発射痕鑑定システムの歴史





(1)バリッド武器識別システム   (Balid Weapons Identification System)
(2)ブレットプルーフ   (Bulletproof)
(3)ドラッグファイヤー   (Drugfire)
(4)ブラスキャッチャー   (Brasscatcher)
(5)アイビス   IBIS(Integrated Ballistic Identificatin System)
(6)アールビーアイ   RBI(Rapid Brass Identification)
(7)ブラストラックス     (BrassTRAX)
(8)ブレットトラックス-3D     (BulletTRAX-3D)
(9)ブラストラックス-3D     (BrassTRAX-3D)
(10)アイビストラックス-3D     (IBIS TRAX-3D)
(11)マッチポイントプラス     (MatchPoint+)
(12)アイビス相関サーバー     (IBIS Correlation Server)
(13)ファーストトラックス     (FastTRAX)
(14)アイビス・データーコンセントレーター     (IBIS Data Concentrator)
(15)IBISマッチポイントプラスのCMSカウント機能
(16)ファイアーボール     (FireBall)
(17)アーセナル     (ARSENAL)
(18)コンドル     (BIS-CONDOR)
(19)バリスティカ     (Balistika)
(20)エヴォファインダー     (Evofinder)
(21)アリス     (ALIS)
(22)ビリ・システム     (BIRI System)
(23)ルシア バルスキャン システム     (LUCIA BalScan System)
(24)エイリアス     (ALIAS)


(1)バリッド武器識別システム   (Balid Weapons Identification System)
 かなり早い時期にアメリカで発表された発射痕鑑定システム。

 タリサーフ(Talysurf)を用いた発射弾丸発射痕鑑定システムで、アメリカン・ライフルマン誌の1968年10月号のP.47に、U.S. News & World Report誌の1968年9月9日号のP.35からの引用記事として紹介されている。

 このシステムは、ベルナルド・E・スコットが開発したという。その開発は4年前にさかのぼり、ニューヨーク州警察が開発した情報識別システム(Inteligence and Identification Sytem)に発するという。タリサーフ4型表面形状測定器に円筒成分除去フィルターを追加したものを用いて、弾丸の円筒部の形状を測定する装置だ。スコットはニューヨーク州にあったComputing Technology社で、後にニューヨーク市のEli Computer Systems社でこのシステムを開発したという。この記事の時点では、弾丸の円筒部の1か所の形状データを用いて検索するだけだが、多点測定に拡張するのは容易で、そのための研究開発費が必要だとしている。

 10万個の弾丸の中から1個の一致する弾丸を検索することが可能だと宣伝するが、実際にそのような能力があることを確認してはいないという。このシステムのもう一つの目的として、弾丸の痕跡がどのような場合に一致するのかを統計的に確認する研究に使用することがあるという。

 この記事の1か月前にスコットが行ったデモンストレーションでは、実際の機器を動かすというよりも、紙の上での説明が大半を占めたという。その後の経緯を見ても、このシステムは宣伝段階で終わり、実際の犯罪捜査に実際に使用されることはなかった。

 ハンフリー副大統領の後押しがあったため、このシステムが犯罪捜査に導入される現実性があったため、このようなシステムがナンセンスであるという反論が生じた。その議論では、現在でも引き続き論じられている発射痕鑑定の問題点が端的に指摘されていた。

(2)ブレットプルーフ   (Bulletproof)
カナダのフォレンシック・テクノロージー社(以下FT社)が1991年に開発した発射弾丸に残される発射痕の異同識別装置。

FT社は、ウォルシュ・オートメーション社(以下、WA社)の子会社として出発した。WA社はアイルランドからの移民であるロバート・ウォルシュが1969年に設立し、1代で発展させた会社で、オートメーションシステムの設計、顕微鏡の製造、環境工学のコンサルタント等を行う会社であった。ロバート・ウォルシュは1990年に銃器鑑識が抱える膨大な業務と、その処理が困難であることを法科学誌で知り、自らの会社の顕微鏡とオートメーションの技術を投入することによって、この困難な課題に応えることができるのではないかと考え、FT社を設立した。

FT社設立の年に、弾丸の姿勢を自動制御しながら、弾丸の周囲に付けられた腔旋痕の展開写真を撮影する顕微鏡の試作機を開発した。この顕微鏡が、その後銃器鑑定界に驚愕をもって受け止められた発射痕自動識別機械であるブレットプルーフの原型となった。

ブレットプルーフとは、防弾や耐弾を意味する言葉であるが、弾丸(ブレット)の発射銃器の証明(プルーフ)を意味する言葉として造語され、製品名とされた。

ブレットプルーフは弾丸の発射痕の展開顕微鏡画像を計算機で比較対照し、同一銃器による発射痕を選び出す装置である。ところで、1991年当時、発射痕の異同識別(同一銃に由来する痕跡か否かを識別すること)を行う基準は存在せず、この種の鑑定は経験を積んだ発射痕・工具痕鑑定者のみが行える技術とされていた。異同識別の基準があると主張する鑑定人も、その基準を他人に伝えることはできなかった(数値で示すことのできる客観的な基準ではなかった)。数値基準のない作業を計算機に処理させることは一般的に簡単ではない。

AFTE(銃器・工具痕鑑定者学会)では、発射痕の異同識別技術の客観化に熱心に取り組む各国の会員が集まり、1986年に銃器鑑定基準委員会(Committee of Firearm Identification Criteria、以下CFIC)を組織し、年に1、2回研究結果の報告や意見交換を行っていた。1991年にFT社からブレットプルーフの開発を聞かされたCFICは、この装置が今後の発射痕鑑定の方向を大きく変える可能性があるとの共通認識に至った。そして、ブレットプルーフの性能の検証と、それを鑑定作業に導入する上での問題点を検討する必要性を強く感じた。一方、FT社からも、発射痕鑑定専門家との間で意見交換をしたいとの返事があり、CFICの研究会をモントリオールのFT社の会議室を借りて行う話がまとまった。

円筒形物体の展開写真を撮影する装置は、エンジンのピストン等のある程度の大きさがあり、かつ真円度の高い資料の撮影を行うのであれば、当時国内でも入手可能であった。ところが、これらの装置で発射弾丸のような小型のものを腔旋痕が観察可能なまでに拡大して展開写真を撮影することは困難であった。変形弾丸の腔旋痕の展開写真でも撮影可能と謳っているブレットプルーフをいち早く見る機会ができたことに心躍らさせ、休暇を取得して成田を発った。1991年11月のことであった。

FT社は1991年の6月にヒューストンで開催されたAFTEの年次総会で、ブレットプルーフの試作機をすでに展示していた。しかし、そのときはまだ開発途中であり、技術機密の保持からも詳しい解説はしてもらえなかったものと記憶している。1991年11月25、26日の両日にモントリオールのFT社で開催された研究会では、ブレットプルーフの開発者であるロマン・バルドゥール(Roman・Baldur)教授本人から装置の説明を聞くことができた。彼は数学者で、モントリオール工科大学の応用力学科教授(その後ウォータールー大学に移った)であり、当時62歳であったバルドゥール教授は、こもった声で、フランス語なまりの強い英語を早口でしゃべった。ちなみに、会議出席者の半数は英語とフランス語を話した。

バルドゥール教授の設計理念は、弾丸の発射痕の比較を行うには、条件が均一な展開写真を撮影することが必須条件であるというものであった。そのために採用した方策は、照明は同軸落射照明あるいはリング照明を採用する。固定焦点の対物レンズを用い、弾丸を少しずつ回転させ、弾丸の姿勢を制御しながら焦点を合わせてデジタル写真を撮影する。これらのデジタル写真をつなぎ合わせて展開写真とする。そして、このようにして撮影した展開写真の間で相関係数の高いものは、同一の銃器による発射弾丸の可能性が高いものであるとした。

ニコンの顕微鏡、ソニーのデジタルカメラ、IBMのパソコン、三菱のディスプレーなど部品にカナダ製品はないのに、それを組み合わせたシステムは独創的で、その後カナダが国を挙げて宣伝できるシステムへと成長した。何といっても、当時皆が驚いたのは弾丸の姿勢を自動制御しながら回転させていくシステムの実現であろう。弾丸が目の前で回転しながら1分間で展開写真が撮影されたのである。すでに特許を取得していたためか、動作原理の説明を聞くことができた。

ブレットプルーフでは、弾丸の頭部を接着剤で専用のホルダーに固定し、そのホルダーは回転軸に差し込まれる。回転軸はパルスモーターで小刻みに少量の回転を繰り返し、弾丸が少しずつ回転していた。回転が停止しているわずかの間に腔旋痕の顕微鏡写真が撮影され、再び少量の回転を行って撮影位置が移動される。撮影している腔旋痕部位は常に視野の中央で水平方向が保たれ、上下方向の調整も行われ焦点が自動調整される。弾丸は1分間で1回転し、撮影を終了する。

弾丸は同軸落射照明の他に、2方向からスリット状の赤色のレーザー光が照射されている。このスリット光は弾丸の円筒部の上に、2本の向きあった双曲線を描く。この2本の双曲線の形状の歪みが最小となるように弾丸の5軸(弾丸弾軸に直角方向のX軸、弾軸方向のY軸、弾軸と垂直方向(焦点調整)のZ軸、弾軸のXY面内の回転、弾軸のYZ面内の回転)を素早く調整するというのが弾丸の姿勢制御法であった。

弾丸の展開写真を1分間で撮影するというのは、使用者側の要求仕様として規定されており、これは現在のIBISに至るまで変更されていないはずだ。この条件で確実な姿勢制御を行うには、弾丸の変形がある程度以内に収まっており、かつ弾軸とホルダー軸のずれが最小となるように接着されている必要があった。そのためのジグも用意されていたが、ホルダーという消耗品が発生することと、鑑定物件にホルダーを永久接着させてしまうことに対して違和感を持つ出席者も多かった。

痕跡画像のコンピュータ識別を行うには、基になる痕跡画像の再現性が高いことが必要であるが、ブレットプルーフでは、再現性の高い展開写真が撮影できることは十分実演された。

ロボットが動作しているように展開写真を撮影するブレットプルーフは、1991年当時まさに画期的な製品であった。11月25、26日の会議に出席者した誰もが、発射痕鑑定が新たな時代に突入したことを実感した。その一方で、発射痕の異同識別の判断基準は未だなく、撮影された写真の相関係数による異同識別で正確な結論を導くことができるのかが議論の中心となった。

「発射痕鑑定は痕跡の対応関係の微妙な差で結論が異なり、痕跡の全体的な対応を見る相関係数では識別は難しいのでは?」、「連続一致線条痕のアイデアを判別システムに取り入れるべきではないか?」、「2次元画像のどの部分を重視すべきなのか?」、「識別精度が高くても、異同識別に時間が掛かりすぎては意味がないのではないか?」「計算機が処理するのだから、例え時間が掛かっても識別精度が高いほうが望ましいのではないか?」などの議論が続いた。

