銃器関連工具痕鑑定を証拠から排除せよと主張するクリフォード・シュピーゲルマンの宣誓供述書



(1) はじめに
(2) 銃器鑑定者の誤った思い込み
(3) 科学的手法とは
(4) 反復性と再現性を保証するには
(5) NRC報告書が指摘した銃器工具痕鑑定の非科学性
(6) 標準作業手順書
(7) 鑑定結果のエラーレイト
(8) 不完全な研究
(9) 根拠が希薄な銃器工具痕鑑定
(10) 統計手法を用いていない銃器鑑定
(11) バリスティック・イメージングの結論
(12) アメリカの法科学の強化における評価
(13) NRC報告書が裁判に与える影響
(14) 全米科学アカデミーの活動
(15) 私の意見は科学界が承認した結論であること
(16) 銃器工具痕鑑定が科学界から承認されるためには
(17) 決して許されない結論
(18) 銃器鑑定の結論に確実性の程度を含めることはできない
(19) 科学的に許容できるのは型式特徴による絞込みだけである
(20) 銃器工具痕鑑定者による検証研究
(21) 現実の鑑定のエラーレイトの推定値
(22) エラーレイトの算出に協力しない鑑定者団体
(23) 銃器工具痕鑑定の現状
(24) 科学アカデミーに相談する必要性
(25) 私の意見は科学界の主張を代弁したものである
(26) 結論
(27) あとがき


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(1) はじめに
 ここで紹介する宣誓供述書を提出したクリフォード・シュピーゲルマン(Clifford Spiegelman)は、米国学術会議で「科学技術と法律委員会」の共同議長を務めていたドナルド・ケネディー(Donald Kennedy)が、実験計画法などに詳しい統計学者として「アメリカの法科学の強化-未来への道程」の編集時に委員の一人に選んだ人物である。

 宣誓供述書で述べられている経歴をまとめると、1970年にニューヨーク州立大学バッファロー校で経済、数学及び統計学の学士を取得した。その後、1973年にはノースウェスタン大学で経営学修士を取得し、1976年にはノースウェスタン大学で統計学及び応用数学で博士号を取得した。その後、フロリダ州立大学の統計学の教授の職を得た。1990年にテキサスA&M大学の統計学教授となり、現在は同大学の上級教授の職にある。統計学の分野で数々の業績を挙げてきたことが、宣誓供述書に記載されているが、それらは「銃器鑑定の結論は統計が深く関連している」という一般論の部分とともに省略する。

 シュピーゲルマンが法科学分野に深いかかわりを持ったのは、2003年に米国学術会議(NRC)の「鉛弾丸の法科学的成分分析法」検証委員会の委員に選ばれ、当時までFBIが行っていた鉛弾丸の成分分析鑑定には科学的根拠がないと批判する報告書を作成してからであろう。ちなみに、FBIはこの報告書が公表されると、現場弾丸と被疑者の関係場所で発見された弾丸の成分分析を行い、それらの成分が類似している場合に、被疑者が犯人であるとする鑑定を行うことを放棄した。

 J.F.ケネディー大統領が暗殺された際に現場に遺留された現場弾丸の放射化分析を行い、「銀とアンチモンの含有割合から、現場弾丸片5個は2個と3個の2種類に分類され、これらは元は2個の弾丸が破片化したものであり、オズワルド以外の狙撃犯はいなかった。」とする当時の鑑定結果がある。これに対してシュピーゲルマンらは、当時行われたと同様の放射化分析法による分析を再度試み、「当時の分析結果に大きな誤りはないが、その結論には統計的に誤りがあり、元は3個の弾丸であったものが破片化した可能性が同様に高く、オズワルド以外の狙撃犯がいた可能性を否定できない。」とする論文を2007年に発表している。

 ここで紹介する宣誓供述書は、アメリカ合衆国対ヴィンセント・マッコイ事件において、2010年12月にワシントンD.C.最高裁判所に提出された。小見出しは訳者が付けたものである。

(2) 銃器鑑定者の誤った思い込み
 銃器鑑定者は、個々の銃器が、その銃器固有の痕跡を弾丸や薬きょうに残すと信じ込んでいる。私は銃器鑑識の文献を何十編も読んでみたが、このような銃器の固有性を正当化しそうに見える文献はただの1編も存在しなかった。私は、検察側が参考文献として提示した文献も読んだ。100歩譲って、弾丸と薬きょうには、それぞれ固有の痕跡が付けられていると仮定しよう。ところが、そのような仮定を置いたとしても、銃器鑑定者が用いている現在の方法論では、弾丸と薬きょうの痕跡から、それらの資料を特定の銃器と結びつける鑑定結果を正当化する科学的裏付けは一切存在しない。このことは、私の意見であるとともに科学界の総意であることが、2008年のNRC報告書「バリスティック・イメージング」と2009年のNRC報告書「アメリカの法科学の強化-未来への道程」に凝縮して示されている。これらの報告書の内容は、アメリカ統計学会によって承認されたものである。

(3) 科学的手法とは
 科学的手法とは、多くの科学者によって認められた方法によって検証された仮説に基づいたものであり、そこでは反復性と再現性が保証された科学的手続きが用いられる。これによって、科学的手法を用いた分析結果の信頼性が保証されている。反復性が保障された銃器工具痕鑑定結果とは、同一の鑑定人が(同一物件に対して)異なった日時に行った鑑定結果が、同一になることを意味する。再現性が保証された鑑定とは、異なった鑑定人が(同一物件に対して)行った鑑定結果が、すべて同一になることを意味する。鑑定手法にこのような特性がないとすれば、その方法では信頼性の高い正確な結果は得られないことを意味する。

 銃器工具痕鑑定の信頼性を保証するためには、弾丸と薬きょうの発射銃器を特定をする上で行われるすべての鑑定経過で、科学的手法を用いる必要がある。すべての鑑定経過で反復性と再現性が保証されていなくては、同一鑑定人が異なった日には別の結論を出すのではないか、異なる鑑定人ならば別の結論を出すのではないか、という疑問に答えることはできない。

