銃器工具痕鑑定の非科学性を主張する元FBI研究室長の宣誓供述書



(1) はじめに
(2) 法科学と銃器工具痕鑑定と私の専門知識
(3) 調べ上げた当事件関連文書
(4) 法科学的個体識別に対する科学界と学術的法科学界の見解
(5) 工具痕識別法の金属学的考察
(6) 全米科学アカデミーとAFTEの鑑定
(7) 型式特徴、準型式特徴と固有特徴
(8) 製造過程と金属学的影響に関する考察
(9) 包括的で意味のある検証研究の欠如
(10) 固有性及び誤解を与える確実性の表現
(11) 固有特徴と準型式特徴の区別、及び痕跡が偶然に一致する確率
(12) パターン照合技術の不適切なたとえ
(13) 根拠のない固有痕跡の仮定
(14) 銃器工具痕鑑定の主観性
(15) 固有痕比較の信頼性
(16) 偶然に一致する確率:全米科学アカデミーの見解
(17) きわめて類似性の高い痕跡の近隣地域での出現
(18) 鑑定者の結論の偏り
(19) 誤鑑定の教訓が生かされない現体制
(20) 誤って一致と鑑定する確率
(21) 結論

(1) はじめに
 ここで紹介する宣誓供述書を提出したウィリアム・トービン(William A. Tobin)は、長らくFBIに在職していた点で、銃器工具痕鑑定に対する批判を展開している者の中では特異な存在である。宣誓供述書で述べられている経歴をまとめると、オハイオ州クリーブランドにあるケース工科大学(Case Institute of Technology。現在はケースウエスタンリザーブ大学(Case Western Reserve University)として知られている)で金属学を学び、その後、オハイオ州立大学(Ohio State University)とバージニア大学(University of Virginia)の大学院で金属学と材料学を学んだ。大学院在学中の1971年に、連邦捜査局(FBI)から特別捜査官の職を得た。外回りの捜査官を約3年半経験した後、ワシントンDCにあるFBI研究所の法金属学部門の勤務となり、1998年に法金属学研究室長を最後に退官した。FBIに勤務しながら、バージニア大学大学院の材料科学課程を修了している。

 FBI在職中にトービンは、全米の多くの重大事件の捜査と鑑定に法金属学の視点から携わった。法金属学研究室長在職中の1986年から1998年の間には、FBIに鑑定依頼のあった全米のみならず海外の事件に、法金属学解析を行う責任者であった。TWA機の墜落事故、米国で最悪の列車事故や2番目に被害の大きかった原油漏れ事故の鑑定などで鑑定責任者を務めた。

 トービンが元の職場の鑑定に批判的立場で活動するようになったのは、NRCによるFBIの鉛弾丸に含有する微量成分の分析法の検証に関係したときからであろう。、クリフォード・シュピーゲルマンが委員の一人を務めたこの検証委員会では、FBIの鑑定が非科学的であるとした報告書「鉛弾丸証拠の法科学評価(Forensic Analysis Weighing Bullet Lead Evidence)」をまとめたが、トービンはその査読者を務めた。

 ここで紹介する宣誓供述書は、アメリカ合衆国対ヴィンセント・マッコイ事件において、2010年12月にワシントンD.C.最高裁判所に提出された。各節の小見出しもトービンが付けている。

(2) 法科学と銃器工具痕鑑定と私の専門知識
 金属学者や材料科学者は、金属が鉱石として掘り出された時から製品に加工されるまでの間、金属の形態のいかんにかかわらず、すべての経過における金属の挙動をその研究対象としている。銃器を始め一般工具まで、すべての製品を開発する際に、金属学的な解析が必要となる。それは、鉱石から金属塊とする製錬手法の選択から始まり、成型法、熱処理法、仕上げ法、その他の加工法を選択する場合にも、金属学的な考察が必要となる。金属製品を製造する場合には、金属材料の挙動と、金属が接触した場合の相互作用を科学的に理解することが絶対に必要となる。例えば、成型加工をするダイと金属材料の接触による相互作用、工具の使用条件による金属材料の受ける影響などを理解する必要がある。金属学は製品の製造過程のみならず、製品の使用中に発生する部品相互の影響について考える場合にも必要で、製品の機能や故障解析などでも重要となり、製品のユーザーサポートをする上でも必要とされる。

 金属の成型加工作業は、材料に対して工具やダイが圧力を与えることで、その材料の形状を変化させることによって行われる。このことは、製品が銃身、蹴子、抽筒子、撃針、銃器の閉塞壁面、薬きょう、ドライバー、航空機部品、針金、管などのいずれの製品の加工であっても違いはない。

 工具痕鑑定で大きな問題となる連続製造過程も、金属製品と工具やダイの間の金属接触が問題となる。この圧力がかかった接触状態において、製品の表面には工具による線条痕(擦過痕)や圧痕が付けられ、これが銃器工具痕鑑定で用いられる痕跡となる。ここで付けられる擦過痕や圧痕は、様々な要因で変化するが、中でも加工法、潤滑法、潤滑システムの清浄度、合金の成分、金属の引張強度などの性状、焼き入れ、加工速度、加工時の温度の影響が大きい。

 トライボロジーは、主に金属接触にともなう摩擦、潤滑や摩耗を扱う科学である。トライボロジーは金属・材料科学の一分野で、金属接触を扱う際には極めて重要な分野である。金属製品の製造や使用の際には、金属と金属が接触することは避けられない。その際に、金属同士が相対運動をするが、銃器の部品の製造時には工具と部品が、銃器の使用時には、弾丸が銃身内の旋丘や旋底と接触移動し、薬きょうは閉塞壁と接触し、撃針は雷管と、蹴子や抽筒子はきょう体と接触する。したがって、発射痕の問題は金属接触の問題であり、このような金属同士の接触による相互作用を最も的確に扱う分野は、金属学や材料科学である。

   製造時のトライボロジーの研究を始めとする研究を行う生産金属工学者である私は、工具やダイが製品に付ける工具痕や、生産効率の向上と連続製造の維持、製品のばらつきの低減や製造工具の破損の防止などを研究分野としてきた。さらに私は、現在の銃器工具痕鑑定者の仕事についても詳しく、彼らが使用しているものと同じ比較顕微鏡を、金属科学者の立場で使用してきた。私は、実包製造会社のコンサルタントの仕事もしている。

(3) 調べ上げた当事件関連文書
 当事件に関連して、私には以下の文書が提供された。
(a) 2010年2月19日付けの銃器鑑定者の鑑定作業シートと鑑定結果を記述した鑑定書
(b) 銃器鑑定を証拠から排除せよとの弁護側の異議申し立てに対する政府側の反論書(未読)
(c) 政府側の文書に添付されていた「検証研究」(未読)

 弁護側が私に要求したことは、銃器工具痕鑑定者の結論に科学的根拠があるかを調べ、それに対する意見を宣誓供書の形に仕上げることであった。特定の銃器から排出された薬きょうには「固有性」あるいは「発射銃器を特定可能な特徴」があるというのが鑑定者の結論である。

(4) 法科学的個体識別に対する科学界と学術的法科学界の見解
 法科学的個体識別(individualization)は、由来の特定としても知られているが、問題となっている資料の出所を、ある特定の物に関連付ける作業である。資料の由来を特定する際には、「他のすべてのものに由来する可能性を排除できる」とか、偶然に一致する可能性は「無視できるほど小さい」、「特定のものにしか存在しない特徴がある」、「科学的に妥当な確実性がある」、「実務上妥当な確実性がある」などの言葉で、その結論が補強されることもある。このような結論を補強する言葉があろうとなかろうと、鑑定者が個体識別を行い、痕跡が由来したものを特定していることには違いない。法科学鑑定者は、観察した特徴(銃器工具痕鑑定の場合には線条痕や圧痕の特徴)から、それが何に由来したものかを、全く見たこともないものも含め、この世に存在するすべてのものを除外して、主観的に特定の一つのものであるとの結論を下す。詳細な議論に入る前に、このような銃器工具痕鑑定者が行っている個体識別鑑定には科学的な根拠が一切なく、伝説や直観や当て推量の類であるというのが、私の周辺のすべての高名な科学者や法科学者の見解であることを申し上げておく。現実に行われている個体識別の鑑定は、いわば盲信に基づいて行われているということだ。事実、銃器工具痕鑑定者が個体識別の鑑定の根拠としているものはすべて誤謬であることが分かっている。

 銃器工具痕鑑定における個体識別の手法は、私の仲間からは一致して否定されている。私が定期的に顔を合わせる科学的素養のある者や法科学証拠の専門家の大半が、この手法を否定している。その方々の名前を、許可を得てあえてリストアップすると以下のとおりである。

 デイビッド・ファイグマン(David L. Faigman)、カリフォルニア大学ヘースティングス校法律・科学・健康政策群上級教授。科学証拠を専門としており、5巻からなる「現代科学証拠:鑑定証言の法律と科学」の共同著者でもある。

 クリフォード・シュピーゲルマン(Clifford Spiegelman)、テキサスA&M大学上級教授。米国学術会議の鉛分析による弾丸の比較の元委員。

 ウィリアム・トンプソン(William C. Thompson)、カリフォルニア大学アーバイン校犯罪学教授。刑事司法と意思決定専攻で、とりわけ法科学と統計手法が専門分野である。

 アリシャ・キャリクィリー(Alicia Carriquiry)、アイオワ州立大学統計学科上級教授。全米科学アカデミーでバリスティック・イメージングの委員を務めた。

 マイケル・サクス(Michael J. Saks)、アリゾナ州立大学法学部教授。実験心理学の博士。実験計画法を専門とし、法科学分野の実験研究手法を検証している。

 ジョナサン・ケーラー(Jonathan J. Koehler)、アリゾナ州立大学法学部教授。法科学証拠の統計的評価と仮説の役割を専門とする博士。

 故プラディップ・セス(Pradip N. Sheth)、機械工学の助教授であった。合衆国対ウィリー・ゲイデン事件の宣誓供述書作成などで個人的親交があった。

 アディーナ・シュヴァルツ(Adina Schwartz)、ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ・法科カレッジ助教授。

 ここに掲げた方々は、個体識別の鑑定が検証を受けていない手法で、科学的根拠を欠いているというNRC委員会の結論を支持しており、これは、この宣誓供述書でこれから詳述しようとする事柄である。

 法科学鑑定者が由来の知れない痕跡を調べて、その由来を特定する個体識別の鑑定が誤った結論となる理由は、未だ調べたこともない痕跡を含めて、すべてのものを可能性から排除して、単一のものに由来する痕跡であるとの結論を導くからである。この誤った手法は法科学鑑定に深く浸透しているが、ほとんどの鑑定者は、その知識、訓練や経験によって、結論した個体以外の、この世に存在するすべての個体の痕跡とは区別できることから、鑑定結果に誤りはないと主張している。さらにケーラーとサクスが示したように、「現存の、さらには今後得られるであろう科学的知識をもってしても、犯罪学者たちが主張するような、すべての物体に識別可能な固有性があるという主張は正当化されない。物体の固有性は、法科学者たちが訓練と経験によって得た信仰にゆだねることのできる問題ではない。」

(5) 工具痕識別法の金属学的考察
 金属製品(の表面)に残される痕跡の性質、品質に関する数量的特徴には、製造過程で作用する力の種類と大きさが大きく影響する(影響を与える因子は多いが、加工速度、工具の材質、製品の材質、潤滑状態が重要である)。生産技術金属学者にとって製造時の潤滑条件は極めて重要であり、それは製品の連続生産性の向上、製造コスト、品質管理、安全性に影響を与え、場合によっては製造物責任に対する民事訴訟に対する対策にも必要となる。銃器工具痕鑑定者が個体識別の鑑定に用いている銃器に残される工具痕は、まさに製造工具によってつけられる特徴であるが、製造技術者が製品の設計にあたって最も気を使っているのは、まさにこの工具やダイなのである。