FT社の開発担当者は、どのような難しい要求でもプログラム可能である、と自信を見せていたのを今でも記憶している。

その後の経緯を見ると、FT社は製品を特許で守る必要があり、詳しい技術的な内容は公表されなくなり、システムはブラックボックス化していった。鑑定者の要求に対して、このときの素直さは消え、「その問題点は、我々もすでに認識しているが、現在のシステムに手を加えないで一貫性を保ちたい」といった回等が多くなっていった。そして、正しい結果がが相関係数リストのトップ10に入る率が何%である、トップ20なら何%であるといったことが議論されるようになった。これは、相関係数を主体とした識別エンジンでは常に正しい結論が得られるものではないことを示しており、最終的には鑑定者の鑑定眼が必要となることを意味していた。

比較対照する相手が少ない間は使えそうなシステムであったが、蓄積データーが多くなると、いわゆるニアヒット数が膨大になるという現実にも直面するようになる。ただこれは、それまで不可能であった工具痕に対する物量実験を可能としたのである。


(3)ドラッグファイヤー   (Drugfire)
米国のFBI(連邦捜査局)が開発した薬きょうの発射痕に重点を置いた発射痕検索システム。

FT社がブレットプルーフを開発していたのと同じ時期、FBIの銃器工具痕ユニットでは、ロバート・サイバートが中心となって打ち殻薬きょうの雷管面に残される発射痕を検索するシステムを開発していた。これが後にドラッグファイヤーと呼ばれるシステムとなった。コンピュータ・ディスプレイにタイル状に並べられた雷管面の痕跡の中から、画面中央に表示されているターゲットの痕跡と類似したものを目視で探し出すシステムとして出発した

。 なぜ発射痕の検索システムに麻薬を意味するドラッグファイヤーという名称が付けられたのであろうか?これは日本では当時からしばしば尋ねられる質問であった。FBIは、麻薬取引に伴う発砲事件が急増しており、それらの事件を解決するために必要性の高いシステムであるからと答えていた。

米国では1970年頃までは、自動装填式拳銃より回転弾倉式拳銃の方が圧倒的に人気があり、犯罪にも回転弾倉式拳銃が使われることが多かった。ところが1970年代に入って口径9mmの自動装填式拳銃の信頼性の向上と弾倉容量の増加に伴い、犯罪者の使用する拳銃が回転弾倉式拳銃から自動装填式拳銃へとシフトして行った。これにより、犯罪現場に打ち殻薬きょうが残される事件が増加し、打ち殻薬きょうの重要性が高まった。FBIがFT社とは異なり、薬きょうの発射痕解析を重視した理由はここにあった。

なお、ドラッグが名称に入っているシステムとなっている真の理由は、麻薬犯罪対策予算を用いてシステムの開発及び全米の警察への配備を計画したからである。

1991年から1992年頃といえば、パソコンの世界ではMS-DOSからウインドウズ3.0そしてウインドウズ3.1へと移行し始めていた頃であった。メモリやハードディスクの容量当たりの価格は、現在の5千倍から1万倍ぐらいしており、CPUの価格性能比も極めて低く、パソコンで画像を扱うにはまだハードルが高かった。顕微鏡画像をファイリングしようと思うと、アナログビデオテープやアナログの光ディスクを利用することが一般的であった。ドラッグファイヤーは、SUNのワークステーション上にシステムを構築し、解像度の低いモノクロ画像を扱うことで、高速表示、高速検索を可能にしていた。

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                   ドラッグファイヤーの全景

FBIは稼動システムの開発・製造・販売に関して、ワシントンD.C.にあったニモニック・システムズ社(Mnemonic Systems Inc.)と契約を結んだ。ニモニック社は大型の発射痕データベースになることを見込んだ拡張性の高いシステムを構築し、各ワークステーションはモデムによるネットワークで結ばれ、ワークステーションが取り込んだすべての画像データは、バックグラウンドの通信でFBIに集積され、バックアップもリモートで行われた。米国以外の国で導入されたシステムについては、同様の操作をニモニック社が行った。全米の州警察や郡警察がドラッグフィヤーを導入する場合は、経費の半額が連邦予算で賄われた。

ニモニック社はアフリカ系アメリカ人であるアーティス・G・アイザック(Artis G. Isaac)のオーナー会社で、情報処理とオートメーション開発の分野で業績を伸ばしてきたが、連邦業務を引き受けたことで、大きな成長を遂げた。ドラッグファイヤーの基本構想はFBIのロバート・サイバート(Robert Sibert)によるものだが、その後の追加機能はすべてニモニック社が開発したものである。

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                   ドラッグファイヤーの薬きょう画像採取顕微鏡

ドラッグファイヤーは雷管面の発射痕を分類表示するシステムとして出発した。蛍光灯で斜光線照明を当てて、小型の生物顕微鏡で雷管部分のデジタル写真を撮影した。ところが初期のモデルでは薬きょうの載物台すらなく、位置決めは指で薬きょうを押して移動する状態だった。条痕の方向合わせをするために、薬きょうを微妙に回転させることは難しかった。そこで、AOのレンズシャッターを利用した薬きょう載物台を紹介したら、ニモニック社は「これは便利だ」と早速採用することになった。

写真を撮影した後に、その薬きょうの素性、痕跡特徴等を入力する作業がある。これが結構面倒な作業で時間を取られた。すでに物件取り扱い上の別の作業工程で、日本語で入力していることを、再び英語で入力する作業を強制された。薬きょうの製造所、ヘッドスタンプ等の情報も入力しなければならなかったが、これも二重手間の作業となっていた。一方、痕跡特徴を細かく指定すれば検索結果は良好となるが、痕跡タイプの細分類をすると、入力にかなり時間がかかった。どちらの分類にすべきか迷う例が意外に多いことも分かった。検索時間がかかったり、検索精度が低くてもデータ入力に時間をかけない方がよいのか、データー入力時に時間をかけてまで検索精度を上げるのかの問題が生じた。複数の人間でシステムを運用する場合、練度の低い鑑定者がいい加減な分類を行ってしまうと、その後の検索精度に影響を与えるなど、この種のシステムの抱える問題は、使い出すとすぐに浮かび上がった

ドラッグファイヤーはIBISでは自動化されている操作を手動で行わなければならないものが多かった。顕微鏡のステージは全くの手動で、雷管の位置決めや焦点調節はすべて手動であった。その後自動識別機能が強化されたが、閉塞壁痕部分を手動で指定する必要があった。その方法とは、画面上で雷管の外周と撃針痕の外周を指定し、その間のドーナッツ状の部分が閉塞壁痕とされた。円形から大きく外れた撃針痕であっても、円形でしか指定出来なかった。

自動装填式銃器の打ち殻薬きょうでは、抽筒子痕の付けられている部分を時計の6時方向にする、という画像採取プロトコルが採用された。これは後のブラスキャッチャー、IBIS,NIBINでも採用されているが、ドラッグファイヤーが最初に採用したプロトコルである。一方、照明方法として、小型蛍光灯照明を12時方向から当てる斜光線照明が採用された。そして、この照明方法がIBISと異なることから、その後大問題へと発展するのである。

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                   ドラッグファイヤーの基本システム

ドラッグファイヤーの自動識別エンジンは、雷管を何本かのリングに輪切りにし、そのリングごとに相関計算を行うもので、類似性の大小に基づく順列はあまりあてにならなかった。特に同心円状の閉塞壁痕や遊底頭痕の場合にはほとんど無力であった。ただ、手動で指定した特徴は重視されたため、入力時に的確な分類を行っておけばよい結果が得られた。また、計算時間は短く、データーベースが100個程度なら瞬時に結果が表示された。

撃針痕の特徴も考慮しているとのことであったが、実際にはその大きさを考慮しているだけではなかったかと考えられる。そもそも写真撮影時には閉塞壁痕に焦点を合わせた画像で相関計算を行っており、別に高倍率で撃針痕や蹴子痕の撮影画像を追加できるが、それは鑑定者が目視確認するために利用する画像であった。

ニモニック社はドラッグファイヤーに、まず口径0.22インチの縁打ち式薬きょうの撃針痕の識別システムを追加した。これも画像データー入力時に作業者にある程度の負担を掛ける代わりに、判別ソフトを簡略化し、高速な検索表示を行っていた。

縁打ち薬きょうの撃針痕を12時方向にして撃針痕を撮影する。撮影時に用いる対物レンズは中心打ち式薬きょうの雷管面の画像を撮影するときに用いる接眼レンズより高倍率のものを使用することで、撃針痕を中央位置に大きく撮影した。その後コンピュータディスプレイ上で、撃針痕の境界位置をマウスでポイントする。単純な形状なら数点で撃針痕を囲うことができる(最小の場合は4点)。複雑な形状であれば数十点で囲うことになる。ここで指定した撃針痕の形状を最重要視して、候補痕跡が検索された。なお、円形痕を3点で指定する機能はなく、円形の撃針痕の場合は、多くの点で撃針痕の境界を指定する必要があった。

検索結果は、撃針痕の形状と大きさが類似しているものから表示された。撃針痕の中にある微細な条痕特徴の差異は、ディスプレイ上で目視による迅速な確認が可能であった。このような検索で、撃針痕の形状が大きく異なるものが候補の上位に上がってくるとストレスを感じるが、画像データー入力時に撃針痕を囲んで指定していることから、それはなかった。画像から撃針痕の自動切り出しを行えば、データ採取時の負担は低減できるが、それはあきらめたようだ。切り出し精度の向上が難しいことが分かったからか、あるいは製品の出荷を急ぎたかったから取られた措置であろう。

発射痕画像検索システムがほとんど存在していなかった当時、十分使えるシステムであることは確かであった。

ドラッグファイヤーは薬きょうの発射痕の検索システムとしては軽快に動作し、何といってもそれまでは比較顕微鏡による実物対照や拡大観察以外に痕跡を観察する手段が乏しかった時期に、大量の発射痕を並べて表示できることが、いかに有効な手段であるかを知らしめた。資料ごとの痕跡の変動の程度や類似性の程度に関して鑑定者が記憶に頼っていた情報を、誰もが閲覧可能となった。発射痕の鑑定とは何か、どこに注意すべきかなどは、痕跡をなるべく多く見ることによって養われる力であり、鑑定技量の養成に大いに利用できる装置であった。

痕跡の異同識別能力の低さが後に問題となるが、発射痕の異同識別は単一の基準で行うことができるものではないことを知っている者は、それほど精度の高い識別ができないことを納得していた。

その一方で、発射痕の総合鑑定システムとするには、発射弾丸の痕跡の検索機能をどうしても盛り込む必要があった。そして、その機能はブレットプルーフが大きく先行していた。この課題に対してニモニック社は1995年に、発射弾丸の展開写真を撮影し、それらの写真を短冊状にしてディスプレイ上に並べて表示するシステムを開発して応えた。

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                   ロートスキャン

ロートスキャン(ROTOSCAN)の名称が与えられた装置では、ターンテーブル上に弾丸を固定し、スリット光を弾丸に照射し展開写真を撮影することができた。ターンテーブルの中央部分には粘土が埋め込まれており、代表的な口径ごとに用意された弾丸固定ジグに弾丸底部を固定し、スタンピングマシンの要領で弾丸頭部から粘土に押し込んで、弾丸を倒立状態でターンテーブルに固定した。

