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米国学術研究会議(NRC)の発射痕データーベース(RBID)報告書の概要

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 米国学術研究会議(NRC-National Research Council)は2008年3月5日、IBISを用いた新規販売銃器の発射痕データーベースを現時点では構築すべきではないとする最終報告書を公表した。この報告書は、米国司法省の国立司法研究所がNRCへ委託した研究の結論である。現在米国では毎年450万丁の銃器が新たに販売され、そのうちの約200万丁が拳銃である。このような大量のデーターを扱うと、誤一致や誤相違結果が大量に発生し、発射痕識別システムは機能しないであろうと結論した。

 その論点の中には、発射弾丸と打ち殻薬きょうには、その発射銃器に特有な痕跡が残され、その特徴は発射を繰り返しても再現されるとする発射痕鑑定の基本的な仮定は、その正当性が科学的に認められたものではないとするものが含まれる。

 現在の技術(IBIS)が、現下の犯罪捜査の手掛かりを得る上で役立っていることは認めるが、それは犯罪に関係した銃器に対する画像データーベース内での技術である、と結論付けた。また、マイクロ刻印技術についてもさらなる研究を行うべきであると勧告した。

 個別の銃器の発射痕の固有性(ユニークさ)とその固有特徴の持続性については、さらなる精力的な研究を行う必要があるが、NRCにはそのような研究を行う余裕はなく、たとえ、そのような研究を行っても、結論が得られるとは思わないとした。一方、発射痕や工具痕の鑑定結果が裁判で認められるべき証拠であるか否かに関しては、一切論及せず、この研究の責任の範囲外であるとした。

 発射痕を撮影し、画像データベースを構築し、それを用いて犯罪に使用された銃器の検索を行う技術の存在と、それが個別の発砲事件の捜査に利用できるものであることは認める。発射痕や工具痕の再現性がある程度存在することも認める。また、その特徴が画像によって記録でき、再現されることも認める。その結果、容疑の銃器や工具をある程度絞り込める可能性も認める。ただし、最終的な結論は鑑定者が行うべきものであるとした。

 NRCの報告書が指摘した発射痕データーベース(RBID-Reference Ballistic Image Database)実現の上での問題点は、以下の3点である。

(1)現在の工具痕自動識別装置が用いているモノクロの2次元画像は、痕跡の全体的な形状把握には適しており、候補痕跡を絞り込む上では役立つ。しかし、最終的な痕跡識別は、これらの2次元画像ではできない。

(2)同種、あるいは異なった種類の銃器の間で互いに類似した発射痕跡が出現するであろうことは、簡単な確率計算から明らかである。大量な新規販売銃器の画像データを取り込んだ場合、類似した候補画像が多数に上ることは容易に想像でき、その後の手作業の比較作業の負担が多大なものとなる。

(3)使用実包の種類によって発射痕跡が変化することから、犯罪に使用されることのある各種の実包を用いて痕跡を登録しなければ、この種のシステムの実効は上がらない。その場合、銃器と実包のメーカーに多大の財政的負担を強いることになる上、システムが重くなり、その維持の財政的負担も増大する。

 NRCは新規販売銃器の発射痕データベース(RBID)の技術アセスメントを依頼されたにも関わらず、現在犯罪捜査に利用されているNIBINの技術アセスメントを行っている。そして、NIBINの運用と技術面の効率改善のためには、以下に掲げる7項目の努力をしなければならないと勧告した。

(1)犯罪現場から採取された打ち殻薬きょうの画像データをNIBINの画像データベースに追加する際には、優先順位を考慮して実施すること

(2)発射痕画像解析は、州や地方警察の犯罪捜査活動の一部として実施すること

(3)NIBINシステムを利用して管轄地域を超えた画像検索を行うこと

(4)画像採取作業と報告書作成作業をさらに合理化すること

(5)NIBINを効率的に使用する手法を開発すること

(6)同一犯罪現場の複数の打ち殻薬きょうと、1丁の押収拳銃の複数の試射薬きょうの画像を登録する手法を開発すること

(7)NIBINを設置する技術の改良

 さらに現在のNIBINシステムを構成しているIBISのハードウエアとソフトウエアを製造しているフォレンシック・テクノロジー社(FT社-Forensic Technology)に対して、以下の8項目の改善を勧告した。

(1)画像の相関の評価点(Comparison Score)の分布に関する研究を行うこと

(2)NIBINシステムのハードウエアとソフトウエアの技術情報を検証可能な状態で公開すること

(3)NIBINに実包のブランド情報を追加すること

(4)NIBINデーターベースに連邦全体のデーター、あるいは州をまたいだデータを検索する能力を持たせること

(5)NIBINのインターフェースの強化

(6)斜光線照明を用いた遊底頭痕画像を利用できるようにすること

(7)IBISシステムで用いている20%ルールの再考

 以下、報告書の内容の詳細部分とそれに対する意見を交えて一部紹介する。

データベース(RBID)に含める発射痕資料
NRCは、RBIDに含めるべき発射痕資料は、拳銃の薬きょうのみが妥当と結論した。その理由は、試射に際して打ち殻薬きょうのみを採取するのは容易であるが、状態の良好な発射弾丸を採取するために水槽に向けて試射し、弾丸を回収するのは時間と手間のかかる作業であること。ライフル銃などの威力の大きな銃器では、水槽に向けて発射しても弾丸が著しく変形し、鑑定に適さないことを根拠とした。また、犯罪に使用される銃器の大半が拳銃であることから、拳銃のみでも、その目的はかなり達成されるとした。

発射痕の証拠価値に対するNRCの見解
 NRCは、発射痕画像データベース報告書の中で、法科学分野の鑑定の客観性や重要性を順位付けて紹介している部分がある。これはThorntonとPetersonの2002年の論分を引用する形で行われている。

 DNAは鑑定手法の客観性が高いものとされ、続いて血液型等の血清学鑑定、薬物鑑定は客観性が高いグループに分類されている。

 一方、主観的な鑑定として、発射痕・工具痕鑑定が挙げられている。繊維の鑑定もこれと同程度に主観的なものとしている。

 これよりさらに主観性の高い鑑定として、血痕の飛散状況(ブラッド・スパッター)から犯行状況を推定する鑑定、声紋分析、かみつき歯型(バイトマーク)から噛んだ人物を特定する鑑定を挙げている。

 これらよりさらに(ただし、少しだけ)主観性の高いものとして、筆跡鑑定、毛髪鑑定のグループがあるとしている。

 このような鑑定者の主観に基づく鑑定では、結論にその可能性の大小を含めることが普通であるが、発射痕・工具痕鑑定では伝統的に鑑定者は結論が100%正しいと主張させられ、そのことに負担を感じている鑑定者がいるしている。事実、米国では発射痕・工具痕鑑定の結論は、3段階+1で表現することが推奨されていることから、肯定・否定の結論が100%正しいとするか、そうでなければ不明とするかの選択を迫られる。

 DNA型や指紋は個人と直接結びつく証拠である。一方発射痕鑑定は、発射弾丸や打ち殻薬きょうとその発射銃とを結びつける証拠で、それらを発射した人物とを結びつけるものではない。また、新規販売銃器の発射痕データーベースの場合、発射弾丸等とその発射銃器を最初に購入した人物とを結びつけるだけであり、犯罪発生時の所持者を解明できるわけではない。そのため、発砲事件の容疑者に辿り着くためには、かなり距離のある情報しか得られない。

 また、DNA型や指紋は、同一人では不変であるといえるが、発射痕は発射ごとに変化するものであり、その変化の程度を定式化することが難しい。これらのことから、新規販売銃器の発射痕データーベースを作成しても、DNA型データベースや指紋のデータベースほど有効でないことは容易に想像できる。

 なお、血液指紋などを除くと、DNA型や指紋証拠でも、犯罪現場に特定の個人が立ち寄ったことがあることを証明(存在証明)しているだけで、実際の犯行を行った当人の証明(行為者証明)になっているとは限らない。

 NRC報告書は、発射痕はその再現性が低いことから、発射痕データーベースはDNA型や指紋のデータベースと同様の効果を上げることは難しいと指摘している。発射痕の再現性は、注意深く採取された連続して試射した弾丸や打ち殻薬きょうの痕跡の間でも問題となるのだが、発射痕跡が人為的に変更可能な点にも大きな問題がある。そのような行為は発射痕鑑定を混乱させる目的で故意に行われる場合もあるが、弾丸を発射するための必要に迫られて行われる場合もある。