 鑑定に持ち込まれる法科学証拠物件を評価する際に、銃器鑑定者は、弾丸や薬きょうに残されている「工具痕」に着目している。これらの痕跡は、弾丸発射時に、銃器の銃身、撃針、抽筒子、閉塞壁等と弾丸や薬きょうとの間に生じる相対運動によって付けられる。個体識別の鑑定(痕跡の由来を特定すること)の結論を導く際に、銃器鑑定者は次の2点の重要な仮定を前提としている。それは、個々の銃器は、発射時に弾丸や薬きょうにその銃器に固有な特徴(通常、線条痕や圧痕の形態をしている)を与えるということ。そして、その痕跡は、個々の銃器に固有なものであるという2点である。この固有性の仮定は、以下に示す理由で科学界から認められていない。

 第1に、大量の文献を調査したが、銃器工具痕鑑定の大前提となっている固有性の仮定を保証する上で、価値が認められる総合的で実質的なデーターや集大成された研究が一切見つからなかったばかりか、意味のある研究は一編も存在しなかった。全米科学アカデミーの米国学術研究会議の最近の報告書でも、次のように固有性の仮定が科学的に確立したものではないと述べている。

 「銃器関連工具痕にどの程度の固有性があるのかを明らかにし、あるいはその固有性を確率的に定量化するためには、今後相当量の科学的な研究をする必要がある。」

 銃器工具痕鑑定者学会(AFTE)は、十分な科学的基盤を持たずに、この業務にかかわる会員の利益を代表するために組織された業界団体である。現在のところ、銃器工具痕鑑定者の鑑定基準を提示できるのは、AFTEをおいて他には存在しないのが実態である。ところが、その団体は科学的団体でなく、科学的に検証された基準を持ち合わせず、厳密な科学的手法に適合した作業手順を提示できないでいる。

 AFTEの「異同識別の理論」は、発射弾丸と打ち殻薬きょうを発射銃器と結びつける鑑定者の作業の判断基準について示したものである。同一工具に由来する痕跡との結論を導く際に必要とされる線条痕や圧痕の対応数量、痕跡の種別、痕跡の質や特徴などの基準については、科学界はおろか、銃器工具痕鑑定の同業者の間ですら何らの合意も得られていない。したがって、現実には何の役にも立たない基準でありながら、AFTEの異同識別の理論は、この分野における唯一の鑑定作業ガイドラインになっているのである。このAFTEの理論は、「十分な対応」、「最良の対応」、「実質的に不可能」などの、あいまいで主観的な言葉が並べられただけの基準である。その実態を以下に示しておく。

 「(二つの痕跡を比較したときに認められる)痕跡の対応状態が、異なる工具によって付けられた痕跡の間に認められる最良の対応状態を上回り、同一の工具によって付けられた痕跡の間に認められるものと同様の対応状態である時にのみ、それらの痕跡の対応状態には意味がある。(二つの工具痕を比較し、)それらの痕跡の間に「十分な対応」が認められたという結論は、それらが異なる工具によって付けられた可能性が極めて小さく、異なる工具で付けることが実質的に不可能であることを意味する。」

 上に示した判断基準は、AFTEが自ら認めているように主観的なものである。全米科学アカデミーの米国学術研究会議の最近の報告書では、AFTEの理論は具体性を欠いた主観的な方法論に基づいたものであるとして、以下のように批判している。

 「銃器工具痕鑑定の根本的な問題は、正確に定義された手法が存在しないことにある。先に紹介したように、AFTEは異同識別の理論を採択したが、そこには具体的な手順は示されていない。それは、1組の工具痕を比較した際に、弾丸の線条痕などの痕跡の間に「十分な対応」が認められた時には、それらの工具痕が同一の工具あるいは銃器に由来するものであると鑑定者が主張できる、と述べたものに過ぎない。そして、「異なる工具によって付けられた工具痕との間に認められる最良の対応関係を上回り、かつ、同一の工具によって付けられた工具痕の間に認められる対応関係と矛盾しなければ、それらの痕跡の対応関係は有意である。」としているが、「最良の対応関係を上回る」とか、「矛盾しない」の意味が定義されていない。この基準は、個々の鑑定者の経験に基づいた判断にゆだねているものに過ぎない。工具痕の異同識別の鑑定分野では、このAFTEの文書が最良の手引書であるにもかかわらず、この文書からは、鑑定結果にどれだけの有効性があるのか、信頼性があるのか、反復性があるのかという疑問には一切答えることができない。」

 痕跡の固有性を仮定して行われるパターン照合過程において、工具痕鑑定者は痕跡特徴を3種類に分類している。それは、「型式特徴」、「準型式特徴」と「固有特徴」の3種類である。「型式特徴」は、多くの製品に共通する特徴で、その特徴は製品の設計段階で決まり、その特徴が製品に残されるように製造過程で配慮されている。銃器を例にとると、型式特徴には旋丘や旋底の本数や回転方向があり、この特徴は発射弾丸にも残されるが、異なるモデルのものも含め、多くの銃器の間で共有されているこの特徴である。型式特徴は発射痕鑑定の早い段階で調べられ、大量の対照資料の中から、検査可能な数量まで対照資料の数を絞り込むために利用される。

 「準型式特徴」は、銃器を含む一連の製品の製造過程で、多数の製品にわたって偶然に付けられる実質的には同一の痕跡である。この特徴がどれだけの製品に引き継がれるかは、工具の寿命や製品の製造方法に依存するが、典型的な製品では数か月にわたって製造されるロットに引き継がれる(ことがある)。準型式特徴を共有する製品の数は極めて多数にのぼり、何ヶ月にもわたって製造された製品で共有され得ることは後に説明するとおりである。しかしながら、その製品の数は、型式特徴を共有する製品のサブセットであることから、この特徴は「準」型式特徴として定義されている。

 「固有特徴」とは、AFTEの定義によれば、1丁の銃器、あるいは1本の工具にのみ認められる特徴である。

   ここで注目しておきたいことは、痕跡鑑定者は拡大倍率が5倍から40倍の実体顕微鏡か比較顕微鏡を用いて、弾丸の限定された狭い範囲を観察しているに過ぎない点である。ここで比較している痕跡は、個々には特徴のない痕跡(通常は線条痕)の組み合わせである。このような痕跡は、異なる工具や銃器に由来する痕跡であっても(以下に述べるように)、かなりの部分が一致する。人間のパターン認識の記憶力は限られており、特につかみどころの乏しい幾何的パターンを記憶することは難しい。その一方で、同じ製造メーカーの銃器の間では、互いに類似した痕跡が残されていることが多いのである。例えば、連続加工された6個のライフル銃のボルト表面には、顕微鏡で観察しても「驚くべきほど」類似性の高い工具痕が残されていたという研究結果がある。さらに、異なる工具に由来する工具痕の間に51.7%もの対応条痕があったとの研究結果もある。極めて主観的に行われている工具痕鑑定では、痕跡の記憶力はきわめて重要な意味をもつ。実際AFTEの鑑定ガイドラインでは、「一致」の結論は、過去の鑑定例と教育訓練で目にした、「異なる工具によって付けられた」痕跡の間に認められた類似性の記憶に基づいて導くように指示されている。

 2つの金属に力が作用して接触すると、通常「軟らかい方」の材料表面に、「硬い方」の材料の特徴が付けられる(ただし、これはあくまでも一般論であり、(痕跡の付き方が)硬さのみに支配されないことは金属/材料科学の常識である。これは直観と反することから、この分野の専門家以外には知られていない)。先に示したように、このような圧力のかかった金属間接触は、銃器から弾丸を発射する際に、薬きょう(雷管)と撃針、きょう底面と閉塞壁面、弾丸と銃身、膨れた薬きょうと薬室内面などで発生する。これらの圧力接触によって付けられる線条痕や圧痕を比較することが銃器鑑定の基本であり、銃器鑑定者はその比較結果から結論を導く。

 実包が銃器に装填されてから排莢に至る過程に関して、その過程が常に同じ動きであり、したがって薬きょうが同じ動きをするものと主張されることがある。これは、実包の発射経過をマクロ的に見れば正しいであろうが、(線条痕や圧痕を観察する際のような)顕微鏡的なレベルでみると正しくなく、この過程の変動は痕跡に変動を与える。

(6) 全米科学アカデミーとAFTEの鑑定
 全米科学アカデミーはバリスティック・イメージングと題する報告書で以下のように述べている。
 「法科学的個体識別は、実際のデーターなしに行われている科学である。そこで用いられている偶然に一致する確率は、主観に基づく確率から推定された直観的な値であるか、単にその確率が無視できるものとしているかのどちらかである(実際には後者の場合が多い)。」

 現実の鑑定に客観的な統計的な考え方を導入することは、弾丸発射の過程のばらつきがあまりにも大きいことから、実際には困難である。たとえ同じ銃器から弾丸を発射したとしても、実包の状態、銃器の部品の摩耗や清浄さの程度、発射薬の燃焼状態、それから得られる燃焼圧力などが完全に同一条件となることはありえない。結局のところ現在行われている銃器鑑定は、鑑定者の直観と経験に基づいて、同じ銃器で付けられた痕跡であるか否かを主観的に結論しているに過ぎない。それに対してDNA型鑑定は、客観的な基礎に基づいていて、秩序だった統計的な結論が得られている点で、法科学の中で特殊な分野となっている。

 全米科学アカデミーの報告書の2名の著者が、各法科学の結論に含まれる主観の大小を順位付けしている。その結果によれば、主観性が最も低いのはDNA型鑑定であり、続いて血清学鑑定(血液型の決定)、薬物鑑定の順となっている。銃器工具痕鑑定は、主観性が高い鑑定分野としてランク付けされており、その程度は繊維鑑定と同レベルである。血液の飛沫痕鑑定、声紋鑑定、歯形痕鑑定は、銃器工具痕鑑定よりさらに主観性が少しだけ高いものとして分類されている。筆跡鑑定、毛髪鑑定はそれらよりさらに主観性が少しだけ高いものとして分類されている。

 銃器工具痕鑑定者が、その鑑定の有効性の根拠としていものは、次の二つの仮定と考えられる。それは「唯一性」と「再現性」の2点である。

 a. 唯一性(Uniqueness):痕跡が特定のものに由来しているとの結論が有効であるためには、銃器が薬きょうや弾丸に付ける痕跡が、特定の銃器にしか存在せず、その他の銃器には絶対見られない特徴である必要がある。言い換えれば、特定の銃器に由来する痕跡との結論を導くためには、その銃器にしか存在しな痕跡を根拠にする必要があり、製造ロットが同じ2丁以上の銃器の間で共有される準型式特徴を根拠にしてはならないということである。この重要な点については、さらに論じる。

 b 再現性(Reproducibility):ある銃器に固有とされるいかなる特徴も、弾丸を次々と発射した際に、それが常に痕跡に再現されなければならない。それによって初めて、問題となっている弾丸との間で対応しない痕跡があるときに、それが特徴の相違点と確定できることから、異なる銃器による痕跡との結論が確実となる。ただし、この根拠は両刃の剣であることを心得なければならない。銃器の部品を製造する工具の表面が、それぞれの部品に固有の痕跡を残すほどもろい(変化しやすい)ものと仮定する一方で、銃器の部品表面(銃身、撃針、抽筒子、蹴子、閉塞壁面)は、それほどもろくない(変化しない)と仮定しているのである。軟鋼被甲の弾丸(銃身の旋丘と旋底の摩耗を促進するために選ばれている)を用いて4000発の弾丸を連続発射した実験で、1発目と4000発目で痕跡が「一致」したとの結果がある。それならば、銃器の製造過程でも同様の再現される痕跡が残されると考えた方が妥当であろう。いや、銃器の部品の製造過程では、痕跡の再現性はもっと高いはずである。なぜならば、部品製造に用いられるダイは、もっとも硬い材料の一つとして知られるタングステン・カーバイドが用いられ、製造時にはダイと材料との間の摩擦を低減させる潤滑剤が用いられるのである。