焦点距離の長い撮影レンズを用いて、約20cm離れたところから、スリット光で照明された回転する弾丸表面を連続撮影した。予備スキャンモードでは、弾丸を秒速5回転で回転をさせながら、フォーカス値の変動ををディスプレイ上に表示し、弾軸とターンテーブルの回転軸との軸合わせ(焦点合わせ)を行う機能があった。弾丸全周囲で焦点が一定範囲内に収まっている場合には1回転10秒の撮影モードに入り、展開写真を撮影した。

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              ロートスキャンの弾丸ターンテーブルと照明及び撮影レンズ

変形の少ない試射弾丸では、ロートスキャンが撮影した展開写真は満足できる品質であった。撮影終了までの手動作業はブレットプルーフよりはるかに多かった、弾丸をホルダーに永久接着してしまわないこと、、斜光線で照明されていることから、撮影画像が普段見慣れているものに近いことなど、ブレットプルーフとは異なる利点もあった。一方、変形弾丸の写真撮影は難しく、一旦全周囲の撮影を行い、焦点が外れた部分を再撮影して、画像に埋め込む編集作業を行うことで対応した。この機能を用いた場合、旋丘痕1条を再撮影して埋め込む程度ならどうにか使用できた。旋丘痕3条を編集する作業に入ると、スパークステーション20を用いた当時のシステムは、動作が極めて遅くなり、編集埋め込み作業が継続しているのか、フリーズしてしまったのかわからないような状態で、何十分も待つような事態になることが多かった。


(4)ブラスキャッチャー   (Brasscatcher)
FT社が開発した中心打ち式薬きょうの発射痕の自動識別システム。

打ち殻薬きょうの発射痕の識別システムでは、FBI-ニモニック社のドラッグファイヤーが先行していた。FT社のブレットプルーフは弾丸の発射痕の鑑定装置としては、洗練されたデータ採取システムで目を見張らせるものではあったが、実際の鑑定で効果を挙げるためには多くの問題も残されていた。変形弾丸や破片化した被甲片、材質の異なる弾丸の発射痕を合わせる能力など、人間が行っている作業を代替させるには解決しなければならない問題がまだまだ残されていた。

それに対して打ち殻薬きょうの雷管部分は原則的に円形の平坦状で、変形や損傷を受けることも少ない。実際、先行していたドラッグファイヤーは事件解決の成果をどんどん挙げていった。それに対して、ブレットプルーフで解決された事件数は桁違いに少なかった。この成果件数の相違に関しては論争もあったが、一部で声高に主張されたドラッグファイヤー側の件数水増し説は、当時を知る者としてにわかには賛成できない。

弾丸の事件は、弾丸が変形していることが多く、ブレットプルーフが変形弾丸をカバーできるといっても限界があるため、事件弾丸の登録が進まなかった。ブレットプルーフが導入された同一研究所が扱う事件で、事件の性質から関連が予想されるものは、わざわざブレットプルーフに登録する手間を省き、直接比較顕微鏡観察を行って鑑定書を仕上げた方が迅速であった。それに対して、ドラッグファイヤーは手作業が多いとはいっても、とりあえず画像を登録することに負担は少なく、短時間で行えた。したがって、同一発砲現場で多数の打ち殻薬きょうが回収された場合に、とりあえず画像採取をすることにそれほど抵抗感はなく、どんどん画像蓄積が進んでいった。そして、同一現場の薬きょう相互の対応が確認された場合にも、それぞれ1件の発見例として計上し、容疑銃が押収された場合、同一現場の薬きょうがすべて片付けばその個数分成果を計上したため、成果数はうなぎ上りとなっていった。

FT社も薬きょうシステムを早期に開発してこれに対向せざるを得なかった。そして、さすがFT社と唸らせる高度に自動化されたシステムを1994年11月に発表した。

ブラスキャッチャーとは、本来自動式銃器の打ち殻薬きょうの回収用具の名称であるが、それをブラス(打ち殻薬きょう)から犯人をキャッチする(捕まえる)装置ともじったFT社の造語である。

ブラスキャッチャーは、顕微鏡の載物台に薬きょうのきょう口部を下にして置くと、中心打ち式薬きょうの雷管面の痕跡写真が自動的に撮影される。顕微鏡は自動焦点調節を行いながら、きょう体底部の中心位置が顕微鏡の視野の中央部になるように電動載物台が移動する。そして、まず撃針痕の外側の雷管面に焦点を合わせ、同軸落射照明を当て最適露出の画像が撮影される。次にこの撮影画像から撃針痕位置を探り出し(同軸落射照明では、撃針痕部分は暗く撮影される)、中央の撃針痕部分に焦点を合わせ、撃針痕部分を撮影し、雷管面の写真の中央に撃針痕の画像を埋め込む。

以上の手続きにより、雷管面の閉塞壁痕あるいは遊底頭痕と撃針痕の両者に焦点が合った写真が合成される。これは視覚的に画像を確認する際に利用する。ブラスキャッチャーの識別エンジンは、閉塞壁痕部分、撃針痕部分、その両者を組み合わせた画像の3種類に対して、個別に相関計算を行い、類似性の高い順に並べる3列のヒットリストを表示した。相関計算に当たって、画像を回転に対して影響を受けない回転不変量(Rotational Invariant)に変換して比較を行うことから、資料を置く向きを合わせることに意を配る必要はないとされた(その後、識別精度向上のために、ドラッグファイヤー同様の位置決めプロトコルが採用された)。回転に対して不変とするために、照明は同軸落射が選ばれ、この点がその後ドラッグファイヤーとの間で埋めることのできない溝となった。

同軸落射照明による痕跡画像と、斜光線照明の痕跡画像は明らかに異なるものである。そのどちらが優れているのかの議論がなされることが多いが、両者の照明で異なる特徴が得られ、そのどちらも表面の痕跡形状を代表したものであり、どちらも同様に有用であるというのが結論である。一方の照明で極めて特徴的に見える痕跡が、他方の照明ではそれほど特徴的に見えないことがある。それぞれの照明で得手、不得手とする痕跡形状がある。たとえば、斜光線照明で特徴的に見える間隔の広い平行条痕が同軸落射では消えてしまうことがある。その逆に同軸落射で特徴的に見える間隔の詰まった密な平行条痕が、斜光線照明ではあまり特徴的に見えないことがある。

このようにドラッグファイヤーとブラスキャッチャーでは、得られる画像が全く異なって見えるものが多く、同じ資料の写真を見て、それが同じと言い当てるのはそれほど簡単なことではなかった。この時期はコンピュータ関連、CCDカメラ関連の技術は日進月歩であり、少しでもあとから発表されたシステムの方が、解像度や処理速度の点で優れていることは当然であった。すなわち、ドラッグファイヤーよりブラスキャッチャーの方が画像の解像度は格段に優れていた。しかし、その解像度もすぐに時代遅れになった。比較検索を行うには、画像のスペックが一定していることが望ましいが、技術革新に合わせてFT社は毎年のようにグレードアップやバージョンアップを繰り返すことになった。新たな顧客を獲得するには、最新鋭の技術を常に使用する必要があった。ただ、実際に使用したことがないので、古い画像をどのようにコンバートして使い続けたかについては知らない。


(5)アイビス   IBIS(Integrated Ballistic Identificatin System)
FBIがニモニック社と契約を結んで開発したドラッグファイヤーと、カナダのFT社の開発したブレットプルーフ&ブラスキャッチャーは、すぐに当時の銃器鑑識界で、その優劣が話題に上ったのは当然のことである。FBIは連邦予算を用いてドラッグファイヤーの全米展開を開始したが、導入されたのは薬きょうシステムだけで、弾丸システムは、ブレットプルーフとの競争上「同様のシステムがあります。」といった「お飾り的」扱いを出ることはなかった。薬きょうの画像データーは50Kバイト程度なのに対し、弾丸のデーターは1Mバイトを超え、システムは重かった。そのため、米国内で本格的に導入されることなく終わり、実際の事件解決に役立った例は出なかった。

カナダの一企業でしかなかったFT社が、発射痕鑑定システムを銃器犯罪大国である米国にマーケッティングするには、FBIと真っ向から立ち向かえる後ろ盾が必要であることは明らかであった。当時、銃器を使用した凶悪犯罪撲滅の対策を進めていたワシントンD.C.検察局とATF(アルコール・タバコ銃器局)は、「停戦作戦(Operation Ceasefire)」と銘打った総合的対策を、1995年11月に立ち上げた。FT社が弾丸だけでなく、薬きょうの発射痕の検索システムを開発し、そのシステムの将来性が有望であることを見抜いたATFは、停戦作戦の一つの柱としてこのシステムをATFの組織として支援することを決定した。

ATFという強力な後ろ盾を得たFT社は、ブレットプルーフとブラスキャッチャーの二つのシステムを統合し、それにIBIS(Integrated Ballistics Identification System、アイビス、発射痕鑑定統合システム)との名称を与えた。

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        ブレットプルーフとブラスキャッチャーを合体させたIBISの顕微鏡撮影装置

FT社は弾丸の展開写真を撮影するブレットプルーフを最初に開発し、続いて中心打ち式薬きょうの雷管面の写真を撮影するブラスキャッチャーを開発した。ブレットプルーフでは姿勢制御しながら弾丸を回転させる載物台があり、ブラスキャッチャーは雷管の中央部分を検出して移動させる載物台が組み込まれた顕微鏡で構成されていた。IBISでは、これを1台の顕微鏡に組み込み、DAS(ダス、Data Acquisition Station、データー採取装置)と呼ぶ画像データ採取装置に統合化された。DASで採取された画像データは、SAS(サス、Signature Analysis Station、特徴解析装置)と呼ぶ画像データ解析装置に送られ、画像採取作業とは独立して相関計算を連続して行えるようになっていた。

人手の少ない機関では、1台のDASと1台のSASの最小構成は妥当な構成であった。人手の多い期間では、ブレットプルーフとブラスキャッチャーを1台ずつ導入した方が、DASを2台導入するよりは安価であった。ただ、二人が同時に弾丸あるいは薬きょうのデータを入力する機会も多いことから、統合化されたDASはやはり便利であった。保管蓄積されているデーターが少ないうちは、数台のDASに1台のSASの組み合わせで処理はスムーズに進んだようである。ただ、大規模な機関で保管蓄積データが増加すると、SASの応答時間は長くなって行った。

DASとSASが連続した大型のコンソールはIBIS HUB(アイビス・ハブ)と呼ばれ、周囲を威圧する外観であり、日本的環境の狭い部屋に導入するのは難しい存在であった。現在FT社はこの当時のシステムをIBIS Heritage Systemと呼んでいる。


(6)アールビーアイ   RBI(Rapid Brass Identification)
IBISのオプションとして用意された犯罪現場に持ち込んで薬きょうの雷管面の顕微鏡画像をIBISのSASに送信する端末装置。Rapid Brass Identification(薬きょうの迅速識別装置)の略称である。

IBIS-RBI.jpg
                         IBIS = RBI

中型のボストンバッグに顕微鏡とノートパソコンが組み込まれており、バッグを開くと、IBISのDAS相当の顕微鏡が立ち上がった。電源が用意できる環境であれば、顕微鏡のステージに現場薬きょうを置くと発射痕の顕微鏡画像が自動的に採取され、そのデーターはモデム接続、 携帯電話接続あるいはLAN 接続のいずれかの利用可能な方法で、センターのSASに送信できる。

