比較対照結果から導き出せる結論を、その結論の精度まで含めて伝えることが鑑定者の責任であると考えに基づく。
鑑定結果を利用する立場からみると、階級の少ない鑑定結果は、肯定結論であっても否定結論であっても、それを100%正しいものとして、自らは何も判断する必要はないからありがたい。もちろん3段階の分類であっても、その結果が100%正しいとの保証はないのだが。
一方、多段階の結論の場合では、中間段階の結論を捜査や裁判に利用するに当たっては、可能性の大小に関する鑑定者の真意を確認したいと思うのは当然である。もちろん、そのような結論を書いた鑑定者は、その質問に答える必要がある。その場合の質問は「この鑑定結果が正しい可能性は何パーセントですか?」となる。その質問に的確に答えられないことを悟った鑑定者は、3段階の結論方式を採用するようになる。
工具痕の変化は連続的に生じる現象であり、工具の使用を重ねると、痕跡の対応関係も次第に劣化する。一定限度を超えて対応関係が悪化すると、たとえ同一工具に由来する工具痕であっても、それを結論できなくなう。どこかで線引きしなくてはならないわけで、線引き箇所の多寡について、どちらが科学的とか非科学的との決めつけはできない。安定した再現性のある評価が可能であるならば、多段階評価も意味がある。
以下、工具痕鑑定の結果を段階的に示した場合に、その結論の意味を示す。
(2)3段階+1の区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「不明」、「相違」の3段階、及び鑑定に適しない資料の場合の「不能」に区分して記述する方式。
可能性の大小を含んだ結論を排し、結論の確実性が少しでも低い場合はすべて「不明」とする基準。結論から可能性の言葉が排除されていることから、結論の解釈に際して発生する問題は少ないとされる。
一方この基準では、「不明」とされる鑑定の割合が高くなるという問題がある。工具は使用を重ねることによって形状変化が進行することから、同一工具による加工痕跡の変動は広範囲にわたる。一般的に工具痕が異なっていることは、異なる工具による工具痕であることの根拠とはならない。このことから、この立場をとる鑑定書では、工具痕の型式特徴が大きく異なる場合を除き、痕跡が相当程度異なっていても結論は「不明」とされる。
「不明」結論の割合を減少させるためには、比較している二つの工具痕が生成された間の工具の形状変動がどの程度あるのかの情報を利用する立場がある。問題の工具痕が残された直後に、それを加工した工具が確保できた場合には、工具の形状変化が小さいものと想定され、このような場合に工具痕が異なるのであれば、「相違」の結論を下すことができるものと考える。
これと同じ理由から、比較対照している二つの工具痕が付けられた時間的に隔たりがある場合は、その間に工具が頻繁に使用され、その形状が変化していることに相当な根拠がある場合には、痕跡の対応関係に不良な部分があっても「一致」の結論を下すことができるものと考える。ただし、これに対しては強い反論がある。
(3)5段階+1の区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「同一工具痕の可能性が高い」、「不明」、「相違する工具痕の可能性が高い」、「相違」の5段階、及び鑑定に適しない資料の場合の「不能」に区分して記述する方式。
比較対照している工具痕の間に「同一工具痕」と結論できるほどの痕跡の対応関係が存在するが、形状が類似している同様の工具によってもその程度の類似工具痕が印象される可能性が考えられる場合に、「同一工具痕の可能性が高い」と結論される。
