発射痕検索システムに関する往年の議論


 現在でも発射痕跡の鑑定作業は比較顕微鏡を用いた比較作業が主体となっているが、画像処理装置などが存在しなかった今から50年も前から、その作業を手作業から機械化することが議論されてきた。発射痕の鑑定分野で偉大な業績を残した人物によるそれらの議論の中には、今でも色あせずに示唆に富む論点が多々ある。

 ハッチャー(Julian S. Hatcher)は、軍用銃器の設計、製造、弾薬の製造管理などで偉大な業績を上げるとともに、発射痕鑑定でも類まれな業績を残した偉人である。そのハッチャーが、すべての銃器の発射痕を登録し、発砲事件が発生した際に現場弾丸類を発射した銃器を登録弾丸類と比較検索する発射痕検索システムに対する否定的見解を、アメリカン・ライフルマン誌の1955年8月号(P.10)で述べている。発射痕鑑定に情熱をささげたハッチャーの議論は、今読んでも新鮮である。

 アメリカン・ライフルマン誌は、銃器の登録制度に反対するNRA(National Rifle Association)の会報という側面もあるが、ハッチャーがNRAにとって有利な主張だけを述べたものとは思われない。

 その論点は、
1.発射痕鑑定は、経験を積んだ鑑定者が比較顕微鏡を用いた比較作業を行ってはじめて結論が導ける性質のものである。

2.発射痕(ここでは弾丸の発射痕について議論している)を分類する有効な手段は、腔旋の条数と回転方向ぐらいしか存在せず、細かい条痕の分類手法は存在しない。

3.多くの回転弾倉式拳銃は、5条か6条の腔旋であり、1条の旋丘痕を隅々まで比較し、次にどちらかの弾丸を回転させて次の旋丘痕を比較するという根気のいる作業を時間をかけて行った末に結論が導かれる。

4.指紋の検索では、細かい分類法が確立されており、多くの対象指紋の中からパンチカードを用いて即座に、少数の可能性の高いものに絞り込むことが可能である。一方発射弾丸の鑑定では、口径、腔旋条数、腔旋の回転方向が同等であれば、すべての資料に対して同等の手間をかけて細かい痕跡の確認作業を行うという気の遠くなる作業が要求される。

5.弾丸に残される発射痕は、弾丸発射ごとに変化するので、試射弾丸を登録してから発砲事件が発生するまでの期間が長く、その間に多数の弾丸が発射されている場合には、発射痕跡が大きく変化してしまうので、現場弾丸と試射弾丸との結びつきを結論できる見込みはほとんどない。

6.腔旋諸元が同等で、最も生産量の多いS&W回転弾倉式拳銃の発射痕の鑑定を行うとすると、S&W社が1日に製造する拳銃の発射痕をすべて鑑定するのに25日かかってしまう。そして、S&W社が1年に製造する回転弾倉式拳銃の発射痕をすべて調べるには25年という途方もない日数が必要となる。

7.誰がそのような鑑定機関を運営するのか?予算はどこが請求するのか?解決すべき犯罪にどのような優先順位をつけるのか?銃器メーカーに試射弾丸類採取を義務付ける法制度をどこが作るのか?という問題もあるが、発射痕跡に特有の問題点と比較すれば、これは大きな問題ではない。

つまるところハッチャーの議論は、発射痕鑑定は不特定多数の発射弾丸との間で異同識別の結論を導くこと(Identiification)は困難な技術であり、特定の資料の間で対応痕跡を確認する(Verification)技術であることを述べている。