ドラッグファイヤーはFBIの主導のもとに展開され、発砲事件の捜査に軸足を置いた使用法が考えられていた。一方IBISのスポンサーとなったATFは銃器の所持許可に伴う徴税を担当している部局であり、発砲事件の捜査より登録銃器の犯罪使用抑制を主眼としていた。この観点の相違は、日本の警察でいえば、刑事局と生活安全局の違いに相当した。そのため、購入銃器の発射痕登録の方向でのシステム開発をその後熱心に行うこととなったが、このRBIは発砲事件に迅速に対処しようとした異色の機器である。

RBIは、現場薬きょうをセンター登録の未解決事件のファイルに迅速に追加できる。SASは即座に未解決事件ファイルとの照合を行うことが可能だが、実際に導入された例は極めて少なかったはずだ。銃器犯罪において、発砲事件現場の現場資料相互のつながりが即座に判明することは、発砲事件直後の事件捜査にとって重要性がそれほど高くないからである。銃器を押収した場合では、過去の犯罪との照合はより急がれるが、押収銃は押収現場で試射して発射痕跡をセンターに送るということは考えられず、センターで試射することが鉄則である。業務を知らない者にとっては物珍しい装置ではあっただろうが、業務を知っている人間にとって必要をそれほど感じなかったのである。


(7)ブラストラックス     (BrassTRAX)
FT社が2003年に発表した薬きょうの発射痕の簡便入力装置。ブラストラックス(BrassTRAX)の名称のブラスは薬きょうのことで、トラックスは追跡するとか結びつける意味のあるTrack やTrackingから来たもので、これらの語を結びつけて、薬きょうとその発射銃器とを結びつける装置の名称としてFT社が造語し、登録商標となっている。

新規販売拳銃の発射痕登録システムの展開でつまずいたFT社は、そのシステム展開の可能性を追求しながら、銃器犯罪解決に重点を置いたシステム展開に舵を切って行った。その戦略の中での最初の製品がブラストラックスであった。

ディスクトップパソコンの背面に、CDトレーのような薬きょうを挿入する挿入口が設けられていた。そのトレーにある薬きょう固定部に薬きょうの底部(Head)を上にして打ち殻薬きょうを挿入し、トレーを閉じる。その後、パソコンで必要事項を入力するだけで薬きょうの遊底頭痕(閉塞壁痕)、撃針痕のデジタル画像が撮影できた。蹴子痕を撮影したい場合は、手動で位置決めをすることによって撮影できた。撮影された画像は、ネットワークでIBISに送信される。通常、このトレーのある部分を正面にして設置するため、スイッチやCDトレーのあるディスクトップパソコンの正面が後ろ向きとなる(実際には、パソコンを横向きや斜め横向きに設置することになるだろう)。

ブラストラックスはRBI(Rapid Brass Identification)の反省に立ち、その後の技術進歩を取り入れて実用的なリモート画像入力装置となった。RBIは顕微鏡とノートパソコンをボストンバッグに入れたような製品で、基本通信装置がモデム接続であり、撮影画像の品質に問題があった。実際、メリーランド州の新規販売拳銃の薬きょう登録システムの実効が上がらなかった理由の一つは、RBIの性能不良であるとされた。発射痕鑑定の経験がない、あるいは乏しいオペレーターがRBIを用いて採取した薬きょうの痕跡画像は使い物にならなかったという。そのため、メリーランド州はFT社とのRBIの契約をキャンセルし、FT社はメリーランド州に費用を返還したという。

RBIの反省に立ち、誰が操作しても最高品質の発射痕画像が採取できることを目標にFT社はブラストラックスを開発した。顕微鏡や、その照明装置はパソコンの筺体内にあり、薬きょうトレーを閉じると、機械的に顕微鏡を操作する必要は何もなく、パソコンのディスプレイを見ながらキーボードで若干の入力を行うだけでよかった。キンダー報告書の項では触れなかったが、キンダーらがIBISを用いて痕跡画像を撮影した際に、遊底頭痕の撮影では、照明の手動調整を37.2%で行い、撃針痕では照明の手動調整が25.7%で必要であり、遊底頭痕部分の位置合わせの手動調整を18.5%で行った等と報告されており、2002年当時のIBISの自動撮影機能は完璧といえるものではなかった。

新規販売拳銃のデーターベースで性能不足を指摘されたIBISであったが(実際にはIBISだけの問題ではない)、発砲事件の事件解決でより多くの実績を上げて、その評判をさらに高めるためには、より多くの事件の証拠資料を捜査現場に近い部署で登録してもらう必要があった。そのためには、発射痕の鑑定経験のない部署が使用しても高品質な画像を採取できる必要であった。


(8)ブレットトラックス-3D (BulletTRAX-3D)
FT社が2005年に発表した弾丸の発射痕の3次元画像及び2次元画像の撮影計測装置。ブレットトラックス(BulletTRAX)の名称のブレットは弾丸のことで、トラックスは追跡するとか結びつける意味のあるTrack やTrackingから来たもので、これらの語を結びつけて、弾丸とその発射銃器とを結びつける装置で、3次元解析機能があることから3Dが付けられている。この名称はFT社の登録商標である。

弾丸の3次元形状が、発射痕部分も含めて詳細に測定されていれば、そのデーターは弾丸そのものと同じ意味をもつ。したがって、現場弾丸や試射弾丸そのものを移動することなく、データーをネットワークで送れば、離れた場所でも発射痕の異同識別の鑑定が問題なく行えるはずである。この様な発想のもとにブレットトラックス-3Dは開発された。

弾丸の3次元画像データの取得は、共焦点顕微鏡を用いて行っている。ブレットプルーフ時代からの、弾丸を回転させながら弾丸周囲の展開写真を撮影する技術と組み合わせて、弾丸の3次元展開写真を撮影し、形状が測定される。弾丸を軸周りに8度ずつ回転させながら、共焦点顕微鏡で3次元計測を行う。1フレームの測定に約25秒かかり、それを45回繰り返すと弾丸周囲360度の測定が完了する。その後、それら45枚の画像と測定データーが結合される。1個の弾丸のデータ採取に20分かかる。

得られたデーターは既存のIBISの検索装置と互換性のあるデータが提供されており、3次元のデーターを用いた検索も可能である。2次元の画像と3次元の画像を重ね合わせて観察することも可能である。3次元画像は視覚的にきわめて分かりやすいもので、よく合っている痕跡の比較画像を印象的に示すことができる。3次元データーを検索に使用すると、当然深さのある痕跡を重視した検索結果が得られる。FT社は3次元データを使用することによって検索精度が向上するとの見解であるが、鑑定経験からは、多くの場合で深い痕が重要であるが、浅い痕が決め手になる場合もあることから、常に2次元判別より優れた結果になるとするのは言い過ぎかもしれない。また、変形損傷弾丸にも対応しているとされるが、そのような弾丸での結果を見せてもらっていない。深い損傷痕を機械的に認識して処理することは容易と思えない。


(9)ブラストラックス-3D     (BrassTRAX-3D)
FT社が2006年に発表した薬きょうの発射痕の2次元及び3次元画像撮影装置。装置の外観はブラストラックスとほとんど変わらず、パソコンの筺体に「3D」が表示されているぐらいの相違しかない。パソコン筺体内の顕微鏡に3次元機能を追加すると共に、装置の自動化がさらに進められている。また、パソコンをIBM社のウインドウズ機としてシステムの標準化やセキュリティの向上を図っている。ただし、蹴子痕の撮影はブラストラックス同様、手動による位置決めを行う必要がある。

FT社は詳しい技術内容を公表していないが、ブレットトラックス-3D同様、共焦点顕微鏡によって3次元計測と画像の採取を行っていると思われる。その3次元画像の表現力は素晴らしく、高性能の実体顕微鏡で観察したような画像を、傾斜や回転を加えて表示できる。また、凹凸の反転画像表示により、撃針痕を山のように盛り上げた表示も可能である。また、2次元画像も、同軸落射照明の画像だけでなく斜光線で照明した場合に得られる画像に変換して表示する機能もある。

発射痕鑑定者が資料の比較前の検査として行うことのある、実体顕微鏡による痕跡全体の凹凸形状を把握する部分の作業が、一旦画像を採取しておけば、ネットワーク上で世界中の端末で容易に行うことができる。3次元凹凸を把握した上で2次元画像による詳細な比較を行うことで、実物資料を移動する必要を感じさせずに作業ができる。FT社の、実物資料のレプリカに相当するデータをネットワークで配信するという開発コンセプトは十分実現されている。

FT社は、3次元の形状を直接比較する手法に期待をかけているようだが、実包の種類が異なると雷管面の痕跡は大きく変化し、たとえば撃針痕の大きさや深さが2~3割相違することは普通である。このような変化は、3次元で観察すると逆に目立つ変化であり、3次元形状を重視しない方が同一銃器による打ち殻薬きょうを見極め易い場合がある。従って、場合場合に応じた判定を行わないと、3次元形状が測定できている利点を生かすことは難しく、現時点では自動処理より3次元画像を確認する用途が主体となると思われる。


(10)アイビストラックス-3D     (IBIS TRAX-3D)
3次元画像入力機能を有するFT社の発射痕鑑定装置のシステム名称。ブラストラックスに3次元測定機能を追加したことにより、FT社の発射痕入力装置の3次元化が2006年に完成した。FT社は、この3次元化された画像入力装置で構成したIBISをIBIS TRAX-3Dと名付けた。これに伴い、従前の2次元画像のみを扱うIBISは、IBISヘリテイジ・システムと呼ばれることになった。FT社は、3Dシステムに合わせて、相関サーバー、データ保管装置等のシステムを一新した。

検索精度向上のために3次元画像機能を盛り込んだことにより、ヘリテージ・システムと3Dシステムとの間には異なる形式のデーターが混在することになった。過去のドラッグファイヤーとIBISとの間で互換性のないデータが混在した時代を思い出させる。データー量は2次元の方がはるかに小さいことから、2次元データー検索の方がはるかに高速であろう。また、現存するデータも2次元データの方が3次元データーより圧倒的に多いことから、3Dシステムを導入しても当分の間は2次元検索が主体となるはずである。

視覚的にはインパクトのある3次元システムであるが、検索速度や検索精度に関しては未知な部分が多い。発射痕鑑定を行う機関で、IBISを導入するだけの経済力のある所は限られており、FT社が引き続き収益を上げていくためには、すでに導入した機関に新製品を導入する必要があることは理解できる。検索システムは、検索すべきデータが集積されていることが重要であり、検索結果の精度が高くても、それに対応するデータが少ないのでは意味がない。果たして、どこまで3次元システムが普及するか注目しているところである。


(11)マッチポイントプラス     (MatchPoint+)
アイビス・トラックス-3Dの比較対照操作モジュール。アイビス・ヘリテージシステムにおけるマッチポイントと呼ばれたモジュールを3次元データに対応させると共に、大幅な機能拡張が行われている。IBISでは、対応痕跡の検索は相関サーバー(コリレーションサーバー)で行い、その結果の表示をマッチポイントで行うというモジュール構成となっている。