比較対照している工具痕の固有特徴に相違点が認められるものの、型式特徴は互いに同等で、同一工具によっても条件次第で、その程度に相違した工具痕が印象される可能性が考えられる場合には、「相違する工具痕の可能性が高い」と結論される。
「可能性が高い」とする結論は、その結論が誤る可能性があることを表明したもので、結論にどの程度の信頼性があるのかが問題となる。一方この基準では、「不明」とされる鑑定の割合は3段階+1の基準より少なくなる。
3段階+1の区分の採用が推奨されている国を含め、多くの国でこの区分を採用している鑑定者が多い。鑑定者の責任として、鑑定結果に占める「不明」の割合を減らすべきであると考える鑑定者や、痕跡の変動の多様性を経験している鑑定者が採用する傾向にある。「不明」結論は恥ずべきものではないと考える鑑定者は3段階+1の区分を採用する傾向にある。
(4)7段階+1の区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「同一工具痕の可能性が高い」、「同一工具痕の可能性がある」、「不明」、「相違する工具痕の可能性がある」、「相違する工具痕の可能性が高い」、「相違」の7段階、及び鑑定に適しない資料の場合の「不能」に区分して記述する方式。
結論を多段階に区分する立場をとる鑑定者は、「不明」とする結論が「同一工具痕の可能性」と「相違する工具痕の可能性」が相半ばする場合に下される結論と考えている。そして、その可能性が半々ではなく、「同一工具痕」の可能性の方が大きいと考えられるときに、「同一工具痕の可能性がある」と結論し、「相違する工具痕」の可能性の方が大きいと考えられるときに、「相違する工具痕の可能性がある」と結論する。その可能性の程度がさらに大きい場合は、それぞれ「同一工具痕の可能性が高い」、「相違する工具痕の可能性が高い」と結論する区分である。
この基準では、「不明」とされる鑑定の割合は5段階+1の基準よりさらに少なくなる。
結論に可能性の高低(大小)を持ち込んだ場合、その可能性がどの程度であるのかを明確に、あるいは客観的に提示できるのであれば意味があるが、それができないならば可能性の大小を持ち込むべきではないとする批判がある。一方、工具痕鑑定の分野で十分経験を積んだ鑑定者は、同一工具に由来する痕跡を比較した場合でも、痕跡の対応関係は良好なものから不良なものまで広範囲に連続的に分布していることを経験しており、問題としている痕跡の対応関係が同一工具によって生じる頻度及び異なる工具によって生じる頻度に関する体感確率を持っている。その体感確率に基づいて結論を下すことは鑑定者の態度として批判されるべきものではない。ただし、その結論は常に検証され、確率の感覚がずれていないことが確認されている必要がある。
(5)9段階+1の区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「同一工具痕の可能性が極めて高い」、「同一工具痕の可能性が高い」、「同一工具痕の可能性がある」、「不明」、「相違する工具痕の可能性がある」、「相違する工具痕の可能性が高い」「相違する工具痕の可能性が極めて高い」、「相違」の9段階、及び鑑定に適しない資料の場合の「不能」に区分して記述する方式。
可能性が極めて高いとの表現は、3段階+1の結論の肯定及び否定の結論を下すことのできる工具痕の対応関係と同等の良好な対応を示しているのだが、その結論が誤りとなる可能性がわずかに存在する場合に用いられる。単に可能性が高いのではなく、ほとんど結論が誤りとなる可能性がないことを強調した表現である。
そこまで、強い結論を出せるのなら、「同一工具痕」あるいは「相違」と結論すればよさそうなものだが、そうしないのはなぜであろうか?