 米国の科学界内でもっとも権威のある発言を行っている米国科学アカデミー(NAS)が、工具痕鑑定が用いている仮定は科学的に確立しているものではないと結論付けている。米国科学アカデミー内の独立した二つの委員会が、銃器工具痕鑑定の個体識別の概念は、正当な科学界から許められたものではないと結論付けている。そのうちの一つの報告書で米国科学アカデミーは「銃器関連工具痕の唯一性がどの程度あるのかを科学的に明らかにし、さらには、その唯一性の程度を確率的に定量化するためには、今後相当な量の研究を行う必要がある。」と結論付けた。しかも、その報告書作成のきわめて早い段階から、「工具痕の唯一性が明確にされていない」ことが判明していた。NASの2番目の報告書は、「銃器工具痕鑑定が根拠とする科学的知識は極めて乏しい」とした上で、次のように述べている。

 「個々の銃器や工具に存在する変数についてよく分かっていないため、何点の類似した痕跡があれば、どの程度の確実性をもった結論を導くことができるのかを決定することができない。鑑定法の信頼性や反復性を理解するために必要な研究がほとんどなされていない。ただ当委員会も型式特徴が、大量な資料の中から候補を絞り込む上で役立つことは認める。製造時あるいは摩耗によって形成される個別パターンは、場合によっては痕跡の由来を特定できるだけの十分な特徴があるかもしれない。しかし、もっと正確で反復性のある鑑定を行うためには、さらなる研究を行う必要がある。」

 唯一性の仮定が科学的に確立していないことは別にしても、型式特徴、準型式特徴及び固有特徴の違いを識別する能力が、痕跡の由来を特定する(個体識別する)上で極めて重要である。

(7) 型式特徴、準型式特徴と固有特徴
 法科学的個体識別の各段階で、最も困難の少ないのは型式特徴の評価であろう。しかしながら、この段階といえども誤りが発生することが文献に紹介されている。鑑定の原理が検証されておらず、統計的基礎を欠いている問題はさておき、実用上の観点から見ても、工具痕鑑定者にとっての鑑定上の困難には、準型式特徴を固有特徴と見間違わないようにすることにある。このことは、AFTEの文献でも繰り返し述べられている。準型式特徴と固有特徴との区別の重要性は、いくら強調しても強調しすぎることはない。工具痕鑑定者が、ある弾丸や薬きょうに残されている痕跡を調べて、それを特定の銃器から発射されたものと関連付けたとしたら、それは取りも直さず、その結論の根拠とした痕跡が準型式特徴ではなく、固有特徴であると判断したことを意味する。しかしここで、工具痕鑑定者はどのようにして準型式特徴と固有特徴との区別ができたのであろうかという素朴な疑問が湧いてくる。一群の痕跡(たとえば線条痕)を顕微鏡で観察した時、工具痕鑑定者は果たして、この条痕は準型式特徴で、あの条痕は固有特徴だと区別できるのであろうか?オール・オア・ナッシングの考え方で、すべての条痕が準型式特徴になる場合と、すべての条痕が固有特徴になる場合とに分かれるのだろうか?その場合、準型式特徴から固有特徴に移行するところに線引きができるのであろうか?たとえば、製造工具やダイには固有特徴があるかもしれない(ないかもしれない)。その特徴がワーク(製品)に転移した時、それが突然、(その部品で構成される)特定の銃器の固有特徴となるのであろうか?工具の持っていた特徴のどれだけの割合が準型式特徴として転移し、どれだけの割合が固有特徴となるのであろうか(あくまでも固有特徴が生じるとして仮定したとき)。AFTEの鑑定理論では、この問題に対して何らの解答も与えていない。

 AFTEジャーナルに発表された論文に、2丁のスミス・アンド・ウェッソンの拳銃の発射痕の間に極めて高い類似性が認められた事例が報告されている。その著者は以下のように指摘している。

 「銃器鑑定分野は、この数年間準型式特徴の亡霊に取りつかれている。この論文は、準型式特徴を固有特徴と見間違え易い例があるとの警鐘を鳴らすものであり、これを見間違えれば誤一致鑑定(空振り鑑定)となる。」

 これまでに、銃器の各部品上に存在する準型式特徴に関する多くの論文が発表されている。その中には、銃尾あるいはボルト表面の加工の際に付けられる工具痕を扱ったものもある。ラーディツァバル(Lardizabal)の1995年の論文には、連続製造された2丁のヘックラー&コッホのUSP拳銃の遊底頭には、「質と量の両面で素晴らしく類似した」痕跡が認められたとのことである。ラーディツァバルがさらに試射試験を行ったところ、この準型式特徴は、多数の弾丸を発射した後でも変化しなかった。1999年にビリー・マティー(Billy Matty)は、口径9mm、ローシンL9型拳銃の遊底頭に埋め込まれた鋼製部品に、同様の類似痕跡が認められたとの論文を発表している。この痕跡は、当該部品をプレス成型する際にダイとプレスによって付けられた。ロペス(Lopez)とグルー(Grew)は、連続製造された6丁のルガー・ライフル銃のボルトに準型式特徴が認められたと報告している。ボルト表面のミクロシル・レプリカを顕微鏡観察すれば、表面の擦過痕とびびり痕跡によって、これらの部品を区別することができるが、同心円状の切削痕跡は、それらが一致していると勘違いするほど類似性が高かった。これらの遊底頭やボルト表面に認められる準型式特徴や、後に紹介する例を考えると、銃器工具痕鑑定者が、これらの痕跡を用いて個体識別ができるのかどうか疑問の念を抱かざるをえない。

 (スミス&ウェッソン、シグマ拳銃を調べた)別の論文では、2個のスライドの遊底頭のミクロシル・レプリカの写真が示されている。これらには平行状の擦過痕が認められるが、それらは打ち殻薬きょうのきょう底面に認められる痕跡よりも深く、間隔が細かい条痕である上に、それらの条痕の区別を付けることは現実問題として困難である。

 これら2丁の拳銃の間に驚くほど類似性の高い痕跡が認められたことから、この拳銃の製造法が調べられた。これら2丁の拳銃は、同じ日に同じ小売店に納品されていた。製造日から納入日までの日数は不明であったが、製造会社によると、切削工具を交換するまでの間に、200本から1000本のスライドが加工されるとのことである。

 工具痕に影響を与える要因には様々なものがあるが、それらの要因の主なものは、材料に用いる合金の種類、部品の製造手法、製造過程の潤滑方法、製造機械の保守状態、製造ロットの大きさ、製品の流通過程と製造後の保守状態である。生産金属学と法金属学の両者を専門としている私の経験からいうと、製品(ここで問題としているのは銃器の部品)の製造時における圧力をかけた接触によって生じる工具痕には、準型式特徴が現れている場合が圧倒的に多い。もちろん、固有特徴が残される場合も少なくはない。準型式特徴が現れやすいのは製造環境が「清浄」である場合で、潤滑油を交換した直後や、加工物とダイとの間に介在する微粒子を清掃した場合などである。

 これまで論じたように、製品の生産過程には複雑な要因が影響しあうことから、製造条件は極めて複雑多岐にわたり、これまでに行われた研究は極めて不十分なものでしかない。それらの研究は、実験計画が不適当なものや、研究の結論の根拠を示すような実験を行っていないものばかりである(これらの研究の結論は、科学的に許される範囲を超えており、その結論を法廷に持ち込むことは許されない)。また、これらの研究は、個体識別をする際に、現在AFTEの仲間内でしか認められていない仮定を、さも一般的に成立する仮定であるかのように扱っており、結論に何らかのレベルの信頼性を示すべきところを、絶対的な信頼性があるかのように主張している。この点については、後に紹介するようにNASも私と同意見である。

 銃器工具痕鑑定者が鑑定の際に前提としている2番目の仮定は、痕跡の再現性(痕跡の一貫性)である。これは、銃器の部品によって発射弾丸や打ち殻薬きょうに付けられる工具痕が、相当長期間にわたって、弾丸を多数発射しても変化せず、同じ痕が再現されるというものである。この仮定には、工具痕に関する3種類の推定が含まれている。すなわち銃器から実包を発射した際の発射痕再現性、銃器製造時の工具痕の再現性、及び工具痕を鑑定者が観察する際の認識再現性である。この3点の再現性推定については、銃器の製造過程の金属学的考察を簡単に行った後に論じることとする。

(8) 製造過程と金属学的影響に関する考察
 銃身、抽筒子、撃針、閉塞壁などの銃器の部品を製造する際に利用される加工法や成型法には、様々な種類のものがある。たとえば、銃身に腔旋を加工する方法には、溝が付けられたマンドレルを用いる成型加工、マンドレルとロータリーハンマーを用いる鍛造法、ブローチを用いる切削法、タングステンカーバイド製のボタンを用いる塑性加工法などがある。ブローチでは、金属が切削除去され、それ以外の加工法(成型加工、鍛造、ボタン加工)では金属が塑性変形している。銃器のその他の部品の製造に際しても、成型加工、熱処理や仕上げ加工に様々な手法が用いられる。金属鉱石から製品に至るまで、銃器の製造過程には様々な金属学的検討が必要である。製品の使用法に応じて金属材料を選択することから始まり、製造コスト評価、(鋳造、鍛造による大まかな形状加工、切削加工、組み立て、熱処理、仕上げ加工などの)各製造段階における作業の利便性、製造過程全体を通じたプロセス管理、販売後の故障解析などを各部品ごとに行う必要がある。

 使用される合金の種類は部品ごとに異なるし、同じ部品でも製造メーカーによっても異なる。ただし、同一製品内の異なる部品に同じ種類の合金が使用されることは珍しくない。たとえば銃身と銃尾に同じ合金が用いられることがある。たとえば、あるメーカーは銃身には冷間圧延された4140硫黄複合鋼が、銃尾には414快削ステンレス鋼をそれぞれ用いているが、別のメーカーは、銃身と銃尾の両者に416級硫黄複合ステンレス鋼を用いている。

 生産技術金属学者にとって、製造ラインを止めずにフル生産する上で最も重要と考えるものは、工具やダイの摩耗の問題である。工具の選択は製造コストを考える上で極めて重要なファクターである。そのため、工具とダイのコストを削減するための様々なテクニックが考えられている。ダイの摩耗や工具の破損が生じると製造中断時間が発生し、これは製造コストに大きな影響を与える。このことから、ダイの寿命を最大限延長できるようにすることは、生産技術金属学者の長年にわたっての最大の課題であった。このことから、前にも示したように、トライボロジーの分野で多くの科学研究が行われてきたのである。

 腔旋加工工具のような工具とダイの材料の選択や設計にあたって、金属学的まず考えなければならない点は、その材料が加工中に化学的にも熱的にも、さらには機械的にも安定しているということである。工具やダイの硬さは、それらの寿命にとって重要ではあるが、材料の硬さのみが寿命を決めるのではなく、条件によっては、硬さが耐摩耗性の指標には必ずもならないのだが、工具痕鑑定者はこの点をよく理解していない。