(4) 反復性と再現性を保証するには
 反復性と再現性があることを示す上で最初に必要となり、そして最も重要なことは「SOP」と略称される「標準作業手順書」の作成である。SOPには、個々の銃器から発射された実包構成部品に残される痕跡を、その銃器に関連付ける上で必要な、すべての重要なステップが記述されていなければならない。そこには、この関連付けを行う上で適用される正確な基準(定性的、定量的な痕跡評価など)が記載されていて、発射銃器との関連付けをする上で必要な類似痕跡の定性的及び定量的な評価法が記載されている必要がある。さらに、鑑定にあたって必要となる重要な事項がすべて記載されていて、誰もが同じ結果が得られるような正確な手順が、十分に詳細に記述されていなければならない。その中でも、弾丸や薬きょうなどの証拠物件を検査する上で必要となる明文化された手順が特に必要である。この手順書には、用いるべき顕微鏡の種類が指定されている必要があり、弾丸と薬きょうの検査すべき場所とその場所の数、そして観察すべき事柄をなども含まれていなければならない。旋丘痕、旋底痕、線条痕、ドライブ・エッジその他の発射痕異同識別に利用されるすべての痕跡を、誰からも誤解を受けない形で定義する必要もある。工具痕を工具へ、薬きょうを拳銃に、弾丸を拳銃になど、痕跡と痕跡を付けたものとの関係を特定する上で用いる判断基準は、最大限詳細に指定されていなければならない。「SOP」では、痕跡が「一致した」とする場合に、どの痕跡を利用して判断するのか、その痕跡がどの程度類似していなければならないかを記述していなければならない。さらにその手順書には、弾丸が特定の銃器によって発射されたものではないと結論する場合には、工具痕(線条痕)が互いにどれだけずれているのか、インチ法なりなんなりの単位をもって計測した結果によって示された基準が含まれている必要がある。これらすべての分析法は明文化されていなければならず、その手順書は、すべての鑑定で適用されなければならない。「アメリカの法科学の強化-未来への道程」で指摘したとおり、標準作業手順書と、それに関連した文書が存在しない鑑定は、科学界の主流派から許容されることはない。2008年のNRC報告書「バリスティック・イメージング」が指摘した問題点については、以下に述べることにする。

(5) NRC報告書が指摘した銃器工具痕鑑定の非科学性
 現在のところ、銃器工具痕鑑定は科学的手法に基づいて行われておらず、その鑑定結果は反復性と再現性の基準を満たしていない。ワシントンDCのメトロポリタン警察署(Metropolitan Police Department)には、そこでは「SOP」と自称している、いくつかの銃器鑑定手順書がある。それには鑑定を行う際に銃器鑑定者が踏まなければならない多くのステップが詳細に記述されている。例えば、試射弾丸の採取法は詳細に記述されている。しかしながら、これらの標準手順書には、鑑定者が発射痕の比較作業を行う際に、「固有特徴」を「型式特徴」や「準型式特徴」から区別する方法は示されていない。また、発射痕と発射銃器とを関連付ける際に、特に発射痕跡から発射銃器を特定する際に必要とされる「固有特徴」の(対応状況の)定性的、あるいは定量的な基準について一切触れられていない。そのため、個々の鑑定で鑑定者が「一致」と結論した場合に、その根拠となる痕跡特徴を鑑定書に記述することも要求していない。銃器鑑定者が用いている「一致」のための判断基準は主観的なものであり、その基準が明文化もされていなことから、今日得られた「一致」の結論の根拠となった痕跡と、昨日「一致」と結論した時に根拠とした痕跡が、同じものか異なるものなのかを知る方法も存在しない。現在行われている鑑定手法は、「私がそれを見たら、一致していると分かった。」と(根拠を示さずに)主張しているに過ぎない。

 FBIの銃器工具痕鑑定科学作業部会(SWGGUN-スェッジガン)と銃器工具痕鑑定者学会(AFTE-エフティー)の鑑定指針は、鑑定者が「一致」と結論する際に必要な視点を記述したものであり、その点においてSOPを作成する上での重要な出発点となる。それらはAFTE鑑定基準委員会報告書の「痕跡鑑定の原理---線条痕鑑定結果の結論の範囲と改訂版用語集」にあり、これはSWGGUNで承認され、発射痕鑑定基準のガイドラインとして採用された。そこに記述されていることは、「工具痕を比較して、その痕跡を付けた工具を特定するための理論は、二つの工具痕に認められる固有の表面特徴の間に、『十分な量の対応点』が認められたときに、それらは共通の工具に由来する痕跡であると結論できる」というものである。しかしながら、この内容は、SOPを作成する上で必要な詳細な記述にはほど遠いものである。はっきり言って内容のない文章である。たとえば、SWGGUNの鑑定指針2.2.3には以下の記述がある。「痕跡の固有性と痕跡の一致について現在行われている解釈は主観的性質のものであるが、それは科学的原理と鑑定者の教育訓練と経験に基づいて形成されたものである。」この文章は、SOPを作成する上で一切役立たない。有効なSOPを作成するには、「同一工具に由来する工具痕」との意見を表明する際の根拠を、客観的で詳細に記述したものが必要とされる。SOPには、たとえば、一致した痕跡と結論するには、何本の線条痕が一致している必要があるのか、その一致した条痕の距離のずれはどの程度までが許容されるのか、等について具体的な数値を挙げて記述する必要がある。もちろんそこには、線条痕とは何か、それは単なる損傷痕とどうやって区別できるのか、についても記述されていなければならない。