 アメリカン・ライフルマン誌は、まだ計算機が身近ではなかった時期に、将来開発されるかもしれない発射痕検索システムの当否に関する議論を行った記事がある(1968年10月号PP.37-42.)。この議論は、40年経過した今になっても示唆に富んでいる。この記事で意見を述べているのは、John L. Boyd、Edward H. Crowthers、Andrew B. Hart、Russsell M. Wilhelm、John G. Sojatの各氏である。1968年10月というと、AFTE(Association of Firearm and Tool Mark Examiners) が組織される前夜といった時期であり、その経歴紹介には、NRAAmerican Academy of Forensic Scienceでの活動に関する紹介はあるが、AFTEに関する記述は当然ない。ただし、これらの方々の中には1969年2月26日のAFTE設立総会に参加した方もいれば、その後AFTEの会員として活動された方々が大半である。現在読み返しても問題の本質を的確に指摘している議論であることから、それぞれの意見を紹介する。Sojat氏は個別の質問に答えずに自分の意見を表明しているので、個別の質問に答えた4氏の回答を、名前の頭文字に続いて示す。


発射痕登録システムは犯罪捜査に有効であるか?

B.有効でない。弾丸に残される発射痕は、銃器の通常の取り扱い、すなわち弾丸の発射、銃器の手入れ、銃腔摩耗や不適切な取り扱いによって大きく変化する。特に古い銃器の発射痕は1発ごとの変動がきわめて大きい。すべての銃器から試射弾丸類を採取するコストが莫大過ぎることから、これは行うべきでない。現在利用できる技術では、このシステム実現に要する時間、資金、人員のすべての点から導入すべきではなく、導入したとしても効果は上がらない。

C.弾丸の発射痕を分類する有効な手段は、腔旋痕の条数と回転方向、旋丘痕幅程度である。たとえ、細かい痕跡の分類法が存在したとしても、発射痕の変動が大きいことから、そのような分類が有効に機能する見通しは少ない。発射痕は発射ごとに変動するが、発射痕鑑定の結論の根拠の95%は、このような変動しやすい痕跡(Accidental characteristics)に基づいているものと考える。

H.発射痕の検索システムは十分機能するだろう。ただし、試射弾丸類の採取を銃器メーカーに任せてはいけない。政府機関が、しっかりとした基準の下に試射を行うべきで、腔旋銃のみならず散弾銃についても行うべきである。発射痕の細かい分類は可能で、それにはスキャナーとコンピューターが必要である。すでに部分的には実現しているものの、資金不足から中断している状態である。このようなシステムの効用について宣伝・啓蒙することが必要で、銃器が常に見張られていることを知らせるだけで、それが犯罪に使用されるのを抑止する効果も期待できる。自動式銃器の打ち殻薬きょうの痕跡登録は、犯罪捜査に大きな効果を上げるものと期待できる。

W.1955年のハッチャーの主張は現在でも当を得たものである。発射痕が次第に変化するものであることから登録情報は時間の経過とともに、痕跡を合わせることのできないものとなってしまう。ただ、発射痕登録システムについて個人的には興味を持っている。バルティモア市警察研究所で最近の発砲事件資料を対象とした小規模のシステムを作成したが、比較対象の絞り込みには役立った。腔旋痕諸元を用いた絞り込みだけでも、有効性はある。ただ、腔旋痕諸元が同等の銃器が内外に数多く存在するため、範囲を広げると比較顕微鏡作業が膨大となろう。


発射痕登録システムを導入した場合(法律で発射痕の登録とその対照を義務付けた場合)、その運用にどの程度の人員と資材が必要となるであろうか?

B.私は15年間一人で、ノースキャロライナ州犯罪捜査研究所の発射痕鑑定をフルタイムでこなしてきた。その後の数年は、二人のフルタイム鑑定者によってその業務は行われている。アメリカ国内のすべての銃器の発射痕を対象とするのであれば、その数が膨大なことから数千人の鑑定者が必要となるであろう。

C.州のレベルで行ったとしても大変な業務量となろう。ペンシルベニア州では90万丁の狩猟用の銃器の登録があり、その試射を1日66丁ずつ行ったとしても、すべて試射弾丸の採取を一人行うと、1年365日働いても40年掛かる。その上顕微鏡作業を行わなければならないので、途方もない人員を必要とするであろう。

H.現在すでに発射痕鑑定分野では人員不足の状態で、3倍程度の人員増が必要な状態にある。発射痕登録システムが導入されるならば、発射痕の効率的な分類手法が課発されたとしても、現在の10倍の人員が必要となるであろう。この新たな人員の教育が大問題で、発射痕の鑑定を的確にこなす鑑定人の養成には2~5年年かかるというのが今までの経験である。発射痕をスキャンし、その画像を計算機で処理するシステムの開発には数百万ドルを必要とするだろう。