 一般論として、製造過程で潤滑油を使用することによって、工具とダイの摩耗を1桁から2桁も減少させることができる。ところが、場合によっては潤滑膜の形成が阻害されて、かえって摩耗を増加させることもある。潤滑油は、適切にろ過したり保守作業を行わないと、外部から侵入する微粒子を運搬する結果にもなる。また製造プロセスによっては、潤滑剤が原因となる製造中断がたびたび発生する。

 結論として、メーカーにとって工具やダイの寿命が長ければ長いだけ、製造停止時間が短くなるということだけでなく、経済的にメリットが出る。工具鋼やタングステン・カーバード製の高価な工具やダイを、新たに購入したり加工し直したりしなくて済むからである。さらに、すべての機械工場は、製造プロセスの変動を嫌う傾向が強い。そのため、工具を交換せずに、大きな製造ロットによる製造が行われることになる。そのため、大規模なロット生産による準型式特徴が共有された銃身、抽筒子、蹴子や閉塞壁などの部品が大量に生産されることになる。

   特に圧縮応力が作用する製造過程においては、何時間どころか何か月間もダイを交換せずに生産ラインが動く(毎分400本から600本の釘を製造する「ヘッダー・ベンチ」においてもこの状況は当てはまる)。ダイの交換時期は、その製造速度もある程度影響するが、その他の条件、たとえば合金の種類、焼き入れ状態、成型過程、冷間加工が占める割合、潤滑状態、製品に対する要求精度、製品の仕様などの様々な条件によって、この期間は変化する。発射弾丸や打ち殻薬きょうに、どの程度の割合で準型式特徴と固有特徴が付けられるかという問題における金属学的な一般原理は、釘やパイプなどの製品を製造する際に、鋼、銅、アルミニウムなどの金属に付けられる痕跡における原理と変わるところはなく、その痕跡が銃器産業と銃器のユーザーに対するサービスが対象となっているところが異なるだけである。

 製造プロセスと上述の問題を考えれば、相当数の銃器に形状が類似した準型式特徴が現れるはずである。生産技術金属学者にとって、2、3個の製品を製造しただけで腔旋ブローチをグラインダーで研ぎ直したり、タングステン・カーバイド製のマンドレルを交換したり、ダイを作り直すなどということは、経済的観点から考えられない。そうする代わりに、工具やダイの表面特徴が変化しないように注力することから、弾丸や薬きょうには共有される準型式特徴が現れることになる。したがって、現在のような主観的な判断基準を用いて鑑定を行うと、誤って「一致」と結論する可能性が生じる。連続生産された複数の部品によって残される痕跡は、同一部品の痕跡と見誤る可能性があり、時間的に孤立した環境で行われる鑑定(temporally isolated examination、短時間に行う鑑定?)ではなおさらその可能性が高い。製品とダイの両者の材質などの条件と製造プロセスの条件によっては、相当数の銃器に、誤って「一致」と結論してしまうような、固有特徴と見誤りやすい類似痕跡が付けられることが論理的にも結論できる。コールとトービンは、弾丸の出荷が地域で偏っている(連続製造された製品が、地域的に近い場所に納品されている)と仮定し、それが確認できたが、それと同様に銃器の出荷についても、地域的に偏りがあることは十分考えられることである。

 銃器製造工場の見学は、一般知識を得るためにはある程度役立つかもしれないが、金属学者や材料学者でもない者が銃器工場を見学をしても、準型式特徴や固有特徴がどのように現れるかについて得られる知識は少ないであろう。銃器製造工場の見学が、この種の知識を得るのに役立たない理由はいくつかある。その理由の中でも、銃器のモデルの数が多すぎること、同じ部品でも異なる製造手法が利用できること、同じ部品でも異なる材料(合金)が用いられること、仕上げ加工の方法がいくつもあること、工具やダイの材質もさまざまであることが特に挙げられる。鑑定者は一つの工場を見学すると、そこで見た特定の種類の銃器の製造法がどこでも行われているかのように思いがちである。全米科学アカデミーの米国学術研究会議で鉛弾丸の製造法を研究した委員会では、弾丸の製造法には銃器の製造法ほどの多様性はないものの、鉛弾丸の製造法は製造メーカ間で大きく異なり、同じメーカーであっても製造法を変更することがあるので、その製造法の一般モデルを構築したとしても、そのモデルの信頼性は低く、研究を誤った方向にを導くものと結論している。これと同じことは、製造法の多様性がより高い銃器についても当てはまることは当然である。さらに、工場見学に出かけたときに製造されていた銃器から得られた準型式特徴に関する情報は、特定の事件で問題となっている銃器が、その時製造されていたものでない限り、鑑定資料とは関連せず、役に立たない。なぜならば、工具痕の付けられる条件は、工具と材料との相互関係が変化すると大きく変化するからである。この種の工場見学が役に立たない理由には、製造技術者や工場職員と銃器鑑定者の興味の対象が異なる点も挙げられる。工場技術者たちは、顕微鏡で観察しなければ見えない条痕や圧痕の生成に興味はなく、連続製造した製品や部品に付けられる条痕や圧痕の比較研究を行ったことはないし、比較顕微鏡すら持っていない。したがって彼らは、同一バッチの製品の間の痕跡の類似性や異なるバッチの製品の間の痕跡の変化について、役立つ情報を提供できる立場にはない。

(9) 包括的で意味のある検証研究の欠如
 私は、最近しばしば取り上げられる「ブランデージ研究」を含め、「連続製造」された銃器による発射痕の研究論文の検証を行った。それらの研究では、すべての銃器の銃身を含むすべての部品には固有の痕跡があり、弾丸発射時にそれらの固有痕跡が発射弾丸に残されることを、明示的あるいは暗黙に主張している。しかしながら、これらの研究は銃器の製造についての代表例となる研究ではない。これらの研究は、すべての銃器の部品と銃器に固有痕跡があるばかりでなく、各銃器メーカー、工場の各製造ライン及び製造法に固有の痕跡があるという結論を導き出していが、その方法や信頼性は科学的に認められるものではない。こうした理由と、もともと類似した痕跡ばかりを比較していることを含み、ブランデージやその他の人たちの研究は、固有性の仮定を確認する実験としては適したものではなく、(a)固有性の仮定と(b)誤鑑定率が0あるいは0に近いという仮定を科学的に正当化する実験ではありえない。少量のサンプル実験の結果は、そのサンプルを採取した手続きや製造法に関する詳細な説明がなされていない限り、統計的には無意味であり、すべてのメーカーやすべての銃種を対象とした結論を得ることはできない。「連続製造」された銃器や「銃番号が連続した」銃器が、必ずしもその腔旋が連続製造されたり、部品が連続切削されたものではないことに注目しておきたい。大量生産を行う際の材料の運搬取扱いの手法は、各銃器メーカーによって様々だからである。たとえば、「連続製造」されたとされる銃器の銃身の腔旋、閉塞壁あるいは抽筒子は連続的に加工されたものではない可能性がある。それらの部品は、製造後部品箱に貯めおかれ、それらの中から任意に取り出された部品が組みつけられることが多いからだ。

 結局のところ、様々な研究が行われていても、それらは限られた種類の銃器の限定された条件の研究を、少数の鑑定者が行ったものであり、(a)サンプル数の不足、(b)実験計画の不備、(c)代表性の欠如、(d)あまりにも主観的な方法論、(e)類似性が高いサンプルのみを用いた実験、(f)意図されていないバイアスのかかった実験であることから、固有性の仮定や誤鑑定率を検証する科学的実験とはなりえない。

 私が調べた検証研究の大半は、科学的なダブルブラインド試験でも、ブラインド試験でもなかった。また、それらの研究は、代表的なサンプルでもなく、統計的に意味のあるサンプルでもないものを対象とした試験であった。科学的な検証研究から意味のある情報が得られる条件は、(a)ダブルブラインド試験であること、(b)検査者が資料を試射した銃器が何であるかを知らされていないこと、(c)試験対照資料の正確な製造経歴を研究者が把握していること、である。検査資料を検査者にどのように、どのようなタイミングで渡すかも、試験結果の客観性を左右し、検査者の検査結果に影響を与える。私が調べた「連続製造」された銃身を用いた研究を例にとると、それらすべての研究が、資料の採取法、受験者への資料の与え方、試験結果の回答法、回答の評価法などの重要な項目を開示していないのだ。

 特定のメーカーの特定のモデルの銃器の部品で行った実験結果から、別の銃器メーカーの別のモデルの同様の部品を用いる実験結果に外挿することは、科学的に認められるものではない。さらに言わせてもらうと、検証研究で用いている資料は変形損傷のないものだが、現実の事件弾丸は衝突によって変形、損傷を被っているのが当たり前である。

 銃器工具痕鑑定者が行っている鑑定のエラーレイトを科学的な値として提供できるような、十分注意深く計画され、厳密に実施された実験を行った論文は、結局のところ見当たらなかった。また、「一致」の結論の信頼性を与える研究も、銃器工具痕鑑定者が鑑定の根拠としている、痕跡の固有性の前提の有効性を示す研究も見当たらなかった。

 ブランデージの研究を始め、銃器工具痕鑑定者の研究は皆、科学的に通用するものではなく、連続製造部品による痕跡の研究も主観的な評価をしているに過ぎない。その結果は、その研究を行った人たち、あるいは特定の研究所の内部でしか通用しない。それらの研究が導いた鑑定のエラーレイトは、それを行った人達には当てはまるとしても、その他の銃器工具痕鑑定者の鑑定にも適用できるとは言えない。

 不完全な研究をいくらたくさん集めても、科学的理論や仮説を証明する根拠にはなりえない。仮説の証明は、その否定に比べてずっと大変な作業である。そのことをエドワード・イムヴィンケルリード教授(Edward J. Imwinkelried)が次のように述べている。

 「仮説を否定する試みは、次の2点で(仮説を証明する試みより)意味の大きな作業である。第1に、ある一つの結果が仮説に適合するものであったとしても、それは仮説が正しいことの証明には全くならない。一方で、仮説に反する結果を一つでも出せば、それで仮説は否定されたことになる。第2に、仮説を支持する多くの結果があり、仮説を否定する結果が何もなかったとしても、仮説が完全に証明されたことにはならない。いつの日にか仮説に背く結果が得られるならば、その時点で仮説が正しくないことが示されるのだ。仮説には、常に否定される可能性が残されている。」

 銃器鑑定の仮説の検証研究には、その結果に影響を与えてしまう小さな欠陥がある。例えば、10本あるいはそれ以上の「連続製造された」銃器による試射資料を受験者に与える場合、受験者は、それらの資料には互いに類似した痕跡が付けられているだろうことに感付いてしまう。このような条件で行った検証研究は、AFTEが主張するような、現実の鑑定におけるエラーレイトが0に近いという仮説の検証というより、痕跡の比較対照の技能検定試験になってしまう。痕跡の比較検査で、同時期に採取された資料を次々に左右に並べて比較できる場合は、時間的あるいは空間的に離れて採取された資料を比較するときより、結論を得るのはたやすい。そのことを例を用いて説明しよう。八つ子を見て、それらの人物を見分ける試験を考えてみよう。8人が横に整列している中で、該当する人物が誰だか当てることは比較的容易であろう。間違いなく、すべての人を言い当てることも可能かもしれない。一方、8人が一人ずつ登場してきた場合には、該当する人物を選び出すことはかなり難しくなり、選別のエラーレイトは上昇するであろう。連続製造された10本の銃身の研究でも、それらの比較資料の中に該当する資料が含まれない試験条件であったなら、エラーレイトはAFTEが主張しているような1%より高くなったのではないだろうか。現実の鑑定では、ヒットする対象がない鑑定の方がずっと多いのであり、該当するものを含まない試験条件の方が、現実の鑑定にずっと近いものとなる。