実際は、表現のインフレ現象で、9段階+1の「可能性が極めて高い」のときの痕跡の対応状況は、7段階+1の「可能性が高い」と同程度の状態と考えられる。その分、9段階+1の「可能性が高い」は7段階+1の「可能性がある」に近い状態の時に使用され、7段階+1の不明領域になるものを「可能性がある」にしている鑑定者が多いのではないかと考えられる。
このようなことから、鑑定の結論は、その表現だけでなく、全体で何段階に区分して、そのどの等級の結論なのかを確認することが必要である。
(6)11段階+1の区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「同一工具痕の可能性が極めて高い」、「同一工具痕の可能性が高い」、「同一工具痕の可能性が十分ある」、「同一工具痕の可能性がある」、「不明」、「相違する工具痕の可能性がある」、「相違する工具痕の可能性が十分ある」、「相違する工具痕の可能性が高い」「相違する工具痕の可能性が極めて高い」、「相違」の11段階、及び鑑定に適しない資料の場合の「不能」に区分して記述する方式。
「可能性がある」は、その可能性が50%以下であっても主張できることから、他の区分方式による「不明」と内容はほとんど変わらないものと思われる。
「不明」は、「同一」とも「相違」とも分からない場合に出される結論であるが、その両者の可能性があることも意味しており、そのどちらとも結論できない状態である。すなわち、どちらの可能性もあるのだから、「同一の可能性もあるし、相違の可能性もある」の結論を短く答えたものともいえる。「可能性はあるのか?」と聞かれた場合には、通常「不明」に含めているものであっても、「可能性がある」と答える方が適当と考えれば、「可能性がある」と回答をする場合がある。したがって、質問のしかた(鑑定事項)によっては、11段階の表現の強さの順位が変動する可能性がある。
「同一工具痕」の可能性がないのなら、「相違」とはっきり結論できるのだから、「可能性がある」は両側基準にはなじまない側面がある。
(7)片側結論基準
「同一工具痕」であるとする結論の強さを段階に分けるが、「相違」に関して言及しない結論基準。
鑑定事項が「同一工具に由来する痕跡か?」である場合に、「相違」に関して積極的に論じる必要はない。工具形状を意図的に変更してしまう可能性まで考慮すれば、「相違」の結論は、その可能性を論ずることまで含めて一般的に困難であることから、「相違」に関しては触れないのである。
(8)片側2段階区分
鑑定結果を、「同一工具痕」及び「該当なし」のみに区分して記述する方式。
結論の種類が最も少ない区分で、「該当なし」は、積極的な結論を導くことができないすべての場合を含み、その他の区分方式における「不明」や「不能」も含まれる。
(9)片側3段階区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「同一工具痕の可能性が高い」及び「該当なし」の3区分で記述する方式。
「該当なし」には、積極的な結論を導くことができないすべての場合を含み、両側区分方式における「不明」や「不能」が含まれることは、片側2段階区分と同様である。
(10)片側4段階区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「同一工具痕の可能性が極めて高い」、「同一工具痕の可能性が高い」、「該当なし」に区分して記述する方式。
「該当なし」には、積極的な結論を導くことができないすべての場合を含み、両側区分方式における「不明」や「不能」が含まれることは、片側区分の結論すべてで共通している。
結論の区分を増やす時に、どのような表現を付け加えるかについては、必ずしも定説があるわけではないが、信頼性が高い側の段階を増やす方が普通と思われる。「可能性が極めて高い」を加えたことにより、「可能性が高い」は3段階基準の「可能性が高い」よりも可能性が低い側に全体的に移動するものと考えられる。したがって、結論の区分総数が分からないと、結論の表現を聞いただけでは、その鑑定者がどの程度強い主張をしているのか分からない。
(11)片側5段階区分
鑑定結果を、「同一工具痕」、「同一工具痕の可能性が極めて高い」、「同一工具痕の可能性が高い」、「同一工具痕の可能性がある」、「該当なし」に区分して記述する方式。
「該当なし」には、それ以外の区分に含まれないすべての場合を含み、両側区分方式における「不明」や「不能」が含まれることは、他の片側区分と同様である。
結論の区分を増やす時に、どのような表現を付け加えるかについては、必ずしも定説があるわけではないが、最後に加えるのが「可能性がある」であろう。この結論は、分野によって「・・・と考えて矛盾しない」、「・・・であって、差し支えない」、「・・・の可能性なしとしない」、「・・・を否定し切れない」等の様々な表現がなされるが、要は可能性が0ではないが、50%を超えていない場合の結論表現である。片側5段階区分の「可能性が高い」は、可能性が50%以上あることを主張している。
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