W.鑑定人の養成に2年を必要とする上、養成された鑑定人が状態の良好な現場弾丸と試射弾丸1組の鑑定を行った場合でも、その鑑定に30分程度必要とする。人気のあるメーカーの口径0.22インチのライフル銃は間5,000丁製造されることから、一人の鑑定人は3時間顕微鏡作業に集中しても、処理できる件数は6丁で、3人の鑑定人が3時間で交替勤務を行って1日で処理できる件数は18丁である。5,000丁分処理するには278日を必要とする。その他のメーカーのライフル銃であっても腔旋諸元が同等ならば比較対照する必要がある。また、比較顕微鏡は1台4,000ドル(144万円)であり、人員を増やせばその分の比較顕微鏡を準備することになり、経費も相当額に上る。


発射痕を指紋のように分類できる可能性があるか?

B.腔旋痕諸元(口径、腔旋条数、腔旋の回転方向、旋丘痕幅、旋底痕幅)以外に有効な分類手段はない。たとえ線条痕による分類手法を開発したとしても、線条痕は発射ごとに、あるいは銃腔の手入れや銃腔の損傷により変動してしまうので、同一銃器の分類結果が変動してしまい役に立たない。

C.有効な分類手段は腔旋痕諸元のみであるが、それによって現場弾丸の発射銃器の推定が可能である。しかし、これでは発射銃器の確定はできない。個別の銃器固有の痕跡(accidental characteristics)を分類するシステムは現存しない。現在のコンピュータ技術を用いれば、弾丸表面の線条痕を1,000本は記録可能で、その比較対照も可能であろうが、痕跡変化の問題から、そのデータの直接比較では有効な結論は導けないであろう。

H.そのような分類法は現存しないが、部分的には実現されている。

W.弾丸の断面形状をスキャンするシステムが開発中である。このシステムの実用化を望んでいるが、発射痕鑑定の最終結論は鑑定者が比較顕微鏡を用いて導く必要がある点は変わらない。


発射痕を指紋のように鑑定できるようにする方法はあるか?

B.発射痕の異同識別が指紋と同程度の正確性を持って行われるようになるとは思うが、痕跡分類に関しては、腔旋痕諸元以上の有効な分類法は現れないだろう。線条痕の分類手法は、いまだ提案すらされてないと認識している。

C.発射痕に関して異なる鑑定者の間で共有できる情報は、口径、腔旋条数、腔旋の回転方向のみである。旋丘痕幅ですら精度の高い測定が困難で、2名の鑑定者の間で測定値が一致しない。研究所内ではどうにか測定値を共有できるが、別の研究所の測定値を利用することはできない。

H.現在そのような分類法は存在しないが、将来そのような分類法ができる可能性はある。ただ、その分類が有効であるのは一定期間の間に限られる。なぜなら、弾丸の発射痕は次第に変化してしまうからだ。ただ、薬きょうの発射痕の変化は緩やかであることから、このような分類手法が薬きょうに対しては有効であろう。

W.腔旋痕諸元がそれに当たる。すなわち、口径、腔旋痕条数、腔旋痕回転方向、旋丘痕幅、旋底痕幅、それに腔旋痕角の概略値による分類が利用できる。しかし、発射痕の異同識別の決め手としている細かい線条痕は指紋のように分類はできない。指紋は、訓練された鑑定者が共通の基準で分類し、カードに登録できる分類法が存在するが、線条痕にそのような分類法が考えられないからである。


発射痕の分類法がない状態で発射痕登録システムを構築した場合の有効性は?