マッチポイントプラスには、比較対照用のコンソールとして必要とされる機能は完備している。それらは、2次元あるいは3次元のデーター検索結果を相関の高い順に並べて(タイル画面)画像を表示する機能、その中から選択した痕跡の画像を拡大表示する機能、比較顕微鏡を模した比較対照画面表示機能がその主なものである。3次元に対応したマッチポイントプラスでは、弾丸の痕跡の断面形状を重ねて表示することができる。画像は任意の回転表示が可能で、各種の画像処理を施しながら比較することも可能である。なお、旋丘痕幅や腔旋痕角の測定はブレットトラックス-3Dが画像採取時に行っている。

FT社は、これまで画像の相関係数によって同一銃器由来痕跡の評価を行ってきた、ただ、その評価は画像の直接的な相関を計算しているのではなく、画像から抽出した特徴(FT社はこれをシグナチャー(Signature)と称してあいる)を用いて計算していると説明してきた。その特徴は薬きょうでは回転不変の特徴量に変換されていると説明してきたが、判別能力を向上させるためには、撮影方向が同様の画像を比較した方が精度が高いことを認めざるを得ず、ドラッグファイヤーの導入した6時の方向に抽筒子痕を持ってくることが基本手順となった。弾丸の識別では、連続一致線条痕(CMS)の抽出と表示を行う機能が追加されている。ただ、検索計算にこの機能を利用しているのか否かは不明である。

マッチポイントプラスは、計算機の世界ではいわばデファクトスタンダードのIBMのウインドウズパソコン上で動作し、データベースソフトはオラクルを用いている。これにより、発射痕鑑定の世界でのデファクトスタンダードとなることを狙っているが、銃器犯罪大国で経済力のある国ではそれが実現されている。


(12)アイビス相関サーバー     (IBIS Correlation Server)
アイビストラックス-3Dで、データの管理及び相関計算を担当するモジュール。

発射痕データーベースの本体部分で、データーを保管しておくとともに、マッチポイントプラスの端末に画像データを送信して表示したり、検索結果を送信する。またアイビストラックスが採取したデータを、データーコンセントレーターを介して蓄積していく機能を果たす。

発射痕データーベースを構築すると、そのデーター量は日々増大していく。特にアイビスは新規販売銃器の発射痕データーベースまでも視野に入れた製品なので、そのデーター管理、相関計算の部分の充実が、システム全体の拡張性や性能を決定する。現在の製品は、2cpuの基本構成から16cpuまでの製品が選択できる。最大で1秒間に130個の薬きょうのデータの比較検索を行うことができるとされる。なお、2次元データーと3次元データーでは個別の検索が行われる。

IBIS相関サーバーが現在、この種の発射痕検索システムで最高の処理性能を誇る装置であることに異論はない。ただ、いくらヒット件数があるからといって、発砲事件の件数から見れば微々たるもので(せいぜい数パーセント)、大規模なシステムでは未解決事件の画像データーは、そのままでは際限なく増大していく。これらの増大するデータに対して、画像や3次元形状だけをキーにした検索を続けていくことは得策ではない。少ない負担で最大のヒットを上げるには、地域、発生からの経過日数、事件の性質、痕跡の品質などを総合的に勘案して、対照すべき資料を絞り込むことが必要となる。そのような小回りの利くシステムとすることが今後の課題であろう。ただ、そのためには手口解析など、物理的な証拠分析とは別の技術を重視したものとなり、物件証拠を扱う分野からは邪道とみられるものであり、批判が高いことも事実である。


(13)ファーストトラックス     (FastTRAX)
FT社が2007年に発表した発射痕検索作業請負いシステム。FastTRAXは、「高速に辿る」意味で、迅速に銃器と発射資料との関係を明らかにするサービスを意味するFT社の造語である。

FT社の開発したIBISはNIBINという全米発射痕データーベースの使用装置に採用され、今や全世界の主要国に配備されるようになり、発射痕鑑定では世界標準機に育った。その一方で、銃器犯罪が多い国の中でも最も経済力のある米国ですら、発射痕鑑定を行う必要のある法執行機関の中でIBISが配備されているのは20%に過ぎないという(2007年のFT社の調査結果)。米国のように、法執行機関の管轄権が複雑な国では、連邦レベルのデーターベースは、管轄権の異なる地域で発生した犯罪の間のつながりを調べる上で極めて有効であるのに、そのネットワークが拡大して行かない現状にある。ATFはIBISの導入に補助金を支出し、トレーニングの施設とスタッフを提供し、トレーニング費用を賄っているが、それでもIBIS導入機関数は頭打ちとなってきた。一旦導入すると、データー入力と検索の義務を負い、装置代の負担のみならず、人員負担もばかにならないからであろう。

捜査機関としては、事件の内容によって証拠物や投入すべき資源に優先順位を与えており、すべての押収銃器の発射痕を登録しなければならないことは負担となるのだ。このように、システムの新規販売が頭打ちになる中、すべての銃器犯罪の発射痕登録を目指すATFと、サービス業務による収益を求めるFT社が組んで開始したのがファーストトラックスの業務展開である。

犯罪者から銃器を押収した法執行機関は、自らが試射薬きょうを採取し、それをフロリダ州ラルゴにあるFT社のIBIS研修センターに送付する。そこで専門の技術スタッフが発射痕をIBISに登録し、NIBINに登録されたデータ中の類似痕跡を検索する。検索結果のヒットリストの上位20位あるいはそれ以上について、専門の銃器鑑定者が念入りにチェックし、さらなる詳細な比較対照を行うべき事件を指摘した報告書を依頼主に回答する。その後、試射薬きょう資料は返送される。依頼を受けてから1~2週間以内に回答すると約束している。その後、実際に痕跡の比較を行わなくても、関連事件を指摘してもらうだけで、捜査上の有力な手掛かりとなる。

依頼者は、重要な事件の資料だけをNIBINで検索することができ、NIBINに参加した場合の各種の拘束を受けず、IBISの操作要員の人件費も省くことができる。ATFはNIBINに登録されるデーターを1件でも増加させることはメリットがある。FT社は空いている機材の有効活用とIBISの実績を稼ぐことに役立つ。2007年で、NIBIN登録発射痕は100万件を超え、ヒット件数は2万件を超えたという。この数を引き続き増加させていくことは、相応の税金を投入したATFと、それを受注したFT社は自覚している。

FT社は報告書の信頼性を保証するために、銃器鑑定専門家であった南アフリカの法科学研究所の所長とバージニア州の犯罪科学研究所の銃器鑑定者の2名のOBを、この業務のために雇用した。検索業務の費用については公表しておらず、尋ねる機会があったら聞いてみたい。


(14)アイビス・データーコンセントレーター     (IBIS Data Concentrator)
IBISトラックスが採取する2次元画像及び3次元画像を蓄積し、マッチポイントプラスが画像表示を要求すると、そのデーターを送信する役割を担うデータ保管装置。

IBIS相関サーバーには、画像から抽出した特徴(シグナチャー)のみが保管されており、画像そのものは保管されていない。痕跡の圧縮された特徴量を用いて比較検索を行うことから、膨大な発射痕データの高速検索が実現されている。そして、相関計算に用いることのない画像データーは、すべてデーターコンセントレーターに保管することにされた。

点在するデーターコンセントレーターはNIBINネットワークで接続されているため、遠隔地の画像データも必要に応じて取り出すことができる。ディスプレイ表示される3次元形状の画像データーは、現在検索には用いられてはおらず、データーコンセントレーターに保管されている代表的なデーターとなっている。検索結果に応じて、形状を確認しようとすると、マッチポイントプラスは、データーコンセントレーターから3次元画像データーを読み込む。

通常の比較顕微鏡作業、あるいは実体顕微鏡による発射痕の予備観察作業では、きょう体底部全面の痕跡をまず一望し、それから雷管部分、雷管の中央部の撃針痕部分、蹴子痕部分あるいは抽筒子痕部分へと、徐々に細かい部分の観察に移って行く。きょう体底部全面の観察は、発射痕鑑定における入口のようなものである。ところが、IBISが主に解析を行っている部分は雷管面の形状であり、きょう体底部全面の画像は通常表示されない(画像採取を行わない)。そして、画像撮影時に、コメントとして蹴子痕や抽筒子痕の方向等をコメントで書き込むことになっている(これはドラッグファイヤーの手法が受け継がれたものである)。

中心打ち式薬きょうでは、きょう体底部には、少数の例外を除いて、薬きょうの製造会社や口径を示すきょう底刻印(ヘッドスタンプ)が打刻されている。実包の種類が異なれば、このきょう底刻印は異なり、コンピューターによる発射痕の自動検索では邪魔な情報となってしまう。その一方で、視覚的に発射痕全体の特徴をとらえるには、きょう体底部全面の画像は極めて重要である。IBISのヒットリストを確認する際には、雷管面の画像を確認する以上に、きょう体底部全面の写真が役立つことは間違いない。逆に言えば、きょう体底部全面の痕跡特徴を一括して処理できないことから、計算機の識別能力は人間の識別能力に遠く及ばないのである。

IBISトラックスでは、きょう体底部全面の画像をフルヘッドスタンプ(画像)と称しており、その画像採取と保管、表示観察が可能となっている。フルヘッドスタンプ画像は検索に利用されるデーターではなく、データーコンセントレーターに保管される。ただし、この画像の観察には、別にライセンスの購入が必要だという。


(15)IBISマッチポイントプラスのCMSカウント機能
IBISトラックスの検索ソフトであるマッチポイントプラスでは、連続一致線条痕(CMS)のカウント機能が追加された。ブレットプルーフの開発段階のときにはビアゾッティは健在であり、1991年11月の会議では、ビアゾッティがCMSのカウント機能をブレットプルーフに盛り込まなくては意味がないと盛んに主張していた。当時、日本ではCMSのカウント機能は実現されており、各種の実験も行っていたが、FT社は相関計算で判別することをすでに決定しており、CMSカウント機能がブレットプルーフに盛り込まれることはなかった。その理由はいろいろ考えられるが、CMSカウントは一律な計算には適さず、ソフト開発に時間がかかること、同軸落斜照明では線条痕のコントラストが弱く、線条痕のカウントの再現性の確保が難しいこと、バルドゥールは発射痕の識別は相関計算で可能と信じていたことなどがあったと思われる。

線条痕の3次元形状が測定可能となり、線条痕の凹凸検出の再現性が高まったことから、FT社もCMSカウント機能をIBISトラックスで盛り込んだものと思われる。現在のCMSカウント機能として、線条痕の山の部分を数えるか、谷の部分を数えるかの選択、両者の線条痕で山の高さ、あるいは谷の深さがどこまで異なっていても互いに対応した山あるいは谷と数えるかの設定、線条痕の位置がどの程度ずれていても対応線条痕とカウントするかの許容値を設定した上で、連続一致線条痕のカウントを行う。規定値以上の線条痕が連続一致している部分は、比較対照画面上で強調表示される。


(16)ファイアーボール     (FireBall)
オーストラリアで開発された弾丸および薬きょうの発射痕の検索システム。オーストラリアの発射痕鑑定者の間で発案され、メルボルンにある国立法科学研究所(NIFS)が基本設計を行い、オーストラリアのパースにあるエディス・コーワン大学がソフトウエアを開発した。1998年11月に完成し、オーストラリア内の8か所にある各州の発射痕鑑定部門が、発射痕画像データの共有に用いている。