(6) 標準作業手順書
 SOPの存在が手法の信頼性の基本線であるということは、現在の科学界の総意となっている。SOPが存在しない手法や、SOPに従っていない行為の信頼性は保証されない。さらに、SOPは、それを用いて行う行為のすべての範囲で、あるいは対処すべき条件や変数の範囲内で、その有効性の検証を受け、有効であると保証されたものでなくてはならない。銃器鑑定の分野でこの条件や変数として考えられるものは、多くの銃器メーカーが製造した各種の銃器、各銃器メーカーの製造した異なる製造バッチの銃器、製造手法の異なる銃器(たとえば鋳造、切削、鍛造された銃身など)、「一致」と結論する場合の異なる着目点、工具痕が付けられる物体の硬さの変動、線条痕のずれの許容差を大きくとった場合と小さくとった場合の差、異なる比較検査器具を用いることの影響(たとえば顕微鏡や照明器具が異なることの影響)、物件の状態の影響(たとえば、破片化した弾丸と変形していない弾丸による差異)、弾丸の成分の変動の影響(たとえばアンチモンの含有量の多い弾丸は固く、アンチモンの少ない弾丸は軟らかい。銅被甲弾丸と被甲されていない弾丸との差異)などが考えられる。例えば準型式特徴(連続して製造された銃器に共有される偶発的な工具痕で、「固有特徴」と見間違い易いもの)が存在するか否かは製造法に依存することから、その見分け方についてもSOPに含める必要がある。銃器と実包の双方の表面硬さは工具痕に決定的な影響を与える。SOPの検証研究を行うことで様々な条件に適合する、さらに客観的で正確で信頼性の高いSOPとなる。

(7) 鑑定結果のエラーレイト
 科学的手法の信頼性を知るためには、その手法が誤った結論を与える確率(エラーレイト)を知る必要があることも常識となっている。的確に設計された有効性検証研究によって、SOPの正確性と信頼性を示すことができるだけでなく、その信頼性の程度を示すことができるようになる。なぜなら、各手続きのエラーレイトが分かることにより、手続き全体の総合エラーレイトを知ることができるようになるからである。健全な科学では、いかなる手法の総合的エラーレイトも推定可能であり、各段階でのエラーの内容を適切に名前付けできる。総合エラーレイトの値は、前述したようなSOPを作成したり検証する上で重要となる要因、すなわち弾丸や薬きょうの変形の影響、銃器の損傷の影響、銃器と実包の製造方法の違いによる影響、銃器と実包の材質の相違の影響、弾丸発射時に発生する火薬の燃焼圧力の相違による影響、特徴痕の現れる場所の相違による影響を受けるとともに、証拠物件の取り扱いミスや名前付けのミスも影響を与える。

 犯罪捜査研究所では、次の2種類のエラーレイトに注目している。それは、誤って一致の結論を導く確率(誤一致率、空振り率)と、一致を見逃してしまう確率(見逃し率)である。空振り率は、実際には無関係な容疑工具あるいは容疑銃器を、現場の工具痕を付けたものと誤って結論してしまう確率である。見逃し率は、実際に犯罪に用いられた容疑の工具を、現場の工具痕を付けた工具ではないと誤って排除してしまう確率である。これらのエラーレイトは、両方とも重要である。一致と結論する基準を緩める(たとえば、一致と結論する上で必要とされる対応痕跡の量と質の基準を甘くする)と、空振り率が増加する。一致と結論する基準を厳しくしすぎる(たとえば、一致と結論する上で必要とされる対応痕跡の量と質の基準を厳しくする)と、見逃し率が増加する。

 空振り率と見逃し率との間の関係はトレードオフ(二律背反)にあるが、SOPを定めた上で検証実験を行うことにより、一致の結論を得るための適切な基準を求めることができる。その結果を用いてSOPを改訂することで、これら両者のエラーレイトの最適値を求めることができる。ここで行う実験は、前述したような多様な条件を変化させて行うことによって、異なる銃器によっても類似した痕跡が弾丸に残されることがある状況を確認しなければならない。さらに、鑑定者によって結論が変化する状況を確認するために、この実験は多くの鑑定者によって行われる必要がある。小さい値のエラーレイト(たとえば1%のエラーレイト)が信頼できる値であることを確認するには、大量の(数千の)弾丸資料を用いて実験を行う必要がある。さらに、痕跡が一致したとする結論の統計的有意性とその水準(p-values)が計算されていなければならない

(8) 不完全な研究
 現在のところ、銃器鑑定の結果のエラーレイトは不明である。ただし、銃器工具痕鑑定者が主張しているような、ゼロあるいはゼロに近いエラーレイトに、科学的根拠があるとは到底認められない。検察側が提供した参考文献の中でもっとも規模の大きな研究でも、せいぜい2、3種類の銃器を用いて(その他の研究の大半は1種類の銃器しか用いていない)、2種類の実包を用いて実験したものでしかない。また、その実験はブラインド試験ではなく、試験をしていることを教えられた鑑定者が行ったものである。これらの不十分な「研究」(実際には研究ではなく技能検定試験でしかない)では、銃器鑑定のエラーレイトの近似値を求めることすら難しい。前述したように、銃器の種類とその製造法などの各種の要因を加味したエラーレイトが分からなくては、弾丸に残された痕跡を銃器と結びつけることはできない(そのような情報は、これまで調べた文献に一切見当たらなかった)。不完全な研究結果をどう結び付けようが、どのような種類のエラーレイトをも裏付ける資料とはならない。

(9) 根拠が希薄な銃器工具痕鑑定
 これまでに説明してきたことから分かるように、弾丸と薬きょうには、それぞれ固有の痕跡が付けられているという銃器鑑定者の従来の主張に根拠はないし、各銃器の痕跡によって銃器を区別することができると主張することもできない。もちろんこの種の鑑定のエラーレイトが0に近いと主張することもできないし、鑑定手法が科学的であると主張することもできない。またSOPがあると主張することもできないし、科学的な検証研究を行ったと主張することもできない。SOPの存在と有効な検証研究の両者は、工具痕の「一致」の主張が科学者から容認される必要条件である。痕跡一致の主張が一般から認められるためには、一致と結論するための判定基準がSOPに明文化されていることと、その判定基準にしたがって工具痕を付けた工具を特定した場合に、その結論の信頼性が高いことを示す検証研究が存在する必要がある。これは私の信念であるのみならず、高い評価を受けている科学者の一致した見解であり、そのことは米国学術研究会議の最近の報告書に示されている。