 NRC報告書には、発射痕に影響を与える行為として、以下の例が示されている。

(1)自動装填式拳銃用の実包を回転弾倉式拳銃で発射する。
(2)拳銃用の実包にアダプターをかぶせてライフル銃から発射する。
(3)拳銃用の弾丸をライフル実包の薬きょうに取り付けて発射する。
(4)同型式の自動装填式拳銃の間で銃身を交換して発射する。
(5)同型式の自動装填式拳銃の間で、撃針を交換して発射する。
(6)自動装填式拳銃の遊底頭面や回転弾倉式拳銃の閉塞壁面をやすりで手入れしてから発射する。
(7)自動装填式拳銃や回転弾倉式拳銃の撃針先端をやすりで手入れしてから発射する。
(8)回転弾倉式拳銃の銃身を交換して発射する(自動装填式拳銃ほど銃身交換は容易でない)。
(9)すでにライフル加工された銃腔内に、新たにライフル加工工具を通してから発射する。
(10)銃腔径より若干径の小さな弾丸を発射する。
(11)銃腔の腔旋を削り落してから発射する。

 なお日本国内では、(4)以降の行為は武器等製造法が定める製造(改造及び修理を含む)に該当する行為となる。このように銃器に故意に手を加えるまでもなく、弾丸発射後海や川に投棄され、半年も経過した銃の発射痕は大きく変化してしまうことが多い。銃器の表面が錆びてしまうのだから発射痕が変化して当然である。

 容疑銃と現場弾丸類との指名対照では、発射痕跡の対応状況が不良な理由として、銃器の錆びや故意に行われた手入れ等を挙げた鑑定書が作製され、国内では裁判で証拠採用されてきた。一方、このようにして発射痕が変化してしまった場合には、データベース検索によるコールドヒットの可能性は全くなくなる。

発射痕鑑定にはDNA型や指紋と異なり、鑑定を困難にする個別事情がある、とNRC報告書は次のような例を紹介している。

 発射痕鑑定資料のうち、発射弾丸は衝突による変形が大きい。体内に侵入した弾丸は、変形が少ない場合もあるが、即座に摘出できなかった場合には表面の変質が大きくなる。一方、それらを発射する銃器も、発射に伴って弾丸金属が銃腔に堆積したり、銃腔表面が発射ガスによって腐食することによって劣化が進行する。これらの表面変化は発射痕の再現性に影響を与える。

 犯行後、撃針口にドリルを立てて、径を拡大し、撃針先端をやすりで擦った例では、撃針痕周囲の盛り上がりがきわめて大きくなると共に、撃針痕形状も大きく異なってしまうことから、現場薬きょうと試射薬きょうとの間で、痕跡が共通の銃に由来するものとの結論は得られなくなる。

 新品の銃身から弾丸を発射した場合、最初の数発の弾丸に残される発射痕の安定性は低く、数発後から再現性のある線条痕が現れるようになる現象が多くの場合で認められる。これを特徴痕のならし期間(settle-inまたはbreaking-in)という。打ち殻薬きょうに残される閉塞壁痕や撃針痕では、最初から再現性が高い特徴痕が発現するが、新品の銃器では、初期の段階で発射痕跡の変動が大きいという報告もある、それはこれらの部品に施された塗装の剥離等の影響が考えられる。

 これらの問題点のうち、新規販売銃器の発射痕データベースを作成する上での固有の問題は、特徴痕の発現期間が挙げられる。これは発射弾丸に固有の問題で、打ち殻薬きょうでは問題とならない。弾丸の発射痕は、銃器をある程度使い込むことによって、その銃固有の痕跡が十分発現するようになる。そのようになってから保管用試射弾丸類を採取すると、その後の鑑定は容易になる。しかし、銃の購入者はなるべく発射弾丸数の少ない銃の購入を望む。また、銃のメーカにとってみれば、コスト削減の理由から、試射弾丸数は最低限に抑えたい。その結果、新規販売銃器の発射痕データベースに製造直後の銃身を通過した試射弾丸が登録されることになり、その銃が犯罪に使用された時には、発射痕がかなり変化している可能性が大きくなる。

 発射痕の鑑定を行う場合、対照用の試射弾丸類採取に用いる実包は、出来れば以下の順で選択すると、良好な鑑定結果が得られるとされている。

(1)同一メーカーの同一ロットの実包を使用する
(2)同一メーカーの同一ブランドの実包を使用する
(3)同一メーカーの実包で、弾丸や雷管の材質が同一の実包を使用する
(4)メーカーにはこだわらなくても、弾丸や雷管の材質が同一の実包を使用する

 NIBINでは、中程度の固さの材質の実包を使用して試射資料を採取することを勧告している。硬すぎず、柔らかすぎない材質のものが全般的に比較対照性能が良好であると考えたからである。

 IBISを導入しても、あまり活用されていない実態があるが、NRCは報告書の中で、その実態を厳しく指摘し、改善を勧告している。

 IBISが全米の捜査機関に適正に配置されていることを検証するために、四半期ごとにATFはIBISの利用頻度を立ち入り調査し、利用頻度が低い場合には、その後の2四半期引き続き調査し、それでも利用状況が改善されなければシステムは撤去され、それらのシステムは他の捜査機関に移設されることになっている。

 このような対策が施されているにもかかわらず、利用頻度の高い上位15%の機関によって全データの68%が入力されている実態があり、4%の機関は100件未満のデータしか入力していないという。また、検索結果に可能性が高いと表示されても、それを調査しない機関も多いという。

 データ入力に熱心でない機関を調査すると、画像データの入力には5~10分くらいしかからないが、押収銃器から試射弾丸類を採取する作業や、必要事項をNIBINシステムに入力したり、採取した試料を保管管理するためのペーパワーク等に10~45分必要で、そのような時間をかけるのなら、銃器の鑑定処理よりDNAの未処理鑑定に人手を回した方が良いと判断する捜査機関があるのだという。

 多くの機関が、地元の事件のみを検索対象とし、NIBINが備えている全米のデータを検索対象とすることはほとんどないと報告書にはある。

 一方ヒット結果については、ヒットリストにある188件のうち154件(82%)が被疑者から押収したけん銃と現場弾丸類とをヒットさせたものであった。

 弾丸と薬きょうのヒット件数と、その地域で発生した発砲事件の現場弾丸と薬きょうの登録数との間には強い相関関係がある。その一方で、試射弾丸類の登録数とは負の相関があるという。このことは、ヒットを重ねる機関では、現場資料の画像登録を積極的に行っているが、試射資料の入力は事件の質で重みづけをしているものと推定される。登録するのがシステムの目的ではなく、事件を解決するのが目的であることを自覚すれば、これは当然の対応であろう。

 NRCは、発射痕画像データベースの報告書をまとめるにあたって、IBISの技術情報の調査のために、カナダ・モントリオールのFT社に出向いている。FT社は、報告書では公表しないという契約書を交わした上で、技術情報を公開したという。公表してよいとされた情報は報告書に記載されている。それらのデーターのうち、画像容量については以下のように記載されている。

 なお、IBISでは、弾丸の線条痕データは加工されたシグナチャーとして保存しているが、その詳細は企業秘密である。

 薬きょうの画像はJPEGで保存されており、遊底頭痕と撃針痕の画像データーは、それぞれ230.4KBの容量である。カラー画像ではなくグレースケール画像であるため、かなりの解像度である。通信に際しては約10分の1に圧縮した21~23KBのデーターを用いる。これらの画像データーは1KBのテキストデーターとともに通信される。1.2GBの光ディスクに約1,800個の薬きょうの画像生データーが保管できる。また、約10,000個の薬きょうの圧縮データがこの光ディスクに保管できる。このことから、圧縮データは120KBと推定される。

 6条の弾丸の画像ファイルは2.1MBで、1枚の光ディスクに6,000枚のJPEG画像が保管できる。また、50,000個の弾丸のシグナチャーが保管できる。このことから、1個の弾丸のシグナチャーは24KBとなり、1条の旋丘痕では4KBの容量となる。