B.限定した規模でないと機能しないであろう。10年前にハッチャーは、右回転5条の1個の現場弾丸と、1年間に製造される口径0.38インチのS&W・ミリタリー&ポリス回転弾倉式拳銃の試射弾丸すべてを比較対照するとなると、経験を積んだ発射痕鑑定者でもその処理に25年掛かると指摘している。世の中には多数の銃器メーカーが多種類の口径で多種類のモデルの銃器を製造しており、それらすべての比較には途方もない時間が必要であろう。

C.痕跡が次第に変化する発射痕を扱う有効なファイリングシステムが存在するとは思わない。個人的経験では、1000個の弾丸との間の比較作業には1年掛かる。どのような口径であっても、特定の銃種の銃の数は少なくともこの100倍は存在する(すべての対照に少なくとも100年掛かる)。

H.絶対機能しない。

W.痕跡の分類法が存在しない現状では、鑑定者の人数をそろえるほかない。痕跡変化も大問題である。かって弾丸の展開写真を撮影し、研究所間で写真を共有することが試みられた。しかし、弾丸が少しでも変形していると展開写真の焦点が合わなくなるという問題があり、同じ装置で新たな写真を撮影できない研究所はその写真を持っている意義が見出せないことから、この方法はすたれてしまった。最近は表面形状測定器によるデータの相互利用が提案されているが、そのデータ共有を考える前に、そのデータを用いた鑑定法が一般に受け入れられるのかどうかをまず検討する必要があるだろう。


現在の鑑定技術で、鑑定者が通常の勤務体制でこなせる鑑定量はどの程度か?

B.能力のある鑑定人は、1日に6件から8件の発射痕鑑定を処理できる。その作業とは、試射弾丸の採取、比較顕微鏡による発射痕鑑定(現場弾丸と試射弾丸をセット、比較鑑定、現場弾丸を戻す)を、すべて適切に処理することである。

C.弾丸の変形が少ない場合には(これは、稀な事例となるが)、1日に5件は処理できる。

H.それは弾丸に残されている発射痕の状態に大きく依存する。痕跡の状態によって1日に処理できる量は変化し、それは1件から6件の間となるだろう。

W.この種の質問は作業量分析家が好むもので、これには反感を感じる。個人的経験では、1分で結論が得られた場合もあれば、結論を得るまでに3週間かかったこともある。必要とする時間は、痕跡の状態に大きく依存するからだ。

<コメント>
上記のうちWolhelm氏の回答は、この仕事を始めた頃の周囲の諸先輩の意見と同じである。このような作業に必要な時間の推定が困難であると主張されると、業務の管理が難しくなる。ここで各氏が主張している作業時間には、比較写真を撮影して、その写真を添付した詳細な鑑定書を作成する時間は含まれていない。現在では、公判に耐えうるそれなりの鑑定書の作成が要求されることから、必要時間はさらに増大する。一方で、Boyd氏が作業時間に加えている「試射弾丸の採取」は、他の者が行うことが多くなっている。

上記の各氏の主張は、1丁の銃器の試射弾丸と1件の現場弾丸との比較時間であり、1件の現場弾丸を多数の試射弾丸と比較して、その中のどの銃器が犯行銃器であるかを決めるといった種類の鑑定ではない。その場合は、ハッチャーの古い議論のように、対象とする銃器の丁数が多い場合には、途方もない時間を必要とすることになる。比較顕微鏡で、結論が得られるまで3週間もかかるような観察を、多くの試射弾丸について繰り返すことは現実的ではない。

ところで、3週間もの間、何に悩んで結論が得られなかったのかについて合理的な説明ができるのであろうか?比較対照している痕跡以外の事前情報がない限り、そのような長い時間悩む理由は考えられないであろう。「これは容疑銃だから、どこかに対応する痕跡があるはずだ。」として、どうしても見つけてやろうと長時間探し回ったというのが実態であろう。すなわち、合わせにくい痕跡を合わせるために時間を費やしたのだろう。状態の悪い弾丸で時間がかかる理由もそこにある。

弾丸の円筒部分が骨やその他の組織を通過する際に相当量の変形をこうむった場合に、鑑定作業はかなり影響を受けるのか?