(10) 統計手法を用いていない銃器鑑定
 米国学術研究会議が最近公表した2冊の報告書「アメリカの法科学の強化-未来への道程」と「バリスティック・イメージング」は、銃器鑑定について次のように指摘している。この意見に私はまったく同感である。すなわち、銃器鑑定者によってこれまで行われてきた研究と集積されたデーターは、銃器が弾丸と薬きょうに固有の痕跡を付けることを示すものではない。そのため、銃器鑑定者が弾丸と薬きょうに付けられた痕跡をもとに、その発射銃器を特定する鑑定結果の信頼性は低い。言い換えれば、銃器工具痕鑑定は、統計的基礎が確立されないままに行われていることになる。シュテファン・バンチ(Stephen Bunch)がすでに指摘しているが、銃器鑑定者は統計的手法を利用できないでいるのだ。統計的手法を用いることによって、適切な鑑定事項とは何か、利用できるデーターからどのような回答が得られるのかが明らかになる。

(11) バリスティック・イメージングの結論
 以下、我々が行ってきたことを具体的に説明しよう。バリスティック・イメージングの著者らに課せられた仕事は、全米の発射痕データーベースの実現可能性を明らかにすることであったが、それは取りも直さず銃器関連工具痕に固有性があるか否かの問題に解答を与えることであった。すなわち、特定の発射痕を、この世に存在するすべての銃器を排除して、特定の1丁の銃器と結びつけることが可能であるか否かの問題に答えることであった。その作業のきわめて初期の段階で、この問題に対する答えは現段階では得られない、という結論に至った。そこで、この結論をバリスティック・イメージングの第3章に、次のようにゴシック体で記載した。

 結論:銃器関連工具痕の固有性と再現性という基本的仮定の有効性は、未だ十分に示されていない 
                   バリスティック・イメージング 第3章81ページ

 委員会は、次のように注意深くコメントしている。「本委員会の使命は、銃器工具痕鑑定の有効性を総括するものではない。」本委員会の使命は銃器鑑定の有効性について結論を出すものではなかったが、バリスティック・イメージングの81ページで、さらに次のように述べた。実際のところ、(銃器鑑定の)有効性を示すためには検証試験を受ける必要があるが、未だそのような試験を受けていない。「銃器関連工具痕に固有性があることを示したり、さらには固有性の程度を確率的に数量表現するためには、今後相当量の研究を行う必要がある。」同じく第3章には、「工具痕証拠の一般的有効性と痕跡の固有性を検証するには、NISTが行った実験よりもずっと広範囲で多数の銃器と実包を用いた実験を行う必要がある(第9章参照)。さらに、銃器を発射する際に問題となる無数ともいえる条件を考慮した正確な定量評価が必要となる(第2章参照)。要するに、(銃器工具痕分野では)必要とされる研究を、長年行わずに避けて通ってきたが、その必要な研究を行うことが最大の課題となっている。」とバリスティック・イメージングの18ページに記述されている。結局のところ、私がこれまでに主張してきたことが、銃器鑑定を有効なものにするためには必要だということである。

 実際バリスティック・イメージングの編集委員会は、これまでの研究から抜け落ちている大量の情報を埋め合わせる努力を行った。銃器工具痕鑑定に関する情報と文献を当時のAFTEの会長のアン・デーヴィス(Ann Davis)から受け取った後、委員会はAFTEに、人手に頼って行っている銃器工具痕鑑定のエラーレイトを求める研究にAFTEが参加しないかと尋ねた。デーヴィス女史とAFTEは、その種の研究に興味はないとの答えであった。エラーレイトを解明するには大規模な実験を行う必要があるため、AFTEの参加なしでは意味がなかった。一方で、そのような研究が全米発射痕データーベースの可能性の検証から道を外しすぎるのではないかという疑問が大きくなり、結局この計画はとん挫した。

 その結果、委員会の分析は、現存する研究結果からは銃器鑑定の信頼性を示すことはできないという結論に終わった。この結論は、科学団体としては避けがたい結論であった。現在のところ、裁判所に対してだろうが、議会に向けてであろうが、その他の科学者に対してであろうが、銃器工具痕鑑定が科学に基づいていないということは明らかであると我々は主張する。そして、「科学的な根拠に基づく鑑定とするためには、今後、大量の研究を行う必要がある。」とバリスティック・イメージングの82ページに記した。委員会は、銃器工具痕鑑定が許容できるものか否かの結論を急いで出すことはしないが、銃器工具痕鑑定の鑑定結果を示す際に、その結論が統計的根拠に基づいているとの発言を許さないことは確認しておきたい。そのような根拠が一切存在しないからである。したがって、統計的根拠がなければ言及できない鑑定結論の確からしさについて述べることは一切許されない。このこともバリスティック・イメージングの82ページに記載した。

(12) アメリカの法科学の強化における評価
 バリスティック・イメージングの結論を基にして、その後に出版されたNRC報告書「アメリカの法科学の強化-未来への道程」では、銃器工具痕鑑定に対する批判の論調はさらに強くなっている。

 委員会は、銃器鑑定者が科学的手法に従っていないことを強調して、次のように記述している。その155ページには「銃器工具痕鑑定の根本的問題は、正確に定義された手法が存在しないことにある。工具痕鑑定分野で最良の手引書とされるAFTEの文書でさえ、鑑定結果の変動、鑑定の信頼性、鑑定の反復性について一切触れていないし、どの程度相関の高い痕跡が認められたら、どの程度の強い結論を導くことができるかについても文書化されていない。」と記述されている。また154ページには、「これらの鑑定手法にはSOPが存在しないのみならず、鑑定手法の信頼性や再現性を理解する上で必要となる研究が、たとえ存在したとしても、その量はきわめて不十分である。」と記述されている。155ページには、委員会が既存の研究論文を調査したところでは、「銃器工具痕鑑定が根拠とする科学的知識の量はかなり少ない。」とも記述されている。また、同書の42ページには、「多くの法科学鑑定手法は、工具痕を付けた工具を特定する手法を始め、厳密な科学的検証を受けてこなかった。」と記述されている。また、153ページから154ページにかけて、「(工具痕鑑定には)標準手法が存在せず、エラーレイトを決定するための科学的基礎がないことから、鑑定者は検証されていない手法を用いて主観的な判断を行っており、その結論のエラーレイトを推定する統計的な基礎が欠落している。」と記述されている。154ページには、「個別の工具や銃器の特徴の広がりについてよく分からないので、何点の類似箇所があれば、どの程度の強さの結論を導くことができて、その結論の信頼性がどの程度なのかを判断できない。」と記述されている。これを言い換えれば、銃器ごとの変動(これは製造法も含む)について分からなければ、銃器鑑定者が鑑定結果の信頼性について言及することは不可能である、と委員会は主張していることになる。