 米国では、毎年約100万丁の拳銃が新規に販売されている。NRC報告書では、これらの発射痕データを登録する作業量と必要とされる機材の推定量が示されている。

 薬きょうの発射痕のみを登録するとして、画像入力を5分で行い、それに関連する文書データの整理に5分かかるとすると、合計10分が必要となる。1時間あたり6件処理できることになる。この作業を3交代制で、1日24時間、365日フルに行うとして、必要となる人員は次のとおりである。

 作業員一人が1年で2,000時間働くとすると、作業員一人当たりでは1年に12,000丁のデータが処理できる。100万丁分のデーターを処理するには、3交代制の要員として84人の作業員が必要となる。データ入力装置は28台必要となる。機械の故障に備えるとなると、40~42台の入力装置が必要であろう。

 1日に1,000件の現場薬きょう資料の検索要求が発行されるとする。検索対象は、あらかじめ撃針痕形状、拳銃の販売日、事件の発生日、痕跡の大まかな形状、そして地域によって絞り込むとする。これらの絞り込みによって、検索対象を全データの1/20にまで絞り込めると仮定する。PC級のマシンで1秒間に30枚の画像と比較できるとすると、1台のPCで1日当たり約260万画像の比較をこなせる。全体では1日に5千万件の比較をする必要があることから、1年分の新規販売拳銃との比較を行うには20台のPCが画像検索用に必要となる。故障等に備えて3倍のPCを用意するのが安全で、1年分の比較に60台のPCが必要となるだろう。

 このPCは、次年度分の新規販売拳銃データが追加されるたびに60台ずつ増加させる必要がある。税金で運用すると、このようにPCが増加し続けることは問題視されるが、グーグルなどの検索サイトのPCの増加量に比べれば大した量ではないのだろう。ただ、費用対効果の点で、このような資源の利用は無駄というのが報告書の最終的な結論となっている。

 ニューヨーク市警察では、IBISを導入した1995年10月から2004年12月までの間、1,400件近くのヒットがあった。しかし弾丸のヒットはそのうちの10件以下であった。さらに、薬きょう資料のうち、痕跡がはっきりしている資料のみを入力することにした2003年では、9,650個の資料を入力でき、310件のヒットがあった。一方、弾丸を含めたすべての資料を入力しようとしていた2002年では8,400件のデータしか入力できず、195件のヒットしか得られなかった。

 このような事実から、特徴的な痕跡の残されている薬きょう資料を重点的に入力すると、IBISの運用実績が上がるものと期待される。

 ボストン警察は、1995年にいち早くIBISが導入された。それまでは、異なる場所で発生した発砲事件の関連性は原則として調べていなかったボストン警察も、IBIS導入を契機に積極的な関連調査を行うようになった。2003年末までに2,400個の弾丸と、12,700個の薬きょうの画像を登録し、412件の画像がヒットした。

 ボストン警察では、IBIS導入以前の1990~1994年の間は、コールドヒットは年間平均8.8件であったが、1995年には年間60件とコールドヒット件数が劇的に上昇した。その後、過去の未解決事件資料のデータ入力に力を割いたり、1998年には警察本部の移動に伴う2ヶ月間の業務停止の影響があったことから、ヒット件数が減少した時期も見られたが、1995年~2003年の間のコールドヒットの年平均は45.7件である。

 IBISが導入されたことにより、打ち殻薬きょうから発砲事件相互の関連性が解明できるようになったが、犯罪者がそれを困難にするため、使用拳銃を自動装填式拳銃から回転弾倉式拳銃に変えたという傾向は、1995年以降に確認できない。

 ところが、実際には同一銃器が使用されたことが分かった事件でも、必ずしも同一犯人による事件ではないことが分かってきた。銃器が犯罪者の手を渡り歩くからである。発砲事件には、被害者がおり、多くの場合で目撃者がいる。しかし、目撃者は報復を恐れて警察に情報を提供しないことも多い。被害者も警察に加害者の情報を提供せずに、法的制裁より仲間内の手っ取り早い制裁を好む者が多い。そのため、IBISで発見した同一拳銃が使用されたという情報は極めて重要である。IBISマッチによって有罪にできない事例も多いが、IBISマッチは逮捕の理由となり、有罪にできなくとも、その後の尋問により得られる成果は大きい。

 DNA型や指紋などの別の証拠がある場合には、容疑者にたどり着ける場合もある。一方、同一銃器が使用されたという情報だけでは、容疑者にたどり着けないことがあることが分かってきた。ただし、IBISヒットを重ねていくうちに、発砲した容疑者に直接結びつかなくても、その地域で活動している犯罪グループの活動実態や、広がりが分かるようになってきた。同一拳銃が用いられる発砲事件の地域的広がりや発砲対象が分かることによって、犯罪グループの活動実態が知れ、犯罪抑止活動に大きな成果を上げることができた。

 ボストン警察が1995年に導入したIBISには、ATFが$540,000支払った。その後2003年12月に追加購入したときには$295,000に値下がりしていた。2003年12月までに404件のコールドヒットがあったが、2003年の導入価格で計算すると、1ヒット当たり$730.20である。

 ただ、ボストン警察は1995年から2003年の間に弾丸のヒットは8件しかない。この間の弾丸のヒット1件当たりのコストは$36,875となる。

 ボストン警察はIBISの導入によって、最終的には銃器関連犯罪の逮捕者を4.4倍に増加させた。

 ドイツ共和国のBKA(ブンデスクリミナルアムト)では、比較した際に結果が出ると考えられる資料のみIBIS入力をしており、その割合は薬きょうでは全体の約77%、弾丸では約35%である。

 現場弾丸では最大2個、現場薬きょうでは最大3個の資料の画像データを入力する。試射弾丸は1個のみ、試射薬きょうは、何個かの試射薬きょうの中から最も痕跡が異なる2個を入力する。そして、IBISの検索結果のトップ5のみをその後の比較の対象物件とする。

 BKAでは、以前比較顕微鏡を用いて手作業で一致結果が得られた資料について、IBIS比較を行わせる実験を行った。すなわち、以前比較顕微鏡を用いた手作業の比較により一致結果が得られた薬きょう232件と、一致結果が得られた弾丸84件についてIBISに比較を行わせた。薬きょうの対照相手は670個、弾丸は180個であったが、その結果、薬きょうでは3種類の痕跡(撃針痕、遊底頭痕、蹴子痕)を総合するとトップ5に80.2%が含まれ、トップ10には85.8%が含まれた。3種類の痕跡すべての総合判断が最良の結果が得られたが、個別の痕跡を利用した場合では撃針痕を用いた検索結果が最良であった。

 トップ5あるいはトップ10の基準を用いた場合で、薬きょうでは75~95%の、弾丸では50~75%の発見率が得られることから、対象をそれより広げることは手間が増えるだけで効果は少ないと結論している。

 NRC報告書では、IBISを開発したFT社及び、IBISを運用している機関を調査し、IBISの検索機能を調べた。その調査結果に基づき、IBISの検索手法をある程度公表している。その報告書によれば、IBISでは、検索にあたって以下の絞り込みを行っている。

(1)地理的絞り込み-IBISは、デフォルトでは同一管轄地域のデータのみを検索し、他の管轄地域も検索するには手動の設定変更を行わなければならない。
(2)口径の絞り込み-同一口径だけでなく、流用可能な口径もグループに加えている
(3)事件の種類による絞り込み-事件発生日以降に押収された試射資料とのみ比較する。試射資料相互の比較は行われない。
(4)撃針痕形状による絞り込みーIBISは撃針痕の形状を4種類に分類して、同一形状の間で比較する。この形状分類は手動で行われ、画像から自動分類することはできない。国によっては12種類の分類を行っている。ケニングトン(Kenington)は22種類に分類している。

 これらのフィルタリングを行って絞り込まれた対照資料数がサンプルサイズとして表示される。

 この絞り込み手法に対してNRCは、管轄地域を超えた検索を積極的に行うべきであるとの勧告を行っている。ただ、検索地域の範囲を広げると対照資料数が増加するため、類似痕跡の数も増加する。その一方で、管轄地域をまたいで捜査を行うためには、それなりの強い根拠が必要となるだろう。犯罪の凶悪性、犯罪手口の類似性、目撃情報の関連性などの事件情報の重要性が増すだろう。