 銃身と発射弾丸とを結びつける鑑定の有効性を検証する研究は、不完全なものばかりであったが、抽筒子、蹴子、撃針や閉塞壁の痕跡を用いて発射銃器を特定する鑑定の有効性を検証する研究は、さらに不十分である。これらの部品は銃身よりもさらに大量生産の影響を受けやすいものである。これらの部品を製造する工具には、銃身を製造する工具より耐久性があることから、工具交換や工具の調整をせずに、銃身の場合よりさらに大量の部品が連続製造されている。

(10) 固有性及び誤解を与える確実性の表現
 研究を行った側は、ブランデージの研究などの成果を高く主張しているが、NAS/NRCは、「銃器関連工具痕に固有性があることを示したり、その固有性を確率的に評価するためには、今後、相当多くの科学的研究を行わなければならない」と警告している。「銃器鑑定の結論に、根拠のない統計的表現を用いてはならない」とも警告している。

 一方、資料の識別(由来したものを特定すること)は、元来確率的な行為である。NAS/NRCは「痕跡や特性に固有性があることを示すためには、大規模な資料を用いた研究が必要である。ところが、大半の法科学分野で、そのような研究は行われていない。統計的な根拠がないにもかかわらず、鑑定者はそれぞれの経験に基づいて、鑑定結果を確率的な表現で示している。このような主張は、統計的な解析をしない限り許されるものではない。」とも述べている。特定のものに由来する痕跡であるとの結論には、それが100%確実であるとの暗黙の主張がともなっている。そのような主張に科学的根拠は一切ない。さらに、「絶対に確実」、「科学的に妥当な確実性」、「実用上十分な確実性」などの主張も、統計的根拠があるかのような表現であるが、科学者が認めている統計的根拠は存在しない。

 信頼性のレベルを付けたこの種の結論表現に科学的根拠や統計的根拠は一切存在しない、というのが私の意見である。この種の結論は、単なる推測以外の何物でもない。

 現在の銃器工具痕鑑定で科学的に許容される結論は、法科学センター(The Center of Forensic Sciences)がDNA型鑑定における結論として採用した「一致」と同じであろう。それは「その発射弾丸あるいは打ち殻薬きょうの発射銃器の候補から、Aという銃器を除外できない」、という表現法である。この表現は正しいものであり、「一致」という言葉に、本来証拠価値を確率的に示す意味はない。「除外できない」対象は、それぞれの鑑定者の努力によって拡大も縮小もする。現在のところ、型式特徴(腔旋の回転方向や腔旋の条数など)が同一であれば、候補から除外できない。

(11) 固有特徴と準型式特徴の区別、及び痕跡が偶然に一致する確率
   銃器鑑定者の間で弾丸や薬きょうの痕跡画像の収集が始まり、画像データが増えるにつれて、これまで鑑定の前提としてきた痕跡の固有性の仮定が怪しくなってきた。データーベースのサイズが増大すると、出所が未知の痕跡と出所が既知の痕跡が偶然に合ってしまう例が増加することは当然の理である。アイビス(IBIS、発射痕鑑定統合システム)を用いた研究では、発射痕データーベースのサイズが増大すると、痕跡が類似しているとしてアイビスが提示するヒットリストの中で、真に痕跡が対応するものの順位が低下する傾向が生じた。アルコール・タバコ銃器局の研究によると、発射痕データーベースのサイズが増大すると、たとえば口径9mmの弾丸の例では、アイビスのヒットリストのトップグループに挙げられる痕跡の多くが、真に一致する痕跡ではない例が増大した。そして、これらの本当は一致しないのだがアイビスが類似するとした痕跡の2次元画像を、鑑定者が実際に比較してみると、それらの痕跡の類似性が高いことが判明した。続いて、実際にそれらの弾丸を比較顕微鏡で比較検査してみても、それらが異なる銃器による発射痕とは思えないほど類似している例があったという。この現象は発射弾丸に限ったことではなく、銃器のその他の部品によって付けられる痕跡に対しても当てはまり、痕跡自動識別機械の誤りに限ったことではないと考えることは論理的である。

 工具痕の由来の特定を行う上で最も重要な問題は次の2点である。(1)工具/銃器の固有性の仮定が有効か否か、(2)鑑定者は、どの程度正確に痕跡の元となった工具や銃器を特定できるのか、の2点である。たとえ、最初の仮定が正しく、各工具に固有の工具痕が付けられるとしても、その工具痕と、それを付けた工具とを正しく結び付けられる保証はない。その理由はすでに述べているが、以下にさらに詳細に説明する。そして、工具痕と工具を結びつけた結論の信頼性を裏付けるデータは存在せず、鑑定結果は単なる主観的な信条に過ぎない。

 法科学鑑定分野の中で、その基礎が最も科学的なDNA型鑑定においても、「一致」という用語に確からしさの言葉を付け加えることは、誤解を招くとされており、その確からしさを匂わすことすら好ましくないとされている。ケーラー(Koehler)とサクス(Saks)は次のように述べている。

 「DNA型鑑定は、以前からある法科学分野とは異なり、当初からその(結論の)確率的性格を尊重してきた分野として卓越したものである。そのことは、犯罪捜査研究所が検察官に与えた次のようなメモに表されている。そこでは、区別ができない類似したDNA型が偶然に現れる確率は示すが、誤解を招くような(確実性を示す)用語は使用しないと記されている。:

 『鑑定内容と鑑定結果の関係をより明確にするために、2003年11月1日以降、当研究所(CFS)のDNA型鑑定書では「一致」という用語を用いないことを、あなたに知らせるためにこのメモは作成された。たとえば、Aという人物のDNA型と犯罪現場に遺留されたDNA型とが一致した場合、当研究所の鑑定書には、「人物Aは、犯罪現場の資料を残した人物から除外できない」と記述する。

 今後DNA型鑑定の結論は、犯罪現場のDNA型と同一のDNA型のこの世に存在する可能性のある人物たちの一人であるとの表現を、その確率を用いて示すことになる。同じDNA型の人物は全員、犯罪現場の資料を残した人物から同様に除外できない。その確率の値のみが、DNA型鑑定を行った資料を残した人物の候補から除外できないとされた結論の意味を示す指標となる。』」

(12) パターン照合技術の不適切なたとえ
 「訓練と経験」あるいは「見れば分かる」式の主張に基づく鑑定に対する批判に耐えるために、彼らは、主観的パターン照合技術が、科学的裏付けがなくても有効なものであり、それは両親が双子の子供を見分ける際に、「毎日使われている」能力と同じであると主張した。このたとえは、銃器工具痕鑑定手法との関連はなく、様々な理由から不適切なものである。

 まず、両親は、ほとんどの場合、静止した状態で双子を識別しているのではない。意識的あるいは無意識にかかわらず、言葉にできない多くの手がかりをもとに識別しているし、言葉を手がかりに識別していることも多い。

 2番目に、静止した状態、たとえば写真によって識別する場合や子供が睡眠中に識別する場合であったとしても、痕跡鑑定とは異なる多くの情報がある。たとえば、皮膚のパターン、質感、色調、手足の変形、大きさ、形状、位置などの視覚的手がかりがたくさんあり、双子を識別できる。それに対する銃器工具痕鑑定では、線条痕の本数と幅などの基本的情報しか利用できないのである。(線条痕の深さは通常有用な情報でなく、利用もされてこなかった。なぜならば、条痕を形成する際に作用する圧力が変化しやすく、(そのため、線条痕の深さは変化しやすく)これまでは、線条痕があるかなしかのみが注目されてきた。

 3番目に、両親は、毎日、それも1日中見ている子供を見分けているのである。銃器鑑定者が鑑定を行う銃器は、その時初めて見るメーカー製のモデルであったり、これまでに見たものであったとしても、1日中見ていたものではない。

 4番目に、「日常生活」と科学研究所とは異なる。両親が一卵性双生児を見分ける能力は、科学界が提供する 物理法則が提供する反証可能な仮説に基づいて行われているものではない。そのため、厳密な手法は必要とされず、その手法の検証をしたり、仲間内の検討を要するものでもなくその識別手法を厳密に検証したり、そのエラーレイトを決定する必要もない。

  (13) 根拠のない固有痕跡の仮定
 銃器工具痕鑑定者は、様々な形で固有性の仮定を繰り返してきた。たとえば、「固有痕跡」、「特定の銃器」、「この世に存在するその他の銃器とは異なる」などの主張をしているが、それらに根拠はない。これまでに述べたように、発射痕の固有性の仮定は科学的に証明されたものではなく、単なる推測にすぎない。多くの製造プロセスにおいて、工具やダイに作用する力は圧縮力であり、製造ごとに工具痕を大きく変化させるせん断力が作用する過程はそれほどなく、製造された部品に固有の痕跡は残されにくい。現実には、種々の製造プロセスで付けられる工具痕の大半は準型式特徴を持ったものとなり、固有特徴とはなりえない。工具痕鑑定者はこれとは矛盾した考え方で、製造工具の先端(多くのものがタングステン・カーバイドのチップが使用されている)の変化はかなり速く、製品には「固有痕」を残すと主張している。ところが、銃身、閉塞壁、撃針、蹴子、抽筒子(これらの材料はタングステン・カーバイドや大半の工具鋼よりずっと摩耗しやすい)表面の変化のしやすさと比べれば、加工工具表面は実質的に変化がないといえる。鑑定者の考え方は合理的でない。

 工具痕識別の根拠とされ、鑑定者が主張する弾丸や薬きょうの「固有」痕跡は、種々の段階で付けられた痕跡の総合結果である。すなわち、製造過程で付けられ、その後の部品の取扱いや仕上げ加工で付けられ、そして製品の使用時に付けられる痕跡が重なり合っている。固有痕とされる痕跡が製造時に付けられたものであると仮定しても、その痕跡が製品固有のものか、準型式特徴を含んだものかの区別ができるものとは、私のような生産金属学者にとって大きな疑問である。それぞれの製造ラインについての特別の知識なしでは、痕跡を見ただけで、それが固有特徴か準型式特徴であるかの区別をすることはできないはずである。その区別をするためには、それぞれの製造設備や製造後の製品の流通過程までの知識が必要である。銃器鑑定者は、銃器の製造法の一般知識はあるだろうが、それだけの知識では、弾丸や薬きょうに認められる特定の痕跡がどのようにして付けられたのか 、それが固有痕といえるものか準型式特徴であるのかを決定できるだけの知識としては不足である。私が生産金属技術者として製造過程を観察したところでは、工具痕は間欠的に再現されることがあり、単一の製品を加工した時でも、痕跡特徴が断続的に再現されることを経験している。したがって、連続製造された製品に、連続して準型式特徴が再現されるのではなく、ずっと前に製造された製品、あるいは後に製造された製品と準型式特徴を共有することが、場合によって生じえる。