B.影響を受ける。変形弾丸や弾丸破片でも、通常は鑑定可能である。しかしその作業には時間が必要で、狭い範囲の痕跡から結論を導く必要があるため、顕微鏡の倍率を上げた観察が必要となる。

C.鑑定作業に大きな影響を与える。鑑定者はそれまでの経験を通じて、骨などによって残された痕跡と銃腔によって付けられた痕跡を識別した上で結論を導く。

H.影響を受ける。受ける影響の程度は、弾丸の重要な部分が受けた変形と損傷の程度に依存する。

W.変形損傷によって鑑定作業は影響を受ける。それによって、より細心の注意を払って鑑定を行う必要が生じる。

<コメント>
経験の豊富な各氏も、この質問には簡略に応えている。変形損傷弾丸で鑑定に時間がかかってしまうことの理由に、注意深く観察する必要があるからと思ったことはあまりない。それよりも、変形弾丸を取り扱う物理的な時間がかなり必要となる障害が大きいと思う。変形弾丸や破片化した被甲片は、IBISの弾丸ホルダーにセットすることはできない。比較顕微鏡のホルダーを回転させると、変形弾丸はホルダーから落下することがある。比較顕微鏡で普段の照明方法を用いると、変形部分の影となって腔旋痕部分が観察できないことも多い。比較写真を撮影する際に、変形していない弾丸と変形弾丸の照明のバランスを調節することが難しい。これらの問題点を克服するために、変形状態に合わせて、装置の設定を変更する必要が生じ、これにかなりの時間を消費する。また、痕跡の観察作業が調整の度に中断することから、異同識別の結論をまとめるのにも時間がかかる。

想像力(推理力)を働かせる必要があることと、その推理に自信を持てるようになるまでにも時間が必要なことがある。破片化した被甲片が、もとは何個の弾丸の破片で、それらがどのように結合していたかを推理することは、この種の資料の鑑定には必須の作業である。その推理は、痕跡の比較作業をしながら修正し、修正したものでさらに痕跡の対照を行い、最終的な結論を導くという作業を行う。

単に細心の注意というだけではなく、作業時間が長くなる具体的な要因はこのようなものなのである。それでは、比較の対象が固定していない不特定多数の発射弾丸との間で痕跡比較をする鑑定システムではどうなのであろうか?一旦データーを取り込んでしまったなら、その後の作業は変形弾丸も非変形弾丸も同じであろう。変形弾丸の鑑定を手作業で行った場合に時間を必要とする作業の大半は、良好な画像データーの採取の部分だと思う。一旦画像データーを採取した後は、非変形弾丸と同じ判断基準で処理すればよいのではなかろうか?作業時間を考えると、痕跡データーベース作成の効果は変形弾丸でこそ発揮されると思われる。

腔旋痕の鑑定で損傷痕を比較対照痕跡から除外する作業は、条痕の方向のみの考慮で多くの場合解決できるであろう。


銃器の通常の使用や手入れによって生じる発射痕の変化によって、現場弾丸と登録弾丸との間の発射痕跡鑑定をどの程度困難にするのか?

B.銃器の通常の使用、手入れ、あるいは適切な手入れを行わないことによって銃腔の状態は大きく変化し、現場弾丸と登録試射弾丸の発射痕との間で十分な対応条痕が見られなくなる。この痕跡変化は、銃器の発射状況、手入れの状況、適切な手入れをしなかった状況に依存する。適切な手入れをしてこなかった古い銃器では、研究所で試射した複数の弾丸との間で、発射痕跡の対応を取ることが難しい、あるいは不可能なことがある。

C.困難にする。これは発射痕の鑑定の決め手となる細かい線条痕(accidental characteristics)が変化してしまうからである。

H.誕生から死亡までの間実質的には変化しない指紋と異なり、銃腔の状態は常に変化する。したがって、製造時の登録弾丸と、その後の発射弾丸との間で痕跡を合わせられなくなる時点がいつかは訪れる。

W.発射痕の変化は生じるが、それは被疑者にとって有利な結論を導く。私は自分の口径0.38インチコルトOP回転弾倉式拳銃を数千発発射した後でも発射痕跡を合わせることができた。この経験から、通常の発射行為より不適切な使用が発射痕を変化させる要因となると考えている。


被甲弾丸と鉛弾丸との間では発射痕の異同識別が困難であるのか?そうであれば、その要因は何か?