 州をまたいでいる場合には、ヒットリストの確認のための現物比較を行うためには、州をまたいで現物資料の移動を行う必要がある。証拠資料の管理上、そのような手続きはそれほど容易とは思われない。証拠品の受け渡しの管理(Chain of Custody)が裁判で問題にされることがますます多くなっていることも、州をまたいだ証拠品の移動を難しくしているだろう。したがって、ヒットリストで群を抜いた一位にランクされた場合でなければ、州をまたいだ捜査(FBIが動く捜査)とすることは、NRCのメンバーが考えているほど容易とは思われない。

 IBISは、遊底頭痕、撃針痕、蹴子痕の圧縮画像を比較して、類似性の高いものから順に並べたリストを作成する。それぞれのリストの上位20位の候補(それぞれの候補にダブリがない場合にはすべてで60個の薬きょうが候補になり、すべての痕跡で同一の薬きょうが候補になった場合には、20個の薬きょうが選ばれたことになる)に対して、高精細画像による比較を行う。以前は上位10位の画像に対してこの精細画像比較を行っていたが、取りこぼしを防止するために上位20位に変更された。この何位までの画像を高精細比較するかはFT社に依頼しないと変更できないパラメーターとなっている。

 IBISの弾丸画像の検索では、薬きょうの場合と同様事件や口径を基に(1)~(3)の絞り込みを行った後、旋丘痕の条数の絞り込みを行う。比較可能なすべての旋丘痕相互の比較を、比較する旋丘痕の組み合わせをずらしながら比較し、類似性が最大となる比較位相を探す。痕跡の類似性が最大となった比較位相を、最大位相(MAX Phase)という。最大位相での類似評価値の得点をピーク位相(Peak Phase)という。個別の旋丘痕の最大評価点を最大得点旋丘痕(MAX LEA)と呼ぶ。

 NRC報告書は、IBISが用いている用語の訂正を指摘している。IBISは発射痕画像の類似性を示す用語として相関(correlation)を用いている。この語は因果関係を示す用語であり、IBISが掲げる得点(スコア)は発射痕と発射銃器との間の相関を示しているものではないことから、この用語の使用は控えるべきである。もし使うのであれば、その値が統計上の相関係数となるように、システムを改良すべきである、と指摘している。

 NRC報告書は、NIBINを効率的に運用するための多くの勧告が行われている。法執行機関の業務に対して、大学の先生たちが立ち入った注文を付けた格好である。国内でも各種の外部評価委員会があるが、ここまで立ち入って指示をすることは珍しいのではなかろうか。問題点を立ち入って指摘できるほど業務内容を公表しないこともその理由であろ。以下にそれらの勧告内容を示すとともに、それらに対する意見を付け加えた。

勧告1 画像データ入力には優先順位をつけて効率的な運用をせよ

 限られた人的資源を有効に活用するためにも、画像データ入力は犯罪の解決にとって効果的となるような優先順位をつけて行うべきである。その優先順位としては、以下の順位にすべきである。

(1)現場薬きょう
(2)現場弾丸
(3)所持者に返還すべき銃器の試射薬きょう
(4)所持者に返還すべき銃器の試射弾丸
(5)所持者に返還しない銃器の試射薬きょう
(6)所持者に返還しない銃器の試射弾丸
(7)データ化していない古い事件の現場資料

 このような優先順位をつけて画像入力を行っていくとして、後回しにされた優先順位の低い資料はどのように処理するのであろうか?同一優先順位の中では受け付け順に入力して行くのであろうか?

勧告2 継続的に繰り返し検索を実行すべきである

 画像データ入力時に1回検索を実行して終わりにするだけでなく、継続的に検索を繰り返すことを勧告している。捜査機関によって鑑定負荷が異なり、画像入力作業の進行速度が異なっている。そのため、古い事件の現場薬きょうの画像が入力されていないうちに押収された容疑銃の試射薬きょうの画像が入力され、その検索が実行されてしまうと、押収銃器と発砲事件とのつながりを得られないで終わってしまう。そこで、他機関の現場資料の画像入力を待って、時期をおいてから検索を繰り返すことによってヒットの可能性を上げることができる。

 処理系に余裕があるのなら、作業は計算機が行ってくれるのだから、何度検索を繰り返してもそれほど負担にはならないだろう。ただ、やみくもに検索を繰り返しても実効は上がらないだろう。このようなときに捜査員の勘が威力を発揮することになる。拳銃を押収した際の容疑者の挙動等から、検索を繰り返すべき拳銃と、その甲斐のない拳銃とをより分けて、NIBIN担当者に伝えるのである。捜査側に期待があることを知れば、検索を実行する側の熱の入り様も変わり、よい結果が得られるというものである。事件解決にまで持っていくにはヒットリストの上位の資料を手作業で確認する作業が残されており、単に検索を繰り返してもそれだけの動機付けがなければよい結果は得られないのである。

勧告3 ヒット件数の自動集計と管轄地域をまたいでヒットした事件を別に集計すべきであること

 NRCは、IBISの実態調査の過程で、システムの改善点に気がついたが、その一つがヒット件数が自動集計されていない点であった。税金を投入しているシステムの成果はヒット件数で端的に示されるが、ヒット件数が何件あるかを問い合わせたところ、回答までにかなりの時間を要し、またその結果が手作業で作成されたと思われるエクセルファイルで提供されたという。

 提供されたヒット件数の結果を調べると、大半は同一管轄区域内でヒットしているが、NIBINシステムならではのヒットである管轄区域をまたいだヒットが分かり難かった。そのため、管轄地域をまたいでヒットした事件件数を別に集計しNIBINの成果を示すべきであると指摘している。また、その結果を分析することで、迅速なデータ入力が、異なる管轄地域の間の情報を有効に活用するためにいかに重要であるかが示されるはずであると主張している。

 この種の情報システムでは、成果物は自動集計されて当然だろうというわけだ。しかし、実際には、それはかなり難しい。IBISは発射痕跡の類似性を根拠に事件解決の手がかりを示すだけであり、その情報を基にして、その後かなり時間をかけた捜査が行われるのが普通である。その捜査結果により、事件が解決する場合もあれば解決しない場合もあろう。事件の捜査を進めて行くうちに、別の手がかりも出てくるだろう。そのうちに、捜査側は捜査の発端となった情報については記憶が薄れ、事件が解決した場合にIBISマッチを行った側にフィードバックするのを忘れてしまう。このように、事件の解決件数の自動集計ができるほど事情は単純ではない。発射痕の関連を示す部署は、縁の下の力持ちであり、解決事件の自動集計ができないことがその悲哀を示している。

勧告4 データ入力をさらに迅速化する手順を構築すべきである

 発射痕データベースの効果を上げるためには、画像が適切に入力されている必要がある。画像が入力されていなければヒットしようがないからである。検索手法が適切で、検索システムのハードに十分余裕があるならば、大量の画像が入力されていても処理できる。

 現在のNIBINでは弾丸のデータ入力には時間がかかり、薬きょうでも負担が少ないとは言えない。そこで、更に短時間で入力できるような手順を構築すべきであると勧告している。ニューヨーク市警察の例が参考になるとしていることから、痕跡特徴がはっきりとしている資料を集中的に入力することを意図しているのだろう。

 IBISは画像入力作業のかなりの部分を自動化しているいることがセールスポイントだが、それでも大量のデータ処理には不十分だということだ。弾丸の画像入力に際して、弾丸の軸心と弾丸支持具の軸とが一致するように、弾丸頭部を弾丸支持具に接着剤を用いて接着する作業が必要である。弾丸に少しでも変形があれば、この作業には少し時間がかかり、その出来栄えによってその後のデータ入力作業が順調にできるかどうかが決まる。

 この様に自動化できない部分に時間がかかるところが問題となる。しかし、現場弾丸は弾軸を容易に出せるような形状でないものが多いし、弾丸頭部の接着が難しい形状のものもある。顕著な痕跡のある資料のみの画像入力を行うとすると、顕著な痕があるのかないのかを確認する作業が必要となるが、その作業は意外と時間がかかる。薬きょうでは、何も考えずにどんどん入力した方が早いだろう。特徴痕の有無を見るのは経験のある鑑定者が行うべきであるし、鑑定者が特徴痕と思った痕跡が自動撮影ではうまく写らないこともある。結局鑑定者がすべての工程を手作業で行った方が良い画像が得られることが多いかもしれない。この世界はそんなものであり、今までそのように処理されてきた。