ウインドウズパソコン上で動作し、開発環境はマイクロソフト・アクセスである。発射痕の画像は、リング照明が取り付けられたライカの実体顕微鏡に搭載したCCDカメラで撮影している。

画像登録時に、発射痕の型式や分類特徴をキーボードから登録する。型式や分類の文書データーにより対象を絞り込み、ヒットした画像を比較モードでディスプレイ上の比較対照を行う。画像データーを直接分析する機能は搭載されていない。型式特徴による分類検索を行うため、発射弾丸では、腔旋痕の条数と回転方向、旋丘痕幅、旋底痕幅、腔旋痕角を画像上で測定し、入力することが求められる。薬きょうの痕跡は、その痕跡パターンで30種類程度に分類されている。

薬きょうのきょう底刻印のデータベースが付属している。

ドラッグファイヤーが開発された当時、その10分の1の価格で薬きょうの痕跡の検索が可能なシステムとしてスタートした。文字ベースの検索を行っているため、データー数が多くなった場合に、データーを絞り込ませるためには付加情報をうまく加える必要がある。廉価システムといっても、オーストラリア内全体にネットワークを広げるまでに時間がかかったようだ。その後IBISが出現し、オーストラリアも現在IBIS導入国となっており、シドニーに4台、キャンベラに3台のIBISが導入されているという。


(17)アーセナル     (ARSENAL)
ロシア共和国のパピヨン社が開発した、発射弾丸及び打ち殻薬きょうの発射痕の自動識別装置。アーセナル(ARSENAL)は、英語で兵器を意味する言葉だが、銃器自動識別装置のロシア語名称と何らかの関係があるらしい。

アーセナルの中核をなすのは、弾道スキャナー(バリスティック・スキャナー)と称する円筒部品の展開写真の撮影装置である。この装置で、弾丸の円筒部と薬きょうのきょう体側面の展開写真が撮影される。また、同じ装置で、薬きょうのきょう底の写真撮影もできる。弾丸の円筒部の展開写真は約3分で撮影でき、4ミクロンの解像度があるという。この展開写真から、旋丘痕幅が誤差0.015mm以内で測定され、腔旋痕角が誤差0.15度以内で測定される。

これらの画像の検索システムには、「アーセナル1000」、「アーセナル10000」、「アーセナル50000」という、能力の異なる三つのシステムがある。「アーセナル1000」は、弾道スキャナーの操作を行う端末として使用するほか、最大1000枚の画像を対象とする画像検索機能があった。1000枚の画像を対象とした検索を15分で行うことができるという。「アーセナル10000」は、10台までの「アーセナル1000」を制御するサーバーで、全体で10000枚の画像の検索を行う機能があるという。「アーセナル50000」は、50000枚の画像の検索機能があると共に、多くのアーセナル1000を接続して、国家規模の大規模なデーターベースを構築できるシステムだという。

弾道スキャナーは、ドラッグファイヤーのロートスキャンと類似した構成であり、ターンテーブルに置いた弾丸や薬きょうを、スリットカメラで撮影するものであり、無変形の弾丸では品質の高い展開写真が撮影出来ても、変形弾丸や破片化弾丸の痕跡撮影機能はないものと思われる。痕跡画像のコード化とコード化された痕跡画像の検索アルゴリズムは、パピヨン社の指紋の検索装置で培った技術を用いた信頼性の高いものだという。

ロシア内務省の捜査機関やポーランドの犯罪捜査機関に等に、20台以上のシステムが配備されたとされる。


(18)コンドル     (BIS-CONDOR)
ロシア共和国のSBI社(Special Bussiness Center)の発射痕鑑定システム。BIS-CONDOR(ビス-コンドル)とも呼ばれる。BISはIBIS(Integrated Ballistic Identification System)からIをとったもので、発射痕鑑定システムの意味である。弾丸と薬きょうのきょう体側面の展開写真及び薬きょうの底面の写真を撮影するスキャナーと呼ぶ撮影装置と、画像検索装置から構成されている。

アーセナル同様、コンドルにも規模にしたがって3種類のシステムがある。コンドル-Nは規模の大きな犯罪捜査研究所向けのデーターセンター用の大規模なシステムで、スキャナーと呼ばれる発射痕画像データ採取装置、データ・サーバー、ワークステーションと、それらを接続するネットワークで構成されている。コンドル-Wは、小規模の犯罪捜査研究所向けのスタンド・アロン・システムで、スキャナーとディスクトップパソコンで構成され、発射痕の撮影からデーター検索までをこなす。コンドル-Mはノートパソコンを用い、スキャナーでの発射痕撮影と、データー検索をこなすモバイルシステムである。コンドル-Wとコンドル-Mは、コンドル-Nと接続して、大量の画像データーとの比較を行うこともできる。

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                   コンドル-W システム

IBISのブラストラックスでは、フルサイズのディスクトップパソコンの裏側に薬きょうの撮影トレーを組み込んでいるが、コンドルのスキャナーは、ミニサイズのディスクトップパソコン程度のスキャナー筺体の上面に資料の挿入口が設けられている。スキャナーと、それを制御するパソコンとは別筺体となっており、大きさが140 х 265 х 340mmで、質量も6kgに抑えられていることから、持ち運びは容易である。

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        コンドルのスキャナー装置  カセットにセットした弾丸は、上部から挿入する

カセットにセットされた弾丸は、スキャナー装置の上部の扉を開いて挿入する。セットされた弾丸は回転し、コントラストの高い画像が得られるように照明が自動調節され、自動焦点機構を用いて弾丸周囲の分割画像が撮影される。それらの写真をつなぎ合わせて展開写真としている。弾丸の展開写真の撮影時間は約3分で、画像ファイルの容量は10Mbである。口径9mmの弾丸で60%まで変形したものまで画像撮影が可能だとしている。薬きょう底部の撮影も、撮影しながら照明を調節することで、痕跡特徴を強調した画像を撮影している。薬きょう底面の痕跡画像の撮影時間は30秒で、画像ファイルの容量は3.3Mbである。

画像の採取可能な口径は4mmから12.5mmで弾丸全長が7mmから35mmのものまでカセットにセット可能であり、拳銃やライフル銃の弾丸の大半がカバーされている。弾丸画像の解像度は3.5ミクロン・メートル、薬きょう画像の解像度は4.7ミクロン・メートルで、17インチのディスプレイに画像を表示した場合では、弾丸画像の拡大倍率は90倍、薬きょう画像の拡大倍率は70倍に相当する。

弾丸の発射痕の比較検索は、旋丘痕、スキッド痕、弾丸底部付近の旋丘痕部分の3箇所を選んで行える。薬きょうの痕跡は、撃針痕、閉塞壁痕、蹴子痕が検索対象である。薬きょう側面の展開写真を撮影する機能はあるが、薬室痕の検索は特に謳われていない。

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        コンドルのスキャナーに用いる弾丸と薬きょうのカセット
        木箱に保持用部品等とともに収納されている

2003年9月22日から27日にわたって、トルコのイスタンブールで開催されたEAFS(ヨーロッパ法科学会議)で、展示品を見る機会があった。スキャナーは展示されていたが、画像採取の実演はしてもらえなかった。弾丸の保持装置が小型で、単純な部品であることに驚いた。ただ、撮影装置自体はIBIS同様ボックスの中で、機構は不明である。きわめてコントラストが高い痕跡画像が、ディスプレイに表示されていた。


(19)バリスティカ     (Balistika)
トルコ共和国のチュビタク・ビリテンの開発した3次解析機能のある発射痕分析・検索システム。

チュビタク(TUB?TAK)とは、トルコ共和国の科学技術審議会で、ビリテン(B?LTEN )とは、その傘下の電子情報技術研究所で、1995年に設立された。トルコ共和国では、CLD(Criminal Laboratories Department)と呼ばれる犯罪科学研究所が未解決事件の発射痕の比較対照作業を行っているが、膨大な資料の比較を手作業で行うことが困難となってきていた。そこで、1997年にチュビタク・ビリテンとCLDは共同で発射痕画像検索システムの開発を開始した。そして、2次元の画像を比較するシステムを完成させ、バリスティカ(BALISTIKA)と名付け、CLDに納入された。

ところが、バリスティカの正答率は必ずしも高くなかったようだ。そこでチュビタク・ビリテンは、引き続きバリスティカの性能向上の研究を継続し、3次元画像の撮影とその検索システムを完成させた。

2003年9月22日から27日にわたって、トルコのイスタンブールで開催されたEAFS(ヨーロッパ法科学会議)では、その研究成果に関する発表を行うとともに、製品展示を行っていた。3次元機能を持たせることによって、既存のシステムより識別性能が格段に向上したという発表であった。当時IBISも3次元に対応していなかった。展示されていたバリスティカは、3次元の画像表示は行っていたが、実際の検索に3次元データーをどのように利用するかの話は具体的には出なかった。2次元では区別が付かない画像が3次元にすると区別できるのか、2次元では異なって見える画像が3次元では同一と結論できるのか、その辺の話はなかった。

以前から、発射痕や工具痕は、深さ方向の変動が大きいことから、2次元の位置を合わせるものであり、3次元形状を対応させようとすると、正答率は必ずしも向上しないことを持論としていたことから、担当者と激論となった。発射痕で3次元対応が取ることができるのは、せいぜい同一種類の実包を用いた場合だけであり、メーカーや材質の異なる実包の間では、もはや3次元形状は合わせられないはずである。しかし、発射痕の識別を実際に行ったことのない開発担当者とは、話が全く通じなかった。照明条件を一定にすれば、2次元画像の再現性は決して悪くない。再現性が不良なのは、その画像ではなく、発射痕そのものの方なのである。

バリスティカで最も特徴的であったのは、比較対照画面で、比較境界線がコンピューターディスプレイの対角線となっていたことだ。比較顕微鏡の比較境界線は垂直線であり、境界線を水平にする機能のある機種もあるが、対角線方向のものは目にしたことはない。境界線の長さを最大限長くするという目的であろうが、最終的には比較顕微鏡作業が残るところ、比較顕微鏡と大きく異なる操作環境は決して好ましいものではない。

今後も議論を深めようと分かれたが、その後しばらくバリスティカの噂を聞かない時期があった。チュビタク・ビリテンのウエッブサイトにも紹介が消えた。イスタンブール警察は2002年にIBISを導入した。ただ、2003年のEAFSで、担当者からIBISも投入した金額程の成果は上げていないと聞いた。

2008年になってバリスティカのその後が、Forensic Science International(175 (2008) 209-217に、開発者によって紹介されている。開発機関がチュビタク・ビリテン(TUB?TAK B?LTEN )からチュビタク・ウザイ(TUB?TAK UZAY)に移行したようである。チュビタク・ウザイとは、トルコ共和国の科学技術審議会傘下の宇宙技術研究所である。

「Three-dimensional surface reconstruction for cartridge case using photometric stereo」と題する論文によると、バリスティカが用いている3次元形状測定法は、複数の2次元画像から算出されているものであることが分かる。また、この論文では薬きょう底面の痕跡についてしか触れられていないことから、現在のバリスティカはIBIS同様薬きょうの痕跡識別に主力を注いでいるものと思われた。