B.被甲弾丸の表面は鉛弾丸より固いため、同一の腔旋銃から発射されたとしても、被甲弾丸と鉛弾丸の痕跡はかなり異なる。鉛弾丸には、それより硬い被甲弾丸と比べて細かい線条痕が多く残される。

C.被甲弾丸には鉛弾より多くの細かい条痕(accidental striae)が残される。それは被甲弾丸の表面が硬いことから、一旦付けられた線条痕がぬぐわれて消されてしまうことが少ないからと考えられる。

H.鉛あるいは鉛合金の弾丸は、銅や軟鋼の弾丸より可塑性が高いので、腔旋のすきまを埋め尽くしやすい。発射痕の鑑定の結論を導く上で重要な痕跡は旋丘によって付けられる痕跡なのだが、被甲弾丸の発射痕鑑定の方が鉛弾丸の発射痕鑑定よりかなり難しい。その理由は被甲弾丸では旋底痕部分が銃腔の旋底を十分埋め尽くさないからである。

W.発射痕鑑定に際しては、できる限り同一メーカーの同種の弾丸が用いられた実包で、それも同時期に製造された実包で試射弾丸を採取すべきである。被甲弾丸と鉛弾丸では、表面固さの相違から、その発射痕跡はしばしば変化し、発射痕鑑定を困難にし、場合によっては正しい結論が得られなくなる。

<コメント>
鉛弾丸と被甲弾丸の発射痕跡の違いは、40年前に的確になされている。Boyd氏とCrowthers氏との間で、条痕が多いのが鉛弾丸なのか被甲弾丸なのかで意見の相違がある。発射痕の異同識別が難しいのは鉛弾丸の方なのか、被甲弾丸の方なのか?Hart氏は被甲弾丸だとしているが、鉛弾丸の方だとする意見も多いはずだ。

どちらかの意見が間違っているのではなく、二面性がある現象の何に重きを置くかで異なった結論になったものである。


発射痕を登録する際に、何種類もの弾丸の痕跡を登録する必要が生じるということか?

B.そのとおり。発射痕を被甲弾丸と鉛弾丸の両者で登録する必要があり、これによって登録弾の数は倍になり、その保管場所も必要人員も倍必要となる。

C.そのとおり。主な実包メーカ(ウインチェスター、レミントン、フェデラル等)の実包を用いて試射すべきで、リロード弾についても試射することが望ましい。現場弾丸とできるだけ種類をそろえた試射弾丸との間で実際の鑑定は行っている。種類が異なる弾丸との間では、探している線条痕が再現されないことがある。

H.利用可能なすべてのブランドや弾丸重量の実包で試射弾丸を登録する必要がある。これによって、問題としている現場弾丸と同じ種類の弾丸の試射弾丸との間での発射痕鑑定が可能となる。

W.その銃器が被甲弾丸と鉛弾丸の両者に対応したものである場合には、両者の弾丸で試射する必要がある。

<コメント>
鉛と被甲の両者の登録を勧めるBoyd氏とWolhelm氏の提案は当然と思うが、利用可能なすべてのブランドや弾丸重要の実包で試射弾丸を登録する必要があるとするHart氏の意見は現実的ではなかろう。


弾丸の種類の問題は別にしても、弾丸発射を繰り返すと発射痕の鑑定はどんどん難しくなるのでは?