勧告5 ATFは現場の経験に基づきシステムの機能向上に努めるべきである

 この勧告は、現在NIBINを実質的に管理しているATFにとって当然のことのように思えるが、現実にはシステムについてはFT社に決定権があり、その実現は簡単ではなさそうだ。かって出席したIBISユーザー会議でFT社は、「システム改良の提案はいろいろあるが、それを取り入れるか否かの決定権はすべてFT社にある。」と公言していた。その理由として以下のような説明を行った。

 ユーザーからの提案には、実現が容易なものから実現困難なものまである。中には、好みが分かれるもの、システムの統一を乱すものなどいろいろあることから、それらの提案のすべてに対応することはできない。FT社は、システムの改良につながる提案であるかどうかを十分吟味した上で、システムの改良に取り組む。システムの改良によって、すべての人が影響を受ける。使い勝手が変化することを好まないユーザーが多いことも理解されたい。

 ウインドウズOSをはじめ、計算機のシステムの機能向上は素直に喜べない部分があることは皆経験している。よほど納得のいく改良を行わないと、ユーザの総意が得られないことは予想でき、変更を行って批判が出るぐらいなら変更をためらうだろう。そのような状況がある一方で、FT社は2次元データーから3次元データーへの舵を切った。データーの種類を増やすという変更を行ったわけだが、実際に3次元データが有効に機能するまで何年かかるであろうか?

勧告6 同一事件の複数資料の画像入力を行うべきである

 1件の事件で複数の現場資料がある場合には、すべてとは言わないまでも複数資料の画像入力を行うべきである。現在は、痕跡の状態が最も良好であると鑑定者が判断した資料のみを入力しているが、痕跡が異なるのであれば、異なる資料の画像を入力することによって、ヒットする可能性が高まるはずである。ただ、データ数が増加すると検索時間がかかり、ヒットリストが長くなるという欠点があるので、すべてを入力することはなかろう。試射薬きょうについても、1個だけでなく、実包の種類を変えて何種類か入力することでヒットの可能性が高まるであろう。

 NRCはこのような勧告を行っているが、これは実際の鑑定作業を知らないものの勧告である。特徴痕跡の付きにくい実包の発射痕がその後の鑑定に役に立つことはほとんどない。特に検索の作業では役に立たない。すべての現場資料の画像を入力するというのは一つの方策であるが、画像入力をする資料数を絞るのであれば、それなりの方策が必要で、それは能力のある鑑定人に判断をゆだねる必要がある。

 1件の事件で複数の現場資料がある場合、それらが1丁のみの銃器に由来するものか、複数の銃器に由来するかの結論によって、何個の資料の画像を入力するかも自ずから異なるであろう。すべての資料が1丁の銃器から発射あるいは排出されたものであるならば、その中から痕跡が最も良好なものの画像を入力するという方策に大きな誤りはない。特徴の少ない資料同士の比較では、確認作業では何らかの結論を導くことができても、検索作業では良い結果が期待できないからだ。複数の銃器によるものが混ざっているのであれば、その丁数分の資料の画像入力を行うのも異論の出ない方策であろう。ところで、1件の発砲事件に何丁の銃器が使用されているのかの判断は、発射痕鑑定に経験を積んだ鑑定者のみが行えるものである。実包の種類が異なれば痕跡が変化し、IBISでは的確な回答を出せないということは、単純な評価では正解にたどりつかないということを意味している。

 まず何丁の銃器が使用されたかの結論を導いてから、その中で最も特徴痕跡がはっきりと残されている資料の画像を採取するのが原則と思われる。特に薬きょうの痕跡では、特徴的に見える余分な痕が付け加わることは少ないことから、痕跡特徴の多い資料の画像採取を行うことが原則であろう。弾丸の痕跡の場合、特徴痕が多い資料と変形の少ない資料のどちらの画像採取をすべきかは、画像入力装置によって異なるだろう。手作業入力を行うのであれば、弾丸の変形が大きくても特徴痕跡が多い資料の画像を採取すべきであろう。一方、IBISのような自動入力機械では、変形の大きい資料の画像採取には困難が伴うことから、特徴痕が少なくても変形が少ない弾丸の画像を採取する結果となるだろう。

 特徴痕のあるなし、どこに特徴痕があるか、その特徴痕を強調して画像採取できるかなどが、今まで工具痕・発射痕鑑定者の技量と考えられてきた。一律的な処理を行うと、特徴痕を浮き上がらせたような画像採取は難しい。1件の事件で、同一銃器に由来すると結論された複数の資料があれば、それらの資料の痕跡が互いに対応することを分かりやすく示した比較対照写真がその後の鑑定に役立ってきた。画像システムにおいても、複数資料画像を個別に入力するより、1枚の比較写真として入力しておくことには意味があるはずだ。

勧告7 利用率の低いシステムは、データ入力数が多い機関に配置換えすべきである

これは何の解説もいらない勧告である。言われるまでもなくATFは、利用率の低いシステムの引き上げを設置機関に伝えている。

勧告8 NIBINの運用成績を自動集計するシステムを構築すべきである

 これは、勧告3の内容とダブっているようだが、各機関の運用成績を画像入力件数だけではなく、ヒット件数で評価することができるようにするための勧告である。

 NIBINによって、どのような事件がどれだけ解決されたかを示す運用成績が自動集計されるべきであるとし、その集計結果には、どの機関がどの機関のデータとヒットさせたか、その事件の内容はどのようなものか、ヒットしたときの相関スコアはいくらで、リストの何番目にあって、鑑定者がどのような結論を導いたかなどが集計されている必要があるとしている。

 このようなデータが集積されれば、銃器の流通範囲や犯罪発生から銃器押収までの期間などが分かってくることから、その後の検索業務に参考となる点は多いだろう。ただ繰り返しになるが、何らかの捜査情報に基づいて検索対象を絞り込んだ上で痕跡を確認し、形式上検索をかける場合もあろう。このような場合は、相関スコアやヒットリストの順位とは関係なく捜査情報を優先して手作業の比較に回されるであろう。また、IBISマッチがあってから実際に事件が解決されるまでに長期間を要する事件も多いだろうから、解決事件と相関スコアの関係を自動集計するのは、考えるほど容易ではなかろう。

勧告9 データー検索時に使用実包の種類を利用できるシステムとすべきである

 現在のNIBINでは、薬きょうの種類を示すヘッドスタンプや雷管の材質、弾丸の材質を分類する項目が用意されていない。そのようなデータを付加できるシステムとすべきであると勧告している。

 実包の種類によって、薬きょうに残される発射痕が変化することに対応する手段とも読めるが、検索絞り込みにおいても、これらの情報は重要である。ここで例示されたデーターは発射痕鑑定の際に、資料の種別特定で基本的項目であり、手作業の鑑定では必ず記録される項目である。IBISがこのような情報を利用していないのは、発射痕の画像データの識別に特化したシステムであり、その他の銃器鑑識の広範囲な知識には手を広げない方針でこれまで来ていたからである。

 一方、IBISの利用者側も、IBISの操作をIBISテクニシャンと呼ばれる銃器鑑識の専門家ではない人たちに任せ、銃器弾丸類の知識が豊富な鑑定者は、その知識を必要とする作業に回されるるのが一般的である。鑑定専門家は、IBISを計算機に詳しい人たちが開発した画像解析機械と考えており、計算機の扱いに慣れた人たちが扱えば良いと考えているふしがある。銃器鑑識は別の専門の分野であり、それらの知識は計算機の専門家の知識とは別のものと考えている。逆にIBISテクニシャンは、入力事項に銃器鑑識の知識を必要とするものがあると適切な対応ができず、誤入力や入力省略を行うようになる。

 データベースの品質を確保する上では、銃器鑑定の知識を備えた人材配置と予備鑑定の時間等にコストがかかる。誤ったデータが入力されるぐらいであれば、データが入力されていない方が良いことから、この勧告も実現することはそれほど容易ではない。

勧告10 管轄地域をまたいだ検索を積極的に行うべきである

 NIBINの基本設定は、地域(ローカル)のデータのみを検索することになっているが、ヒットする可能性が低いと云えども、管轄地域をまたいだ検索をもっと積極的に行うべきであると勧告している。