 要約すると、委員会の結論は、銃器鑑定者が弾丸及び薬きょうを、(その痕跡を用いて)特定の銃器と結びつけることは不可能であることが分かった、ということである。ただし、154ページに記載されているように、委員会も、これらの痕跡から、候補銃器を一群の発射銃器に絞り込むことができることについては同意している(型式特徴が同一な銃器に絞り込めることは認めている)。

(13) NRC報告書が裁判に与える影響
 「アメリカの法科学の強化」の著者たちは、報告書の内容が裁判に与える影響についてはっきりとした発言を行っていない。ところがNRC報告書の共同委員長であったハリー・エドワーズ(Harry Edwards)判事は、報告書が証拠として許容できないと結論し、それを公表したにもかかわらず、検察側が証拠として提示すると聞いて激怒した。エドワーズ判事は上院の委員会で、報告書の内容及び今後の対応について以下のように説明した。

 「法科学の特定分野の科学的根拠は、現在のところ報告書で述べた通りの状況にあり、この報告書の内容が個別事件の裁判で、権威あるものとして引用されて当然である。」

 「なぜそのように思うのかだって?その理由は明白だ。少なくとも私にとっては明白だ。これまで有効と考えられていた法科学手法や鑑定手法の中には、その有効性や信頼性が欠けているものがあると今になって判明したのだから、検察側は、この新しい情報を考慮した上で、その手法を用いた証拠を裁判に提出しなければならない。また裁判所は、その手法の科学的有効性や信頼性を示す新たな資料が提出されない限り、この種の証拠をもはや認めるべきではないからだ。」

(14) 全米科学アカデミーの活動
 全米科学アカデミーは、約2000名の一流の科学者によって構成されており、科学部門と医学部門における米国のノーベル賞受賞者の全員が所属している。このように、全米科学アカデミーは米国の科学界の代弁者といえる組織である。アカデミーの委員会(たとえば科学技術と法律委員会)とその中の「法科学の強化委員会」や「バリスティック・イメージング委員会」のような分科委員会の委員は、その中でも特に評価の高い選りすぐりの科学者によって構成されている。委員会のメンバーは無給であり、委員に任命されたことを名誉にして活動している。委員の選定基準は、科学の分野で優れた業績を挙げているのみならず、指導力や誠実さなども加味されている。「バリスティック・イメージング」委員会と「法科学の強化」委員会の両者には、法科学者を含む多方面の科学者から構成されており、統計学者やエンジニア、材料科学者も含まれている。委員会のメンバーは、意見をまとめる過程でゲストを招いて意見を聴取している。「バリスティック・イメージング」委員会では、AFTEの当時の会長アン・デイビスを招き、その後の「法科学の強化」委員会では、当時のSWGGUNのメンバーと、前AFTE会長のピーター・シュトライアパティス(Peter Striupaitis)を招いている。さらに関連文献も調査した。

 「アメリカの法科学の強化-未来への道程」に対する検察側の批判は正確ではなく、科学を理解しない者の主張である。私は銃器工具痕鑑定に関する50編を超える論文と1冊の著作を読み、銃器工具痕自動鑑定システムを設置した研究所を訪問し、後に詳述するように、銃器工具痕分野の研究計画をNIJと共同して計画することまで行った。このような準備をした上で、私は銃器工具痕鑑定関連の数編の重要論文を読み、アン・デイビスやピーター・シュトライアパティスのような、この分野の指導的な人物の話を聞けば、銃器工具痕鑑定を理解できると考えた。なお、アン・デイビスとピーター・シュトライアパティスの両名、並びに彼らが所属しているAFTEとSWGGUNに対して、彼らの行っている分野の正当性を示す文献の提出を依頼した。ところが、満足できる論文は提出されなかった。NRC(米国学術会議)の委員会はここまでのことを行った。その経緯について、エドワーズ判事は次のように述べている。「委員会は、既存の法科学鑑定の有効性と信頼性を保証する上で必要な、査読を受けた科学的研究結果を慎重に検証した。さらに、この分野の専門家を招いて、この問題に関連した研究について聞き取り調査を行った。委員会のメンバーは、これらの資料の検証に莫大な時間を費やした。そして、報告書を公表する前に、委員会に所属していない科学、法律と法科学分野の科学者から査読を受けた。」

 委員会が調査した関連文献から判明したたことは、科学的手法というものを全く理解しない研究が行われていること、検証研究をどのように計画すればよいのかを全く理解していないということであった。(検察官や銃器鑑定者が「検証研究」としている内容に多くの誤りがあることについては、その一部をこの宣誓供述書で後述する。)

(15) 私の意見は科学界が承認した結論であること
   NRCの「法科学の強化」報告書は、科学界から好感を持って受け入れられた。たとえば、アメリカ統計学会の理事会(BOD)は「アメリカの法科学の強化-未来への道程」を全会一致で承認した。この投票を行う前に、BODが特に吟味した箇所が工具痕鑑定であった。アメリカ統計学会の小委員会の6名の委員が、BODの投票のための参考メモを作成したが、私はその6名のうちの一人である。