研究の結果、最終的に得られた薬きょう底面の画像採取法は、リング状に並べられた8個の白熱電球を1灯ずつ点灯し、8枚の画像を撮影し、それらの画像の照度をもとに、被写体の3次元形状を最小二乗近似を行って推定する。白熱灯の照射角度は、法線方向と35度の角度が最良の結果であり、35度に定めたという。現在8コマの画像撮影に13.5秒要しているが、電球のオン、オフに時間がかかるため、時間が長くなっているという。オン・オフ時間の短い電球を使用すると撮影時間は短縮できるという。撮影後の画像から3次元画像の構成には、ペンティアム4の2.4GHzのPCで24秒以内だという。

これまでのバリスティカでは、3次元形状の高周波成分の再現性は良好であるのに、低周波成分の再現性がいま一つであったという。それは、照明が対象物の全面に対してフラットな強度とならないからだという。そこで、8灯の照明それぞれに対して、平坦な白色紙を照明した時の照度で較正することで低周波成分の再現性が向上したという。

今後チュビタク・ウザイでは、このバリスティカを用いて発射痕の3次元データーを用いた自動識別を行う計画だという。ただ、痕跡の低周波成分はワークの材質が変化すると変化しやすく、高周波成分は部分的に再現されるというのが工具痕の再現性の原則と考えられ、低周波成分の高精度計測にこだわった研究方針を取ると、同一メーカーの実包の間でのみ良い結果が得られるというあまり面白くない結論となりそうな気がする。


(20)エヴォファインダー     (Evofinder)
コンドルを開発していた技術者が2006年半ばにSBI社を離れ、発射痕鑑定システムのみを開発製造販売するScannBI Technology社を興し、そこで製造販売を開始した発射痕鑑定システム。コンドルの改良版である。エヴォファインダー(Evofinder)の名称は、証拠探知機(Evidence Finder)を意味した造語とのことである。

コンドルに改良を加えた点は、資料表面が暗色な部分でコントラストが得られるように、光学系を改良すると共に、光学系に埃防止対策を施したこと、ステップモーターの性能向上によるスキャン画像の改良、弾丸資料載物カセットの改良による、弾丸の位置決めの迅速化と精度の改善、薬きょう資料載物カセットの改良による撃針痕画像の改善、スキャニング手法の改良にる変形資料の画像の改善、画像採取時間の短縮、それに画像検索アルゴリズムの改良によって、特に撃針痕と閉塞壁痕の検索精度が向上したこと、西欧系の口径に対応させたことなどであるという。ただ、装置の外観や、画面のデザインはコンドルとほとんど見分けがつかない。


(21)アリス     (ALIS)
AFIS(Automated Fingerprint Identification System=指紋自動識別システム)の向こうを張って、Automated Landmark Identification System(旋丘痕自動識別システム)の頭文字をとってALISと名付けられた。

当初、HITAC 10というミニコン上で動作する線条痕の比較対照のコンピュータ・シミュレーションとしてスタートし、その後、NEC PC9810上のQuick BASIC、ウインドウズ上のVisual BASICで開発された。比較顕微鏡を観察して発射痕の比較対照を行う鑑定者の動作や行動をシミュレートすることから出発したもので、画像の相関計算は行わず、対応線条痕を数えることを主体としたシステムである。比較顕微鏡に搭載したCCDカメラの画像を処理するが、顕微鏡で観察しながら、比較に用いることができる部分を選択して入力する。機械的に撮影し、その後適切な場所を選択しているIBISなどとは、入口の部分から異なる。512段階のグレースケールを差分処理し、線条痕の谷の部分(画像で影となって暗くなっている部分を中心とした部分)を抽出する。照明は斜光線照明を用いた。位置と幅の情報を持ったバーコード状の縞模様と、特徴の大きさに相当する各線条痕の明度差の合計を算出し比較する。縞の幅と位置が一定の範囲内で対応しているものを「一致条痕」として計数した。位置をずらしながら比較し、最良一致場所を探す。明度差の大きな線条痕や、幅の広い線条痕のみの計数や、位置や幅の対応関係の限界値を変えて一致条痕を計数することもできた。弾丸周囲に数条ある旋丘痕のすべてで線条痕の対応状況を調べて、最良対応位相を探すといった、現在IBISが行っている評価と同等のものはすべて盛り込まれていた。

アリスは、連続一致線条痕(CMS)の計数も容易であり、ビアゾッティとの共同研究に用いられた。当時の研究成果として、パーセント一致が旋丘痕の見た目の類似性と関連していること、広い範囲で発射痕の再現性が良好でない場合は、CMSの基準が役に立つこと、照明条件をラフに設定しても、深さのある特徴的な条痕は対応させることができること、浅く、細かい条痕は照明条件の変動でバーコード様に変換される痕の位置変動が生じること、などであった。一方、線条痕の流れ方向に画像を加算することによって線条痕の凹凸(明暗)を強調し、雑音を除去する操作が、線条痕の機械的な解析をする際に最も重要で基本的な手法となることが明らかとなった。

鉛弾丸と銅被甲弾丸では、線条痕の性格が異なるが、それは鉛弾丸の方が丸みのあるマイルドな条痕で、銅被甲弾丸は鋭い条痕というだけでなく、鉛弾丸では弾丸の中間部付近から頭部付近に良い線条痕が残され、被甲弾丸では弾丸底部付近と頭部付近に良い線条痕が残されるという傾向も強い。このような異なった場所の線条痕も、線条痕の流れ方向に加算するとある程度対応させることができた。

深さのある線条痕は、発射を重ねても一般的に再現性が高いが、そのような線条痕は、照明方向を全く逆にしても対応させることが可能で、照明条件による画像変動は、逆に特徴痕跡を浮き出させる効果があることもわかった。ただ、斜光線照明画像と同軸落斜照明画像との間で対応線条痕を発見することが困難であることも分かり、ドラッグファイヤーとIBISのデーター統合が困難であることは、問題が生じる前から分かっていた。

熟練した発射痕鑑定者が、比較顕微鏡で即座に対応場所が分かるような資料では、ALISが結論を誤ることはなかった(結論は組み合わせ確率を用いて、そのような良好な対応関係が偶然に発生する確率で示していた)。ただ、熟練した鑑定者が比較顕微鏡の前で何時間も観察した後でないと結論が出せないような資料では、その時間に比例するように結果は思わしくなくなった。結局、資料間の類似性の大小は、線条痕の対応本数に表れているということである。

計算は、512段階のグレースケールの整数型演算のみで、極めて高速であった。画像採取時に、長方形ウインドウで囲んだ部分を加算処理するため、そのウインドウの選択に関して、発射痕の鑑定経験による技量差が生じる可能性はあった。変形弾丸であっても、比較顕微鏡で比較写真が撮れる状態であれば、データ採取が可能で、反り返った被甲の表面であっても、顕微鏡写真が撮影出来れば比較対照データとすることができた。

アリスは、発射痕の鑑定を行う際に鑑定者が何を考え、どのような点を重視して異同識別の結論を導くのかについて、鑑定者の考えを取り入れながら識別精度を向上させていった。その過程で多くのことを学ぶことができた。

旋丘痕には左右のエッジ(端部)がある。端部から端部までの幅を旋丘痕幅というが、旋丘痕幅が同一で、左右の端部をピタリと合わせたときに、その間の線条痕に良好な対応関係が認められる場合は、強い結論を導くことができる。比較している二つの痕跡の相対位置を移動させながら比較し、線条痕のパーセント一致、連続一致等の指標を調べると、このような場合では、エッジが合ったときに、これらの指標が鋭いピークを示す。ただ、場合によっては、エッジ位置が若干ずれた場所で、これらの指標がピークを示すこともあり、その場合はエッジ形状が乱れていることもあるし、偽一致の場合もある。

移動比較した場合に現れる指標のピークが、鋭い単峰性であり、各種の指標が同一の場所でピークを示すのが最良の一致状態である。部分的に良い場所があるが、他の部分に損傷部位がある場合などでは、パーセント一致と連続一致のピーク場所が異なることがあり、評価点が下げられた。

表面損傷のある場合には単峰性のピークではなく、周期的にピークが現れることもある。このような周期的なピークは、加工工具痕に周期性のある場合にも現れ、表面に伸縮のある変形が生じている場合にも見られた。細かい条痕を、よく合わせることができれば、指標に鋭いピークが現れる。ところが、細かい条痕は、弾丸の固定状態、照明の変化によって生じる画像変動の影響を受けやすいため、細かい条痕をカットして、深い条痕や太い条痕のみで比較した方が良い結論が得られる場合があった。このような特徴条痕は、照明条件をラフに設定しても合わせることは容易であった。このことは、画像による比較でも、3次元形状を考慮した比較が可能なことを示している。一方で、細かい条痕は、照明条件や弾丸の固定条件の変動だけでなく、弾丸発射による変動も大きいことから、3次元形状測定を行ったからといって、解決できる問題とも思えなかった。

細かい線条痕が連続して一致した場合には、CMSの長い連が出現することから、同一銃由来痕跡との強い結論が得られる。ところが、一連の細かい線条痕の途中の条痕の形状変化によって連は途切れやすく、長い連を機械的に得ることは、痕跡の見た目の感じとは異なって難しかった。この点にCMSの限界があり、パーセント一致は細かい線条痕の変動に対して、かえってロバスト(頑丈、ゆらがない)であった。

結局、これらの指標による識別は、隔靴掻痒の感があり、見た目が大きく異なる痕跡も、かなり類似している痕跡も同じ方法で識別することには違和感を持った。画像を目でチェックする手っ取り早さに及ばない手法であった。痕跡の見た目の印象が大きく異なるものは、比較の要がないのだが、そのような見た目の相違を簡単に表す指標を見つけることは出来なかった。線条痕の本数や間隔といったものは、画像情報から絶対的な指標を得ることは難しいが、目で見ては簡単に登録できる情報と考えられた。


(22)ビリ・システム     (BIRI System)
科学警察研究所が開発し、現在使用している発射痕画像検索システム。Ballistic Image Retrieval and Identification Systemの頭文字をとってBIRIシステムと名付けたが、その名称には、この種システムとしては、先進各国の中で最後になった自戒を込めた含意がある。

日本では、未解決事件の発射弾丸と打ち殻薬きょうは、すべて科学警察研究所に送付する定めがあるため、痕跡の実物比較を行おうと思えばいつでもできる環境にある。そのため、コンピュータディスプレイ上での痕跡比較機能を充実させる必要はない。広域ネットワーク機能も必要としない。保管資料を取り出して、実物比較を行う必要があるのか否かの決定を、画像資料を用いて的確に行うことができれば目的は達成される。

現場資料は、資料保管場所から取り出せば、それだけ試料表面の劣化が生じるし、資料の紛失、取り違え、落下等のあってはならないミスが発生する可能性が生じる。実物資料に触れずに、結論の見通しを立て、さらに詳しく比較する必要性を認めれば、最後の段階で比較顕微鏡を用いた比較写真を撮影し、それを鑑定書に貼付すれば完了とさせることが理想である。BIRIシステムは、実際そのような手続きで何件もの事件の処理に活躍してきたし、資料が裁判所に渡った後に、別事件との間での対照を画像で行って別件を追加したこともかなりある。

ビリシステムは、比較顕微鏡あるいはマクロ顕微鏡で撮影した痕跡画像と、その痕跡の特徴所見を記述したテキストファイルや、その他の情報を用いて、実物チェックを行うべき資料を的確に選択できることを目標に開発した。