 現在のところ検索の範囲を広げていないのは、本来調べなければならない資料がヒットリストに埋もれてしまうこと、管轄地域をまたいでいる場合は実物資料をすぐには比較対照できないことから、確かな結論を導くことが難しいことがその理由である。痕跡の類似性のみから捜査を開始するのは、賭けのようなものであろう。ヒットリストの中でダントツの1位でもないと管轄地域を越えた捜査は動きにくいだろう。

 発射痕から捜査の端緒を得るということは、人からの情報が何もないといういことである。発射痕情報の確実性が高いのであればまだしも、ヒットリストの下位のものについてまで実物資料との対照を行って結論を導くことは、とても現実的とは思えない。広域検索を行うのであれば、手口情報などの文字情報による絞り込みを強力に行った上で、痕跡検索も類似性の高いもののみを絞り込める特別の予備検索を行った上で、ダントツ1位のものがあるか否かを調べるといった通常の検索とは別の手段が必要であろう。

 検索対象をローカルから全域に変更したら、検索条件や痕跡識別ルーチンが切り替わるようなシステムとすべきであろう。

勧告11 データを相互参照する地域の区画を、臨機応変に変更していくべきである

 ATFは銃器の流通状況、管轄地域をまたいで発生する犯罪の発生状況を監視し、NIBINでデータを相互参照する基本設定を臨機応変に変更し、ヒット率の向上を目指すべきである。また、中央サーバーの配置やデータ量を再考し、ユーザのデーター転送や検索結果を得るまでの時間を最小にする努力を継続すべきであると勧告している。

 このようなことができれば、誰でもいいと思う。何度も繰り返すが、管轄地域をまたいでいる場合には実物対照が難しく、確実な結論はすぐには得られない。まして、その情報を基に事件解決まで持っていくのは難しい。また、ヒットはそれほどしばしば発生することではなく、まして管轄地域をまたいだヒットは分布の裾野のまれな事象であり、その統計的解析は難しいだろう。

勧告12 IBISのユーザーインターフェースの改良

 NRCは、以下のような、実際にNIBINを使用した上でなければ分からない細かい勧告を行っている。

(1)ヒットリストを相関スコアで順位付けするだけでなく、銃の種類、実包の種類、登録した機関別、データ登録日などでフィルターできるようにする
(2)指定した事件の複数のランク位置を色づけするなどして、わかりやすく表示すべきである。たとえば、同一事件の複数資料がどこにランクされているか、撃針痕と遊底頭痕のランクがどこであるかなどがすぐにわかるようにすべきである
(3)比較顕微鏡によって一致、相違の結論をすでに出している資料については、ヒットリストにそれがわかるような表示をすべきである
(4)ディスプレイ上で比較対照する機能の向上(ヒットリストの資料ペアを自由に選んで比較できる機能等)
(5)検索結果の報告書印刷機能を、同一事件の複数の資料の対照結果に対応できるように改良する

 これらの勧告の意味は、類似痕跡が発見された次のステップの重要性だろう。相関スコアは痕跡の類似性で検索した結果であるが、その資料の痕跡以外の情報でフィルターすることの必要性を主張したのが(1)である。痕跡で分類するのではなく、事件から分類できるようにする機能が(2)であり、計算機の評価ではなく鑑定人の評価を参照できる機能が(3)、計算機が選択した資料以外の資料のディスプレイ上での比較を容易にする機能が(4)、1対1の資料の類似性を示すだけでなく、現実の鑑定書のように複数の資料の痕跡の類似性を総合的に示すような報告書作成機能が(5)である。

 IBISは、類似性の高い発射痕跡の検索精度の高さで、ドラッグファイヤーと競って勝ち抜いた装置である。しかし、その検索精度は指紋の自動検索に比較してはるかに低く、多数の候補の中から手作業で更なる検索を行わなければならないのが現実である。その際の作業効果向上のためには、痕跡の相関計算以外の機能の充実が望まれるのである。

 なお、ここで指摘された機能の中には、ドラッグファイヤーでは利用できていたものがある。ただ、ドラッグファイヤーでは、オペレーターが重要と考えた情報を適宜書き込む機能が各所に用意されていたのであり、時間に余裕がないと入力されずに終わってしまうものであった。作業を真剣に考えているオペレータは、後の事を考えて各種の情報を入力するが、件数をこなすことだけを考えているオペレーターは必要最小限のことだけしか行わない。そのようなオペレータは、検索時にも書き込まれている情報は見ないで、機械の検索結果のトップだけ見て、「大して類似性がない」とはねて、次の検索作業に移ってしまうであろう。

勧告13 斜光線照明による遊底頭痕画像の導入

 斜光線照明による遊底頭痕は鑑定者が従来から親しんできた画像であり、IBISにこの機能を導入すべきである。画像採取に際し、薬きょうの位置決めをする際に斜光線照明は有効であり、たとえ斜光線照明画像を入力しないとしても、その照明機能は用意すべきである。できれば、斜光線照明画像を入力し、リング照明画像と斜光線照明画像のスコアとランキングを解析しておくべきである。

 ロマン・バルドゥールの強い意向から、FT社が頑として認めようとしなかった斜光線照明画像導入の勧告である。IBISが斜光線照明画像を採用しなかったのは、照明条件によって画像が大きく変化し、それが発射痕跡の画像解析を困難にするとの主張を重視したからである。実際には、発射痕・工具痕鑑定者は、照明条件を調節して、わずかな起伏の痕跡を強調することによって痕跡鑑定を行ってきた。

 照明条件による画像の変化と、実包のメーカーや薬きょうの材質の相違による痕跡の変動のどちらの要因が発射痕跡の鑑定を困難にしているのかについては、経験のある鑑定者であれば後者の方と答えるであろう。照明条件による困難さは、時間をかけて照明を調節すれば解決できる可能性がある。一方、ワークの材質の相違によって痕跡が変化した場合は、その変化を「見る目」によって補正して結論を導かなければならない。おそらくこれは人間にはできても、機械に行わせることは容易ではなかろう。

 IBISも蹴子痕では斜光線照明を採用したが、遊底頭痕では同軸落斜照明あるいはリング照明以外に斜光線を導入することはなかった。蹴子痕の場合には、一方向の斜光線照明でも効果を挙げ易いが、遊底頭痕で斜光線照明を行う場合は、適切な照明方向を定める上では発射痕に関する予備知識がかなり必要となり、「誰でも操作できる」というIBISのうたい文句から外れてしまう。

 斜光線照明の場合は、照明条件は測定対象との関係で考える必要がある。平行状の線条痕が付けられた表面を、線条痕に沿った方向から斜光線照明をした場合と、線条痕に直角な方向から斜光線照明をした場合の画像は相互に大きく異なる。一方、落斜照明ではワークを平面内で回転させても、その画像の変動は極めて小さい。すなわち回転不変の性質があり、照合する際もその性質を利用できる。一方、斜光線照明の場合は、ワークを置いた方向、照明方向の両者を一致させた画像同士を照合する必要がある。

 リング照明画像と斜光線照明画像のスコアとランキングを解析しておくべきであるとの勧告であるが、これらの画像は同じ痕跡を全く異なる見方で観察したものと考え、それらの画像の間で対応を取れるとは思わない方が賢明であろう。

勧告14 照明条件等のデフォルト設定の見直しと解析の実施

 IBISの画像採取作業では、焦点合わせ、照明強度、位置合わせが自動化されているが、これらの設定を変更して作業する鑑定者が多い。たとえば明るい画像を好んだり、暗い画像を好む鑑定者は照明強度を変更する。このような変更を行って採取された画像を比較した場合に、相関スコアがどのように変化するのか調べるべきである。

 照明強度の調整が行われることが多いと思われるが、この程度のことはFT社は当然調べているはずである。顕微鏡用CCDカメラの自動露出は、意外と安定しないことがある。雷管部分の撮影を行った場合、遊底頭痕部分は明るくなりすぎ、撃針痕部分が暗く沈んでしまうことが多い。特に雷管の種類が異なる場合には、同一銃器由来の薬きょうであっても、痕跡画像全体の明るさが変化してしまうことがある。ただ、この場合は照明の変動以上に痕跡そのものの変動が大きいこともあり、単純な評価は難しいだろう。同一資料をリング照明を用いて撮影した場合には、照明強度(露光時間)が変化しても相関スコアがそれほど変動するとは考えにくい。

勧告15 システムの更なる技術革新と自動化におけるデーターの一貫性の保証

 現在FT社が販売しているIBIS-TRAXは、それまでのIBISと比較してシステムのブラックボックス化が一層進んでいる。データ採取の自動化も進んでいるが、採取されたデータの一貫性の検証を行うべきである。時を経て採取されたデータの均一性が保証されているべきである。その検証を行う上で、NISTが開発した標準弾丸や標準薬きょうが使用されることになるだろう。

 精度の高い3次元計測が可能ならば、ワークの支持固定の変動に起因するデーター変動を正確かつ迅速に修正する計算精度が、最終的なデータの均一性を保証する上での重要な鍵を握るのであろうか?