(16) 銃器工具痕鑑定が科学界から承認されるためには
   検察官は、パターン照合技術は科学的に承認された技術であると主張している。そして、パターン照合法の詳細は公表されており、鑑定が空振りとなるエラーレイトと見逃しとなるエラーレイトが、ともに信頼できる数値として示されていることから、鑑定結果は正しいものであると主張している。このような主張は、残念ながら正しくないということが、私が、そしてNRCが明らかにしたところである。すでに述べたように、詳細に記述されているとされるSOPは、痕跡一致の基準を導く上では、科学界から認められるものではない。現在の判定基準は「痕跡を見れば、それらが一致していると分かる」という説明と変わりないもので、ビアゾッティ(Biasotti)が記載しているように、これでは科学ではない。(なお、NRCの「法科学の強化」の報告書の中で、ビアゾッティを銃器鑑識分野に統計的手法を導入しようとした功績者として認めている。)工具痕自動鑑定システムは発射痕データーベースの根幹技術となっているが、それが用いているアルゴリズムの定義は明確であり、検証可能である。それと同様、人手によって行われている鑑定手法も検証可能なものにする必要がある。人手による鑑定手法を検証するためには、その判断基準を詳細に記述してもらう必要がある(現在、そのようなものは存在しない)。

 臨床試験の結果が詳細に公表されていない医薬品や医療器械を使用する人はいないであろう。実際、医師が医薬品を処方する際に「十分」と考えられる投薬量が、患者の年齢、体格、治療経歴、薬剤投与歴別に指定されていなければ、FDA(米国食品医薬品局)がその医薬品を承認することはありえない。法科学検査が広く科学界からその信頼性が承認されるためには、これと同様の検証基準が適用されなければならない。そのためには、文書化されていない不明確で曖昧な判定基準から、科学と科学的手法にしたがった明確な基準へと改革される必要がある。

(17) 決して許されない結論
   検察官は、銃器鑑定者の結論には「科学的に妥当な確実性がある」、「実務上確実である」と主張したいようである。その結論の「確実性が高い」ことから、「これらの薬きょうが、容疑の銃器以外の銃器から発射された可能性は極めて低く、実務上考えられない」と主張したいようである。用いている鑑定手法が不確かで、検証されていない銃器鑑定者にとって、この種の結論は許されないものである、というのが私を始め、NRCや広く科学界の一致した主張である。

(18) 銃器鑑定の結論に確実性の程度を含めることはできない
   銃器工具痕鑑定者が(弾丸や薬きょうの)発射銃器を特定する際に用いている鑑定手順、手法と方法論では、彼らが示す結論が科学的に容認できないといことについては、数学者、統計学者及び一般科学者の世界で共通した認識がある。NRCが「法科学の強化」で明らかにしたように、発射痕の比較作業は、他のパターン照合技術と同様、厳密な検証を受けたことのない技術である。そのため、痕跡の由来を「特定」している結論(通常は、由来の不明な現場資料と由来が既知の(試射)資料との間で、痕跡が「一致した」という結論で知られている)の確実性は確認されていない。「法科学の強化」の87ページには、「特に銃器鑑定者による痕跡の由来を特定した結論は、『高い確実性をもって』示すことができないことはおろか、その結論にどんなレヴェルの確実性を与えて示すこともできない。」と記載されている。同じく155ページには、「はっきり言って、銃器鑑定者は、発射銃器を特定した彼らの結論の確実性を全く示してこなかった。」と記載している。

 確実性の程度を含めて発射銃器を特定することは、科学界から認められた統計的裏付けがあることを意味するが、そのような裏付けは全く存在しない。「銃器鑑定の結論に、ありもしない統計的裏付けがあるかのように装うことは許されない。」バリスティック・イメージングの82ページには以下の記述がある。「結論に絶対的な確実性がある」という表現が不適当であるだけでなく、検察官がいうような「科学的に妥当な確実性がある」とか「実務上確実である」という表現も不適当である。これらの表現では、結果として確実性がかなり高いことを意味してしまい(絶対的な確実性があると同意)、その根拠を示すデーターが存在しないのだから、科学的な保証が一切なく、科学的に許される結論ではない。

(19) 科学的に許容できるのは型式特徴による絞込みだけである
   弾丸と薬きょうの痕跡の鑑定の結論として、現在のところ科学的に許容でき、かつ科学界が推奨できる唯一のものは、型式特徴が容疑銃器と同一であるというところまでである。「痕跡の型式特徴によって、多くの工具の中から候補となる工具を絞り込むことができることについては、委員会として同意する。」と「法科学の強化」の154ページに記載されている。銃器鑑定者は、それらの候補銃器を準型式特徴が同一のもの(同一製造バッチ)にまで絞り込めるものと私は信じている。しかし、この点に関する研究は一切行われていない。痕跡の異同識別の判断基準を科学界の本流の基準に合わせて規定し、それにしたがって銃器工具痕鑑定を行うことは、決して難しいことではない。

(20) 銃器工具痕鑑定者による検証研究
 検察官が提示した、いわゆる「検証研究」の内容はNRCによる評価とは異なり、銃器鑑定者が実包部品に付けられた痕跡を基に、その発射銃器を高い確実性をもって特定し得ることを示していることから、本事件の弁護士から、それらの研究内容を読んで、その内容についてコメントがほしいとの依頼が私にあった。この研究はNRCによってすでに評価されていて(「法科学の強化」の155ページの脚注65に示した論文のことで、彼らの研究としては最も大規模なものである。)、この論文を考慮しても、発射銃器を特定する結論を許容することができないというのが委員会の結論である(訳注:10本の連続製造されたルガー自動装てん式拳銃の銃身を用いて試射された弾丸を用いた実験。発射銃器が未知の弾丸15個をそれが既知の弾丸20個と比較する実験を、広く全世界の銃器鑑定者の協力を得て行い、発射銃器が未知の弾丸を発射銃器と正しく結びつけることができたという研究内容である)。NRCが指摘したように、「この検証研究は、鑑定者の主観による判断の信頼性が高いことを示したに過ぎないもので、研究対象に含まれる変数を解析し、その定量化を厳密に行ったものではない。」と「法科学の強化」の155ページに記載されている。これらの検証研究が、検証研究ではなく技能検定試験に過ぎないことが、そのように判断した理由である。これらの研究では、多様な銃器と、その製造手法が、発射銃器特定の判断基準に及ぼす影響を分析する努力を一切行っておらず、実際の事件における鑑定で問題となる条件はほとんど考慮されていない。