ビリ・システムの目指した所は、痕跡鑑定を専門としている者が利用しやすいツールである。鑑定をしていて、見たいと思った痕跡が的確に検索され、すぐに確認できるようなシステムである。たとえば、中央に太い条痕が1本ある旋丘痕は?エッジ付近に2本の太い条痕が並んで付いている旋丘痕は?といった具合に条件を指定して、思い通りの痕跡を探し出して表示してくれればありがたい。

IBISは初心者でも扱い易く、経験が乏しくても経験者と同じ結果が出ることを売りとしている。そのため、徹底した自動化を推進したシステムとなっている。IBISは画像の相関計算により、ターゲット痕跡と相関の高い痕跡画像を順に選び出すが、そこに鑑定者が重視したい痕跡を指定できない。

この種の検索システムの開発が開始された時期は、大量の画像データをそのまま保管することは考えられない時代であった。そこで、画像から抽出した数値化された特徴データを用いて検索する方法が主流となった。ところが、損傷痕と重要痕跡が入り混じっているような工具痕の鑑定では、機械的に特徴痕を抽出する作業が成功する確率は低い。経験のある鑑定者がメモした特徴記述の方が役に立つことが多い。

その後の記憶装置の低廉化により、画像データーをそのまま保管し、表示することはごく普通のこととなった。その一方で、変形損傷の大きな資料の撮影技術や痕跡解析技術は進んでいない。変形弾丸は手作業で撮影することになるし、重要痕跡は人間が探した方が手っ取り早い。記述した特徴に基づく検索結果を見て気に入らないときは、特徴痕の記述に手を加えることによって、それ以降の検索結果の改善を図ることも可能となる。痕跡鑑定を専門とする者のツールとしては、このような細かい改善が逐一行えることは、使い心地の向上の上では大切である。違和感のある痕跡がいつも上位に来るが、検索エンジンを入れ替えないと修正できないというのでは、システムを使い続ける意欲が失われる。

データベースに用いる画像も、そのためだけに撮影するのでは負担感が否めない。鑑定書を作成する過程で撮影した画像をデータベースに入れることにすれば、増加する作業量はほとんど問題とならなくなる。発砲事件が発生し、その現場から採取された現場弾丸類の鑑定を行い、鑑定書を作成する過程で撮影した画像を検索するシステムであれば、それまでの作業量を極端に増加させることなくデータベース構築が可能である。また、鑑定書に記述した痕跡特徴を、そのままデーターとして入力して、それを用いて検索するシステムにしておけば、鑑定時にその後の検索に役立つ記述をしようとの努力も行われるようになるだろう。

2002年に鑑定書に使用する写真をデジタル化するにのに合わせ、以上のコンセプトに基づく発射痕画像データベースを構築し、それにつけた名称がビリシステムである。

発射痕画像データーベースは、多くの画像データが蓄積されていなければ意味がない。新たなシステムを作成した場合、旧システムからのデータ移行が問題となる。アリスは、旋丘痕の画像を512個の512階調の整数データーに変換したものをハードディスクに、生画像をアナログ光ディスクに保管していた。薬きょうの発射痕については、照明方向を固定した斜光線照明を当てて、薬きょうを30度ごとに回転させながら撮影した12枚の画像をアナログ光ディスクに保管していた。これらのアナログ画像をデジタルに変換することも考慮したが、すべての資料を新システムと同一条件で撮影し直すことに決めた。旧来のデータを撮影しなおす手間は相当なもので、一朝一夕にできないことから、その間は旧システムとの混在運用をするしかなかった。

薬きょうの画像データーは、同一フレームを同軸落斜照明、90度方向が異なる2種類の斜光線照明の合計3種類の照明を用いて撮影することを原則とした。薬きょう底面全体、雷管面、撃針痕、蹴子痕、抽筒子痕の各部分を、倍率を変えながら撮影する作業を行い、半年以内でデーターの移行は完了した。弾丸に関しては、連日の長時間作業にも関わらず、更に長期間を要することになった。

(23)ルシア バルスキャン システム     (LUCIA BalScan System)
チェコ共和国のプラハ市にあるラボラトリー・イメージング社(Laoratory Imaging, s.r.o.)が開発した発射痕鑑定システムである。同社は、2003年ころから、5年以上にわたって開発を継続し、発射痕鑑定者の意見を参考にして改良を重ねてきた。大容量の記憶装置が廉価で入手できるようになったことから、異なる照明条件で撮影した発射弾丸と打ち殻薬きょう資料の痕跡画像を、一つのファイルに統合され、それらの画像を見ると、資料を顕微鏡で実際に観察しているような感覚が得られるという。

リング状に配置したLED照明と2MピクセルのCCDカメラ、弾丸を回転させるホルダーと薬きょうホルダーなどから構成されている。これらが卓上型のケースに収められている。

5軸の移動とスキャンの機能がある。5軸の内容は、資料の回転、資料とカメラとの距離(焦点調節)、照明装置と資料との距離(Z)照明装置のX、Y方向の移動である。

リング状に配置されたLED照明は、点灯するLEDをパソコンで制御し、その設定は撮影された画像のデーターとして保存され、その照明条件がいつでも再現可能である。

撮影レンズには、測定に適した高品質のテレセントリック・レンズが使用されている。

ライブ観察モードでは、照明を変化させて得られる画像がパソコンのディスプレイに表示される。パソコン画面の半分をライブ画像として、残りの半分に保存されている資料画像を表示して、比較顕微鏡操作と同様の作業を行うことができる。

撮影した画像には、ライブ観察モードで鑑定者が注目した痕跡や特徴に、矢印や言葉によって注釈を加えることが可能で、それを画像とともに保存することができる。

弾丸を回転させながら撮影される展開写真は、1周約3分で撮影できる。照明光とは独立したレーザー光を用いた自動焦点機構を採用したことから、変形弾丸でも全周で合焦画像が得られる。画像の容量は、口径9mmルガーの弾丸を、1種類の照明でモノクロ撮影した場合で7MBである。

薬きょう底面の痕跡画像の撮影は、撃針痕を含め、すべての部分の合焦画像を2分かけて撮影する。撮影画像は平面画像表示と、撃針痕部分の立体画像表示の双方が可能である。撮影可能範囲は50mmx50mmあることから、散弾実包の薬きょうを含め、すべての小火器の薬きょう底面をカバーできる。照明装置を駆使して得られる照明条件は無限ともいえるが、画像の容量は、口径9mmルガーの薬きょう底面を、1種類の照明でモノクロ撮影した場合で2MBである。

ディスプレイ上での比較機能は、薬きょうでは、あらかじめ選択した9個の薬きょう画像を画面下にリボン状に並べておいて、その中の一つを選択し、ライブ画像と比較するというのが基本となる。弾丸では6個の弾丸の展開写真をあらかじめ選択して、画面下に並べておいて、その中から一つを選択し、ターゲットの展開写真との比較を行う。

画面上の比較境界線は移動や回転が可能で、薬きょうの画像は自由に移動や回転ができる。弾丸の画像は、弾丸の回転に相当する画像の上下の移動ができる。一方の画像を拡大縮小、移動、回転あるいはさせると、他方の画像もそれに合わせて拡大縮小、移動、回転させることができる。

注目したい部分を拡表示する虫眼鏡機能がある。

各種の弾丸と薬きょう用のホルダーが付属しており、薬きょうは散弾銃用の大型のものに対応している。

円筒形でない資料、たとえばシリンダー錠の側面の撮影も可能である。大きく変形した弾丸、破片化した弾丸の画像採取も可能という。

撮影は、パソコンのメニュー、ツールバーとジョイスティックで制御できる。

バルスキャン・システムは1台のパソコンで、弾丸と薬きょうの発射痕画像の撮影、撮影画像の加工、撮影画像を用いた発射痕データベースの検索並びにデーターベースの編集作業を行うことができる。このような機能を持ったパソコンをアクティブ・ワークステーションという。

アクティブ・ワークステーションは、撮影画像とそれに伴うデーターをオラクル・データーベース・サーバーに送ることで、大規模なデーター検索に対応できる。

一方、画像撮影機能はないが、データー・サーバーには画像検索だけを行うパソコンを接続できる。このようなパソコンをパッシブ・ワークステーションという。パッシブ・ワークステーションは、データーベースの編集、検索、ディスプレイ上での画像比較を行うことができる。

画像検索は、事件番号、事件の発生年月日、事件名などで絞り込むことができる。画像採取時に書き込んだ、口径、腔旋痕諸元などのメタデーターによる絞り込みも可能である。発射痕の専門家が特徴痕の位置を登録している場合には、その情報を用いた検索も可能である。検索結果は、一致確率とともに表示される。テキストデーターのみによる絞り込みは自動的に行わせることが可能で、その検索結果は一致確率の高い順に表示される。ヒットリストに示された資料のは発射痕画像は、ディスプレイ上で容易に比較対照可能である。

ラボラトリー・イメージング社が開発したルシア バルスキャン システムは、現在スイスの光学機器総合メーカーのプロジェクティーナ社が小型化し、製品リストに加えている。

(24)エイリアス   (ALIAS)
バルバドスに本拠を置くピラミダル・テクノロジー(Pyramidal Technolgies)社の打ち殻薬きょう痕跡識別システム。

エイリアスには、「別名」、「仮名」、「偽名」などの意味があるが、このエイリアス(ALIAS)は、先進弾道解析システム(Advanced balLIstics Analysis System)からとった文字を続けて名づけられた。

ピラミダル・テクノロジー社を起こしたマイケル・バレット(Michael R. Barret)は、カナダのフォレンシック・テクノロジー社でブレット・プルーフの開発に携わった。ロマン・バルドゥール(Roman Baldur)教授のアイデアを実現する上で、発射痕鑑定者の視点からソフト開発や実際の資料から採取したデータを用いた技術検証などを行った。ブレット・プルーフとブラス・キャッチャーがIBISとして完成したころ、彼はフォレンシック・テクノロジー社を離れた。これからという時期の突然の退社に、当時驚いたものだが、家族の健康上の問題から、冬の寒さの厳しいモントリオールから、温暖な気候のバルバドスに転地するとのことだった。

その彼が15年間の沈黙を破り、2年間の開発期間をおいて発表したのがエイリアスだ。古くからのシステムが過去の技術遺産を引きずっているのに対し、最新の技術で一新したシステムを構築し、法執行機関に低価格で提供するというのが開発動機だという。

打ち殻薬きょうのみのシステムで、データはレーザー干渉計で採取したものを用いる。上下方向の解像度は2ミクロンだという。計算処理はアップルのスノー・レパードOS処理系で、ネットワークはアップルでユニックス系の処理を行うという。

基本的アイデアは、大まかな3次元形状を色分け表示し、細かい線条痕をその中に表示するというもの。識別の基本はパーセント一致だといい、類似性の高いものから順に100候補のリストが作成され、そのリストを元に鑑定者が最終的な結論を導く。色分け表示は、鑑定者の好みで区切りを変えることができる。

痕跡画像(Imaging)、相関(Correlation)、結果の確認(Confirmation)の3ステップを単純作業化することで、迅速な技術習得と、誤鑑定の低減を実現したシステムだという。


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