  (14) 銃器工具痕鑑定の主観性
 銃器工具痕鑑定者が鑑定で「一致」と結論する際の客観的な判断基準が存在しないことは、銃器工具痕鑑定者学会(AFTE)も、その他の鑑定者の間においても共通認識となっている。銃器工具痕鑑定者が鑑定に際して注目する点は、痕跡の類似箇所である。痕跡が類似していないことを理由に、資料が異なる銃器や工具に由来するものとして除外する基準について語られることはない。その結果、彼らは「一致」することの裏付けとなる根拠を探し回っているように見える。彼らは、DNA型鑑定や指紋の鑑定で行われているような「一か所でも異なる部分があれば除外する」という基準を採用していない。この基準は、今では無効なものとして行われなくなった鉛弾丸の成分分析(CBLA)の鑑定ですら用いられていた基準である。痕跡の対応と非対応の状態(質)の評価は難しいが、特に(銃器工具痕鑑定では)固有性のない単なる線(条痕)の組み合わせ(3本から5本程度の線の組み合わせの場合が多い)でしかないことから、対応状態の評価は難しい。同一銃器による発射弾丸や打ち殻薬きょうでも、部分的には類似しない痕跡が付けられることがあることから、類似しない痕跡があっても銃器鑑定者は、通常それを理由に「除外」の結論は下さない。ある研究結果によると、同一メーカーの異なる銃器による発射弾丸の間で15~20%の対応条痕が認められ、同一銃器の場合には36~38%の対応条痕が認められる。最近の研究では、異なる銃器の発射痕の間で25%の条痕が対応し、同一銃器の発射痕では75%の条痕が対応するとの報告もある。銃器鑑定は本質的に主観的判断で行われることから、非対応条痕がどれだけあったら「一致しない」ものとするかについては、それぞれの鑑定者の判断にゆだねられている。法科学のある研究者は、「工具痕鑑定者の中には、ほんの少しの対応条痕があれば、そのような対応条痕は異なる銃器による痕跡の間では認められないとして、一致の結論を導く。」と述べている。AFTEがいくら多くの研究結果を提示しようが、個々の鑑定に際して、銃器製造時の比較参照資料が提供されようが、彼らの鑑定に客観的な基準が存在しないことから、その鑑定が材料科学者や法科学研究者から認められることはあり得ない。

 (銃器工具痕)鑑定を行う上で決定的に重要な技術は、準型式特徴と固有特徴とを区別することであるが、その方法を明確に示した手法は存在しない。その区別ができることを明確に示した手順書、文献あるいは研究が存在しない中で、鑑定者たちは「訓練と経験」によってその技術が身に付いたと説明してきた。そのため、どのようにして固有特徴と準型式特徴の区別をするのかに関する公表された文献はなく、同業者から認められた資料も存在しない。鑑定技術を教育訓練する講師の側が、準型式特徴と固有特徴の区別をする手法を明確に説明できないのに、どのようにして訓練生にその手法を教え込むのであろうか?経験豊富な鑑定者の多くが、「固有特徴と見間違うような準型式特徴がある」とか「固有痕跡と見間違いやすい特殊な型式特徴がある」といった報告をしていることから、この問題はさらに深刻である。

   私が鑑定者らの鑑定メモ類を調査したところでは、準型式特徴の検討はほとんどなされずに、型式特徴の検査から一挙に固有特徴の検査にジャンプしている。実際、本件裁判の事件における鑑定メモを調べても、準型式特徴と固有特徴を区別する作業を行った形跡は見られなかった。私が調べた鑑定メモから分かることは、鑑定者は「オール・オア・ナッシング」の思考法で、鑑定資料が関係する製造手法では準型式特徴は一切残されず、すべての痕跡が固有特徴であるとみなしているものと考えられる。この様な鑑定手法となるのは、証明されていない痕跡固有性の仮定を、鑑定者が信じ込んでいるからであろう。

 大きな問題ではないとして見逃されてしまいそうな点に、個々の線条痕の特徴に対する評価がきわめて主観的であることが挙げられる。線条痕の特徴は極めて重要であるのだが、その評価は難しく、本来主観的に評価されてきた。線条痕を記述するパラメーターとして科学的に受け入れられるものは存在せず、工具痕鑑定者らは定量的でない漠然とした言葉で線条痕を特徴づけてきた。本件とは別の被告人に対する裁判で、ある工具痕鑑定者は線条痕の一致について次のように説明した。「1、2本の線条痕が対応しているだけでは痕跡一致の結論には不足であるが、個々の線条痕に特徴があるならば、そして、それらの対応条痕の特徴がそれほど違わないのであれば・・・」。金属・材料科学者の視点からは、線条痕に「特徴」や「模様」があるという主張はばかげているとしか言いようがない。それらの特徴は、見た者にしか分からない主観的な内容である。その特徴の記述は定量化できず、再現すること(別の時期に全く同じ言葉で特徴を記述すること)も難しい。同僚から検証を受けることはできるが、その記述を反証することは難しいであろう。したがって、その特徴記述は科学的手法の条件を満たしていない。

(15) 固有痕比較の信頼性
 本件の鑑定で痕跡の固有性の根拠とされたものは、(私が見ることのできた鑑定メモから判断すると)弾丸と薬きょうを検査して、撃針痕、閉塞壁痕、抽筒子痕と、あるいは蹴子痕を組み合わせた痕跡の類似性であろう。ところが、これらの痕跡は準型式特徴が現れやすく、信頼性の低い痕跡であるというのが工具痕鑑定者の間での一致した見解となっている。この点については、以下に説明する。高名な工具痕研究家が「準型式特徴を言い当てることが難しいことが、これまでほとんど議論されてこなかった。」と述べている。

 撃針痕、蹴子痕、抽筒子痕と閉塞壁痕が痕跡の出所の結論をする際の根拠として弱い理由は以下に挙げるものである。
 ●撃針、蹴子と抽筒子を製造する際に、それらの狭い表面に付けられる特徴はごくわずかなものに過ぎない。
 ●銃器の耐用年数の間で再現性の良好な痕跡と一般的に考えられているものに、閉塞壁痕、蹴子痕、抽筒子痕があるが、銃器の閉塞壁面と薬きょう底面の間に作用する力は圧縮力であり、蹴子痕や抽筒子痕と薬きょうとの間に作用する力も圧縮力である。
 ●閉塞壁面、抽筒子と蹴子の製造加工法は、準型式特徴が現れやすい手法である。
 ●撃針痕の製造手法も限られたものしかない。

 著名な工具痕鑑定家は、論文の一つで「旋盤で加工された撃針痕に残される同心円状の工具痕は、複数の撃針の間できわめて類似性が高かった。したがって、銃器工具痕鑑定者は、発射銃器の特定を行う場合に、その種の痕跡に頼ることができないことに注意されたい」と述べている。

(16) 偶然に一致する確率:全米科学アカデミーの見解
 すでに述べたように、NRCのバリスティック・イメージング報告書では、工具痕に固有性があるという仮定は科学的に証明されていないと述べられている。報告書ではさらに、「最新の技術を使用するようになって、さらに訓練や経験が集積したとしても、工具痕鑑定者が論理的でない基準に基づいた主観的な判断を行っているという現状に変化は生じないないだろうし、鑑定のエラーレイトの統計的推定値も明らかにならないだろう」と述べている。繰り返しとなるが、「工具痕の固有性を確率的に定量化するためには、相当多くの研究を行う必要がある」とも述べられている。工具痕の固有性が科学的に確立され、あるいは認められたとしても、工具痕の由来物を特定した結論の確からしさの確率統計的評価を行う次のステップが残されている。そこでは、偶然に痕跡が「一致する」確率が推定できなければならない。その解析には、次のような2ステップが必要となる。:(1)その鑑定結果が、二つの工具痕が共通のものに由来する場合に得られる確率の推定(反復性の推定)、(2)その鑑定結果が、二つの工具痕が異なるものに由来する場合に得られる確率の推定(固有性の推定)。これら2つの問題に対する有効な回答なしでは、鑑定結果の確実性を明らかにすることはできない。AFTEの文献には、これらの問題に対する回答を示したものは存在しない。銃器鑑定者は、「一致」結論の確実性の証明なしに、絶対的に正しい結論であるとの主張を続けている。リベラ(Rivera)による偶然の発見によって、同じ会社が製造した同一口径の異なる銃器で、容疑者が購入した地域と近い場所に出荷された銃器の中には、容疑者の銃器の痕跡ときわめて類似性の高い痕跡を残すものがあることが明らかとなっている。現在では使用されなくなった鑑定法である鉛弾丸の成分分析法(CBLA)を我々が研究した際に、「地理的クラスター」と呼ばれる出荷地域による類似性の出現は、論理的にも確認され、経験的にも驚くほど高い出現率であった。

(17) きわめて類似性の高い痕跡の近隣地域での出現
   個々の工具が、それ固有の痕跡を残すという固有性の仮定は科学的に確立されておらず、この固有性の仮定は科学界と法科学界から誤りとされている。また、同時期に製造された製品がどのような地域に流通しているかについて信頼できるデーターもない。製造された銃器が米国内に均一に分布するように販売されることはありそうにない。そうではなく、鉛弾丸の研究者が明らかにしたように、同時期に同様な製造手法で製造された銃器は、特定の地域に固まって流通するのではなかろうか。弾丸や薬きょうに付けられる発射痕の一致状況を評価する上で、特定の型式の銃器の販路を考慮する必要がある。さらには口径が同一の類似した型式の銃器が特定の地域にどれだけあるかも考慮する必要があるだろう。銃器・工具痕鑑定者は、類似痕跡から、それらの痕跡が同一物に由来するものと結論した場合に、その結論の確率的価値を明らかにしたことはなく、その確率を考慮したことすらない。文献を徹底的に調査したところ、その確率的価値を求める上で、銃器の販路を調べたものは一切なかった。彼らがそのようなことを調べない理由は、それぞれの銃器が固有の痕跡を(弾丸や薬きょうに)残すという検証されていない仮定を信じ切っているからであろう。 鉛弾丸の成分分析の鑑定をしてきた人たちも、ほぼ40年間にわたって、鉛弾丸の成分の固有性を信じ切っていた。それは最近の研究によって有効な仮定ではなく、鑑定結果は誤解を招くものであり、法科学的に意味をなさないことが明らかとなったが、それまで彼らはそう信じていたのである。

(18) 鑑定者の結論の偏り
 鑑定手法が完成したように見える現在でも、鑑定者の結論には種々の偏りが含まれている。偏りとは、客観的あるいは平等であるべき判断に、特定の見方が影響を与えてしまうことである。鑑定に際する偏りの一つに、期待に伴う偏りがある。弾丸や薬きょうに付けられた工具痕の比較資料として、大半の事件で容疑銃器は1丁しか提出されない。鑑定者がそれらの痕跡を調べて、ひとたび「一致」の結論を出してしまうと、それ以外の銃器の痕跡を調べようとはしないだろう。今調べた銃より、もっと類似した痕跡を付ける銃器があるかもしれないのに、である。このような検査法は、何人かの人物を並べて、その中に犯人がいるかどうかを目撃者に調べさせる際に、目撃者に容疑者を一人だけしか見せずに判断を迫るようなものである。鑑定者は、捜査員が持ってきた銃器は、「間違いないもの」であり、捜査員は、ただそのことを確認してもらいたいだけなのだ、と期待するようになる。事実私が調べた多くの事件で、「ヴィンセント・マッコイが逮捕されたことで、この事件は解決した」、といったようなコメント付きで資料が提示されていた。捜査員が「真犯人」を挙げているのだから、鑑定資料でそれを確認していほしいだけなのだ、と鑑定者に信じ込ませるような状況が作られていた。鑑定資料を法科学研究所に提出する手続きも、法科学研究所がその資料を受理する手続きも、鑑定結果が肯定的になることを期待させる偏りに満ちたものとなっている。さらに付け加えると、銃器工具痕鑑定の現実のエラーレイトが小さなものとなっている最大の要因は、警察の捜査がほとんどの場合で的確であることにある。