 その他の検証研究の大半は、FBIの銃器鑑定ユニットの8、9名の鑑定者が、正しい鑑定結果を導くことができることを示しているに過ぎない。これらの研究論文は、鑑定者がどのような判定基準を用いたのかについて一切触れずに、単に鑑定者が正しい結論を出した、出せなかったといっているだけである。ほとんどが1種類の銃器を用いた研究であり、そのため、製造手法が1種類の銃器を対象としているだけである。実務で経験するような条件を模した実験は行われていない。変形破壊弾丸を用いた実験は行わずに、試射水槽で採取された無変形弾丸を資料とした実験しか行っていない。これらの結果を用いて、異なる製造方法の銃器での結果を予測することはできないし、変形破壊弾丸の場合にどうなるかについて信頼性の高い予測はできない。これらの「研究」と称しているものの中には、(資料を発射した)銃器を一切調べていないものすらあった。

 特に重要な点は、これらの研究に参加した鑑定者は、「エラーレイト」を求める研究に参加していることを知らされていたことである。そして、その研究が期待している結論を十分にわきまえていた。したがって、科学的な研究の条件となるブラインド検査として行われたものではない。これらの研究における、「不明」の結論の割合がきわめて高いことも問題である。これは、誤った結論を出すことによって、銃器工具痕鑑定に与える悪影響が甚大であることを鑑定者が知った上で、過剰に慎重な結論を導いた結果であると思われる。たとえば、エーリッヒ・スミス(Erich Smith)の研究によれば(これも少数のFBIの鑑定者を対象とした研究だが)、異なる銃器による痕跡と結論すべき比較の組が352通りあったが、そのうち335の組み合わせの結論は「不明」であった。これらの実験を行うに際しては、(実験計画者が)それぞれの資料に識別可能な痕跡が存在することを確認した上で行ったと記述されている。この研究(その他の研究でも同様)では、「不明」結論の割合がきわめて高いのだが、「不明」結論は無害であるとしてそれをエラーレイトの計算から除外している。このように、結果の一部を計算対象から除外することは非科学的なやり方であり、また、不明結論が無害ということが誤りであることは、歴史が証明している(訳注:著者はサッコ・ヴァンゼッティ事件の鑑定人が、現場弾丸の発射銃器はサッコのコルトだけでなく、その他のコルトであってもよいとする「不明」の範疇に入る結論を証言したが、それが死刑判決の証拠とされたと脚注で述べている)。

 これらの検証研究がブラインド検査の手法を取っていないことのもう一つの重要な問題は、実験参加者が連続製造された銃器の発射痕の研究に参加していることを知っていることである。その結果、痕跡が互いに類似した同種の銃器の発射痕であるから、念入りに検査しなければならないことを知った上で発射痕検査を行っている。このことは、これらの研究の価値を低下させている。(通常の鑑定の評価ではなく)、「鑑定者は、連続製造された銃器による発射痕のわずかな差異を見分けることができるか?」という課題にすり替わっている。これらの研究で検査を行った鑑定者らは、類似性が最も高いものを選び出すという検査手法を取ったに違いない。実際の事件の鑑定では、同一バッチで製造されたもう1丁の銃器の発射痕を調べることはできない。そのため、「最もよく似ている資料はどれか?」という鑑定手法を取ることはできない。「一卵性双生児を見分けることができるか?」という検査で同じことが問題となる。「一卵性双生児」ということを聞くと、受験者は細かい点まで観察するようになることが知られている。科学的手法では、双生児であることを知らせずに双生児を(順に)見せ、それが同じ人だったか異なっていたかを判別させなければならない。

 ここで示したコメントは、政府側から示された研究すべてに当てはまるものである。私は、この宣誓供述書の最後で、政府側の研究の問題点を改めて述べるつもりである。

(21) 現実の鑑定のエラーレイトの推定値
 検察官が引用した研究論文の著者らは、マーフィーとバンチの主張に代表されるように「この研究結果(が示しているエラーレイトの値)を、研究所の現実の鑑定のエラーレイトの推定に用いるべきではない」と揃って主張している。実際の鑑定のエラーレイトは現在のところ不明である。ただ、それがゼロではないことは確実である。例えば、デトロイト警察の犯罪捜査研究所は、(銃器鑑定部門の)鑑定者の鑑定結果のエラーレイトが10%近くあることが判明したことから閉鎖された。研究結果のエラーレイトより、デトロイト警察の鑑定者のエラーレイトの方が、ずっと現実のエラーレイトに近いと考えた方が合理的であろう。少なくともこのエラーレイトの方が、実際の事件の条件における鑑定能力をより正確に反映していると考えられる。

(22) エラーレイトの算出に協力しない鑑定者団体
   鑑定のエラーレイトを求めるために、正しく、適切に計画された共同実験を行うことを、私とNRCのそれぞれが銃器鑑定者に対して提案した。前述したように、NRCがバリスティック・イメージングの報告書に含めるために計画した実験に参加することに対して、当時のAFTEの代表者であったアン・デイヴィスは興味を示さなかった。その後、私は独自にワシントンDCのパブリック・ディフェンス・サービス(DCPDS)とメトロポリタン警察署(DCMPD)と交渉し、国立司法研究所(NIJ)と共同して、工具痕自動鑑定システムと人手によって行う鑑定のパターン照合作業における、統計的に正当なエラーレイトを求める共同研究への参加を打診した。NIJは、鑑定者が参加するのであれば、この研究を是非とも行いたいという意向であった。DCPDSは研究参加に同意したが、DCMPDは研究参加に否定的であった。この参加拒否の経緯は電子メールの記録として残されている。パターン照合鑑定におけるエラーレイトの算出に失敗したのは、AFTE側の責任であり、特にDCMPDが共同研究を拒否したからである。