B.多数弾発射している銃や手入れが不十分だった銃では、発射ごとの発射痕跡変動が大きい。手入れの良好な銃器では数発程度の間の痕跡変動は小さい。ただし、弾丸発射にしたがい合わせられる条痕は少なくなり、正しい結論を導くことのできる可能性が減少する。

C.1発ごとに鑑定不能なほど発射痕跡が変化するほどではないが、弾丸発射を繰り返すと、いつかは発射痕を合わせられなくなる。ただ、何発目で合わせられなくなるのかは予想できない。

H.そうだ。銃腔に作用する摩擦と摩耗により、銃腔は次第に変化して行くからだ。

W.条件による変動が大きいことから、単純にイエス、ノーでは答えられない質問だ。ある種のバーミント・ライフル銃の銃腔の摩耗の進行は速く、1発ごとに発射痕が変動する。手入れの良好な拳銃で初速の低い鉛弾丸を発射している限りでは、痕跡変動に大きな問題がないことも知られている。

<コメント>
各氏が触れていないが、火薬量が多く、銃腔圧が上昇するホットロードでは、銃腔の焼食、摩耗の進行が速く、弾丸発射ごとの発射痕の変動が大きくなる。特に、薬室側の銃腔から焼食、摩耗が進行することから、薬室側に銃腔に由来する痕跡は、発射ごとに変動し、燃焼ガスの影響が少ない銃口側の銃腔に由来する発射痕の変動が少ない。


使用頻度の高い狩猟銃や標的射撃銃では、新品の時の登録弾丸から発射痕が変化するのではないか?

B.そうだ。新品時の登録弾丸と使い込んだ後の発射弾丸との間で発射痕を合わせることは難しい。銃腔が摩耗して変化してしまうのがその理由だ。

C.難しいというより不可能だ。不注意な銃腔手入れや汚れた弾丸の発射などで銃腔は徐々にではあっても確実に変化することから、新品時の登録弾丸との間で合わせることのできる線条痕は減少する。

H.そうだ。前の質問と同じ理由からだ。

W.私の標的射撃用回転弾倉式拳銃では、数千発発射後も難なく発射痕を合わせることができた。軍用回転弾倉式拳銃でも、何年も経過した後に苦労せずに発射痕を合わせられたことがある。逆に、手入れの悪い古い銃器では、1発ごとに発射痕が大きく変化することも経験している。要するに、銃腔の状態が良好であれば、発射痕の鑑定が容易であるということだ。


登録弾の発射痕が変化しないようにする手立てはあるのか。その具体的方法は?それがないとすると、どの程度の頻度で登録弾を採取し直さなければならないのか?

B.登録弾丸の表面腐食を防止するため、表面にオイル塗布等の防腐措置を施す必要がある。そうすれば、長期間にわたって表面劣化を防止できる。そうしなくても被甲弾丸は腐食しにくい傾向があるが、鉛弾丸では数週間で表面が酸化してしまう。鑑定作業で使用した場合、防腐措置は継続して施す必要がある。

C.個人的には弾丸表面にパラフィン・オイルを塗布している。それで5年間は弾丸表面の状態を良好に維持できるが、それでも5年を経過すると表面劣化が進行する。ポリ袋に密封して保管する方法も試したが、弾丸の表面酸化は進行してしまった。それによって、鉛弾丸では重要な細かい線条痕が消えてしまった。被甲弾丸でも同様だったが、腐食の進行は鉛弾丸よりゆっくりであった。我々の研究所で保管している登録弾丸は、銃種推定の資料として保管しているのであって、その弾丸を用いて発射痕の異同識別をする目的で保管しているのでない。

H.鉛弾丸は、その表面が酸化して表面がぼろぼろになりやすい。被甲弾丸はそれより酸化しにくいが、酸化してしまった弾丸は登録弾としての価値を失う。表面酸化は、弾丸表面を柔らかいフィルム等で覆うことによって防止でき、かなり長期間にわたって良好な状態を維持できる。ただ、良好な鑑定結果を得る上では、登録弾丸を適宜採取し直すことが結局のところは必要となる。そして、銃器を集めて、新種の実包による登録弾丸を適宜追加採取することが望まれる。

W.被甲弾丸は紙に包んで個別の箱に収納しておくだけで、長期間にわたって保管可能である。ところが、鉛弾丸は理想的保管状態であっても、表面酸化によって2、3年で痕跡部分が粉状になってしまう。防腐剤を塗布することも考えられるが、残念ながらそれによって酸化は防止できても発射痕の鑑定に適さない弾丸となってしまう。





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