 法科学鑑定者が陥りやすい別の偏りに、状況に依存した偏りがある。その例は、平均して16年の鑑定実務経験を積んだベテラン指紋鑑定者を対象とした研究に示されている。その研究では、被験者に対して、すでに鑑定を行ったことのある指紋をブラインド試験の形で改めて検査させたものである。その際、被験者に対して客観的判断を揺るがせるような架空の事件情報を資料とともに示した。被験者は、そのような事件情報は一切無視して、指紋にのみ集中して鑑定を行うように指示された。ところがこの研究結果では、80%の再鑑定結果が架空の事件情報の影響を受け、以前行った鑑定とは異なる結論となった。

 このドロール(Dror)の行った研究のもう一つの結論は、過去の鑑定と一貫した結論をすべての場合で導いたのは、受験者のわずか1/3であったということである。パターン認識の観点から、指紋の隆線の特徴は7種類に分類できて、その幾何形状は、意味のない線条痕の組み合わせである工具痕と比較して単純でかつ記憶しやすいものである。ドロールの研究の研究者たちは、事件情報を与えずに再検査しても、指紋の特徴点に挙げる箇所が異なっていたことを指摘している。(工具痕や指紋の比較において)少なくとも主観的な評価が行われていることが推定でき、事件情報が与えられなくても、時間を置いて行う鑑定の結果と以前に行った鑑定の結果とが一致しないことが示された、と結論している。

(19) 誤鑑定の教訓が生かされない現体制
   工具痕鑑定者が工具痕の由来物を特定した結論には、それが有効であることを示す裏付けがない。なぜならば、鑑定手法が主観的であり、その結論に科学的根拠がなく、結論を有効にフィードバックする体制もないからである。鑑定者は通常、研究結果やデータの裏付けなしに主観的な結論を導き、鑑定書を書き、そして、しばしばその内容を裁判で証言する。その後、研究所に戻って別の鑑定をする。ブランドン・メイフィールド事件のような、ごくまれな例外事件を除くと、鑑定者の意見や証言が本当に正しいのかを決定する体制はなく、そのため鑑定のエラーレイトは不明なままである。したがって、一致しないものを一致したとする空振り鑑定(フォールス・ポジティブ)が発生する割合は分かっておらず、このことについては、以下に詳しく紹介することにしよう。

 工具痕の由来物を特定した鑑定結果が誤りであっても、それは様々な理由から明らかとならない。第1の理由として、AFTEの閉鎖性が挙げられる。AFTEのような閉鎖集団内の論文査読では、他の学問分野の観点からの批判が弱い。たとえば、少なくとも1620年から社会心理学や研究方法論の分野では認知されていた「確証バイアス」について分かる人がいない。先入観に基づく誤りについては多くの研究者によって論じられている。たとえば「特に法科学は人間の知覚で判断することが多く、通常の科学手法に基づく手法が用いられない分野であることから、先入観に基づく誤りが発生しやすい」といった見解がある。多くの研究者によって明らかにされている先入観に基づく誤りは、初めからある想定や信念に反する事実が目に入らなくなることによって発生する。銃器工具痕鑑定のように、主観的な判断を行っている分野では、先入観に基づく誤りには、最も気を付けなければならない。スペインの列車爆破テロ事件の捜査において発生したブランドン・メイフィールド事件は、この先入観に基づく誤りが発生した好事例である。この事件では、経験豊富で、指紋鑑定分野で高名な複数の指紋鑑定者が(弁護側の鑑定人1名までもが)、この種の誤りに陥ってしまった。そして、最初の鑑定を確かめた鑑定までもが誤った結論を導いたのだ。弁護側の鑑定者までが、捜査側鑑定を追認したことは、(以前の鑑定が正しいだろうという)期待に基づく判断の誤りは、鑑定者の個別の先入観による誤りよりも強いものと考えられる。ブランドン・メイフィールド事件は、同様のパターン認識による鑑定を行っている銃器工具痕鑑定において、決して無縁のものではない。

 法廷は鑑定室ではありえず、「時間をかければ明らかにできる」として行われる、工具痕鑑定の証言の妥当性とその結論の受容性について時間をかけて尋問をおこなっても、実際の鑑定の有効性を検証したり誤鑑定率を明らかにすることはできない。情報源が一方的であり、鑑定人の証言の正当性を検証する方法が存在しないからである。NASの最新の委員会報告書には、以下のような記述がある。

 「鑑定人が裁判に出廷すれば、その証言は法廷で同業者が厳密に検証し、弁護人から詳細な尋問を受けることから、その真偽は常に検証可能であると法科学界では長年みなされてきた。法科学者は、時として職場で誤鑑定を犯すであろう。ただ、法廷における厳しい反対尋問に晒されることで、その誤りは明らかにされると考えられてきたのである。ところが、この厳しいとされる反対尋問は、まったく不十分なものに過ぎない。

 双方の力がバランスしている民事裁判とは異なり、刑事裁判での被告側の反対尋問はおざなりなことが多い。法科学の中で鑑定手法の根拠が最も希薄な毛髪の顕微鏡観察、歯形痕の識別、筆跡鑑定ですら、法廷で反撃されることはあってもる、その特定の事件での証言の事実検証が法廷で行われずに、以前から認められていた鑑定手法であることを根拠に、その鑑定を受容できるものと裁判所は認めてしまうのである。弁護士も、適切な証人を立てたり、新たなデーターを提出することができずに終わることが多い。弁護側がドーバート基準による異議申し立てをしようにも、必要とされる知識や技量を欠いており、またそれを行う経済的裏付けもないことから、異議申し立てをあきらめざるを得ないのである。」

 過去の鑑定や裁判例がフィードバックされない理由の一つは、個々の事件における証拠の正確性を決定する総合的で意味のある研究がなされていないことで、一般的な誤鑑定率すらわからないことにある。銃器がかかわる事件の多くは、犯人と被害者との距離が離れていることから、(強姦などの接触犯罪と比較して)犯人から被害者へのDNAの付着が生じにくい。したがって、科学的に正確性が確認されているDNA型証拠と比較することで、証拠の正確性を確認することができない。第二の理由として、司法制度そのものが、誤った鑑定を発見しにくくするシステムとなっていることが挙げられる。個体識別の鑑定結果が誤りであることは、まったくの偶然に発見される以外、発見される手立ては存在しない。工具痕鑑定で、その鑑定結果が誤りであることを検証する別の鑑定法は存在しない。鑑定人が行う個体識別の手続きを科学的に信頼できる手法で検証することができないことから、誤鑑定率が低いという主張には根拠がない。

 様々な検査手法や検査手続きを混同して分析していたのでは、「鑑定技能検定」とか「有効性の確認研究」といわれるものも、誤った手法で行われ、あるいは誤った結論が導かれている。法科学鑑定で行われる「鑑定技能検定」は、特定の鑑定人の鑑定作業の正確性と信頼性を決定することができるに過ぎない。「有効性の確認研究」を行うには、実施する検査に用いられる仮定や理論が正しいのか誤っているのかを見極めることのできような、科学的手法に基づいた科学的方法論を厳格に適用することが求められる。種々の検査法や研究テーマの後ろに「有効性の確認研究」という表題を付けたからといって、そのような研究が行われたことを意味しない。

   現在、法科学分野で行われている鑑定技能検定試験は、法科学鑑定の誤鑑定率を求める上で全く価値のないものである、というのがこれまでの経験に基づく私の意見である。現行の鑑定技能検定は、様々な理由から問題がある。その理由の中には、(a)二重盲検法どころか盲検法すら使用されていない。したがって「一致」の結論を導く際には、ことさら注意深く検査を行うことになる。また「不明」の結論を出すことが許されていて、その結論が誤答とみなされないこと、あるいは誤鑑定率の集計から除かれている。(b)検定試験の問題となる資料は、ほとんどの場合で、現実の事件の資料よりずっと簡単な資料が用いられている。(c)時には、受験者にとって見覚えのある検査資料が試験に用いられることがある(組織内の資料を用いた試験の場合)。(d)組織内から不合格者を出すことは、その鑑定人の経歴に傷がつくのみならず鑑定組織の評判も落とすので、不合格の受験者が出たことを鑑定機関が明らかにしたがらない。(e)鑑定機関の体面を保持するための組織防衛が強い。(f)職員をかばうため、受験者が正答を出すまで、試験をやり直させることがある。(g)日々の鑑定では一人で鑑定させている業務を、技能検定の場合は複数で担当させる配慮をする。(h)誤答が出た場合、その答案を破棄してしまい、保管しない。などが挙げられる。

 銃器と工具痕鑑定の鑑定結果の検証には、統計学者と金属/材料学者を加えて行うことが適切であるということが私の信念だが、今のところ銃器工具痕鑑定者学会(AFTE)も銃器工具痕に関する科学的ワーキンググループ(SWGGUN)も、鑑定に用いられている方法論の検証に、これらの外部の学者を加えて行うつもりが全くない。事実、高名な学者を加えて行おうと呼びかけた検証研究は、警察組織の鑑定者によってすべて拒絶されてしまった。現実的な誤鑑定率を求める科学的研究は、裁判所がその数字が必要だというまでAFTEは行わないだろうというのが、私を初め、様々な学者や科学者の間で共通した意見である。工具痕の比較対照に、裁判所だけでなく高名な学者やNRC/NASが関心を持ったのは、ごく最近になってからのことである。数十年にわたって工具痕鑑定者の仲間内で認められてきた個体識別の技術が、科学界で一般に認められたものというわけにはならない。この分野で行われている痕跡を付けた工具を特定する結論は、科学的に有効と認められた手法に基づいて行われているものではなく、科学的根拠がないというのが私の意見である。

 NASの委員会による法科学についての最新の研究結果によれば、「既存の法科学分析手法の中で、核DNA型鑑定のみが厳密で一貫性のある分析手法を用いており、その分析結果の確実性は高く、証拠資料と特定の個人から採取した試料との間のつながりを示すことが可能である」。

 本件で政府側が裁判所で示した証拠には、科学的根拠がない。「これ以外のすべてのものは該当しない」、「この銃以外の世界中の銃器は該当しない」、「固有の特徴がある」、「科学的に合理的な信頼性がある」、「実用上十分な確実性がある」、「誤鑑定率はほぼ0%である」、「絶対確実な手法である」、「この銃器によって発射された弾丸である」といった表現は、さも統計的な裏付けがあって、その結果として高い確実性が得られているかのような主張であるが、科学者はその根拠を認めておらず、そのような確実性の高い結論が得られたとは見なされない。かなり以前のNAS報告書に次のようにある。「発射銃器の特定の鑑定結果は、その統計的根拠を示さない場合には、統計的根拠があるかのような結論は許されない」。NASの発射痕画像検索システムに関する報告書では、「この銃以外のこの世に存在するすべての銃を除外できる」といった法廷での証言は、「痕跡が一致したというきわめて主観的な結論を、まったく根拠がないにも関わらず、極端な確率表現を用いて、あたかも誤鑑定率が0であるかのように装ったものである」と書かれている。

(20) 誤って一致と鑑定する確率
 誤鑑定率が、よく言われるような0.1%や、ほとんど0%、ましてや全くの0%ではないことを示す多くの資料がある。異なる銃器によって発射された弾丸との間でも見られるような、ごく少数の条痕が対応していることを鑑定者が重視して結論を下した場合に、この種の誤鑑定が発生することが調査資料によって明らかにされている。異なる銃器による発射痕の間で、51%もの条痕が対応することがあったという報告もあることから、この事実はうなずけるものである。その報告によれば、異なる銃器による発射痕の間で39本もの対応条痕や類似箇所があったとのことである。さらに、各々の製造工具に固有特徴があるとは限らない。誤鑑定率についていえば、現代統計学を用いれば、法科学鑑定者でも数量的分析が可能で、それを用いた判断が可能であるにも関わらず、それが行われていないと学者たちは論駁している。