勧告16 上位20%基準の撤廃

 IBISは最初に高速検索を行い、その上位20%に対して詳細検索を行っているが、この20%基準は再考すべきである。

 同一銃器に由来する資料であっても、ヒットリストの低位にランクされることがあることが知られている。計算機の高速化を図るなどして、この20%基準を撤廃して、すべての資料について精密検索を行うべきである。

 このようにNRCは勧告しているが、果たしてそうであろうか?鑑定者の手作業による発射痕鑑定を考えてみよう。比較顕微鏡で逐一比較鑑定を行う場合の作業、たとえば比較顕微鏡の右側に現場薬きょうを載せ、左側に試射薬きょうを載せ替えて比較する作業を見てみよう。経験のある鑑定者は、左側の試射薬きょう資料を手早く載せ替えて作業を行っていることが多いであろう。多くの資料が、「これは詳細比較をする必要がないもの」として即座に棄却しているからこのような作業となるのである。そして、時たま詳細に痕跡を比較したり、対応条痕数を数えたり、照明条件を変化させて比較したりする資料が出てくる。

 多くの資料は詳細比較を行うまでもなく、明らかに異なる痕跡であるか、たとえ同一銃器に由来する資料であっても痕跡の類似性が低く、同一銃器由来資料であると、それらの痕跡から結論を下すことができないものである。人間は、大きく異なる痕跡を比較したときに、一目でそれらが互いに違うものと自信をもって棄却できる。一方で計算機による痕跡比較システムの多くは、痕跡を隅々まで比較して、対応量の大小から痕跡の一致、相違を判断している。痕跡の全体的な形状が大きく異なる資料の間では、細かい痕跡の対応関係を調べることが無駄なのに、最終的に同一銃器由来痕跡と結論する資料に対して行っているものと同一の比較検査を行っているのである。これは全くの無駄である。

 もっと研究すべきことは、下位80%を高速検索で棄却し、上位20%を少し時間がかかっても良いから精密な比較を行って、類似痕跡が確実に上位にくるような検索プログラムを開発することであろう。高速棄却の段階では全体形状が異なるものを判別し、詳細比較では全体形状の類似性が高いものを選択できるようにするのである。高速の棄却としては、たとえば銃種による判別がある。痕跡の銃種推定の精度を高め、信頼性の高い銃種別分類を行っておけば、異なる銃種分類間の痕跡比較は省略できる。そして、データベース内の痕跡に対して絶えず銃種の再分類を行い、銃種の分類精度を日々高めると共に細分類を行っていくのである。

 精密比較の対象となる資料では、すでに痕跡の全体的な形状が類似しているものだけに絞り込まれているのであるから、痕跡の細かい部分(局部)の対応関係を詳細に調べるという時間のかかるルーチンを走らせることができるであろう。

RBIDで事件解決できる確率

 NRC報告書では、RBIDによってコールドヒットが発生することによって、事件が解決できる確率を示している。それによれば、単にRBIDの画像照合性能のみが事件解決の鍵を握るわけではないことが示されている。

 発射痕検索作業を順に考えていくと、
(1)発射痕鑑定資料(現場弾丸、現場薬きょう)が事件現場で採取される確率
 弾丸は飛び去ってしまうことも多く、標的に食い込んで取り出せないこともある。薬きょうは車両のタイヤで潰されたり、犯人や第3者に持ち去られてしまうこともある。打ち殻薬きょうが排出されない回転弾倉式拳銃が使用されることもある。

(2)事件現場で採取された資料が、データベース入力用として提供される確率
 取り扱い部局により独自の重要性の判断が行われ、重要性が低い事件としてデータ入力に回されないことがある。資料の変形が大きいとして、発射痕部分がしっかりと残っている資料もデータ入力用から除外されてしまうこともある。

(3)データベース入力用に提供された資料が、画像データベースに入力される確率
 データーベース入力は、入力が行われるだけでなく、適切な時期に入力される必要がある。鑑定残(バックログ)を多く抱えている鑑定機関では、時宜を得たデータ入力が行われないことがある。現場資料の画像入力が済まないうちに押収銃器の試射画像が入力され、検索が実行されてしまうと、永久にヒットを逃す結果となる。

(4)該当する痕跡の画像が発射痕データベース内に含まれているとして、その画像が候補リストの上位K番内に含まれる確率
 この確率は、RBIDの痕跡識別能力に左右される。RBIDの性能としては、この部分が重要視されるが、RBIDの事件解決の総合性能に与える影響は、事件解決のプロセス全体からは一部でしかない。

(5)同一銃器由来痕跡画像候補の上位K番リストから、同一銃器由来の画像が実物比較を行うために正しく選択される確率
 これは、RBIDの画像検索結果から、発射痕鑑定者が候補画像を正しく選択できる能力に依存する確率である。鑑定者の技量のうち、実物比較ではなく、画像によって痕跡を判断する能力が問われる。

(6)候補画像の中から同一銃器由来の可能性があるとして選択された資料を、その後の実物検査によって同一銃器由来のものと正しく結論できる確率
 この確率は実物の発射痕確認を行う発射痕鑑定者の技量によって左右される。発射痕鑑定者の痕跡確認能力に依存する確率で、鑑定技能検定試験の結果の誤答率あるいは正答率によっておよその値を知ることができるとされている。

 これら(1)から(6)の確率を掛け合わせたものが、事件を解決できる確率となる。

マイクロスタンプに関する検討

 NRC報告書では、銃器のマイクロ刻印(マイクロスタンプ)の有効性についてもページを割いて検討している。これは、カリフォルニア州で2010年から施行される犯罪銃器識別法により義務付けられるものである。

マイクロスタンプの製造法
 エキシマー・レーザーか3倍出力半導体YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)レーザーによって、撃針先端を削る。リソグラフのマスクを通すか、ミラーを動かして文字の制御を行う。ミラー制御の方がずっと廉価である。

 文字の大きさは、高さ2~3ミクロンから数百ミクロンまで可能だが、50~100ミクロンが最適値であろう。小型の文字は耐久力が低い。UVビームの強度が強いため、切削は200ミリ秒程度で可能である。マイクロスタンプ文字の強度を増加させるために、切削後、厚さ1ミクロンのダイヤモンドかチタニウム・カーバイドの蒸着を行う。

 文字は浮き出し文字で、撃針の半球部分に削られるが、文字の表面は、削られる前の撃針表面の高さとなる。

 報告書では、次のようなマイクロスタンプの利点を掲げている。

(1)撃針に刻まれたマイクロスタンプによって撃針痕に残される痕跡は、通常の顕微鏡で読み取り可能で、犯罪現場で読み取ることができる。
(2)マイクロスタンプ工具は、特殊であっても極端に特殊なものではなく、個々の部品へのマイクロスタンプの加工時間は200ミリ秒程度であり、それぞれの部品の製造ラインに組み込むことが容易であり、銃器の製造全体の工程を乱すことはない。
(3)複数の部品に番号を刻むことで、それらの番号が統一されているか一定の規則に従っていれば、刻印を行う効果が高められる。
(4)多くの場所にマイクロスタンプをすれば、それらのすべてを消し去ることは難しくなる。
(5)ラッカーが塗布された雷管や、不発弾であっても読み取れるとの報告がある。ただし、不発弾から読み取るには高度のテクニックが必要となる。
(6)マイクロスタンプは、すべての銃器に銃番号を付けなければならないとする現行の法規制の延長上のものであり、販売時に番号が記録されることに対する抵抗感も少ない。