(23) 銃器工具痕鑑定の現状
 私も、NRCも、その他の科学者も、さらには弁護側から依頼を受けた鑑定専門家のいずれも、信頼できるものであれば、法科学証拠を尊重したいと考えている。我々は、科学界の本流に位置する者としての立場から、次のように信じる。
 a. 銃器工具痕鑑定は、法廷で、その正確性と信頼性を過大表現している。
 b. 銃器工具痕鑑定は、法廷で適切にその内容を証言するのなら、相応の価値がある。その証拠価値を確かめるためには、さらなる研究を行う必要がある。
 c. 法科学界全般も、AFTEなどの銃器工具痕鑑定団体のいずれも、科学の本流をなす団体とこれまで十分な協力関係をもってこなかった。

(24) 科学アカデミーに相談する必要性
 検察官も裁判所も、私が前項に提示した問題点を確認できると思うから、それぞれが米国科学アカデミーの委員に相談することを勧める。彼らは相談に乗ってくれるはずである。検察官と裁判所の両者は、この事件について本宣誓供述書が投げかけた問題について、独自に評価する権限がある。この事件に決着がついた後であっても、必要と思えば米国科学アカデミーに相談することを私は勧める。科学の本流がどう思っているのか、なぜそう思うのか、なぜそれが一般的な考え方なのかを検察官は知っておく必要がある。

(25) 私の意見は科学界の主張を代弁したものである
 科学者や技術者は自然の法則を扱うことから、その法則を理解し、利用するようにしなければならない。裁判所と裁判官は人間の法則を扱う。私の宣誓供述書は、科学界の本流の最高レベルの考え方と、そこで採用されている科学的手法を正確に主張したものである。科学界の本流にある最高レベルの科学者たちは、その内容が科学的であると自信をもった場合にしかNRC報告書を公表しない。NRC報告書とこの宣誓供述書は、人間の法則について主張したものではなく、裁判所がどのように判断すべきかについて指示したものでもない。

(26) 結論
 結論としていえることは、弾丸と薬きょうの発射銃器を特定する結論を導く際に、銃器鑑定者らは、一般に認められている科学的手法を用いていない。鑑定のエラーレイトがゼロパーセントであるとの鑑定者の主張に正当性はなく、そのことは鑑定技能検定試験の結果のエラーレイトがゼロでないことからも示されている。この鑑定手法を、一般的に認められる科学的なものとするには、詳細に記述されたSOPを作成する必要がある。そのためには、現場弾丸と現場薬きょうの発射銃器を特定した結論の信頼性を、正確な統計的根拠のある確率的値として示すことができるようにするために、多くの実験をする必要がある。以上の理由から、当事件に限らず、すべての事件で行われている(現場弾丸類資料を)特定の銃器で発射されたものとする鑑定の結論の信頼性を認めることはできない。銃器鑑定者が用いている鑑定手法に重大な欠陥がある上、統計的に証明された鑑定のエラーレイトと、偶然に痕跡が一致してしまう確率が未だ示されていないからである。

 この宣誓供述書は、虚偽がなく真正であることを証する。
           クリフォード・シュピーゲルマン       2010年9月22日

(27) あとがき
 ここで紹介した主張は、銃器工具痕鑑定にSOP(標準作業手順書)が存在せず、鑑定のエラーレイトが不明であり、鑑定の反復性と再現性が保証されないから、裁判の証拠とすることはできないというものである。以下、感じたことを簡単に述べてあとがきに変える。

 この分野の鑑定者がSOPと主張するものは、あまりにも不完全なものでSOPとはいえないという。確かに、1930年代に出されたテキスト以来、発射痕と工具痕の鑑定の原則論を記載した書物はあるが、だれが鑑定しても同一の結果になるというような書き方をしたテキストは存在しない。

 検証試験がブラインド検査ではなく、単なる鑑定技能検定試験でしかないと主張されている。これらの試験では、普段の鑑定より慎重な結論が出され、「不明」結論が多いとのことである。鑑定機関によっては、SOPに「型式特徴が同一の発射痕では、それらが異なる工具に由来するものとの結論は出さない」としているものがあり、その場合に不明結論が出されるのはSOPに従っているからであり、ことさら慎重になっているのではない。

 デトロイト警察犯罪捜査研究所の銃器鑑定部門のエラーレイトが高いことから、研究所が閉鎖されたが、そのエラーレイトを押し上げているのは、見逃し鑑定が発見されたことによる影響が大きい。銃器工具痕鑑定者が、無理して痕跡を合わせる鑑定を行っていないからである。「一致」鑑定を出す際には、技能検定試験の時より事件の鑑定の時の方が不必要なほど慎重になることが多いのが現実である。裁判に呼ばれて、人格を否定するような厳しい質問を弁護側から浴びせられることを承知していれば、なおさらそのようになる。

 鑑定は職人の世界であり、だれがやっても同じ結論になると思っている鑑定人は少ない。技量の低い鑑定人は、技量の高い鑑定人より自分の技量が劣っていることを、簡単な試験問題を行うことで実感できる。また、高い技量を維持するには、絶えず同じ工具による工具痕の比較作業を続け、同じ工具痕という感覚を養い続ける必要がある。結果が未知の資料を見るより、結果が既知の資料を数多く見ることが、鑑定のエラーレイトを下げる上で最も必要なことである。この作業を多く行うことによって、自分が痕跡のあっている部分をどれだけ的確に見つけることができるかが分かる。すなわち、自分の鑑定の技量の感覚がつかめるようになる。そして、現実の鑑定において、自分の鑑定の技量の範囲内での鑑定結論を導くようになる。これがエラーレイトの低い鑑定を行い、周囲から信頼されるという信念は、この仕事を続けていた間変化したことはなかった。

 現業に忙しい鑑定人が、検証試験や技能検定試験に時間をかけることはできない。この種の試験は短時間で片づけることが多かった。かえって時間をかけている人は、あまり力のない鑑定者で、普段の鑑定にも時間がかかる人で、その仕事があまり期待されていない鑑定者かもしれない。

(2011.11.13)



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