 法科学界では、誤鑑定を積極的に発見しない。ほとんどの誤鑑定は偶然に発見されている。誤鑑定はまれにしか発生しないとAFTEがいくら主張しようとも、銃器・工具痕鑑定分野における誤鑑定の存在は多くの文献に示されている。それらの文献の執筆者の中には、法科学研究所で銃器・工具痕鑑定部局の責任者であったものが含まれており、銃器工具痕分野の鑑定結果に相反するものが出てきた場合、そのどちらを採用すべきかの調整役を務めた人たちである。その内の一人は、発射痕識別分野では、「驚くほどの数の誤鑑定がある」と述べている。アメリカ法科学会(AAFS)の会員の一人が法令施行支援事業団(LEAA)の基金を得て行った研究では、24%の法科学研究所が誤鑑定を行っていたことを明らかにした。また、FBI研究所の銃器・工具痕鑑定課の元課長は、AFTEの教育セミナーで行った講演の中で、「皆さんは、重大な誤鑑定を行った仲間がいることを知っているはずだ」と話し、「誤鑑定が公にされてしまった鑑定者は、犯した誤りを忘れることは許されない」と述べている。この元課長は続いて、口径.45インチの1911A1自動装てん式拳銃の誤一致鑑定について触れ、FBIだけが鑑定結果の真偽を判断する機関ではなことから、ここに示した誤鑑定例は氷山の一角に過ぎないだろうと述べた。

 ある研究によれば、鑑定技能検定試験を受験した銃器鑑定者の9.1%が明らかな誤りを犯しており、それ以外の鑑定者の中にも許容できない鑑定結果を出していた。

 ある警察官が行った誤一致鑑定についての説明には、銃器工具痕鑑定の主観的な結論に問題があることが総括的に示されている。当該事件に対する郡保安官事務所の起訴状では、ロサンゼルス警察法科学研究所の鑑定者が薬きょうと弾丸にみられる痕跡の類似性を根拠に、それらを「一致」と結論したという。ところが、別の個人鑑定者は、検察側の鑑定は、類似痕跡に必要以上の重要性を付与したことによる誤一致鑑定と主張した。結局、それらの痕跡は偶然に類似性が高かっただけで、同一銃器由来の痕跡とは結論できないとされた(実際異なった銃器による痕跡であったという)。ある個人鑑定者は、それらの痕跡は、明らかに異なる銃器に由来するものであり、一致でも何でもなくLAPDの誤鑑定である、と語った。著名な銃器鑑定者で、斯界の権威であるジョン・マードック(John Murdock)は、「銃器鑑定は法科学の中で何かと問題のある分野である。なぜなら、その結論は主観的性格のものであり、鑑定者の経験に基づいてなされるからである。長年この分野の鑑定を行ってきた鑑定者といえども、正当な経験を積んできたとは言えない者もいる」と述べている。

  比較的最近の出来事だが、ミシガン州デトロイト市のデトロイト市犯罪科学研究所に対して行われた監査で、違法行為ではない単なる人的ミスに基づく誤鑑定率がなんと10%にも昇るという驚くべき事実が報告された。この銃器工具痕鑑定の許容できない高い誤鑑定率を根拠に「デトロイト市の犯罪科学研究所の銃器鑑定は2008年春に停止させられた」。一つの事件の誤鑑定例を示すと、2007年5月の発砲事件で採取された42個の打ち殻薬きょうは、デトロイト市警察の鑑定では、すべて1丁の銃器に由来するものであったが、ミシガン州の研究所が後に行った鑑定では、それらは2丁の銃器に由来するものが混ざっていたのである。

 別の重大な誤鑑定例は偶然発見された。トロッター(Trotter)対ミズーリ州事件は、ある場所で警察官が射殺されたものである。当初捜査官は、警察官は自らの拳銃で撃たれたものと考えていた。ところが事件現場で拳銃は発見されなかったのである。その後、全く別の事件の容疑者の拳銃の試射弾丸の痕跡が、死亡した警察官から採取された現場弾丸と一致したとの鑑定結果が提出された。それからしばらくして、死亡した警察官の拳銃が結局のところ発見され、遺体から採取された弾丸はその拳銃から発射されたものと確認された。その鑑定は、前の鑑定を行った銃器工具痕鑑定者と同じ人物が行ったものであった。

 別の誤鑑定事例は、ウィリアムズ(Williams)対カーテルマン(Quarterman)事件で、ある銃器工具痕鑑定者が行った当初の鑑定で、この事件の弾丸は、ある口径0.25インチの自動装てん式拳銃で発射されたものに間違いないとの鑑定結果が提出された。ところが、その後その拳銃の所持者とは全く別の人物が所持していた口径0.22インチの自動装てん式拳銃から発射されたものであるとの結論に至ったのである。

 NAS報告書に対するAFTEの反応は想定されたとおりであった。その対応に対して、ある法科学・法律学者は以下のように述べている。

 (AFTEの連中は)科学界の権威であるNASが投げかけた疑問に対して、一歩も譲らずに、NASの報告書は一切受け入れらるものではないとの議論を繰り返している。例えば、パターンマッチの鑑定手法は、(すでに各種の研究によって否定されているにもかかわらず)その正当性はすでに認められており、(誤鑑定が存在しているにもかかわらず)誤鑑定率はゼロであると論じている。

 彼らの最大の誤りは、サイモン・コール(Simon Cole)博士が「指紋鑑定者の誤謬」と名付けている点にある。(もっとも、同じ議論はすでに工具痕と歯形痕の解析について様々に議論されてきた。)この議論は、経験を積んだ技量のある鑑定者は、特定の痕跡(たとえば工具痕)を見たときに、そこには他の痕跡には見られない「固有の特徴」を認識できて、その「固有の特徴」を共有している痕跡は、絶対的な確実性を持って、ともに同一のもので付けられた痕跡と結論できるというものである。NAS報告書にあるように、どの痕跡にも「固有の特徴」が存在するとの証明はなく、したがって、痕跡鑑定者が二つの痕跡が「一致している」とする結論、すなわち同一の工具に由来する痕跡であるとの結論の根拠は存在しない。それにもかかわらず、痕跡鑑定者たちは、「どの痕跡にも識別可能な固有特徴が存在するので、痕跡の識別は可能であり、したがってその結論に誤りはない」と主張し続けているのだ。

   このように、AFTEは真の科学が示す現実に目を向けていない。科学界で最も権威のある組織であるNASが2本の報告書(発射痕画像データーベース報告書と法科学の現状報告書)を発表した後になっても、もっとも尊敬を集めている法執行機関(FBIとワシントンDC警察)ですら、発射痕・工具痕鑑定の誤鑑定率が実際にはどの程度であるかを確認する研究を実施することを拒否し続けている。

(21) 結論
 銃器・工具痕鑑定の結論の前提となる(痕跡の)固有性は、確率的な推論に基づくもので、鑑定者は自らの経験で得た「異なるものに由来する最も類似した痕跡」の記憶を頼りに結論を導いている。この法科学界にはびこる個体識別が可能であるという考え方が誤っていることは明らかである。その点についてザクス(Saks)とケーラー(Koehler)は次のように述べている。

 「めったに現れない特徴は固有痕かもしれないが、特徴の総数に対して、対象となっている個体の数がずっと少ないからと言って、それらの個体がすべて異なる特徴を有しているとは限らない。このことを簡単な例で示そう。00から99までの100種類の数字を印刷する宝くじの印刷機を考えてみよう。この印刷機はこの100種類の数字の中から、ランダムに一つの数字を印刷する。10人が順に印刷されたくじを引いたときに、すべての人が異なる数字を引き当てる確率は100%ではない。10人に対して、くじの種類の可能性は、その10倍の100通りあるが、実際には、すべての人が異なる番号のくじを引き当てる確率は約40%である。

 多くの法科学分野が抱えている個体識別の概念は、抽象化され、あるいは誇張された存在である。そこに科学的な妥当性はなく、出現頻度が少ない特性を固有性と考えている誤った論理である。

 固有性とは単一無二を意味している。固有の特徴は、「絶対的な特性」、「この世に一つしかない特徴」である。

 ザクスとケーラーが論究した固有性の限界に関する指摘は、DNA型鑑定に対して行われたものであるが、銃器・工具痕鑑定では、「型」が存在しないため、この問題はさらに深刻なのである。

 銃器・工具痕鑑定における固有性識別は科学的に認められておらず、主観に基づく推測でしかないという私の主張は、高名な学者や米国科学アカデミーの意見と同じである。アリゾナ州立大学法学部教授のマイケル・ザクス博士、ノースウエスタン大学法学部教授で法科学方法論の学者であるジョナサン・J・ケーラー教授から、銃器・工具痕鑑定の問題点として、次の点を掲げるように勧められた。

 『現在いえることは、犯罪学者にとって既知のパターンと容疑のパターンとの区別ができない(すなわち既知のパターンと容疑のパターンとは区別不能、同等あるいは一致と結論された)ときには、犯罪学者はその知見を適切に、明快に、かつ自制的に鑑定書に記載しなければならないということだ。たとえば、二つのパターンが同等あるいは一致したということは、必ずしもそれらのパターンが同一のものによって付けられたものであることを意味しないことを説明する必要がある。この点を説明すれば、犯罪学者といえども、これまでのように、痕跡を付けたものに関する結論を導くことを躊躇するだろう。また、そのような結論が健全な理論や確たるデーターに支えられたものでないことに気付くだろう(裁判所としての考え方も、これとほぼ同様の結論になるはずである)。

 鑑定者は、二つのパターンが互いに一致することを発見したとき、証拠物件の痕跡から一群の容疑物件あるいは容疑者の中から対象を一つに絞り込めたと説明するかもしれない。容疑物件あるいは容疑者を一つに絞り込んだ場合の結論の確実性は、対象となる一群の容疑者あるいは容疑物件の数によって決まる。唯一に絞り込める(すなわち各個体それぞれに固有性がある)ことには何ら科学的根拠はない。犯罪科学のほとんどの分野で(DNA型鑑定を別にすると)、対象をどこまで絞り込めるのかに関する根拠のある経験則は存在しない。鑑定者は、この点に関する知識不足を埋め合わせるために直感や推量を加えてはならない。鑑定者による絞り込めた容疑対象の数の推測は、あくまでも推測にしか過ぎない。単なる推測なのだ。』

   私は、この評価にまったく同感である。すでに述べたように、科学によって支持される正確で適切な結論は、「一群の工具を容疑工具から除外することはできない」となるはずだ。現在のところ、その「一群の工具」には、型式特徴を共有するすべての銃器が含まれる。鑑定者による、個別の銃器の製造過程に関する研究と(技能検定試験ではない)真の妥当性確認研究を行うことによってのみ、この「一群の工具」の対象を狭めることができる。

 以上要約すると、法科学分野で行われている銃器・工具痕鑑定は、科学としての厳密性を欠いており、個体識別をすることは許されず、その結論に信頼性があることを述べることは科学の世界でのみ許されることであり、この分野においては許されない。

 以上、私の嘘偽りのない証言である。

以上の証言が偽りの場合には偽証罪に問われることを承知の上で、私は真実を正確に証言した。

ウイリアム・A・トービン

(2013.3.10)  



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