 NRC報告書では、銃器のマイクロ刻印(マイクロスタンプ)の欠点について、以下のように指摘している。

(1)マイクロスタンプは、今後販売される銃器に適用されるだけであり、これまでに販売された銃器の犯罪捜査には利用できない。これはRBIDと同様である。
(2)薬きょうに利用できる技術であり、回転弾倉式拳銃が用いられた場合や、打ち殻薬きょうを拾われた場合には役立たない。これもRBIDと同様である。
(3)撃針は交換されやすい部品であり、このシステムを維持するには交換部品にもマイクロスタンプを施し、それを登録させる必要がある。
(4)マイクロスタンプのコストの予想は広範囲にわたっている。推進派の予想は撃針の場合で0.50ドルから1.00ドルで、最小の予想は0.15ドルである。一方反対派の予想は150ドル近くになるという。これは、初期投資をしたばかりで製造量が少なく、製造歩留まりが悪い場合の予想であろう。
(5)縁打ち銃器や薬量の少ない実包を使用する銃では効果が低い(コードの読み取りが困難である)。
(6)マイクロスタンプのデータベースはRBIDと同様、打ち殻薬きょうとその発射銃器の最初の購入者とを結びつけるだけである。その運用は難しくはないが、巨大になればメンテナンス作業はそれなりに大変である。ただ、RBIDと異なり、登録時に画像を採取する手間がいらないし、試射薬きょうを保管する場所と手間も省ける(これは利点に分類すべきことがら)。

実包コードシステム

 実包製造時に、弾丸の底部に実包コードをレーザーエッチングの手法を用いて記入しておくシステム。弾丸の底部全面に5桁から7桁のコードを記入することによって、弾丸底部の2割が残っていれば、コードが正しく推定可能となる。

 けん銃やライフル銃の実包は10発から50発単位で箱に入れられて販売される形態をとるが、その1箱に納められた実包がすべて同一のコードとなるように管理される。現在大手の実包メーカーは、箱に実包の種類や製造時期等の内容を含むバーコードが印刷されたシールを貼付している。そのバーコードに実包コードの内容を含めることによって、追加コストを最小限に抑えて現場弾丸とその弾丸が装填された実包の購入者とを結びつけるシステムが構築できる。

 米国では実包を販売する際に、実包の箱のバーコードと運転免許証のバーコードをともに読み取ることによって、購入者の記録を取るシステムを運用している州がすでにある。このような州では、わずかなシステム変更で実包コードが登録可能である。

 弾丸コードに使用する文字の種類をコンピュータのキーボードで入力可能な英数字記号97種類とすると、2京1000兆通り(21,000,000,000,000,000)のコードが生成可能である。実包の米国内での年間販売量は100億発、全世界では200~300億発あるとして、これらに対して何十年にもわたって異なるコードを振ることが可能である。

 弾丸のみならず、薬きょうにも弾丸と同一コードをエッチングすることが想定されている。1箱の中の実包すべてに同じコードの弾丸と薬きょうが梱包されていることを保証するには特別の手段が必要とされる。弾丸を薬きょうに装着する際に、ミラーに映った弾丸底部のコードを読み取り、それと同一のコードを薬きょうにエッチングする。実包が箱に梱包された状態で、薬きょう底部のコードを確認し、それらがすべて同一である場合には、そのコードを含めたバーコードを作成し、箱に貼付する。

 薬きょうにレーザーエッチングする際には、実包には雷管が装着され、発射薬が装填されている状態であるので、安全性が保障されたシステムである必要がある。

 カリフォルニア州では、SB357という法律により、実包コードが付されていない実包の販売を2009年1月1日から禁止する法律を制定しようとしたが、審議が中断してしまった。

 NRC報告書では、発射痕画像データーベースの代替手段として、実包(弾丸)コードシステムについて検討した上で、このシステムについて次のような欠点を指摘している。

(1)弾丸底部はマイクロスタンプが残りやすい場所ではあるが、損傷してしまう場合もあることから、常にコードが読み取れるわけではない。

(2)RBID同様、現場弾丸と実包を最初に購入した人物とを結びつけるだけであり、実際に弾丸を発射した人物と結びつけるわけではない。複数の銃器が使用された発砲事件では、特定の弾丸と銃器を結びつけない。

(3)カリフォルニア州のように、実包の箱のバーコードを読み取り、購入者の運転免許証とを結びつけるシステムが既にある州では追加負担はないが、そのようなシステムを運用していない州ではバーコード読み取り装置の導入コストがかかる。

(4)製造装置は30万ドルから50万ドルかかる。米国内で年間百億発の実包が販売されていることを前提にして、マイクロスタンプの製造業者は1発1セントのコストにしかならないと主張している。一方実包メーカーは、1発当たり1ドル単位の経費が必要と主張している。いずれにしても、警察や軍のように実包を大量に購入するユーザーにとっては、コスト負担が大きくなる。

(5)鉛にレーザーエッチングすると有害な鉛の蒸気が発生する。火薬や雷管のある場所での作業の安全性の確保については、更に研究を要する。

 NRC議報告書が指摘している実包(弾丸)コードシステムの利点は以下のものである。

(1)弾丸底部にマイクロスタンプを施し、その実包が正しくコード化され、パッケージにバーコード表示され、販売時に記録されれば、現場弾丸を最初の購入者まで辿ることができる。

(2)実包は消耗品であり、3~5年もすれば、市場から古い実包が消え、コードが施された弾丸が使用されるようになる。

(3)弾丸は犯罪現場に残されることが多く、RBIDの薬きょうのみのデータベースを補完する。

(4)弾丸底部はマイクロスタンプが残りやすい場所である。

(5)弾丸底部からマイクロスタンプを読み取る作業は特別な道具を必要とせず、犯罪現場でも可能である。

 ただし、弾丸のマイクロスタンプには、NRC報告書に触れられていない以下のような問題点がある。

 犯罪には、メーカー出荷状態の実包ばかりが使用されるわけではない。実包の構成部品のうち薬きょうは、使い捨てずに再使用されることが多い。特に軍用や警察用として大量消費される実包の打ち殻薬きょうは回収され、再生実包として利用される。その際にマイクロ刻印が消去されずに再生されると、現場薬きょうを誤った購入者と結びつける可能性が生じる

。  古い実包が3~5年で消費され、新製品と置き換わるという考え方も、犯罪に使用される実包に関しては楽観的な見通しである。練習射撃やスポーツ用途では大量に実包が消費されるとしても、犯罪に使用あれる実包の数は少なく、古くから保管されているものが使用されることは十分考えられる。それ以上に再生実包が使用される可能性が高い。

 自動装填式拳銃に用いられる被甲弾丸ではメーカー製の弾丸以外の入手が難しいとしても、回転弾倉式拳銃に用いられる鉛弾丸は個人が鋳造して製造可能である。その様な弾丸はマイクロ刻印とは無縁である。

 メーカーが製造した新品が必ず使用される部品は、中心打ち式実包の雷管と、縁打ち式実包の薬きょうである。いずれも、点火薬が塗布される前にレーザー刻印をするのであれば、刻印工程の安全性は確保できるかもしれないが、これらを用いて製造された実包がパッケージごとに同一の番号となるように梱包する製品管理は手間がかかりそうだ。梱包直前に刻印するのであればそのような管理はできそうであるが、発火の危険が伴う。また、中心打ち式実包の雷管にマイクロ刻印を施してしまうと、撃針のマイクロ刻印と干渉する可能性が高い。

 計画的な犯罪に、自分の購入記録が残っている実包を使用することは考えにくい。その場合、マイクロ刻印が捜査を混乱させる要因になる可能性がある。RBIDの場合でも、射場で拾い集めた打ち殻薬きょうを犯罪現場に撒いて捜査をかく乱する可能性が指摘されているが、実包刻印の場合にも同様の手段で捜査のかく乱が可能となる。射場に備え付けの実包と自分が購入した実包を交換して使用するなどの手法が考えられる。

 再生実包に限らず、犯罪に使用される実包は小口で譲渡が繰り返されることが多い。たとえ雷管にマイクロ刻印が施されていても、その雷管の最初の購入者とはかけ離れた人物によって犯罪に使用されてしまい、犯罪グループの背景が分かるかもしれないが、容疑者にまで辿りつくことは難しいことが予想される。




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